デンソー、会社の大義と社員の志が共鳴し合う「真のパーパス経営」に挑む。入山章栄氏×デンソー林社長【対談】
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この記事では、デンソーの林新之助社長と経営学者の入山章栄氏との対談を通じて、デンソーが目指す"真のパーパス経営"について触れている。まず、不確実な時代の経営における"両利きの経営"の重要性が強調され、これには既存の技術やビジネスモデルの深掘りと新たな知識の探索の両立が不可欠とされる。デンソーは創業以来、多様な事業領域での深化と探索を継続し、その過程でソフトウェア制御を含む先進機能の開発にも注力してきた。次に、デンソーが社会課題の解決に向けた有機農業やエネルギー分野への領域拡大も語られる。そして、"パーパス経営"においては、企業の"大義"をブレない指針とし、社員の個人的な志と企業のパーパスが共鳴し合うことが大切という考え方が示される。さらに、企業のパーパスを具体化するために必要なのは対話の連鎖であり、社員と企業の目的が自然に共有されることが目標とされる。最後に、経営における多極化とカルチャーの醸成、そして日本の企業カルチャーへの戦略的アプローチの必要性が議論され、AI時代の到来とともに東洋思想の価値が再評価されつつある点が指摘される。
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2024.10.1
ビジョン・アイデアデンソー、会社の大義と社員の志が共鳴し合う「真のパーパス経営」に挑む。入山章栄氏×デンソー林社長【対談】
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林新之助(はやし・しんのすけ)氏
デンソー代表取締役社長。早稲田大学理工学部卒。1986年に日本電装(現デンソー)に入社。電子技術部に配属となり、ソフトウェア技術者として、世界初となる完全電子制御ディーゼルコモンレールシステムのエンジンECUの開発から量産・グローバルへの事業展開まで携わった。その後、電子技術3部長、電子製造部担当部長等を経て、2015年6月にデンソー常務役員に就任。車両全体のシステムを統合制御する電子プラットフォームや、モビリティエレクトロニクス領域の事業改革・新製品企画を推進した。2020年6月にCSwO(Chief Software Officer)、2021年1月にデンソー経営役員に就任し、ソフトウェアを基軸にしたクルマの価値向上に向けて、全社横断での改革を牽引。2022年にモビリティエレクトロニクス事業グループ長を担当した後、2023年6月デンソー代表取締役社長に就任。
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入山章栄(いりやま・あきえ)氏
早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。
先行きが不透明なVUCAの時代。企業は進むべき先が見えている大河から、航路なき大海を航海する時代に突入している。
なかでも顕著なのが自動車業界だ。電気自動車や自動運転、SDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)などの登場により、100年に一度の転換期を迎えている。
危機感を抱いているのは自動車メーカーだけではない。自動車部品最大手のデンソーは、モビリティの進化を軸としつつ、モビリティで培った技術で、モビリティ社会全体、さらにはモビリティ以外の分野でも新たな価値を創造し、社会課題の解決に貢献すると宣言した。
そのために、必要なことは何か。環境・安心における社会課題解決を通じた価値最大化に取り組むデンソーが目指す先とは。
デンソー林新之助社長と経営学者で早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏の対談から紐解いた。
この記事の目次
デンソーは「深化」と「探索」を続けてきた
入山章栄氏(以下、入山):不確実な時代の企業経営において最も重要なのは、「両利きの経営」です。すでにある技術やビジネスモデルを深掘りして磨き込む「知の深化」と、なるべく遠い分野を幅広くリサーチして新たな知を得る「知の探索」をバランスよく両立させる必要があります。
日本企業は「知の探索」が未熟だと感じているのですが、デンソーはいかがですか。
林新之助社長(以下、林):創業以来、我々は10〜20年単位で深化と探索を繰り返してきました。
創業時から手掛けてきたスターター(エンジン始動用のモーター)やオルタネーター(自動車用の発電機)を深化させるのと同時に、先駆的にサーマル系のカーエアコンの探索を始めました。サーマル系の探索で可能性が見えたらそこを深化。同時にパワートレインや電子制御の探索を始めます。そして、パワートレインや電子制御製品が事業の柱に育ってくると、次はソフトウェアも含めた先進安全機能の探索へと移行してきました。
創業以来、デンソーは自動車業界が直面する社会課題の変化を踏まえながら、その事業領域・製品を深化と探索を継続しながら、社会に貢献してきた訳です。
ただし、入山先生がご指摘されたように、会社というものは、放っておくとどうしても短期的な数字に縛られ、探索への投資が弱くなるリスクを持っています。そうならないように、目先の数字だけを優先し、未来につながる探索を止めることがないように肝に銘じています。
特にCASE(コネクティッド、自動化、シェアリング、電動化)の時代は、より強く探索のマインドを持たなければなりません。元々、デンソーが持っていた深化と探索のDNAをしっかり引き継いでいきたいと考えています。
見逃されがちな「パーパス経営」の本質
入山:林社長は自動車で培った技術を活かして、「2035年にはエネルギー、食農など新価値領域での売り上げを2割まで高める」と仰っていますね。
林:食農では食料の安定供給と食の安全に貢献するために、オランダの施設園芸事業者であるセルトングループを買収。自動車部品製造現場でのロボット技術やオートメーション技術、画像解析技術などを活用し、農業の工場化に取り組みました。まさに知の探索にあたる領域で、すぐに収益を求めるのではなく、長い目で見て推進しています。
入山:デンソーは知の探索のDNAを持っているんですね。知の検索を推し進めるために必要なのが、パーパス経営です。自社の祖業を知り、どういった思いで事業運営を行っているのか。そして、30年後の社会にどのような価値を提供し貢献するのか。
社員や投資家、取引先に説明し、腹落ちしてもらった上で巻き込んで前に進む。それができれば、知の探索にも積極的に取り組めます。最近、パーパス経営はよく耳にするキーワードになっていますが、“腹落ち”することが重要です。日本企業は、腹落ちまで持っていけずに、パーパスを策定しただけで満足しているケースも散見されます。
林:デンソーではパーパスを「大義」と表現していますが、以前は「環境・安全・快適・利便」を掲げていました。そして今は、自動車がもたらす負の側面に向き合うため、「環境」と「安心」を最重視し、「環境と安心の分野で社会に貢献する」ことを大義としています。
パーパス経営には二つの大事なことがあると考えています。一つ目は、指針がブレないことです。「企業は公益のために存在する」という考え方に非常に共感しており、私にとっての、経営者としてのブレない指針となっています。二つ目は、「個人の志」です。自分は何のために働いているのかを突き詰める。その志と会社のパーパスが重なり合って共鳴し、社員個人の生きがいや、社会の貢献につながることで、パーパス経営が実現できると考えています。
入山:おっしゃるとおりで、個人の志、つまり個人のパーパスは非常に重要です。会社のパーパスは頻繁に議論されますが、個人のパーパスにも目を向けなくてはいけません。これは日本社会の課題ですが、自分が「何をして生きていくのか」を考えさせない社会となっています。その根源が教育です。
日本の教育は正解がある世界で、いい点数を取れば正解、偏差値が高い大学に合格すれば正解、そして、大企業に入社して定年まで勤めあげれば正解という時代が長く続きました。それでは、自分の幸せな人生を考えて腹落ちさせる機会はありません。
対話の連鎖でパーパスを現場に落とし込む
入山:林社長は、自分の人生を考えるきっかけなどはありましたか。
林:30代の頃、がむしゃらに仕事に取り組んでいたのですが、上手くいかないことが続き、ある日突然、頭の中が真っ白になって、空っぽになってしまったことがありました。その時、「自分は何のために生きているのか、なぜこんなことになったのか」を考えました。
入山:壁にぶつかったのですね。どのようにして乗り越えたのですか。
林:読書です。色々な本を読みました。特に歴史の本が多く、日本、東洋、西洋の歴史や思想に触れ、学んだことを実践し、失敗したら、また読書で学ぶ。何年かそんなことを繰り返し、自らの歴史観や世界観が育ちました。その上で、何のために働くのか、生きるのかという、自らの価値観が築かれてきたのだと感じています。
私は、「日本ならではのあり方や考え方を学び、仕事を通じて体現し、次の世代につなぐ。そのために生きて、仕事と向き合う」と決めました。これは決して国粋主義的な考えではなく、自国の文化や歴史に誇りを持ったうえで、世界に貢献したいということなんです。
入山:林社長が語っていることは思想と言ってもいいでしょう。僕は、思想が語れないトップはダメだと思っています。現代は西洋の二元論的な考え方が限界に来ています。
善と悪、自然と人間、そういったものをクッキリと分けることは難しく、意味がありません。AIが浸透する時代には、二元論ではなく東洋の渾然一体とした世界観が必要とされるのではないでしょうか。
林:私も東洋思想から学んだことは多く、自分の考え方の軸になっています。AIの台頭により、「人生をどう生きるか」が、より大切になってきている今、東洋の一元論的な考え方がグローバルにも必要になってくるのでは、と考えています。歴史も思想もつながりが重要で、日本の禅を知ろうと思えば、儒教や道教、インド哲学を知る必要があります。さらには、その哲学や宗教が誕生した地理的要因も関わってきます。そういう歴史や思想と自分とのつながりの大事さを、読書と実践の繰り返しの中で、学びました。
デンソーにも75年の歴史やそこにいた人達の志があり、今まで脈々とつながっています。これからも、大義と現場がつながり、個人の志ともつながらないといけません。
入山:大義を現場に浸透させ、社員に腹落ちさせるために心掛けていることはありますか。
林:対話の連鎖しかないと思っています。
しかし、ただ単に対話をするだけでは、大義が現場全体に浸透し、社員一人ひとりが腹落ちする状態になるとは思っていません。ましてや、カルチャーを醸成させるとなると、一筋縄ではいきません。
まず、対話の中で、それぞれが自分の志を見つめ直す機会をつくることや、お互いの志を会話することで、会社の大義と自らの志をつなぐ場をつくることが大切だと思っています。
そのため、現在デンソーでは、社員を集めた「語る会」や「タウンホールミーティング」のような形で、少人数ごとに双方向で深く語り合う会を始めました。
意識せずとも、普段の会話の中で、大義や個人の志の話が自然に行われる状態を目指しています。
多極化と企業カルチャーの醸成を同時に進める
入山:人材の多様性について伺いたいのですが、日本に本社を構えていると、どうしても同質な社員が集まりがちではないでしょうか。こういった状況は、知の深化には有利かもしれませんが、知の探索には不利になります。そのバランスをどのように考えていますか。
林:そうですね。過去は、日本の本社を中心とした探求で良かったかもしれません。
しかし、私たちは、クルマで培った強みを活かし、自動車業界のTier1からモビリティ社会のTier1へと進化しようとしています。そして、グローバルな社会の課題解決に貢献していくことが私たちの使命です。
そうなれば、各地域の特性や課題に寄り添う必要があり、日本一極では応えられません。
先ほど、自国の文化や歴史に誇りを持つ話をしましたが、それぞれの国や地域の従業員が自ら真のニーズを探して、最適なソリューションを提供する必要があります。
そのため、デンソーはグローバルに事業展開しており、35の国と地域に193のグループ会社を持ち、全体の社員数は16万人以上です。生産・販売拠点のみならず、研究開発拠点も世界各地域に配置しています。
入山:なるほど。グローバルで見ると、ダイバーシティが確保されているわけですね。
林:自動車業界全体の変革を追い風に更にダイバーシティを進めたいと思います。そうすれば、人が育ち、才能がミックスします。そうしてカルチャーも変わっていくことを期待しています。
入山:日本企業は長い間、企業カルチャーの醸成を戦略的に行えていません。これは大きな課題だと思います。欧米企業は企業カルチャーを重視していて、その最先端がGoogleとAmazonです。
林:これまで、日本はカルチャーの醸成を考えなくても上手くやってこられたのかもしれません。
しかし、入山先生がおっしゃるとおり、これからは、カルチャーを戦略的に捉えて、意図的に創り上げていかないといけない。
また、そのプロセスでは、経営者の想いや考えを一方的に押し付けるのではなく、全員で考え、実践し、ひとつの形に創り上げていくことが大切だと思います。
これからの第二次デジタル競争でデンソーの実力が試される
入山:企業カルチャーを醸成するポイントは祖業です。デンソーも創業時の思いや志を突き詰めれば、自ずと企業カルチャーが明確になるはずです。
林:デンソーは今年、創立75周年を迎えます。1949年、当時のトヨタ自動車工業、現在のトヨタ自動車の電装部門が分離独立して設立されました。
社員も若く、カリスマ的リーダーがいるわけでもない。創業当時は、本当に苦しい状況だったと思います。
しかし、社員一人ひとりが、「自分たちの技術で社会に貢献しよう!日本に留まらず、世界をみよう!」と奮い立ち、侃々諤々と議論しながらゴールを目指して、苦境を乗り越えてきました。
信念を貫く強い個の集団だったわけです。その魂が、私たちの原点にはあるはずです。
入山:その原点があるからこそ、高い技術力で色々な製品を生み出せたんですね。QRコードはデンソーが開発した技術ですし、まだまだ世界を変えるテクノロジーがあるはずです。クルマ自体の進化はもちろんですが、激変する時代においても、モビリティ社会を実現させるビジネスにも期待しています。デンソーは、ある意味、日本で一番可能性がある企業かもしれません。
林:ありがとうございます。これまで蓄えた技術は、世界でも通用すると自負しています。デンソーはこれまで、クルマの電子制御化の全てに関わってきました。特にCASEにおいては、半導体とソフトウェアの深化が必要とされますが、半導体は50年、ソフトウェアは40年の実績があり、相当なノウハウが溜まっています。
それに加え、創業から取り組んできたメカ領域に始まり、エレクトロニクス、ソフトウェアと、それぞれの領域で技術を磨き上げるだけでなく、それを最適なバランスで組み合わせ、高品質な製品として実装・量産する技術力・製造力は我々の基盤としてさらに強化しています。
入山:現在は第一次デジタル競争が終了したところ。ここで日本はGAFAなどプラットフォーマーに敗北しました。しかし、これからはモノがデジタルでつながる第二次デジタル競争が始まります。
重要になるのが、ソフトウェア技術とモノ自体を製造する技術。良質なモノとソフトウェアを組み合わせる時代は、デンソーにとって大きなチャンスです。
林:そのチャンスを活かすためにも、パートナー戦略が重要になります。デンソーは、自動車業界の多くの取引先様とお仕事をさせてもらっています。これは、とても光栄なことですし、一方で自動車業界の大きな責任を担っているとも言えます。
ただし、これから自動車業界全体が成長してくためにも、クローズドな競争戦略だけでなく、他業界のみなさんと共創する標準化戦略に舵を切る必要があります。
パートナー戦略で目指すのは、真の調和。自動車業界とソフト業界、自動車業界と半導体業界など、共に成長し合えるようなパートナーとの関係性を作り、社会に貢献していきます。
入山:林社長とはまだまだ語り合いたい。日本の大企業で、これだけ思想を語れるトップは多くありません。今回の対談を通じて、もっと多くの人に林社長の人となりが伝われれば、私としても嬉しく思います。
林:私もさまざまな話題で語り合えて、大変貴重な時間を過ごせました。本当にありがとうございました。
ビジョン・アイデア制作:Business Insider Japan Brand Studio
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