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この記事では、元祖ハッカーである竹内郁雄が日本の伝統的な遊びである「いろはかるた」を現代的視点でユーモアたっぷりに再解釈し、日常生活や技術、特にコンピュータ分野に関連付けて紹介しています。竹内は、古典的な言葉を現代の考え方や状況に置き換えることで、そのユーモアとともに現代社会への鋭い観察を提供しています。例えば、「一石二鳥」を「二石一鳥」に変えたり、「慇懃無礼」を「慇懃無札」とするなど、新しい意味を持たせています。また、技術者としての視点から、ITやプログラミングに関連する四字熟語やことわざに関する語りを交え、コンピュータの問題解決における教訓を示しています。さらに、竹内は終盤で、自身のキャリアの締めくくりとして読者に未来への希望を持たせるメッセージを残しています。これらを通して、竹内郁雄の独自の視点とユーモアが日本文化の一部であるいろはかるたを通じて紹介されており、読者は日本の伝統的な文化とそれを現代風に解釈するユニークな視点を学ぶことができます。
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ハッカーの遺言状──竹内郁雄の徒然苔
第49回:いろはかるたをハックする(完)元祖ハッカー、竹内郁雄先生による書き下ろし連載の第49回。今回のお題は「いろはかるたをハックする(完)」。
ハッカーは、今際の際(いまわのきわ)に何を思うのか──。ハッカーが、ハッカー人生を振り返って思うことは、これからハッカーに少しでも近づこうとする人にとって、貴重な「道しるべ」になるはずです(これまでの連載一覧)。
文:竹内 郁雄
カバー写真: Goto Aki前回に引き続いて、いろはかるた、あるいはそれに類似する慣用句、諺、警句をハックしよう。国や銀行のシステムをハックするより、はるかに健全である。例によって乱雑な整理なので順不同、思い付くままに徒然苔。気楽に読んでいただきたい。
◆ ◆ ◆ ● 珍味朦朧
古典的には「魑魅魍魎」(ちみもうりょう)と言われていた。この漢字をすらすら書ける人はまずいないだろう。私も書けない。「魑魅」(ちみ)は山林の精気から生じるとされる化け物で、「魍魎」(もうりょう)は山川や木石などの自然物の精気から生じるとされる化け物とあるが、どこがどう違うのか、いまいち分かりにくい。分かりにくいから「魑魅魍魎」なのである。現代のいろはかるたでは、若人も楽しめるように、「魑魅」を「珍味」に変えている。これだったらセブン・イレブンにも売っていて分かりやすい。これを国民の日本語能力衰退であるといって嘆く人はもう衰退、老衰していっている。安心されたし。
● 二石一鳥
一石二鳥、すなわち石をひとつ投げたら、鳥が2羽落とせた、などという甘い話はもう現代には通用しない。「二石一鳥」は石を2つ投げても鳥が落とせないという、いかにもありがちな現代的教訓を表している。落とせないという意味が読み取りにくいのは四字熟語の定番である。飲み屋の店員の間では、「二席一鳥」、つまり2つのテーブルで、焼き鳥たった1皿の注文という、しょうもない客を意味する暗号になっている。● 慇懃無札
「慇懃」(いんぎん)はとても礼儀正しいことを意味するが、こういう人に限って財布にはお札がない。企業などに接待でおごられることを身につけてしまい、この状況に陥った小役人が後を絶たない。● けんど、従来は
古典にある捲土重来(けんどちょうらい)は、失敗してもくじけずに勢いを盛り返して巻き返すということを指す。それは失敗を恐れないことにつながる。しかし、覇気のない現代人というか組織人は、新しいことを始める勇気がない。「重来」も「じゅうらい」と読んでしまう。そして革新的な提案を「けんど、従来はこうだった」と悪しき伝統を振りかざして拒否してしまう。● 欺心暗記
詐欺心を抱くもの、「俺だけど、会社の大事な書類なくしちゃって……」を代表とするいくつかの文言を暗記することから仕事が始まる。だまされるほうは、これらを暗記することができない脳力の衰退した老人なので、最初から勝負がついている。● 慢心創痍
慢心は満身創痍をもたらすという、しごく真っ当な諺。満身創痍は結果だけを表現しているので、教訓的ないろはかるたとしては物足りない。● 成功運得
成功は運がもたらす得という意味。努力だけでは成功できないという現代的諦めを表している。その諦めの境地は晴耕雨読の隠遁生活に通ずる。● 一期当選、二期落選
人気政治家のチルドレンが大量当選することがあるが、ほとんどは二期目には落選する。一騎当千の働きをしないのだから当選、もとい当然である。● 口は問題の門
口はもちろん禍や問題の門であるが、門に口を入れたら問題になるという言い方のほうが現代的で、小学生の漢字教育にも役立つ。● 濡手であわや感電
いまや粟は大阪名物「粟おこし」でしか見掛けなくなった(鳥の餌でも見るが……)。現代的にはこちらのほうが馴染みやすい。● 転んだ先に杖
マーフィーの法則ではないが、世の中、つねに人間にとって悪い方向に傾く。転ばぬ先の杖と思って探しても杖は見つからず、転んだらその先に杖があったというほうが圧倒的に多い。● 石の上にも残念
我慢して3年以上長いこと石の上や椅子に座っていても、残念なことにしかならない。● 陰で糸を引け
私もそうなのだが、納豆(の匂い)が嫌いな人は多い。納豆を食べている人がそばにいると、見えないところで食べてくれという気持で、こう言いたくなる。これが転じて「陰で糸を引く」という言葉も生まれた。これは、納豆嫌いの人がいることに配慮し、その人から見えないところで納豆の糸を引くという行為を指す。つまり、謙虚の鏡となるような行為を意味するようになった。● 旅は靴擦れ、夜は情けない
独り旅のつらさ、つまらなさを表す。● 旦那からぼた餅
家庭において滅多に起こらない情景。とても珍しいことを表す。● ちりも積もれば、病となる
いくら掃除しても、床に塵(ちり)が見つかる。NHKの「ためしてガッテン!」によれば、これは実は壁などに付着した塵が落ちてくるからである。だから、本当は壁にも掃除機をかける必要がある。壁に付着した塵はノロウィルスの温床にもなるので、要注意だ。● 悪役は口が苦味走る
当たり前のことだが、「良薬は口に苦し」の対句として現代いろはかるたに採用された。● 女心と上(うわ)の空
女心は繊細で移ろいやすくもろいものなのだが、男はそれを上の空で聞く。よくある風景を描写した諺。● エビデンスで鯛を釣る
相手の弱みのエビデンスがあれば、大きな見返りが得られる。● 十よく五を制す
十が五より大きいことは当たり前なので、必ず勝つ。こんな当たり前のことをわざわざ諺にする意味がよく分からないので人気はいまいちである。● まことしやかに説法
何かを知ったかぶりで説くのだが、そんなことは先刻承知という状況を表す。最近の研究では、こちらの言い方がオリジナルで、「釈迦に説法」はこれの派生であることが分かっている。◆ ◆ ◆ 以下は、いわば企業編という言うべきもの?
● ISOも方便
品質管理がISO (International Organization for Standardizationから来ているが、なぜか文字の順序がひっくり返っている) に準拠していることを売りにしている企業は多いが、単なる方便にすぎないのではないかと推測される。ISOより下位のJISですら守れない企業が続出しているからである。人類が宇宙にまで進出すれば、InternationalがUniversalになるので、この諺は「USOも方便」になることがISOで決まっている。● 待てば会議の日和見あり
長たらしい会議では、じっと我慢して待てば、そのうちこちら側に傾いてくれる日和見主義者が出てきてくれる。まずは我慢せよ、という教え。● 課長 who?ゲッ!
花鳥風月を愛でる春は人事の季節。「新しい課長は誰?」と聞いたら、なんとあいつ! 思わずゲッと言う、これも春の風物詩である。● 三十六回逃げるにしかず
上司からさんざん小言を言われても36回まではのらりくらりと逃げたほうがいい。37回目になったら、辞表を出すにしかず。● 新奇一転
創造性の大事さを表す言葉。新奇なもので、世の中すっかり変わってしまうことを表す。● データを預ける
セキュリィティにうるさい今日、データを預けることがいかに危ないかは論をまたない。下駄を預けるような簡単なことではないのである。下駄漏洩という概念はないが、データ漏洩は企業にとって致命的だ。● 石橋を叩いて壊す
渡りたい石橋を、慎重なあまり、叩きすぎて壊してしまう。無能な中間管理職がよく犯す過ち。● 地震、雷、火事、親会社
小さな会社が恐れる4つのもの。● まけるが価値
一見おまけしているように見せかけて価値を生むような商売の仕方を指す諺。● やりくり三年書き入れ八年
火の車のようなやりくりを三年間我慢し、さらに精進して八年もたてば書き入れ時がやってくるという、創業の基本の教え。● 寝耳にミス
寝入ったころに、社員のミスの報告が飛び込む。身に覚えのない社長たるもの、こんなに驚かされることはない。これで引責辞職に追い込まれた社長は数知れない。もっとも、身に覚えのない社長が激減していることも事実。そろそろこの諺もお蔵入りか?◆ ◆ ◆ ● 鉦(かね)の切れ目が宴の切れ目
NHKのど自慢における「カーン」で、楽しそうに歌っていても歌を止めないといけない、なんとも無情な情景を意味する。● 臭いものにフー
臭いものをフーと吹いても、臭いが広がるだけでむしろ逆効果。蓋をするよりさらに質が悪い。● 早起きは三文の毒
早起きは、寝不足、傍迷惑、朝酒を呼び込む。この諺には「早起きは3文のdoc」という変種もある。どんなに早起きしても、書けるWordの文はわずか3つしかないことを表す。● 阿呆につける薬はないが、飲む薬はある
もちろんビールのことである。私がこよなくビールを愛する理由でもある(写真1)。写真1:愛するビールとともに。
● 喉元過ぎれば暑さ忘れる
暑いときも、ビールを飲んで喉元を過ぎれば暑さを一瞬忘れる。しかし、すぐ暑さを思い出す。だから、またビールを飲みたくなる。世の摂理である。● ビール瓶ひまなし
貧乏でもビールは飲みたい。こうしてビール瓶はひまなく働かなければならない。● 割れ鍋でブタシャブ
ブタシャブを美味しく食べる極意は、薄いブタ肉をさっと湯に通す素早さである。割れ鍋にお湯を注いで練習するのがよい。何物も美味しく食べるにはそれなりの覚悟と練習が必要ということを説いた諺である。● リンゲル液汗のごとし
医学の進歩により、綸言はイギリスの生理学者リンゲルが発明したリンゲル液に置き換えられた。リンゲル液の成分と汗の成分は非常に似ているのだ。古典的諺が科学に裏付けられて進化した素晴らしい例である。● ミクから出たサビ
初音ミクの歌のサビについては、産総研の後藤真孝氏の研究が素晴らしい。これも「身から出た錆」が科学の力によって、現代に甦った例である。● 嘘から出たママゴト
嘘にもいろいろなメリットがある。そのいい例がママゴトである。ほとんどすべてが嘘で固められたのがママゴトなのに、幼児の情操教育になる。人間は嘘で育つと言っても過言ではない。● 芽には目を、葉には歯を
育ちそうな芽には目をかけ、育ってきた葉にときどき歯をむいて厳しい指導することが、育成の心得である。● 抜けた毛の巧妙
毛がないほうが偉そうに見えるということらしい。つまり人が望まないことが、巧妙につながるということで、古典諺「抜け駆けの巧妙」に通ずるものがある。● 毛が残る妙
これは、「おお、どうしてあそこに毛が残っているのか?!」と感歎させるような様子を表す。アクターモデルなどで有名な米国のコンピュータ科学者Carl Hewitt MIT名誉准教授(名誉准教授とは珍しい)が、30年以上前に日本に来て講演したときの感歎がこれだった。頭の頂点にワタボコリが乗っているのかと思ったら、頭髪だったのだ。● 下手の考え休むより悪い
下手が考えたら休んでいるのと同じというのはもう甘い。下手が考えた挙げ句何かしたら、もうそれは何もしないよりはるかに悪い結果をもたらす。◆ ◆ ◆ 以下は、主にコンピュータやプログラミングに関連したものである。
● ブルートゥース、お前もか
私は運が悪いせいか、ノートPCあるいはマウスのブルートゥースの調子が悪くなることが多い。うまく動かないと、ついこう言いたくなる。● この親にしてこの子あり
親から縁(参照)が切られたのにメモリ内に残っている子のデータ構造が(無意味にメモリを占有する)メモリリークを起こす。こうしてコンピュータのパフォーマンスを蝕んでいき、最終的には再起動するしかなくなる。このような無意味な子が残るのはやはり親がそんな親だったからで、そんな親を書いたプログラマがそうだったからである。● 百花繚乱
見た目に美しいアプリには虫が寄りつきやすい。転じて、虫の多いソフトは「百花繚乱のソフト」と呼ぶ。● 泣き面でパッチ
スズメバチの巣などどこにもないのに、ソフトウェアハウスで日常的に見られる光景である。● GOと言ったらGOに従え
アセンブラプログラマにとっては絶対的な教訓。GO(つまりジャンプ命令)を実行したら必ずGOしてしまう。つまり自分が書いたGOは実行したらGOしてしまうのである。反省してももう遅い。実はどんなプログラミング言語でも同じ教訓なのだが……。● 見て極楽書いて地獄
人の書いたプログラムを見て、ふんふん言っている間は極楽。しかし、自分で書くとなったら地獄。これはプログラムに限らない。すべての作文に通ずる。● 年には年を入れ、月には月を入れ、日には日を入れ
役所に出す書式では当たり前のことだが、プログラムを書くとなると事情が違ってくる。馬の骨のようなプログラマは簡単に間違えてしまうのだ。やはり、プログラムにもハンコを押す必要がある。● 馬の骨に念仏
馬の骨プログラマに念仏のようなありがたい教えを説いても意味がないということを表す。古典的には「馬の耳に念仏」だが、念仏を説く対象を人間に昇格させたことで、より現代的な意義をもつ諺となった。● 犬も歩けばバグに当たる
犬は歩くとたまに事件が起こるのだが、ともかく、バグに関しては歩くと確実に当たる。この諺の真意は、実は「犬も」にある。つまり、何が歩いてもバグに当たるのである。つまり誰が歩くのにも障害になるほど、バグがユビキタスである(遍在している)ことを意味している。● 虫の居所が悪い
取れないバグに遭遇したとき、プログラマはそう言うが、彼らの心もこういう状況になっている。● 飛んで火に入る冬の虫
冬に虫は飛んでいない。だからこそ、あり得ないところにプログラムの虫がいる。● 人の虫見て、我が虫直せ
隣のプログラマが生み出した虫を見て、自分の虫を直せ。これができないから虫が絶えない。● さわらぬバグにたたりなし
まったくだ。● さわらぬ紙にたたりなし
その書類にさわったが最後、忌まわしい仕事が降ってくる。● バグ取りがバグ
「ミイラ取りがミイラに」と同様、バグを取ったつもりが、そのおかげで新たなバグを何個も生み出すという、見事な拡大再生産を表す諺。● 虫は取らねど高楊枝
虫も取れないくせに、昼飯の焼肉定食を食って高楊枝をする馬の骨プログラマを揶揄する諺。● 二階からデバグ
いわゆるSEと称する、自分でプログラムを書かない人種が、下っ端のプログラマの尻を叩いてデバグさせる様子を表している。これでは虫は取れない。● 船頭多くして客が乗れない
古典では「船頭多くして船山に登る」というあり得ない誇張がされていたが、現実はもっと厳しい。お客を運ぶ船が船頭だけで満席だったら、客は乗れない。多くのソフトウェアプロジェクトで、これと似たユーザ無視が起こっている。● 船頭多くして船が沈む
こちらはもっと現実に即した、プロジェクト沈没の実態を表現する諺である。● 諸氏完徹
多くの苛酷なソフトウェア開発職場における風景。もっともみんな昼はドローンとした目で昼寝状態になっているので、単に昼夜が反転しているにすぎないという説もある。● 論よりコード
昔、某所でいろはかるたを作ろうとして発見された諺。だが、論を知らずしてコードを書くことの危険性が見過ごされている。もっとも、いろいろ言うばかりでコードを書かないのはもっと困る。「論より行動」という変種もある。◆ ◆ ◆ さて、突然であるが、この「ハッカーの遺言状」は、49日ならぬ49回で最終回となる。これを記念して、それにまつわるいろはかるたハックを最後に紹介して締めくくろう。
● 冗談から駒
そう言えばこの遺言状はほとんどが冗談だった。でも、その中から駒が出てくること期待したい。単なる願望だが。● 年寄りの冷や酒
年寄りが、どんなに寒くてもビールを飲んでくだを巻くのは半社会的行動である(「反社会的」ではないことに注意)。思えば、この遺言状もそうだった、と反省。● 去年のことを言えば大人数(おおにんずう)が笑う
ドッグイヤー、さらにはマウスイヤーとも言われる現代、この遺言状のように大昔のことをいかにも偉そうに書くのはいけない。鬼だけではなく、大人数に笑われるだけだ。● 万事東風
年取ると、万事が東風である。春の訪れを知らせる東風の後、すぐ暑い夏が来て、すぐ冬が来て、また東風だ。つまり、もうどうでもよくなってくるのである。● 遺言状も積もれば、ゴミとなる
これほどこの遺言状の実態を表す名言はない。● 論より焼香
私が亡くなったら、なんと下らない奴だったという論議が日本各地で巻き起こる。すんません。静かに焼香していただければありがたいかと。● 献花よせばいい
ただし、献花は不要。献花両成敗なのである。● 日々これ口実
それにしても、これまでを振り返るとやっぱり、こうだったと思う。さらばぢゃ。◆ ◆ ◆ だが、せっかくなので、最後に一言だけ。
● 一寸先は闇でも、二寸先は明るい
最後の力を振り絞った最後の言葉である。ぜひこう信じて、みなさんは前に向かっていただきたい。そして、ぜひ、私ごときを超えるハックをしてほしい。(完)
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