「会社を大きくしていきたいけれど、社員の幸せも考えたい」──。
経営者にとって、会社の成長と社員の幸せの両立は永遠の課題。社員の幸せに向き合いたいと思うものの、つい目の前の売り上げを大事にしてしまう……というジレンマに悩んでいる経営者の方は、多いのではないでしょうか?
そんななか、『売上を、減らそう。たどりついたのは業績至上主義からの解放』という強烈なタイトルの書籍が出版されました。
その著者は、京都にある国産牛ステーキ丼専門店、「佰食屋(ひゃくしょくや)」を経営する中村朱美さん。社員一人ひとりの生き方を尊重するサイボウズの考えとも、通ずるところがありそうです。
そこで今回は、中村さんと、サイボウズ副社長兼サイボウズUSA社長 山田理に、「会社の成長と、社員の幸福のマネジメント」をテーマに対談をしていただきました。
「売り上げを、減らそう」と思ったのは、ビビリな性格だったから
強烈なタイトルですね。『売上を、減らそう。』って(笑)。
中村朱美(なかむら・あけみ)。京都教育大学卒業。専門学校の広報として勤務後、2012年9月に飲食・不動産事業を行う「株式会社minitts」を設立。同年11月に『国産牛ステーキ丼専門店 佰食屋』をオープン。子育て中の女性やシングルマザーなど多様な人材の雇用を促進するなど、ワークライフバランスを意識した取り組みが評価され、「第4回京都女性起業家賞」最優秀賞、京都市「真のワーク・ライフ・バランス」推進企業賞など受賞
「会社の成長」と「社員の幸福」、どっちも大事ですよね。でも、それを両立させるのはなかなか難しい。
中村さんが本でもおっしゃっているように、あきらめる覚悟がときには必要だと思っています。
いつも思っているのは、経営者が一番大事にすべきなのは、実はお客さまよりも社員なんだということ。
社員が「経営者に大事にされた」と感じられたとき、その気持ちがお客さまへのサービスとして伝わって、お客さまが商品やサービスを気に入ってくださり、結果的に売り上げにつながる。
この循環をつくるには、絶対に一方通行の愛じゃないとダメだと思っているんです。
山田理(やまだ・おさむ)。サイボウズ株式会社取締役副社長 兼サイボウズUSA社長。1992年日本興業銀行入行。2000年にサイボウズへ転職し、取締役として財務、人事および法務部門を担当。初期から同社の人事制度・教育研修制度の構築を手がける。2014年グローバルへの事業拡大を企図しUS事業本部を新設、本部長に就任。同時にシリコンバレーに赴任し、現在に至る。11月初旬に、マネジメントに関する書籍を出版予定
はい。私たち経営者は母親のように無償の愛を渡すから、社員はお客さまの方に愛を向けてほしい。その愛は、別に経営側に返してもらわなくてもいいんです。
私、究極のビビりなんですよ。自分がきっかけで、誰かが傷ついたり、生きづらくなったりするのが怖い。
なので、社員に対しても「私の決めたルールで働きづらさを抱えていたらどうしよう?」って、毎日思うんです。
ああ、すごく共感します。
サイボウズも、昔は離職率が30%近かったんです。会社は大きくなっていくけれど、「人の役に立ちたい」と入って来た社員が、体を壊したりして辞めていくのを目の当たりにしたとき、「僕は何をやっているんだろう」と怖くなりました。
僕自身、いいことをしようと思っていたのに、社員にどんどん嫌われていくのも嫌でしたし。
幸か不幸か、業績が頭打ちになったので考え直すことができたんですね。
社長の青野さんと一緒に「社員が『この会社がすごい好きだ』と思える会社にしよう」と決めたんです。そうしたら、徐々に売り上げも回復してきたんですよ。
経営の権限を取られるのが怖いから、会社を「大きくする」ことは考えない
でも僕は、やっぱり若いころは売り上げを伸ばし、会社を大きくしていきたいという思いもあったんですよね。だから、さんざん迷った末で、今の自分があるんです。
それに比べて中村さんは、早い段階から、売り上げや雇用について、「1日100食」「社員は30〜40人」と、ある種のリミッターをつけた。
「会社を成長させたい」という選択肢は、考えなかったんですか?
京都駅から電車を乗り継いで15分。佰食屋は、毎日100食限定で国産牛ステーキ丼を提供している。取材日も、ステーキ丼はもちろん完売していた
周りからは「会社の拡大は必要だ」とよく言われています。でも私がやりたいのは、私の会社でちょっとでも幸せに生きられる人を増やすこと。
だから上場もまったく考えていないし、むしろ怖いとさえ思っています。
ふたつありますね。ひとつは、私の知らないことが増えるという怖さ。私は先ほども言ったようにビビりなので、隅から隅まで見回して、自分で把握しておきたいんです。
たとえばもうすぐフランチャイズ事業を始める予定なのですが、それも私が研修をしますし、工事にも立ち会おうと思います。ドンと資金調達して、たくさんお店を出して、上場しようぜ! といった考えは、私には理解できなくって。
株式を公開して、経営に関する権限を株主に取られてしまう怖さです。経験上、私たちの決断は理解してもらえないと感じてきたので……。
佰食屋を始めたときは、中小企業診断士や大学の先生、金融機関の方々にも「絶対にうまくいかない」と散々言われました。
中村さんのやり方を理解できない株主に、反対されたらどうしようという怖さですね。
まさにそうです。もしも株主に反対されて、私には未来が見えている新規事業をできなくなったら、すごくストレスになると思うんです。
上場しない株式会社のいいところは、自分たちだけの権限でやれることだと思っています。
僕らのつくりたい社会に共感しないんだったら、株を売っていただいていい
サイボウズは上場して19年になりますが、最初の10年は非上場に戻すことばかりを考えていました。
若気の至りで上場してお金は入ってきたけれど、株主とのやりとりはめんどくさいだけで何もいいことはない。
「なんで上場したんやろ?」と、自分たちで株式を買い取ったりもしたけど、非上場ってなかなか難しくて。
サイボウズにはサイボウズの理想があって、社員の幸福や社会に貢献するためにがんばりたい。株価を上げて株主を喜ばせるためにがんばっているわけではないんです。
最後は半ばあきらめて「僕らのつくりたい社会に共感しないんだったら、株を売っていただいていいですよ」と言ってみました。
それはもう、ネット掲示板などでは名指しで批判を浴びました。でも、結局はサイボウズに共感して応援してくれる人たちが、それをかき消してくれたんです。
さらにおもしろいことに、しばらく経つと株主総会の雰囲気が「サイボウズファンの集い」みたいに変わってきたんですよ。
上場している方が、会社に共感する人を増やして巻き込んでいけるんじゃないか
今では、株主総会で「お金を出すだけじゃなくて、サイボウズのために何をしますか?」って聞いています。
最初は「えっ? 株主が何かやらないといけないの?」という雰囲気になりましたが、だんだんいろんな提案が出るようになっています。
「パンフレット配ります」「自分のコミュニティで製品紹介します」とか、「株主同士で連携させてくれたら、もっと違うアイデアが出るかもしれない」とかね。
サイボウズの株主は約1万人。つまり、社員は約800人しかいないのに、1万人の協力者が増えると、つまり1万800人の社員になるんやと思った瞬間、めちゃくちゃおもしろくなったんです。
もしかしたら、上場している方がサイボウズに共感する人を増やして、巻き込んでいけるんじゃないかって。
「社員を幸せにしたい」という、働く原点にある大事な考え方がまかり通らない社会のほうがおかしいわけで。
上場会社が、株主のあり方や働くことに対する考え方を変えるムーブメントをつくって成功したら、世の中にも広がっていくんじゃないでしょうか。
会社を大きくすることと、社員や関わってくださる方々の幸福は、今では両立するんじゃないかなって思っています。
今のお話を伺って、純粋におもしろそうだと思いました。今までは上場なんてありえないと思っていたけど、心動かされるかもしれないです。
行き過ぎた資本主義から、もう一度「人の幸せ」という言葉に戻ってきつつある
僕は今サンフランシスコにいるんですけど、シリコンバレーにはAppleやGoogle、Facebookなど、世界的に成功した企業があり、世界中から優秀な若者が集まっています。
彼らはキャリアを積んでお金を得て何をするかというと、副業でNPOを運営したり、30代半ばで辞めてボランティアを始めたりするんですよ。
行き過ぎた資本主義から、もう一度「人の幸せ」という言葉に戻ってきつつあるんだと思います。
世界的に、働くことと幸福の関係がテーマになっているんですね。
そうだと思います。ただ、こういう話をすると「それはもうNPOじゃないか」と言われるんですね。でも、株式会社であっても、金の亡者にならないという意味での「非営利」ってあり得ると思う。
アメリカで「僕らは世界で一番成功した、株式会社としての“NPO”になる」と言ったら拍手喝采を浴びました。この考え方が、アメリカから日本に逆輸入されてドライブがかかったらいいなと思っています。
会社の成長の仕方にも、いろいろあるんですね。私も今一度、考えてみようかなと思います。
ものの15分で、見事に完食!「ごちそうさまでした。もう一杯いけるわ……」
副社長・山田理のマネジャー本、Amazon予約はこちらから。Facebookにて、書籍の制作過程を公開するコミュニティを運営しています。ご参加されたい方がいらっしゃれば、ぜひこちらから参加リクエストをしてください!
文・杉本恭子 撮影・矢野拓実 企画編集・明石悠佳
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