組織における人材マネジメントの難しさは、誰もが知るところです。考え方もやり方も異なる人間が集まる環境では、リーダーは日々、火消しに走りまわることが珍しくありません。
「誰もが望むハイパフォーマンスなチームを築くには、優れたコミュニケーション能力と共感力、そして正直で誠実なリーダーシップが不可欠だ」と話すのは、パティ・マッコードさんです。
マッコードさんは、Netflixのチーフ・タレント・オフィサーを14年間務め、有名なNetflixの企業文化や社員の行動指針を定めた文書「Culture Deck(カルチャーデッキ)」の作成を通して、同社の企業文化の醸成に大きく貢献しました。サイボウズの人事本部長である中根弓佳と対談し、透明性のあるリーダーシップ、また人材を“一人前の大人”として扱うことの大切さを語ってくれました。
※この記事は、Kintopia掲載記事What Every Leader Can Learn from Netflix's High-Performing Company Cultureの抄訳です。
リーダーが体現することで、企業文化はつくられる
Netflix創業はサイボウズと同じ1997年ですが、Netflixの7,500人に対して、弊社の従業員数は900人です。8倍の速さで急成長しながら、企業文化をどう守りましたか?
”守る”という表現は適切ではないかもしれません。企業文化は受け継がれるものであると同時に、その時そこで働く人たちに適応し、進化し続けるものです。
Netflixの企業文化や社員の行動指針を定めた「Culture Deck(カルチャーデッキ)」と呼ぶ文書の初期版をつくるのに、10年かかったんですよ。
リーダーは「文化をつくることはプロセスであり、そこに終わりはない」ということを認識しなければいけません。
パティ・マッコード。Netflixの元チーフ・タレント・オフィサー。在籍期間中、閲覧数が1,900万回を超えるNetflix Culture Deckの作成に貢献した。Pure Atria SoftwareとNetflixでは、上場を経験。サン・マイクロ・システムズ、ボーランド、シーゲイト・テクノロジー、その他スタートアップ各社に勤める。採用、多様性、コミュニケーション、およびグローバル人事の経歴を持つ。現在は、世界中の企業や起業家を相手に、企業文化とリーダーシップを指導する。2018年1月に著書『NETFLIXの最強人事戦略 自由と責任の文化を築く』(光文社)を出版。
その進化のプロセスを始めるときに、一番重要なことは何だと考えますか。
文化は、紙にどう書かれているかではなく、人の行動やふるまいにこそ表れます。
「オープンで正直な文化にしよう」と声高に叫んでも、トップの人間が秘密主義のままでは、従業員にすぐに伝わりますから。
会社をどう定義するのであれ、リーダー自身が、その文化を日々体現する必要があるんです。
確かにその点は非常に大事だと思います。なおマッコードさんの著書『NETFLIXの最強人事戦略』にも、透明性と正直さが、従業員間のオープンな議論を奨励するとあります。
リーダーは、その文化をどのようにして創っていけばよいのでしょうか?
長い道のりですが、3つのことから始めてください。
リーダー自身が議論をオープンに行うこと。正直かつオープンに反対意見を交わしながら、コミットし合う姿を見ることで、従業員は背中を押されます。
また、重要な情報が共有されていないことがわかったなら、お互いに指摘し合うことです。人は良いニュースだけを報告したがりますが、悪いニュースを伝えたときのほうが、人があなたに寄せる信頼は高まるんですよ。
最後に、従業員を子どものように細かくマネジメントしないことです。
リーダーは、職場にいる全員が一人前の大人で、誰もが良い成果を出したがっていることを信じて疑わないことです。子どもと働いているわけではないのです。これが基盤にあることで、人を管理する方法が変わってきます。
中根弓佳。サイボウズ執行役員、 人事本部長 兼 法務統制本部長。慶應義塾大学 法学部法律学科を卒業し、関西の主要電力会社に入社。2001年にサイボウズに入社し、法務部門を立ち上げ、知的財産法や契約交渉、M&Aなどに幅広く携わる。その後、サイボウズの採用方針を含む人事戦略を手掛ける。
私心ではなくファクトに基づいて、”顧客を喜ばせるか”を基準に議論する
オープンで正直な議論を交わすためには、各メンバーが自身のミスを認め、自分が不完全な人間であることを認識している必要があります。どうすれば、個人的な攻撃にならずに、議論を順調に進められますか?
議論が「わたしは正しくて、君は間違っている」「わたしは成功して、君は失敗した」という内容なら、やり方が間違っています。
社内で行われる議論のすべては、最終的には「顧客を喜ばせることにつながるか」を指針にするべきなんです。
「終わらせたかったけれど、期日に間に合わなかった」「目標値を達成できなかった」など、ファクト(事実)をベースに議論しましょう。そこを起点に、改善点や教訓を探ります。
また、私心(自分の利益ばかり考えること)を忘れることで、良い議論が生まれます。両者間に尊敬の念があり、お互いがビジネスにとって最適な解決策を求めているのなら、意見がぶつかったっていいんです。
私心を忘れるというのは、議論するのにとても役立ちそうですね。では人事責任者として、その姿勢をどう促進していけばよいでしょうか?
あなたが「この会話に、顧客はどうかかわってくるだろう?」と常に問いかける鏡のような存在であることが重要です。
わたしは人事部に、「Netflixはサービス会社です」と口を酸っぱくして言っていました。わたしたちのサービスの対象は、従業員ではありません。サイボウズのように、顧客のチームワークと効率を支援する企業には特に当てはまりますね。
自己中心的に振る舞う人がいたら、間に入って「あなたのしていることは、顧客のチームワーク強化につながりますか?」と問いかけましょう。こうしたフィードバックがチームワークの鍵を握り、その実践はまず社内から始まるんです。
写真左:サイボウズのUS拠点(kintone corporation)の人事を担当し、現在は日本のサイボウズのメンバーでもあるMegumiさんが、議論と通訳で参加。
フィードバックは成長の糧。リーダーは良く聞き、従業員は視野を広く持つ
最終目的は「顧客のため」だとしても、議論をする相手は1人の人間です。なかには、フィードバックを個人に対する攻撃と受け止めてしまう人もいると思いますが、そんなときはどうしたらいいですか。
そんな時は、彼らに2つのことを質問してみてください。
1. あなたがマネージャーなら、どんな決断をしますか?
2. 良い意思決定をするために、どんな情報が欲しいですか?
特に2つ目の質問は、従業員が会社のビジネス全体を考えるきっかけになります。視野を広く持つことで、個人的な感情をわきに置くことができるんです。
長い歳月を要するかもしれませんが、人は徐々に「フィードバックは人を傷つけるためのものではなく、人を成長させるためのもの」だということに気がつくでしょう。
なるほど。では、リーダー自身が心がけるべきことはありますか?
コミュニケーションには、あなたの発言だけでなく、あなたの”聞き方”が大きくかかわってきます。
誰にも有効な方法ですが、特にわたしがマネージャー相手に使っていたテクニックがあります。
相手の話を聞いて「この人は何もわかってないし、考えが足りない!」と思ったなら、「そんなはずはない」と自分を説得してみてください。彼らはみんな賢い大人で、役目を果たすためにここにいることを思い出しましょう。
これができるようになると、相手に不満を感じるより先に、彼らの考えを理解しようとすることが習慣になるはずです。
興味深いですね。マネージャーは良い聞き手であることに加え、適切な質問をすることが大事というわけですね。
オンラインでの対談。写真左:中根とMegumi 写真右:編集部のアレックスと鮫島
その通りです。コミュニケーションの半分は、良い聞き手であることが占めます。
良い聞き手であるために、いますぐにでも実践できる簡単なコツがあるんですよ。
誰かの意見に対して、「いや、君より頭がいいわたしはこう思う」と相手をさえぎるのではなく、部下の意見を反復すること。「君はこっちのやり方のほうがいいと思うんだね?」と。これだけで、意見をきちんと聞いていることが相手に伝わります。
はい。また、ただ問題を特定するのではなく、同時に解決策を提案することを心がけてください。批判されるだけではなく、解決案があることで、人は意見に耳を傾けやすくなります。これは誰もが磨くべきスキルだと思います。
組織の足並みをそろえるため、「会社にとって重要な取り組み」をあらゆる層に聞いてまわった
オープンで正直な議論を試みて気がついたのは、物事の解釈は人によってさまざまだということです。解決策を探す前に、まずは問題の理解が一致していることを確かめる必要がある(*)と考えます。Neflix規模の企業で、それをどう実践しましたか?
(*)サイボウズでは「問題解決メソッド」と呼ぶ手法を使って、問題を事実と解釈に分けて議論をします。
会社が大きくなるにつれて、大勢の従業員とコミュニケーションをとることの難しさを実感しました。何百人と同時に議論することは不可能です。
議論が物議をかもすようなテーマなら、従業員をグループにわけて、各グループの意見や情報が上に吸い上げられる仕組みを設けるんです。
情報が組織全体にまわり、それがまた心臓に戻ってくるため、わたしはこれを「コミュニケーションの鼓動」と呼んでいます。
また、従業員に何かを伝えるときは、常にその会話の目的を考えましょう。大きなアイデアを全社的に発信するなら、明瞭な言葉を使い、それが会社のDNAになるまで同じ言葉を継続的に伝えるんです。
キーワードを繰り返し発信することが企業のDNAを育むのは、おっしゃる通りですね。特定のテーマがなくても、定期的に行うと良さそうです。
ええ。わたしは、毎四半期、既存のやり方がまだ効果を発揮しているかを確かめていました。会社のあらゆる層の人を対象に、「わたしたちの現在の取り組みの中で、最も大切な3つのことは何ですか?」と聞いてまわったんです。
会社の異なるレベルで違う答えが返ってくるということは、コミュニケーションに何らか問題があるということです。
マネージャーには、部下に伝えたいことがきちんと伝わっているか、また伝えるために適切な手段を用いているかを念を押して確認していました。
メンバーへの期待値は高く。月並みを求めれば月並みが返ってくる
著書では、組織戦略に合った人材を適材適所に配置する重要性が強調されています。Netflixにはハイパフォーマーが集まっているとはいえ、「必要がなくなれば、いまの仕事は消えて無くなる」とも言えます。ある側面では精神的不安を生み出す可能性もありますが、これをどう解消しましたか?
会社にできることは、従業員に対して、会社の方向性と戦略を明確にすることだけなんです。
Netflixにとってのハイパフォーマーは、「会社の来年の優先事項を達成できる高能力のチーム」でした。わたしたちの業界では、1年以上先の計画は架空でしかなく、意味がないからです。
従業員には、ビジネスやチーム、製品が今後どう変わっていくのかを正直かつ率直に伝えていました。情報がちゃんと伝わっていれば、誰も不意打ちを食らうことはありません。
ええ。もう1つの重要なポイントは、しっかりと成果を上げるチームを作ることです。Netflixが優秀なチームであればあるほど、本人のその後のキャリアに役立ちます。チームで成し遂げたことは、自分が成し遂げたことでもあるからです。
わたしは、役割をまっとうした従業員がNetflixに在籍していたことを誇りに思い、胸を張って次の職場に臨めることを大切にしてきました。
成果を上げる素晴らしいチームをつくることが、その誇りにつながります。そのためには、正直でオープンな企業文化が必須条件なんです。
キャリアは旅にたとえられます。とあるバスケットボールの試合を観戦していたとき、「シーズンが終わると、素晴らしいチームに別れを告げなきゃいけないなんて、辛いでしょう?」と観客席から声がしました。
するとコーチは、「これはプロのバスケットボールチームです。終わりがあることは、みんな百も承知ですよ」と、何のためらいもなく返答しました。
25歳のスポーツ選手とは現実をありのままに話せるのに、会社で働く45歳の大人相手にそれができないのはなぜでしょう?
スポーツ選手の姿勢から、キャリアは「あらゆるステージで、貴重な経験を少しでも多く積んでいく旅」のようなものだということを学んだんです。
社内のポジションにこだわる人は多いですが、何事もチームなしには始まりません。私はマネジメントやリーダーは一つの役割であると考えています。そこに上下関係はなく、昇進という考え方もない。そう捉えるともう少しフラットに選択ができるのかな、と思うことはあります。
おっしゃる通りです。素晴らしいチームをつくることは、リーダーの責任です。リーダーは、積極的に人に会って会話を重ねて、彼らに高い期待を寄せてください。
月並みを求めれば、月並みが返ってきます。卓越性を求めれば、月並みな人材でさえも、その成果であなたを驚かせてくれるはずです。
執筆:Alex Steullet/編集:鮫島みな、藤村能光/撮影:高橋団/翻訳編集:三橋ゆか里
February 13, 2020What Every Leader Can Learn from Netflix's High-Performing Company Culture