成長・拡大するにつれ、企業文化をどのように維持し、新規メンバーに伝えていくか。頭を悩ませている経営者は少なくないと思います。
米フロリダにある、学生スタッフによる清掃サービス会社「スチューデント・メイド」創業者・CEOのクリステン・ハディードさんは企業文化を維持するために、企業規模を10分の1程度にするなど、大幅な人員削減を行いました。
ハディードさんは「規模拡大やフランチャイズで成長するよりも、目の行き届く規模で、従業員に確実に企業文化を伝えて成長を図りたい」と言います。
ハディードさんが実践するフィードバックのやり方についてお伺いした前編に続き、後編ではリーダーシップをとるうえで心がけていることから、新人研修の方法まで、働きがいのある組織をつくる秘訣を聞きました。
※この記事は、Kintopia掲載記事"Vulnerability Made My Company Stronger—Interview with Kristen Hadeed (Part 2)”の抄訳です。
July 10, 2019Vulnerability Made My Company Stronger—Interview with Kristen Hadeed (Part 2)
規模を10分の1にして、売り上げを減らしても、企業文化を守りたかった
ハディードさんの会社は学生に人気の企業で、実際に優秀な学生スタッフばかりとのことですが、いまは何人くらいの人が働いているのでしょうか?
現在の従業員数は、50人から100人の範囲で変動しています。以前は500~600人ほどの規模だったのですが、この2年で人員削減を図りました。
クリステン・ハディード。スチューデント・メイドCEO。2008年に従業員が学生のみの清掃サービス会社「スチューデント・メイド」を創業。低賃金、離職率75%で知られる業界ながら、離職率の低さとその成長性から全米で注目を集める。著書に、”Permission to Screw Up”(日本語版のタイトルは、『離職率75%、低賃金の仕事なのに才能ある若者が殺到する奇跡の会社』ダイヤモンド社)がある。Photo by Pete Longworth
そうなんです。なぜ、人員削減したかというと、会社の規模によって企業文化が大きく変わってしまうと感じたからなんです。
最終的にはフランチャイズや規模の拡大による成長ではなく、人数をしぼり、自分たちの企業文化をメンバーに確実に伝えて成長を目指すという方法を選びました。
規模を小さくするということは、売り上げにも影響しますよね。
ええ、かなりの売り上げをあきらめました。でも、その価値はあったと思います。
企業文化をしっかりと伝え、従業員に自分たちが今まで築いてきたものを身につけてもらうことは、私たちにとっては利益以上の意味があることなんです。
一生懸命つくりあげた企業文化を犠牲にしてまで拡大成長するより、目の行き渡る規模で企業文化を社員に浸透させて成長を目指すというやり方のほうがしっくりくる感じがしたんですよね。
利益よりも企業文化を優先にするという決断は、経営者にとって簡単なことではないと思います。
規模の縮小=ビジネスがうまくいっていない、と考えられがち ですよね。
でも、企業文化と職場環境を守るための勇敢な決断として必要なときもあるんです 。
弱さを見せられるのは強さ。リーダーとして、ありのままの姿を見せることの大切さに気づいた
ハディードさんは、リーダーシップにおいては「気づかい」と「ありのままでいること」が重要だとおっしゃっていますね。
メンバーへの「気づかい」が大切だということはわかるのですが、なぜ「ありのままでいること」が重要なのでしょう?
前編で少しお話しましたが 、過去に45人の従業員が一度に辞めてしまったことがありました。そのときに「ありのままの姿」をみんなに見せることの大切さに気づいたんです。
45人ものメンバーが辞めてしまった原因のひとつは、私のリーダーとしての経験が浅かったことです。何をすべきかわかっていなかったんですよね。
たとえば、メンバーの名前もまったく知りませんでしたし、みんなに飲み物を出すことや、昼休みをとってもらうことすら考えもしませんでした。
それはたしかに......。学生に人気の企業 となったいまの状況からは想像できないほどです。
辞めていった45人に対して、間違っているのは彼らだと思ったことを覚えています。
なぜ彼らは仕事に全力を注ぎ、やり遂げなかったのだろうか、と。被害者意識を持っていたんです。
パニック状態になりました。やらなければならない仕事がたくさんあったからです。
それで、まだ会社に残ってくれているメンバーに、現状を話しました。助けを求めたところ、彼らは素晴らしいアイデアを持っていたのです。
「会議をしましょう」と言ってくれたんです。そして、朝に集まって何が問題だったかを話し合いました。
会議の前まで、私は自分がどう悪かったのか本当に理解できていませんでした。
だから、みんなにはこう伝えました。「私は何か間違ったことをしたのだと思います。でも、何が問題だったのかをわかっていません。リーダーになるのは初めてで、悪意はなかったんです。本当に申し訳なく思っています。どうか手を貸してください」と。
当時は自覚していなかったのですが、私は自分の弱さを認めたんです。
素直に謝って、問題点を指摘してもらうように頼んだんですね。
はい。そうしたからこそ、辞めた45人 のメンバーも戻ってきて私にまた機会を与えてくれたんだと思います。
リーダーの中には、メンバーの目の前で面目を失うことをおそれる人も多いと思います。
自分の弱い部分を見せながら、リーダーシップをとることは可能だと思いますか?
はい。みんな「ありのままの姿を見せること」をネガティブにとらえがちだと思うんです。
「武装しない=弱い 」と、考えてしまうかもしれませんが、実際はひとつの勇気のあらわれだと思うのです。
人は勇気のあるリーダーについていきたいと思うのものですよ。
たしかに。自分を偽って大きく見せることは自信のなさのひとつのあらわれですからね。
つねに答えがわかっているような完璧な人間は世界のどこにも存在しないという ことはだれもが知っているはずです。
だから、あたかもなんでもわかっているかのように振る舞う人のことは、だれも信頼しないでしょう。
私は、ガードしないでありのままの姿を見せることは強さであると学びました。
職場でありのままの姿を見せるということは、だれかに助けを求められるということです。「失敗した」と伝え、自分のミスや、答えがわからないということを正直に認めるということです。
チームの団結力を強めるのは、信頼、人間関係、レジリエンス
次はチームワークについて教えてください。チームの団結力を強いものにするためにはなにが必要でしょうか?
信頼と良好な人間関係、そしてレジリエンス(回復力)だと思います。
信頼はフィードバックを通して築くことができます。
そして、良好な人間関係は、絶対に欠かせない要素です。人は、自分のことを考えてくれる人と働きたいものです。職場での人間関係はうわべだけのものではいけません。多くの時間を一緒に過ごすわけですから。
人間関係を良好にするためにはどうしたらいいでしょうか?
周囲とお互いの生活のことを話せることが大事だと思います。
それもメールではなく、顔を合わせてコミュニケーションするのがポイントですね。メンバーをコーヒーやランチに誘って、時間をかけて人間関係をつくりましょう。
スチューデント・メイドのスタッフは、現役の大学生。ここで得た経験を生かして就職に成功する学生が多いという
たんに今週末の予定や天気の話をするのではなく、お互いのことを知れる会話ができるといいですね。
レジリエンスとは、失敗や困難に対するチームの心構えのことです。
私の会社では、「そこから何かを学べるのであれば、それは失敗でない」という話をしています。
失敗や間違いから何かを学ぶために、ハディードさんの会社では、具体的にどのようなことをしているのでしょうか?
何か間違いやミスをしたときは、話をするようにしています。
ミーティングを開き、「何が起こったのか」「どうしてこのミスが起こったのか?」「つぎに同じことが起こったらどうするのか?」ということを話し合います。
このようにチームみんなで学べるのなら、そのあと困難にぶつかっても、それを乗り越えられるはずです。厳しい状況でも、恐れることはありません。すでに困難を乗り越えた経験があるのですから。今度も同じようにすればいいのです。
会議の席が静まり返っていたら、それはよくないことが起こっていることの証拠
ここまでチームの結束力を高める方法や失敗から学ぶ方法についてお聞きしました。
今度は、会社の中で何かがうまくいかなくなった場合の対処法を教えてください。会社やチームで問題が起きているかどうかを気づくための方法はありますか?
はい、私の場合は会議でのメンバーの様子を、うまくいっているかどうかのひとつの指標にしています。
もし、みんなが自由にアイデアやフィードバックを話していたら、それはすべてが健全であるというサインです。
一方心配なのは、会議の席が静まり返っているときですね。何か問題を感じた場合は、会議を止めて、「何かよくないことが起こっているみたい。一体どうしたのでしょう?」と問いかけます。
それから、みんなで話し合います。みんなが黙ってしまった理由、避けようとしていた話題が明らかになるはずです。
徹底して、みんなで話し合うようにしてるんですね。
ただ、中にはあまり話すのが得意でない人もいると思います。その場合はどうするのでしょうか?
私の場合、話すのが得意でない人については、ボディーランゲージや表情から、心の中でどのようなことが起こっているかを推測できます。
もし、その人が賛成しかねることがあるのに、発言できないようなら、いったん会議を止めます。そして、「確認しましょう。ここまでのみなさんの考えを聞かせてください」と、言ってみるのです。
このように、各メンバーに考えを聞く役割をconflict miner(対立探しをする人)と呼んでいます。反対意見があるが、口に出して言えない人を会議中に掘り起こす役目をする人のことですね。
必ずしもそうとは限りません。会議によって指名することもあります。ただし、会議のファシリテーターとは別の人が担当するようになりますね。一度に両方するのは難しいので。
人前で話すのが苦手で、みんなの前で話すのが嫌だという人に意見を求めても大丈夫でしょうか?
相手を不快にさせたくない気持ちはわかります。でも、何かを推し進めるには、みんなの意見を聞く必要があります。
時間に余裕があるのなら、「考える時間が必要で、ひとりになったほうが考えやすいのなら、1週間後に答えを聞かせてほしい」 と伝えるのも有効です。
要するに、各メンバーが自分に最適な方法でアイデアを出せるようにすることが重要なのです。
たとえメンバーが転職するとしても、彼らへの投資は惜しまない
最後に、新人研修について教えてください。
冒頭で、規模の拡大よりも企業文化を守りたいとおっしゃっていましたよね。
それほど、企業文化の維持と従業員への浸透を重視しているのだと思いますが、新しく入った社員が会社のカルチャーに馴染めるようにどのような対応をとっていますか?
時間をかけることが大事です。
新しく入ってきた人がずっと前からつくり上げられてきたものに、一瞬で同化できるような方法はありませんから。
ただ研修は、入社面接に訪れたまさにその日から始まるとわたしは考えています。
そうです。
候補者の人には、私たち社員を家族みたいに感じてもらえるよう心がけています。
いちばん最初の面接は、厳密に言うと、いわゆる面接ではありません。オフィスツアーを行い、その後、わたしたちの会社の成り立ちと目標についてお話しします。
それからこうお伝えします。「わたしたちの会社があなたにとって、わくわくできるようなものなら、喜んで面接を設定させてもらいます。でも、まずはお会いしたいと思っていたんですよ」と。
つまり、ファーストコンタクトの時点で、人間関係を構築しているのです。
私たちの会社では新人向けに1か月間の研修プログラムを組んでいます。フィードバックのためのFBIメソッドや、自己評価、さらに自己発見や人間関係の構築について学んでもらいます。
良き人、良きリーダー となってもらうために、たくさんの時間をかけて、スキルを教えます。
ここで学ぶことは、今後の彼らの人生のあらゆる場面で、役に立つはずです。
彼らがいつか転職するかもしれないことはわかっています。それでも、この研修は必ず行います。大切なことを教えようという気持ちが私たちにあることを伝えたいからです。
いつか会社を離れていってしまうかもしれない従業員に対して、初めからかなりの投資をすることを無駄だとは思わないのでしょうか?
経営者が社員に投資し、その目的が社員の自己改善のサポートならば、社員は突然辞めたりしないでしょう。
だれの文章かは忘れましたが、「人に投資して、彼らが去ったらどうなるか?」そして、その次にこう続いています。「人に投資せず、そのまま彼らが居座ったらどうなるか?」(*)
従業員の定着率によって、企業文化がいいかどうかがわかると、私は考えています。
私たちのケースでは皮肉にも、離職率を下げることに必死になるのをやめて、メンバーに投資することに力を入れるようになったところ、定着率が過去最高になりました。
それは、メンバーが「私のことを気づかってくれている。だから、転職したいとは思わない」と考えてくれているからだと思っています。
(*)さまざまな人が発言しているが、いちばん初めに言ったのはヘンリ・フォードだと思われる。
Vulnerability Made My Company Stronger—Interview with Kristen Hadeed (Part 2) - Kintopia
執筆:Alex Steullet/編集:鈴木統子
2019年7月 3日「する側もされる側も気が重い」。フィードバックの生産性を上げる秘訣を、米人気企業CEOに聞いた