「会社で顔を合わせないと、メンバーが自発的に貢献したくなるチームになるのは難しい」
新型コロナウイルス感染症の影響でリモートワークを実践して、こう感じている人も少なからずいるのではないでしょうか。
「リモートワークをいいわけにしていないか?」
こう問いかけるのは、株式会社キャスター取締役COO 石倉秀明さんと株式会社グッドパッチのフルリモートデザインチーム「Goodpatch Anywhere(以下、Anywhere)」事業責任者 齋藤恵太さん。
約700名のメンバーが全員リモートワークで働くキャスター。そして「勤務地は、Slack」と掲げ、100名近くのメンバー全員がフルリモートワークで働くAnywhere。2社のリモートワークの勘所をお聞きしました。
当初、取材は対面で行われる予定でしたが、新型コロナウイルスの感染拡大リスクを考慮し、急遽オンラインで行いました。
リモートワークをいいわけにしていないか?
リモートワークだとオフィスと違ってメンバーの動きが見えづらく、顔を合わせる機会もほとんどない。そうなると、チームで連携して働くのが難しいなと感じます。
それって、リモートワークをいいわけにしているだけだと思うんです。
キャスターでは5年間フルリモートワーク体制で事業を続けてきましたが、リモート特有の経営課題は発生していません。
もちろん事業や組織における課題はありますが、それはリモートワークに起因するものではないんですよ。
石倉秀明(いしくら・ひであき)さん。「リモートワークを当たり前にする」をミッションに掲げる株式会社キャスター取締役COO・株式会社bosyu代表取締役。Goodpatch Anywhereでは、立ち上げ期からリモートワークの専門家としてアドバイザーを務める。最大の関心ごとは「働き方」
リモートワークならではの課題は本当にないのでしょうか?
コミュニケーションにおける多少のコツは必要です。
でも基本的には、リアルオフィスに出勤した状態での関わり方と変わりません。
むしろリモートワークは、リアルオフィスでのコミュニケーション方法を見直すいい機会ですよね。
齋藤恵太(さいとう・けいた)さん。「デザインの力を証明する」をミッションに掲げる、株式会社グッドパッチのサービスデザイナー。2018年からグッドパッチ内の新規事業として、フルリモートチームによるデザインを提供するGoodpatch Anywhereを立ち上げ。事業責任者を務める
リモートワーク導入で懸念されるのは、「出社していないから直接話すことができず、メンバー同士の関係がぎくしゃくしてしまう」「実際にメンバーが仕事をしているのか見えづらく、不信感が生まれる」などのコミュニケーションの部分です。
それらは、リモートワークのせいで課題が生まれたのではなく、リアルオフィスでも存在していたはず。
課題がリモートワークによって増幅されて露呈しただけです。つまり、可視化されていなかった課題に気づくきっかけになります。
齋藤さんはAnywhereを立ち上げたとき、どんなことを意識したのでしょうか?
コミュニケーションの密度とツールですね。もともと僕はAnywhereを立ち上げる前は、クライアントのオフィスに常駐することが多くありました。
オフラインでの密なコミュニーケションを大切しなければクライアントにデザイナーとしての価値提供をするのが難しいと思い込んでいたんです。
そんなときに、社内で完全フルリモート体制のAnywhereを立ち上げる話が出ました。「自分の思い込みを壊せるかもしれない」、そう思って責任者に立候補したんです。
そうですね。でもこれをきっかけに、どうすればオンラインで常駐以上の価値を提供できるかについて、考えるようになりました。
その結果、「オフラインでなければ時間が掛かりすぎてしまう」と思っていたクライアントの課題整理や、チーム内でのアイデア出しを、オンラインでも問題なく実現できたんです。
デザインツールの「Figma」やデジタルホワイトボードツールの「miro」を活用しました。
これらのツールを活用することで、Anywhereのメンバーはもちろん、デジタルツールをあまり使ってこなかったクライアントさんとも、オフラインと同様の会議ができたんです。
デジタルホワイトボードツール「miro」の使用画面
デザインに関する業務は、場合によって、言葉の意味以上の情報をやりとりします。だからこそ細かなニュアンスまで伝える工夫が必要。
デジタルツールでも、お互いの気配を感じたり、相手の動きが見えたりすると、オンラインでもオフラインと似た感覚で会話しやすくなり、言葉の意味以上の情報まで含めたコミュニケーションがしやすくなるんです。
たとえばmiroは、会議に参加している人のそれぞれのカーソルが、画面上のどこにあるか見えます。「ここに集まって」と言ったらみんなのカーソルが集まってくるので、誰がどこを見ているのかがわかりやすいんです。
ツールを駆使してコミュニケーションの質を高めようとしたのですね。
その結果、デジタルツールを活用するなかで、オフラインを超えられる可能性をいくつも見つけられました。
デジタルであれば会議の参加者が100人以上いたとしても、同じものを見て作業できる。リアルタイムで取り扱える情報が増え、コミュニケーションの量も増やしやすいと感じます。
心理的安全性は、誰かから与えられるものではない
コミュニケーションの難しさをリモートワークのせいにすべきでないことは理解できました。
とはいえやっぱり、直接顔を合わせていないといいチームをつくるのは難しくないですか?
言い換えれば、概念ですね。
会社もチームも、個人の集合体であって、実態はないじゃないですか。
マネジメント側だけで考えてもいいチームにはならない。メンバー全員が集合体の一員として、チームを良くしていく責任があると思います。
たしかに……!
メンバーが「自分はチームの一員である」と感じられる状態にするには、心理的安全性が重要と言われますよね。
リモートワークで心理的安全性を得るのって、リアルオフィスに出社する環境より難しい気がします。
心理的安全性って誰かから与えられるものではないです。
会社はあくまで個人の集合体なのだから、心理的安全性も上から降ってくるわけではありません。
同感です。
前提として、Anywhereでは気兼ねなく質問したり提案したりできる関係を心理的安全性のある状態だと考えています。
これは、チームの一人ひとりが努力して獲得するものです。
Goodpatchオフィスで仕事をする齋藤さん。いまではなかなか見られない光景だそう(提供写真)
快適に仕事ができるチームが既にあるのではなく、メンバーそれぞれが試行錯誤を重ね続けることでいいチームが生まれる。
だからメンバーには、リモートでも心理的安全性を感じられる関係をみんなで築いていきましょう、と伝えています。
雑談はチームを保つ潤滑油になる
チーム全体から心理的安全性が生まれやすい状態にするために、工夫されていることはありますか?
誰もが発言しやすいチームであるために、雑談の量を意識的に増やしました。いまでは当たり前のように雑談が生まれています。
私はキャスターから分社化したbosyuの代表でもあるのですが、そこでは業務のやりとりと雑談合わせてメンバー10人で1日合計1500ポストほど投稿がされているんですよ。
bosyuのSlackで行われている雑談の様子。業務とは関係のないやりとりも気軽に行われている(提供画像)
1500ポスト…!? すごい量ですね。なぜそこまで雑談を大切にするのでしょうか?
前提として、オフィスにいれば業務の話もそうでない話も自然に発生しますよね。チャットベースに切り替えると業務の話だけになりやすく、だんだん殺伐としてきます。
メンバーが「このチームなら何を言っても大丈夫だ」と思えないと、本当に困ったときに発信しづらい。ほかのメンバーからは困っている様子が見えないので、チームの崩壊につながります。
そう考えると、雑談がチームを保つ潤滑油になるのですね。
なので、当初は雑談専用のチャンネルを設けたりメンバーに雑談を呼び掛けたりして、業務外の話を意図的に増やす工夫をしていました。
Anywhereでも、雑談を促進できるようにチャットルームに「喫煙所」「カフェ」といった名前をつけています。
Anywhereで使っているチャットアプリケーション「Discord」。ルーム名に遊び心がある
盛り上がりそうですね。他にはどんな取り組みがあるんでしょうか。
最近は「委員会活動」と名付けて、チームを盛り上げるためのグループを複数設けました。広報活動やナレッジの蓄積など、興味のある人や強みを持っている人に自由に入ってもらう仕組みです。
そうですね。この状況をつくり出すのはメンバーであって、マネジメント側ではありませんから。
僕ができるのは、コミュニティへの貢献を重視している会社の姿勢を示すために、委員会活動に対しても仕事と同様の対価をお支払いすることだけなんです。
すごい……!制度が後押ししてくれると、安心して活動できそうですね。
情報の透明性無しには、速度を上げて組織をスケールできない
どうすればAnywhereの委員会活動のように、メンバーが自発的に動くカルチャーをつくれるんでしょう?
カルチャーを成り立たせる前提として、キャスターでは個人情報以外、会社に関する情報をすべてオープンにしています。
給与も財務状況も全員が等しく見られる状態ですし、役員会に誰でも参加できるんです。
700人以上のメンバーがいるのに全員が見られるなんて、すごいですね……!
そうですか? だって自分が関わっている業務の周辺情報しか知らされなかったら、それ以上のことは考えようがないですから。
でも知っていれば、気になったことに関して意見を言えますよね。
キャスターのオフィスで仕事をする石倉さん。齋藤さん同様この光景はあまり見られないとのこと(提供写真)
マネジメント側としても、現場の情報がクローズドになっていると実際の状況や前後の文脈がわからず、フォローしづらくなります。
情報の透明性は重要ですね。それが担保されていなければ、リモートワークに関係なく組織として成り立ちません。
組織をスケールする速度を上げるためには、メンバーがやることを上から細かく指示するマネジメントスタイルでは難しい。
情報をオープンにし、メンバーそれぞれが自律して動けなければ、組織として時代の変化に対応できなくなると思います。
Anywhereの給与は時給ベースになっており、勤怠も付けてもらっています。監視する意味ではなく、どの業務にどれくらい時間がかかるのかといった情報を蓄積するためにお願いしているんです。
組織をスケールする速度を上げるためにも、透明性を担保する。すごく合理的な判断なのですね。
「自分の可能性を広げられる」と実感できる環境をつくること
どんなチームであれば、メンバーが自分から「このチームに関わりたい」と思えるでしょうか。
この組織にいれば、自分の可能性を広げられる。そう実感できると、自発的にチームに関わりたくなるのではないでしょうか。
「自分がやりたいことを、組織の看板を使って挑戦してもいい」と思えることが、組織に所属する意味につながります。
僕がメンバーに伝えているのは、「ほかの組織やフリーランスのときにやれなかったことを、Goodpatchの看板を使って最大限に取り組んでみてください」です。これは採用の段階から言い続けています。
PC画面の先にいるメンバーと楽しそうに会話をする齋藤さん(提供写真)
そう言ってもらえると、のびのびと挑戦できそうですね。石倉さんはどうでしょう?
こちらからメンバーを無条件に信頼すると決めています。あとは、邪魔をしない。
たとえばチームが一つのマンションで、メンバーが住人だとします。同じマンションに住んでいても、住んでいる理由やご近所さんとの理想の付き合い方も違いますよね。
「理由はそれぞれ違うけれど、いまここにいる」権利を、会社が邪魔してはいけないと思うんです。
メンバーが求めていないのに無理やり会社がほかのメンバーとの関係構築を働きかけてしまうのって、エゴでしかない。
オフラインで打ち合わせをしている石倉さん(提供写真)
メンバーが組織に求める理想が違ってぶつかったとき、組織のビジョンが鍵になってくる気がします。
そうですね。ただキャスターでは必ずしもビジョンへの共感を求めているわけではありません。
キャスターに在籍している理由は、人それぞれでいい。事実として、いまキャスターに在籍していて、キャスターのなかで自分の役割を果たしてくれていることが重要だと思っています。
メンバーに「もっとうちの会社でこんなことをしたい」「会社にこんな貢献をしたい」と思ってもらえる会社にしていくのは、マネジメント側の役割です。
僕も石倉さんと同じ感覚です。当事者意識は、本人次第でしかないですから。
そうそう。Anywhereでは、参画メンバーの全員がフルコミットで案件に携わっているわけではありません。
それぞれにとってAnywhereと関わるちょうどいい濃度がある。メンバーがここにいて楽しいと思えていたら、それが一番いいと思っています。
リモートワークを当たり前にして、働き方の選択肢と可能性を広げる
お2人のお話を聞いて、自主的にチームに貢献したくなるチームのつくりかたが見えてきました。
とはいえ、急にリモートワークを導入することになってマネジメントに不安を感じているチームリーダーもいるかもしれませんね。
リモートワークが急速に広がっているからこそ、僕らが普段当たり前にやっていることを惜しみなくお伝えしたい。そう考えて、2020年2月にリモートワークのノウハウを公開しました。
リモートワークが広まる過程で僕が避けたいと思っているのは、「急遽リモートワークに踏み切ったけれど、やっぱり無理だったね」という結果になることです。
だから僕らが経験してきたリモートワークでつまずきがちなポイントを共有し、「リモートワーク、意外と実現できたじゃん」と思ってもらえたら嬉しいです。
リモートワークであってもなくても、いいチームをつくれる。そう思うとわくわくしてきました。
お二人はリモートワークが当たり前になった先にどんな未来を思い描いていますか?
それぞれのチームの強みを活かすことが求められていくと思います。
僕らの強みは、実験しながら変化を続けられること。強みを活かして新しい領域の仕事に挑戦し、Goodpatchやデザインそのものの可能性を広げたいですね。
それが、僕たちの掲げる「デザインの力を証明する」ということにつながっていくのだと思っています。
キャスターのビジョンは「労働革命で、人をもっと自由に」。
リモートワークが浸透すると、場所や家の事情、体調などさまざまな理由で仕事が選びづらかった人にとって、選択肢が増えます。
リモートワークが当たり前になり、個人に合わせた働きかたが増え、豊かな生活を送れる人が多い社会になってほしい。
そのためにやれることを模索し続けたいと思っています。
企画・執筆:菊池百合子 撮影:川島彩水 編集:木村和博(インクワイア)