働き方改革が大きな声でうたわれ、多様性が重視される時代。社員のさまざまな要望に応えるべく、人事制度はラインナップを「拡充する」ことがよしとするイメージがあります。
かくいうサイボウズでも、以前は多様な働き方を推進し、企業としての生産性と社員の幸福を両立するために「制度は変えるのではなく、増やす」というスタンスで施策を展開してきました。また、多様な個性を重視するメッセージとして「100人100通りの働き方」という表現を使ってきました。
しかし近年、サイボウズは「増えすぎた制度をシンプルにする」方向へシフトしています。
なぜ、世の中とは逆行する取り組みをはじめたのか。その背景には、制度と実態とのギャップから生まれた葛藤がありました。そこで、サイボウズの制度設計に携わる人事メンバーに、これまでのプロセスを聞きました。
コロナ禍の在宅勤務で見えてきた「すり合わせができていない」問題
ここ10年、働き方に関するサイボウズの発信は変遷を続けてきました。
僕は2017年にサイボウズに入社したのですが、ちょうど働き方改革が叫ばれ始めたころでした。『サイボウズ式』の仕事をしている関係で、僕自身も関連する記事の制作に携わりました。以前は「100人100通りの働き方」を前面に出していましたよね。
わたしは2016年入社です。そのころは労務担当として、働き方の選択肢を広げ、必要なことを整備する役割を担っていました。
浅賀佑子(あさか・ゆうこ)。人事労務領域での実務経験を経て、2016年サイボウズの人事にキャリア入社。労務や人事制度の企画、運用構築に携わる。現在は、Workstyle Design部のマネジャーとして、引き続き働き方を中心とした人事制度の企画やアップデートを担っている
それまで、社員が働く時間と場所は、9分類から選択する人事制度でした。しかし、社員からの希望がその枠に当てはまらないケースが増えてきました。そこで、一人ひとりの働き方を実現するために「100人100通りの働き方」を宣言できる制度に変えたんです。
2018年6月20日自由すぎる……! サイボウズが最近はじめた新しい「働き方制度」について聞いてみた
はい。本来は100人100通りの働き方宣言をする前提でしたが、当時はコロナ禍のまっただ中で、在宅勤務が基本となっていました。
でもそれ以前は、フルで在宅勤務の人は少数だったんですよね?
2020年3月11日「在宅勤務なんてPC1台あればできるでしょ」でも、実際は違った──3年間の試行錯誤でたどり着いた「テレワークの工夫」
大部分の人は出社していましたね。それがコロナ禍で多くの社員が在宅勤務になったんです。
いざみんなが在宅勤務になると、それまでは認識していなかった問題も見えてきて。
マネジャー側もメンバー側も、「どんな場所でどう働きたいのか」といった希望をちゃんとすり合わせできていなかったんです。
わかりやすい例では、メンバーが移住を決めたことを、後からマネジャーが知るというケースがありました。
マネジャーとしては「コロナ禍が明けたら、この業務は出社で進めてほしいな」というチーム視点での要望や期待があるかもしれないし、チームの状況によっては、今後、フルリモートで働けなくなるかもしれない。
しかし、事前のすり合わせが十分でないまま移住を進めてしまった……。コロナ禍で、急に在宅勤務へ移行したことも、要因のひとつとしてあると思います。
人事は人事で、「マネジャーがメンバーの希望を聞いた上で、チームの希望とすり合わせできている」と思い込んでしまっていたんです。
全社的に「チームの希望や期待も伝えなきゃいけない」という前提が十分に浸透しないまま、社員の希望を聞くことが先行してしまっている。双方の理想をすり合わせしない状態で、本当に生産性高く働けるのか、改めて考え直さなければいけないタイミングでした。
マネジャーは、メンバーの希望を聞くことが最優先になっていた
2024年には、人事ポリシーを「100人100通りの働き方」から「100人100通りのマッチング」に変え、改めて「メンバーの理想とチームの理想をすり合わせる」ことの重要性を発信しました。
2024年10月29日サイボウズは「100人100通りの働き方」をやめます。社員数1000人を超えても、成長と幸福を両立させるための挑戦
2025年10月 9日サイボウズ「100人100通りのマッチング」を支える「チームの原理原則」とは?
この移行を進めるうえで、人事はどんなことを考えていたんですか?
「100人100通りの働き方」というメッセージに呼応して入社する人が増えるなかで、本来の意図とは違う形で認識している人も増えていました。
本来はメンバーだけでなく、チーム(マネジャー)も各メンバーに希望する働き方を伝えることが前提だったんです。でも実際には、チームの希望がおざなりにされていた状況もあって。
石川憂季(いしかわ・ゆうき)。2016年4月、大手建設会社に総合職として新卒入社。本社の人事部、財務部を経験したのち、2020年5月にサイボウズに人事として入社。現在はTalentSuccess部のマネジャーとして組織横断のタレントマネジメントや人材開発を担当。人的資本開示対応など人事施策の対外的な発信も担当している
メンバー側の「自分の希望は受け入れてもらえる」という期待が高まるほど、マネジャーは一人ひとりの希望を最大限かなえようとし、チーム運営とのバランスに悩むことになります。
チームとしての希望や期待を十分に伝えきれていなかった面もあったと思いますが、結果として、理想としているチームの生産性とメンバーの幸福のバランスが崩れているのではないかと、危惧するようになりました。
メンバーのことを大切に考えるがゆえに、マネジャーが苦心する場面もあったんでしょうね。
わたしが入社したころのサイボウズの発信を見ると、「やりたい人がいない仕事はあきらめればいい」「できないなら理想を下げればいい」といった内容もありましたからね。
実際、現場でも「やりたくないことはやらない」という空気があって、それで回っていました。
必要なのは、きちんと対話をすること。サイボウズのチームに参加する上でどんな働き方が求められるのか。チームの希望をメンバーに理解してもらい、メンバーの希望とマッチングしていく必要があります。
「社員は言うほど自律できていない?」現実と理想のギャップ
人事としてはちょっと踏み込んだ発言になるかもしれませんが、いいですか?
青野さん(サイボウズ代表の青野慶久)はよく「自律」の重要性を発信しています。それは、サイボウズが大切にしている5つの文化の1つ(自主自律)であり、企業理念を実現するために欠かせないものだと思います。
一方、青野さんが期待するレベルで自律できている社員はあまり多くないと思うんです。
わたし含めみんな、言うほどセルフマネジメントできるわけではないんじゃないかと。
たしかに外から見ると、サイボウズは「ものすごくセルフマネジメントできる人」の集団に見えるかもしれませんね。
竹内義晴(たけうち・よしはる)。サイボウズ式編集部員。「週2日フルリモート複業社員」としてサイボウズのマーケティング・ブランディングに関わりながら、NPO法人しごとのみらいを経営。組織づくりや人材育成にも携わる
でも、わたしがかかわる人材開発の仕事で社内アンケートを取ると、たとえばキャリア形成では、自ら行動するのではなく、会社から背中を押してほしい人という声が多かったりするんですよ。
会社が掲げる高い理想と、現場の現実との間に、まだまだギャップがあるのは事実だと思います。そのギャップを埋めることこそ人事の役割なんですよね。
社員が自律して何かを決めようと思えば、みんながわかりやすいことばで理想が言語化され、それなりに整理された仕組みや情報がないと難しいでしょう。だから「100人100通りのマッチング」の基本となるポリシーなども整備しました。
このポリシーには、「マネジャーが無条件にすべての多様性を受け入れようとしてがんばる必要はない」というメッセージも込めています。
「多様な個性を重視」するという基本は変わりませんが、尊重ではなく重視なので、状況によっては、理想の実現のためには、チームとして受け入れられない多様性もあるはずですから。
無期雇用のマッチングポリシーでは「マッチングに向けて双方努力しますが、それでもマッチングが成立しない場合には契約が終了します」と明記しています。
たとえば以前、海外からリモートワークを希望する声がありました。しかし、対応に伴うコストやリスクを踏まえると、現時点では実現が難しく、結果としてマッチングに至りませんでした。
ここまで言い切ることで、「サイボウズはドライな会社になってしまった」と思われる懸念はなかったんですか?
人事内でもその議論はありました。それでも、無期雇用で期限が決まっていないマッチング契約だからこそ、あえてこの表現を入れたんです。
いまマッチングしていても、来年も今年と同じマッチングできる保証はチームにもメンバーにもありません。
互いに希望を伝え、すり合わせて、マッチングの努力を続けていく。そんな前提を理解していただきたいという思いを込めています。
人材採用難時代に「サイボウズの人事制度が減っている」理由
そうした人事の姿勢は、最近の制度設計にも現れているように感じています。
以前のサイボウズでは、多様なニーズに合わせて、人事制度を「変えるのではなく、増やす」スタンスだったと思うんです。でも最近では制度の数はむしろ減少傾向ですよね。
他社では人材採用や定着率向上のために制度を増やしているケースも多いですが、なぜサイボウズは逆の方向へ進んでいるんですか?
意識的に人事制度を減らしているわけではありませんが、制度そのものの意味やいまの環境にマッチしているメッセージになっているのかを問い直していますね。
一般的に、人事制度をつくる際には、「こんなライフステージの人に対して」など、何かしらのターゲットを想定します。つまり対象をある程度限定するわけです。
でも実際には、それこそ多様な人が集まっているわけですから、仕事やプライベートの事情は人それぞれですよね。それなら、あらかじめターゲットを限定した制度を運用するより、それぞれの多様なマッチングを広くカバーできる制度に集約すべきではないかと考えているんです。
たとえばサイボウズには以前「結婚休暇」という制度がありました。これはもともと、新婚旅行に行くためのお休みを取りやすくする意図で設けたものでした。
でも、サイボウズとしては結婚自体を特別に奨励したいわけではなく、「結婚した人だけ休めるのもおかしい」と考える人もいるでしょう。
そこで見直しを進め、さまざまな目的に対応して統合的に休める「プロアクティブ休暇」に制度をリニューアルしました。
休みの用途を会社に指定されるのではなく、社員自身が「自分に必要だから」と考えて申請できるようにしたんですね。
はい。同じ考え方で、学習支援制度も見直しました。
もともとは「この資格を取るならいくら支援」「英語学習にいくら支援」といった制度があり、対象の資格も一覧にしていたんです。
一方、社内では「学習に必要な書籍購入を支援してほしい」「動画学習ツールの活用を支援する制度もほしい」といった声が上がっていました。そこでいまは、年間12万円まで学習に必要な費用を総合的に支援する制度に一本化し、マネジャーへの申請を経て活用してもらえるようにしました。
キャリアだけじゃなく、自分の生き方そのものを考えてほしい
ポリシーに基づいて幅広い目的で利用できる制度パッケージがあり、それぞれが目的意識を持って活用できれば、誰も不幸になりませんね。
とても合理的だと思うのですが、他社でこうしたやり方を取るところが少ないのはなぜでしょうか?
社員から人事への問い合わせが増えるなど、実務上の負荷を懸念しているケースが多いのではないでしょうか。
もちろんわたしたちにもそうした懸念はありますし、発生するコストも考えなければいけません。でもそれ以上に、実現したい理想が勝るんですよね。
大前提としてわたしたちは、個々人が自律し、自分で考えて動ける組織でありたいと思っています。だからこそ、いろいろな目的を包含する制度であるべきだと。
この理想がないなら、きっちり目的や用途でしばる制度にしたほうがはるかに効率的に運用できますからね。
はい。他社の人と話すと「サイボウズは意外としっかり考えているんだ」「奇抜な制度をつくっているだけじゃないんだ」と言われることもあります(笑)
ただ社員目線では、「目的をしっかり考えて申請するのは大変だから、この制度は活用しなくてもいいや」となる可能性もあると思います。そこはどう考えているんですか?
こうした制度運用によって、社員一人ひとりに相当高いレベルの自律と意思決定を求めているのは事実です。その意味では負荷を感じる人もいるかもしれません。
それでも、どんな働き方をすれば自分はすこやかで幸福でいられるのかをみなさんに考え続けてほしいです。それが、キャリアだけじゃなく、自分の生き方そのものを自律的に考えることにつながりますから。
働き方や制度活用について、「会社に決めてもらったほうがラクなんだけどな……」という本音を持っている人もいるかもしれません。
だけど、自分の生き方そのものは、本来会社に決めてもらうことではないはず。自分の幸福に向き合い続け、希望を伝え、チームの理想とマッチングしていくべきではないでしょうか。
そんな理解を広げて、サイボウズが理想とする「自律したメンバーとチームの関わり」を実現していきたいですね。
企画・編集:竹内義晴(サイボウズ) 執筆:多田慎介 撮影:高橋団(サイボウズ)