在宅勤務が始まったけれど、いまいち仕事に集中できない──。テレワークが浸透していくにつれて、家の仕事環境を整えることが大切になってきます。
「脳は会話に反応せずにはいられません。集中力を保つには、静かな場所が理想です」と話すのは、環境心理学者のサリー・オーガスティン博士。自分らしい空間との向き合い方とデザインのある暮らしを提唱しています。
「在宅勤務を快適にするデザインのススメ」について、Kintopia 編集長のアレックス・ストゥレが聞きます。
※この記事は、Kintopia掲載記事「How Environmental Psychology Can Help You Work Better From Home」の抄訳です。
居場所によって、心境は変わる。環境心理学って何ですか?
環境心理学者の方と、はじめてお話しします。まず、環境心理学とはどんな学問ですか。
周囲の環境が、人の考え方や行動に与える影響を研究する学問です。
たとえば、色は創造力や分析力にどう影響を与えるか、天井の高さと社会的行動にはどんな関係があるか、手や足にものが触れた時、人はどう反応するか──などです。
さらに一歩ふみこんで、国や組織の文化が、特定の場所で、どのように人の体験や期待に影響を及ぼすかを、分析することもあります。
環境心理学者は、それぞれの個性がデザインにどのような影響を与えるか、あるいは与えるべきかを考えるのです。
環境心理学者のサリー・オーガスティン博士。「Design With Sicence」代表。科学的見地から、理想とする認知的、感情的、身体的体験をもたらす空間、物、サービスのデザインを提唱している。ウェルズリー・カレッジ(学士)、ノースウエスタン大学(MBA)、クレアモント大学院大学(博士)卒業。米国心理学会や Environmental Design Research Associationなどの専門組織で指導的役割を担う。最新刊は『Designology: How to Find Your PlaceType and Align Your Life with Design』(デザイノロジー:自分らしい空間との向き合い方とデザインのある暮らし)。
いい在宅環境を作るには、まず何に気をつけたらよいでしょうか。
素材や天井の高さ、色に気を配って、自分のバックグラウンド(背景)や性格とのつながりまでを考えるとなると、ちょっと気が引けます。
確かに考えることは多いですが、まず優先順位をつけてみてください。
たとえば「デザインした部屋で何をするか?」を考えれば、どの感覚に着目すべきなのかわかってきます。
どんな目的の部屋なのかが大切であって、文化や性格に左右されない要素もたくさんあります。
一般的にリラックスしやすいのは、彩度が低く明るい色を見るときです。
たとえば、セージグリーンに白を混ぜると、リラックスする色が生まれます。逆もしかりで、明るい黄緑色のように、明るすぎず、彩度が高い色ほど元気が出ます。
彩度が低いセージグリーン(左)と彩度が高い明るい黄緑色(緑)
色の効果は、文化や部屋のタイプを問いません。リラックスするための部屋なのか、やる気を出して活動する部屋なのかによって、色を変えるとよいですよ。
色に対する考え方が変わりました! 世界共通のデザインの効果は、ほかにどんなものがありますか?
たとえば天井の高さです。天井が高いスペースでは、創造力も高まります。大聖堂や宮殿で畏怖の念を感じるのも、そのためです。
天井が高い場所で話すと、フォーマルな雰囲気が出ます。
人が語りかけるとき、声は口から聞き手の耳に直接届くのではなく、天井から跳ね返ってきます。天井が高いと、声が跳ね返って耳に入るまでの時間が長くなるので、フォーマルに感じられるんです。
アメリカで見かける派手な豪邸には、無駄に広いリビングと高い天井がつきものですが、声が反響してしまうので、友人と楽しい時間を過ごすのには向きません。
天井が高いリビングでは、友人とのんびり語り合おうという気分になりにくい
なるほど。在宅空間を心理学的な視点で考えたことはなかったです。
環境心理学は複雑だと感じるのは、なじみがないからです。
少しずつルールを理解すれば、自然に身についていきます。最初は考えるべき点がたくさんありますが、そのうち慣れますよ。
そのとおりです。オフィス、自宅、火星に向かうロケットなど、人はどんなときも、ある空間に存在していて、多かれ少なかれ、自分の居場所に影響を受けます。
話を複雑にするつもりはないですが、私たちは「いつでも、どこかに」存在していますよね。その影響をコントロールするのがデザインなんです。
脳は会話に反応せずにはいられない。集中力を保つには、静かな場所が理想
コロナウィルスの影響で、初めて在宅勤務をしている人も多いと思います。
コロナが終息しても在宅勤務の傾向は続くと思いますすが、自宅の仕事環境を整えるにあたって注意すべき点を教えてください。
まず会社に貢献するために、自分がしている仕事を考えましょう。集中して作業する必要のある人が多いので、落ち着いてリラックスする仕事環境が求められます。
ただし居眠りするほどリラックスしてはいけませんよ。寝ながら最高のパフォーマンスを発揮できる人はいませんから(笑)。
在宅勤務の場合、最適な仕事環境を整えるためにできることは限られていますが、リラックスするには、白みがかったセージグリーンの壁紙がおすすめです。
目や耳から入る不要な情報を、できるだけ取り除くことをおすすめします。
完全な静寂はかえって不自然なので、静かな場所が理想的です。これは自宅でもオフィスでも同じで、会話が耳に入ってこない空間がよいでしょう。
私たちの脳は、周囲の会話に反応せずにはいられないので、会話を遮断する必要があります。
ボリュームをしぼって、ストレスの抑制に効果的な自然の音を聞くとよいですよ。
心地よい草原の音が流れるサウンドトラックを、ダウンロードするだけでよいのですね。
ええ。キーワードは「穏やか」です。うららかな春の日に美しい草原で、遠くに聞こえる小川のせせらぎ、葉音、小鳥のさえずりなどを想像してください。
土砂降りの雨音や台風の強風、オウムの鳴き声などは論外です。
音量は小さくても効果があります。隣人に迷惑にならない小さな音量で、天気のよい日に草原を流れる小川の音などを流してはどうでしょう。
自然光は、問題解決や対人関係にもプラス。居心地のいい環境はヒュッゲに学ぼう
照明の影響は大きいですよ。コンピューターの画面に反射しないように気をつければ、自然光を浴びながら仕事をするのもよいと思います。
自然光は、気分やパフォーマンスの向上に直結します。気分が良いと、問題解決や対人関係にもプラスになりますから。
すばらしい眺めが視界に入らなくても、自然光を浴びるだけでも効果的です。
そうですね。在宅勤務であれば、タスクによって照明の色を変える方法もあります。
寒色系の照明は、注意力を高めるので、分析的な仕事向きです。
暖色系の照明は、創造力や対人関係に効果的です。たとえば緊張する上司との会話には、暖色系の照明がある部屋が向いています。
デンマーク語で「居心地の良い環境」を指す「ヒュッゲ」をご存知ですか?
ヒュッゲでは、社交に最適といわれる炎の光を使います。人間の進化の過程でも、大昔は炎を囲んで語らっていたことを考えると、現代人にも通じる感覚なのでしょう。
また、温かいものに触れたあとは寛容になり、共感も高まり、他者に対する温かい感情が持続するといわれます。
周囲の環境と人間の思考には多くのつながりがあって、本当に驚かされます。
そのとおりですね。東京の狭いアパートで火はたけませんが、照明の色を切り替えることはできますね。
炎のように暖かみのある光は、社交の場に最適な環境を生む
視覚的に気が散る要素がある方が、仕事は進む。色、形、物のバランスも見てみよう
雑音だけでなく、視覚的に気が散る要素にも注意が必要です。物は少ない方がよいですが、あまりにも無機質でもいけません。
ある程度、視覚的に複雑な環境の方が作業は進みます。「視覚的に複雑」というのは、色、形、物がバランスよく整然と並んでいる状態です。
たとえばアメリカの建築家フランク・ロイド・ライトが設計した、住まいのインテリアを思い浮かべてみてください。自宅でもオフィスでも、理想のインテリア像として参考になります。
旅行先で買った花瓶や家族写真など、思い出の品を飾ってもかまいませんが、数は増やさないようにしましょう。
ええ。ちなみに「視覚的な複雑性」が理想的な理由は、人間の進化の歴史にあります。
昔は、食料となる動物を見つける能力だけでなく、人間をエサとする動物を見つける能力も必要としていました。どちらの場合も、動物に先に気づかれてはいけません。
ものがあふれる雑多な環境では、周りを見わたすのが難しくなります。だから散らかっていると落ち着かない気分になるんです。
在宅勤務だと、部屋が散らからないようにするのが本当に大変です。
動き回るように進化してきた人間。自然を仕事環境に取り入れると、創造力もアップ
サリーさんのアドバイスは、人間の進化の話につながっているのが興味深いですね。自然と人間の関係はどうでしょう?
集中力や創造力が必要な仕事をするときは、グリーンの観葉植物がおすすめです。疲れを感じたときに植物をながめると、気分が変わります。創造力を高める効果もあります。
また、木材がストレス軽減に効果的であることもわかっているので、木製のデスクが一番ですが、難しければ木目調のものでもかまいません。
大切なのは木目がよく見えて、不規則な模様を描いていることです。不自然な模様でなければ、本物の木材でなくても大丈夫ですよ。
自然の情景を描いた写実的な絵画も気分転換になります。木に囲まれた草原の絵画や、自然の写真でもよいですね。
流れる水の音もリフレッシュ効果があるので、机に置ける小さな噴水もおすすめです。ミニ噴水があれば、わざわざ自然の音を集めたサウンドトラックを買う必要もありません。
人間は本来、動き回るように進化してきたので、身体的な柔軟性もとても大切です。立ったり座ったり、座る方向を変えたり、いろいろとアレンジすると効果的です。
在宅勤務の誘惑から身を守るには、視界に誘惑物を入れないことがおすすめ
在宅勤務をしていると、普段の勤務中とは違った誘惑にかられる人も多いと思います。
テレビの近くに座っていれば「昨日の番組の続きが見たい」と思ってしまいますし、冷蔵庫の近くにいれば「ちょっと何か食べよう」という気になります。
こうした誘惑から身を守る配置やデザインはありますか?
まずは、それらの誘惑が視界に入らないようにすることです。目に入らなければ、そのうち頭から離れていきます。
ただし「必要以上に食べたい」「テレビを見たい」という衝動は、退屈やストレス、集中力の欠如が原因です。まずは、そちらに対処すべきでしょう。
結局のところ、物理的な環境を整えるといっても限界があります。
隣の家からおいしそうなにおいがしてきたら、気を取られてしまうのは当然です。壁紙の色で解決できる問題ではありません。
サリー・オーガスティンの著書『Designology: How to Find Your PlaceType and Align Your Life with Design』(2019年)
100%在宅勤務は黄色信号? 言葉とジェスチャー以外のシグナルを受け取るには
コロナウィルスが終息したあとも、在宅勤務を望む人が増えるかもしれません。
在宅勤務とオフィス勤務についての考えを聞きたいです。在宅勤務が向いている職種はありますか?
ありきたりな回答ですが、人とかかわる必要性がどの程度かによるでしょう。
人間のコミュニケーションは、言葉とジェスチャーだけだと思いがちですが、違います。言葉以外にも、お互いにいろいろなシグナルを送っています。
たとえば、相手との距離、会話中に視線が合っているか、どのようなにおいがするかなどです。
においといっても「汗臭さ」の話ではありません。ハッピーなときと、そうでないときでは、人が発するにおいも変化するんです。
なるほど。仕事のコミュニケーションの1つであるフィードバックにしても、対面とそうでない場合とで難しさに違いがあります。
同僚へのフィードバックややりとりは、顔を合わせてするのが理想です。同じ空間にいないと、あらゆる種類のコミュニケーション経路が遮断されますから。
クリエイティブな職種でも、率直なフィードバックを直接受け取ることが大切です。
在宅勤務でも、このようなやりとりは可能ですが、対面のコミュニケーションには代えられません。
ファイルの整理やデータ入力のように、機械的で単純な作業の場合はどうですか?
こうした作業も、周囲に人がいる環境の方が適していることがわかっています。おもしろいですよね。
やり慣れた作業や単純作業を1人でしていると、だんだんと集中力が途切れて、作業効率が劇的に下がります。
人とのかかわりから生まれる、ちょっとしたエネルギーにふれるだけで、目が覚めるんです。
ビデオ会議のテクノロジーをほめちぎっている人も多いですが、オフィスに出社する代わりにビデオ会議、とはいかないんですね。
ええ。ビデオ会議にはたくさんの問題点があるのですが、アイコンタクトもその1つです。
ビデオ会議では、アイコンタクトはできません。もちろんウェブカメラを見つめることは可能ですが、少し怖いですよね。
人を知るには、顔を合わせていっしょに過ごすしかない
進化の歴史からも、人を知るには実際に顔を合わせていっしょに過ごすしか方法はありません。
人と人のやりとりは複雑なので、テクノロジーが進化しても、電話やビデオ会議を使って再現できるものではないんです。
もちろん、さまざまなツールを自由に使いこなせるのはすばらしいと思いますし、ツールなしに今の経済は成り立ちません。
ただ、現在の状況は、応急処置でしかありません。一時的な危機的状況にあるからこそ、みんながベストを尽くそうと努力しています。
危機が去って、職場に戻れるようになったとき、テクノロジーを使って仕事を進める代わりに、お互いに顔を見合わせて仕事をしようとする人は多いと思いますよ。
執筆:Alex Steullet/翻訳:ファーガソン麻里絵、鮫島 みな/アイキャッチ:高橋 団
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