「浮きこぼれ」という言葉を知っていますか?
「落ちこぼれ」の対義語で、高い学力ゆえに学校生活になじめない子どものことを指します。
機械学習に関するコンサルティングやシステム開発に携わる中山ところてんさんは「浮きこぼれ」として、小中学生時代に不登校を経験。
一方、筧捷彦さんは、国際情報オリンピックの運営など、長年情報分野の教育に携わる上で、就職に悩む若者を多く目にしてきました。
対談を通して、周囲になじめない子どもたちが居場所を見つけるためにはどうしたらいいのか、また日本の情報教育のあり方について考えます。
授業で手を挙げて全部答えたら、「君は当てない」と言われてしまった
僕は、小学校から中学校の途中まで、学校に通うことができなかったんです。
そうだったんですか......。なにか理由はあったのでしょうか。
小学校の頃、テストの点などはそれなりに取れていました。というか100点以外は取らないような子でした。
ですがその結果、僕が授業で手を挙げると1から10まで全部答えてしまうということで、「君は当てない」と先生から言われてしまったんです。
中山ところてんさん。電気通信大学大学院電気通信学研究科博士前期課程修了。通信会社の研究所やソーシャルゲーム会社を経て、2017年から株式会社NextInt代表。著書に『仕事ではじめる機械学習』(共著、オライリージャパン)、『キズナアイ 1st写真集 AI』(寄稿、KADOKAWA)など。Twitter(@tokoroten)やブログ「ところてん – Medium」において、エンジニアリングやビジネス開発など幅広いテーマについて発信している。
それで先生に不信感を抱くようになり、不登校になってしまって......。
そんなことがあったんですね。不登校になってからは、どうしたのですか?
フリースクールに通うようになりました。
そこで、出会った上級生の影響で、パソコンや情報分野に引き込まれるようになりました。
今の仕事につながるほど、熱中できるものを見つけたんですね。
筧捷彦(かけひ・かつひこ)さん。東京通信大学情報マネジメント学部情報マネジメント学科教授。東京大学大学院工学系研究科・計数工学専攻修士課程修了。工学修士。早稲田大学理工学術院教授、日本ソフトウェア科学会理事、情報処理学会理事、特定非営利活動法人情報オリンピック日本委員会理事長、公益財団法人情報科学国際交流財団理事長などを歴任。早稲田大学名誉教授
はい。中学からは保健室登校をするようになり、2年生から復学しました。
高校は進学校に進みました。優秀な生徒がたくさんいて、「自分は大したことないな」と思うようになったら、生きるのが楽になったんです。
大学ではサークル活動やプログラマーのアルバイト、ゲーム会社でのインターンに明け暮れていて、成績は下のほうを低空飛行、留年もしました(笑)。
フリースクール、中学、高校と環境が変わり、状況が好転していったんですね。
得意なことがあっても、なかなか理解されず、僕みたいに周囲や環境になじめない子たちは、たくさんいると思うんです。
一昨年前から未踏ジュニアの活動をお手伝いするようになったのですが、実際自分と同じような経験をしている子は決して少なくないな、と 感じています。
集団授業はみんなが一緒に学んでいくことが前提ですからね。
中山さんのように、少し「普通」とちがう子がいると、先生もどうしたらいいのかわからず、とりあえず周囲から浮かないようにさせようとするのかもしれません。
日本の学校教育は、「お金の稼ぎ方」を学ぶ機会がなさすぎる
私は長年大学で教鞭(きょうべん)をとってきましたが、情報分野の元学生たちや、国際情報オリンピックのかつての参加者からも、就職先で苦労している話はよく聞きます。
得意なことがあっても生かせる環境を見つけるのに苦労するのは学校だけではなく、社会に出てからも同様かもしれません。
周囲に合わせられなくても、際立った専門性や個性を持っている、という存在がいます。しかし、そういう人たちがプロとして食べていける道が、あまり紹介されていない気がするんです。
情報系に関して言うと、大企業を中心につくられた世の中の枠組みの中で、能力を発揮して活躍するという道が、ほとんど絶望的にないと言ってもいい。
日本では、「情報技術者を育成しよう」と文部省が音頭をとり、1970年ごろから、国立大学に情報系の専門学科・専攻が設けられるようになりました。
でも当時から、そうしたところを出た人材がどこで活躍するのか、 方向性が明確になっていなかった。
大企業に入ると、情報技術に関する知識がほとんどゼロの文系の人たちと一緒になって、今さらのように「コンピュータとは」みたいな話から研修が始まるんです。それが「やっていられない」という若い人材がたくさんいました。
今はエンジニアのニーズが高まって、「高度IT技術者を育てよう」と散々言われているけれど、状況は根本的には変わっていません。
情報技術のプロなのに、プロとして活躍する場所がなく、認められる場面もない。
専門性を持った人材をほかの人材と同じようにマネジメントする企業も多いでしょう。
高い専門性を持った人材が実力よりもレベルの低い仕事を任されたり、なぜかローテーションで自分の専門とは無関係の部署に配属されたりする。モチベーションなんて高まるはずがありません。
2020年度からは、小学校でのプログラミング教育が必修になりましたし、今の中高生が情報分野を深く学ぶようになり、5年後、10年後と進んでいけば、少しずつ状況は変わっていくのかもしれませんが。
「お金を稼ぐ=企業に就職する」「大企業に就職するほうがいい」という価値観が未だに主流ですよね。起業する若者の数は昔に比べれば、爆発的に増えましたが、そういう考えが強いということが、根本的な原因なのかもしれません。
お金を稼ぐ方法をしっかり教えていけば、もっと選択肢が増えると思うのですが。
日本は資本主義の枠の中にいるはずなのに、教育において、実経済を実体験してみるような機会には乏しいですよね。
「そもそも株式会社とは何なのか、株主はなんなのか」とか、「投資と投機はどう違うのか」とかいうことを学ぶ機会もあまりない。
大学で経済系の専門に進まない限りは、なかなか学ぶ機会はないですよね。
自分のアイデアや専門性を生かして、お金を稼ぎ、世の中を豊かにする。そういう能力を身に着けるすべを、教育機関が提供する必要があるのだと思います。
子どもだけの小さな世界になじめなくても、悲観する必要はない
子どもたちを取り巻く環境そのものは、すでに大きく変わっていると思うんです。
今は、教室がインターネット上にあって、学校に通わずに自分のペースで学べるという学校もあります。建物があって校庭があって……という従来の学校の形ではない。こうした新しい仕組みの学校も増えていくでしょう。
学校の形式が柔軟になることで、救われる子どもは多いと思います。
若い人たちを見ていると、そもそも生活様式からして、私たちの世代とはまったく違うと感じます(笑)。
私にとってはもう子ども世代ではなく、孫世代ですが、今の子どもたちは勉強しながらスマホを触っているし、常にネットワークにつながっています。
子どもの「スマホ中毒」や「ネット中毒」を危険視する意見もあります。「うちの子はYouTubeばかり見ているけど大丈夫なの?」とか。
それらをすべて規制して切り離そうとするのは、今の時代にはナンセンスでしょう。スマホでもネットでもYouTubeでも、規制するのではなく、親も一緒に参加してみるのがいいんじゃないでしょうか。
そうですね。今はインターネットで、好きなことを軸にいくらでもつながれる時代です。コミュニティも見つけやすい。
子どもの世界になじめないのなら、もっと広い大人の世界も見せてあげればいいんじゃないかと思います。そこから、熱中できるものや、自分に合う世界を見つけられればいい。
視野を広げて選択肢を増やしてあげるということですね。
僕は高校生のときにあるネットゲームをずっとやっていて、オフ会でふらっと東京に来たときに、30代の大人たちとも普通に遊んでいました。そこで上の世代の人たちとつながれたのは貴重な経験でした。
もちろん、子どもがオンラインで大人とつながることには危険がともなう可能性もあるので、親のサポートは必要ですが。
中山さんは、子どもだけの小さなコミュニティにはなじめなかったかもしれないけど、もっと広くて刺激的な世界で成長していたんですね。
はい。大人のコミュニティに参加させてあげることで「あこがれの対象」が見つかり、自然と歩き出せるようになる子もいると思うんです。
僕の場合は、中学や高校の中の学年で輪切りにされていた世界では得られない視点を、学校の外に見つけることができました。あの体験がなければ、今の自分はなかったかもしれません。
だから、子どもが小さな世界になじめなくても悲観する必要はないと思っています。
日本に約50人。世界トップレベルの能力を持つ生徒たち
筧先生が日本委員会理事長として運営に携わっている国際情報オリンピックには、日本から何人くらいの生徒・学生さんが参加しているのでしょうか?
これまでにのべ50人強ぐらいです。国際情報オリンピックは、1989年にブルガリアで第1回大会が開催されたのですが、日本人選手が初めて参加したのは1994年のスウェーデン大会からです。
高度な問題が出題される世界大会へ中学2〜3年から出場して、毎年参加している人もいます。日本には「のべ50人強」の本当に優秀な人材がいるのも事実です。
たとえば「乗り換え案内」にあたるようなサービスをつくるという問題です。
今、アプリを使えば、交通状況に応じて最短ルートを案内してくれますよね。でも、あのアルゴリズムを組むのは実はとても大変なんですよ。
電車運行トラブルが1件起きただけでも、選択肢の数が爆発的に増えますよね。
はい。組み合わせの数が膨大なので、何も考えずに書いたプログラムではそれなりのルートを提示することにさえ時間がかかってしまいます。それを乗り越える良いアルゴリズムを組まなくてはいけません。
そうです。こういった問題を解くことのできる彼らが、いきいきと活躍できる場がもっと増えてほしいと願っています。
執筆・多田 慎介/撮影・尾木 司/編集・鈴木統子
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