サイボウズ株式会社

アルカイダに負け続けた米軍が勝つ組織になれた理由は「7500人で毎日90分の電話会議」にあった

この記事のAI要約
Target この記事の主なターゲット
  • 企業のマネージャー
  • 経営者
  • ITエンジニア
  • 組織改革に関心のある人
  • 軍事戦略に関心のある人
Point この記事を読んで得られる知識

この記事は、米軍が複雑な現代戦に対応するために組織改革を行い成功したプロセスと、その背景にあるITの活用について説明しています。特に、スタンリー・マクリスタル元米軍司令官の経験を通じて、組織変革の必要性が詳しく語られています。複雑化した現代の敵は予測困難であり、それに対応するためには、米軍は伝統的な組織構造を変えざるを得ず、IT技術を駆使して部隊のつながりを強化しました。毎日7500人が参加する90分のビデオ会議を導入し、異なる部隊間の信頼と理解を促進することで、組織全体の目的意識を共有し、柔軟な対応力を強化しました。なお、組織改革の具体例としては、情報の透明性を確保しつつ指揮系統を維持する方法も紹介されており、階級による指揮系統を変えることなく情報の伝達経路を透明にする試みが行われました。これらは企業や他の組織が現代の複雑な問題に対処するための一助となる可能性があります。

Text AI要約の元文章
カイシャ・組織

アルカイダに負け続けた米軍が勝つ組織になれた理由は「7500人で毎日90分の電話会議」にあった

ITは、世界を便利にする一方で、複雑にもします。

このことは、市民を守る責務を担う人にとって難しい問題です。現代の戦争において、敵はあらゆる技術を利用して、予測不可能で「カオス」な存在となっているからです。

スタンリー・マクリスタル元米軍司令官の話によれば、国際テロ組織であるイラクのアルカイダは、その典型だったといえます。 マクリスタルさんは、2003年から5年間に渡って、イラクのアルカイダに挑みました。多くを失った経験を通じて、組織変革と適応性は決して高尚なゴールではないこと、むしろ戦争で勝利する必須条件であることを学んだのです。

ITによって複雑化する社会、アルカイダに勝つために米軍が迎えた変化、新たな世界で組織が生き残るための教訓とは。マクリスタルさんとサイボウズの代表取締役社長青野慶久が話します。

※この記事は、Kintopia掲載記事Adapting to a Complex World: Lessons on Organization from a U.S. General (Part 1)の抄訳です。

新しい戦争で勝つには、軍隊組織が変わるしかなかった

青野
マクリスタルさんの著書 『TEAM OF TEAMS 複雑化する世界で戦うための新原則』 では、組織改革におけるITの重要性が強調されています。米軍の改革で、ITはどんな役割を担いましたか?
マクリスタル
ITの進歩によって、27ヶ国に分散された部隊で人と人をつなげることが可能になりました。

軍隊は伝統的に、小規模のチームに重点を置いてきました。直接やりとりする相手だけを信頼し、輪の外の人と接点を持たなかったのです。

ところが、ビデオ会議で隊員がつながるようになってからは相手を目にすることで互いへの理解や共感が育まれ、ベストプラクティス(もっとも効果的で効率のよい手法)を共有できるようになりました。
青野
軍隊組織の構造改革に踏み切った理由は、新たなIT技術を得たからですか?
マクリスタル
変わった理由は、戦争に負けていたからです。

改革前の軍隊の組織構造は、スピードと柔軟性に欠け、複雑極まりない敵に立ち向かうには不向きでした。

もし負けていなければ、変わることも変わろうとすることもなかったでしょう。
青野
必須の変化だったのですね。
マクリスタル
ええ。いざ軍隊が変わり始めると、インターネットがもたらす接続のしやすさ(コネクティビティ)が最強のツールだと気づきました。

ビデオ会議を駆使し、部隊を違う形で率いるようになって初めて、イラクのアルカイダへの形勢が一変したんです。

スタンリー・マクリスタル。元米軍司令官であり、国際治安支援部隊の一員。統合特殊作戦コマンドの元司令官。軍の司令官を引退後、2011年にアドバイザリーサービス、経営コンサルティング、およびリーダーシップ開発会社であるMcChrystal Groupを設立。また、イェール大学ジャクソン・インスティテュート・フォー・グローバル・アフェアーズの上級研究員としてリーダーシップに関する授業を開講。著書に 『TEAM OF TEAMS 複雑化する世界で戦うための新原則』(日経BP社)など

青野
テロリスト組織は、ITをどう活用していましたか?
マクリスタル
彼らテロリストは日常生活でもインターネットや携帯電話を使っており、おのずとそれをテロリストとしても活用するようになっていました。

柔軟性と適応性に長けた彼らは、過去に戦ったどんな相手よりも迅速でした。
青野
過去はそうではなかったと。

青野慶久(あおの・よしひさ)。1971年生まれ。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立した。2005年4月には代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を行い、2011年からは、事業のクラウド化を推進。著書に、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない』(PHP研究所)など

マクリスタル
そうです。従来、テロリスト組織は非常に保守的でした。情報のセキュリティ、明確な指揮系統、強力な創始者といったあらゆる点においてです。

アルカイダは1988年にパキスタンで結成され、もとはゼネラルモーターズやトヨタのようなピラミッド型組織でした。

ところが、2003年にイラクに現れたアルカイダは、過去15年間で普及したITの力で、先ほど述べたような独自のDNAを持っていたのです。

複雑な環境に立ち向かうには、目の前の問題に適応し続ける組織が不可欠

青野
著書には、「Complicated(複合的)なシステム」と「Complex (複雑)なシステム」について書かれています。
マクリスタル
シンプルに2つの違いを説明します。複合的なシステムは予測可能で、複雑なシステムは予測「不可能」ということです。

これは、 クネビン・フレームワーク(Cynefin framework) という意思決定のフレームワークをベースにしています。

「複合的」な問題からお話しましょう。複合的な問題を理解するには、丹念に学び、小さな要素に分解することが重要です。

自動車のように無数のパーツからなる機械が例です。製造するのには複合的な工程が必要ですが、一度理解して作ってしまえば、あとはボタン1つで同じことを毎回繰り返せます。
青野
ふむふむ。
マクリスタル
一方、その上の「複雑」なシステムは予測不可能です。

複雑なシステムは、あらゆる要素が猛スピードで変わるため、ボタンを押した時に何が起こるのかわかりません。予測ができないため、事後分析するしかないのです。

そして、世界は複雑なシステムに向かっています。
青野
世の中に複雑なシステムがあふれることは、課題解決のための組織作りにどう影響するでしょうか?
マクリスタル
複合的なシステムだった産業革命などの時代には、専門家が指揮する複合的な組織によって課題を解決できました。

一方、問題が常に変化し続ける複雑な環境は、複合的な組織では課題解決には至りません。

必要なのは、常に目の前の問題に適応する組織を作ることです。
青野
目の前の問題に適応する組織とは、具体的にどういうものでしょう?
マクリスタル
いくつもの商品を開発する消費財メーカーを思い浮かべてください。主な競合に勝つには、より思慮深く、効率的である必要がありました。

ところが今は、競争の性質そのものが変わっています。まるでピラニアの群れのように、市場シェアを狙う1万社もの小さなスタートアップがいます。そのうちの9000社は失敗し、生き残った1000社はバラバラに動いていきます。
青野
小さいとはいえ無数の競合がいる、と。
マクリスタル
そうです。生き残った1000社が大企業の市場をつっついてシェアを奪っていった結果、消費財メーカーには儲けが低い商品だけが残ります。

結末だけを見れば、大手の競合を相手にしたのと変わりませんが、攻撃が1000もの方向から来る分、反撃が難しいのです。
青野
知識経済で生き残るためには、従来のメーカーは、複雑な環境に適応しなくてはいけないのですね。
マクリスタル
もちろんです。ただ、大企業の規模感は、物理的にも文化的にも、急速な変化を困難にします。

大企業は、複合的な課題を効率的に解決するためのものであって、複雑なシステムに適応するものではないからです。

企業は、新たな適応力を培わなければいけません。

これは、世界中の軍隊や政府、あらゆるたぐいの組織に当てはまるでしょう。

線引きをなくして、7500人が参加するビデオ会議でミッションを共有。大きな貢献を讃える

青野
従来の米軍は、小規模のチームが組織的に動く体制だったのですね。それを、大きな組織全体をまたぐ横連携に変えていくのは難しくなかったでしょうか?
マクリスタル
非常に困難で、時間がかかるプロセスでした。

私が司令官を勤めていた統合特殊作戦コマンド(JSOC)は、優れた個人が密に団結した小規模のチームからなり、彼らが実質的な指揮を司っていました。

創設から22年間、組織全体の目的は「特定のミッションに対してどのチームを送り出すのかを選ぶこと」だけだったのです。

当時のテロリスト問題は、期間も規模も限られていました。変化しなくても特に支障はなく、軍隊の限界を知ることもありませんでした。
青野
そうだったのですね。
マクリスタル
変わるきっかけは、イラクのアルカイダです。従来のテロリストよりも規模が大きいながらも、ITの力で、メンバー間で目的を強固に共有していました。

彼らと戦って初めて、軍隊の足並みを完全にそろえる必要があると分かったのです。
青野
足並みをそろえる上で大事だったことはありますか?
マクリスタル
異なる背景をもつ人同士がなじんでいくことです。それが全体の文化的理解を深め、信頼関係を築き、最終的にはオペレーションの改善につながっていくからです。

人は信用できない相手を嫌いますし、知らない相手を信用することはありません。これは国家や宗教、すべてに当てはまります。
青野
組織内部からの抵抗はありましたか?
マクリスタル
もちろんありました。彼らが信頼する相手はごく一部に限られ、「ミッションと自分の任務だけ教えてくれれば、あとは邪魔をするな」という態度でしたから。

もし、全体のつじつまが合うように、完璧なミッションを割り振れる組織トップがいたならば、理論的には問題はなかったでしょう。

でも、現実はそうはいきませんでした。組織全体がより大きなミッションに目を向ける必要があったんです。

米国軍の強みは、小規模チームのプライドと団結力です。それを維持しながら、隊員には組織全体のミッションと自分の役割を認識してほしかったのです。

マクリスタルさんと青野の会議は、米軍と同じく"ビデオ会議"で実施。写真右は、サイボウズ式編集部のアレックス。

青野
組織全体の目的意識をどう共有していきましたか?
マクリスタル
毎日大きなミッションについて話し、貢献を称えるようにしました。

野球に例えるなら、「あなたの打率はなんでもいい。肝心なのは、スコアボードに表示されたチーム全体のスコアだけだ」ということです。

大きなミッションに日々焦点を当てることで、徐々に理解が深まっていきました。
青野
まずは、大きなミッションを共有することから始めたのですね。
マクリスタル
ええ。同時に、小規模チームの線引きを減らす必要がありました。

そこで、7500人が参加する90分のビデオ会議を、毎日実施しました。他の人のミッションや経験を目にすることで、相手に対する共感と感謝の気持ちが芽生えていったんです。
青野
そこにITの力が生きたのですね。
マクリスタル
はい。さらにつながりを深めるために、デルタフォースや海軍といった異なるチームの人材を混ぜて、部隊横断的なチームを構成しました。各チームに指揮官をつけたんです。

毎日戦闘を重ね、毎晩ミッションを実行しました。18カ月もすると、米軍はまったく異なる組織になっていました。私の司令官としての5年間の在任期間が終わるころも、まだ変化は続いていました。
青野
大規模のビデオ会議は、軍隊の規律を身に付けた隊員だからこそ、運営が可能だったのでしょうか。
マクリスタル
規律はあくまで一部なんですよ。

ビデオ会議の目的は情報共有であり、意思決定ではありません。24時間以内の戦闘状況や今後の計画、のオペレーションの意味合いについて、組織横断的に話したのです。

また、ビデオ会議と同時並行で15のチャットルームを用意し、質問や知りたい情報を投げかけられるようにしました。
青野
それは有効そうですね。
マクリスタル
はい。戦争にフラストレーション(いらだち)はつきもので、あっという間に場の空気が悪化します。ですから、ビデオ会議では徹底して、ポジティブなリーダーシップを見せるようにしました。

ビデオ会議の重要なメリットの1つは、メンバーの誰もがリーダーである私を直接知らなくてもいいことです。ビデオ会議を通じて毎日私を目にすることで、存在を確認できますから。私の考えを察し、より団結した文化を育むことができました。

「毎日90分ビデオ会議をする」のは特殊な環境下だったからでしたが、企業にも同じ方法を推奨します。
青野
情報共有後は、どう意思決定をしていきましたか?
マクリスタル
私たちの目的や現在の状況への共通理解があれば、チームは自ずとやるべきことを判断できるだろうと考えました。ITが、この姿勢を可能にしてくれたのです。

指揮系統のあらゆるレベルの人が意思決定し、実行できました。ITによってすべての状況に目を配ることができたため、誰かが道を逸れそうになれば他者が止めに入る、自己修正型のメカニズムが実現していったんです。

期待値が明確なら、組織をフラットにしなくても透明化できる

青野
軍隊では階級が重要という印象を受けます。階級を維持しながら、組織の柔軟性をどう高めましたか?
マクリスタル
軍隊はピラミッド型組織です。情報は上層部から下層部に流れ、また下層部から上層部へと上がっていきます。

ただ、伝達に時間がかかることに加え、情報にフィルターがかかったり、時には誤って伝達されたりすることもありました。

柔軟性の見つけどころは難しかったですが、役職は残しました。階級と責任を明確にするためです。
青野
それは、軍隊に限った話ではありませんね。
マクリスタル
そうです。そして、情報が人を介してではなく、ストレートに伝わるようにしました。
青野
反発はありませんでしたか?
マクリスタル
唯一あったのは透明性を脅威に感じた中間層からです。「情報をコントロールせずに、どう責任を取ればいいのですか?」と不安の声が上がりました。

そこで、中間層への期待値を大々的に伝えたんです。そして「下層部の人間が、上司の耳に先に入れることなく、指揮系統の全員に同時に発言した場合、上司に直接の責任はない」ことを明確にしました。
青野
組織をフラットにしたのではなく、ピラミッド型のまま透明化したのですね。
マクリスタル
はい。これは大事なポイントです。

というのも、組織を再編成したりフラット化すれば、それはそれで新たな問題が多発するからです。

例えば、組織構造が変わったとしても、人の行動は同じままで、実態は変わらないということがあります。にもかかわらず、トップの人間は、あたかも変化があったかのように錯覚してしまいます。
青野
わかります。
マクリスタル
伝統的な組織の人事や経理は、非常に効率的に機能していたため、それを変える理由はありませんでした。でも、情報共有や意思決定の側面では不十分でした。

ピラミッドの下層部にも意思決定の権限を与える必要があったということです。そこで、組織構造を保ったまま、情報共有と意思決定の変革に取り組んだのです。
後編に続きます。)

執筆:Alex Steullet/編集:藤村能光、鮫島みな/撮影:高橋団/翻訳編集:三橋ゆか里
January 15, 2020Adapting to a Complex World: Lessons on Organization from a U.S. General (Part 1)

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執筆

撮影・イラスト

編集部

高橋団

2019年に新卒でサイボウズに入社。サイボウズ式初の新人編集部員。神奈川出身。大学では学生記者として活動。スポーツとチームワークに興味があります。複業でスポーツを中心に写真を撮っています。

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編集

ライター

三橋ゆか里

IT関連の話題をビジネス誌や女性誌などで執筆。BBC(英国放送協会)などで日本文化について発信し、2018年にイギリスで本を出版。海外の子育てネタを扱うポッドキャスト「HearMama」を配信中。ロサンゼルス在住。

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