理不尽を受け入れること──質問責任と説明責任が大事
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Target この記事の主なターゲット
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- ビジネスパーソン
- 企業の管理職
- 新人社員
- 職場でのコミュニケーションに悩む人
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Point この記事を読んで得られる知識
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この記事を読むことで、仕事の場において理不尽を感じることがあるが、それを完全に避けるべきではないという考え方が紹介されています。理不尽を感じる背景には「経験不足」があるため、自分の成長のためにある程度それを受け入れることも必要だと述べています。ただし、理不尽な状況でも「質問責任」と「説明責任」を果たすことが重要であると強調されています。すなわち、理解できないことについて質問をするとともに、説明を求めることで、責任を持つ双方が建設的に関与することが大切だということです。また、理不尽に感じることにも経験を通じて意味を見出すことがあるため、それが自己成長につながる可能性もあるとしています。最終的には、状況に応じて質問と説明のバランスを考えながら成長の機会として捉えることが良いという知識を得ることができます。
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Text AI要約の元文章
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理不尽を受け入れること──質問責任と説明責任が大事
サイボウズ 副社長で、現在はKintone Corporation(サイボウズUS)CEOとしてアメリカ市場開拓に従事する山田理が、その時感じた思いをつづるサイボウズ式「まるボウズ日記」。
今回はサイボウズ式 ブロガーズ・コラムを読んで考えた、理不尽を受け入れることと「質問責任」「説明責任」について。
こちらの記事を読んで思うこと。
2017年2月 8日「社会人=理不尽にも耐えなければいけない」という誤った常識 むかしサイボウズの社内評価基準に「理不尽を受け入れる」って項目を入れたことがある……。
そもそも「理不尽」とは「理にかなっていないと”本人”が感じること」であって、経験が浅ければ浅いほど「理不尽」と考えることは多い。
ニンジン嫌いな子どもに無理やり食べさそうとして「ママは理不尽や」と言われるようなもので、社会経験の浅いメンバーが理不尽だと感じることはあると思う。
でも本当に理不尽だと思ったものをしないことが、そのメンバーにとっていいことなのかどうかは一概には言えない。
一方で、それをさせようとする側がなぜそれをする必要があるのかという意味を理解していないと、「新人だから」「常識だから」「ルールだから」という説明になり、本当は大切なことでさえ「理不尽」なことになる。
理不尽と嘆く前に、「質問責任」と「説明責任」は果たせているか?
自分が理解できないことをする場合、その人には「なぜする必要があるのですか?」と問う「質問責任」があり、それをしてほしい人にはその問いに答える「説明責任」がある。お互いがそれぞれの責任を果たすことがチームとして大事。
さはさりながら(しかしながら)、すべてを理解し納得できないことは社会人としての経験が浅ければ浅いほど多いかもしれない。それをすべてにおいて「なんでですか?」とやると先輩や上司も面倒になり、今度は「こうやったほうがいいよ」というアドバイスをしてくれなくなる。
それはそれで残念。やってみて初めて意味があるとか意味がないと感じることもあり、それが経験になり、自分の成長につながることもあるので。
まとめると、自分の経験が浅く人から教えてもらいたいと思っているのであれば、質問責任は認識しつつも、「経験を積む」ためには「理不尽を受け入れる」ということも意識しておいてもいいかなと。
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