「フィードバックはする側もされる側も、お互い嫌な気分になるものだと認めることが大事」
こう話すのは、米フロリダの清掃サービス会社「スチューデント・メイド」創業者・CEOのクリステン・ハディードさんです。離職率の高い業界ながら、働きたがる人が続出し、スタッフは優秀な学生ばかりだそうです。
チームの上司は、ときに相手を傷つけてしまうフィードバックの伝え方に悩みます。上司から声をかけられるメンバーは、フィードバックに対して身構えてしまいがちです。
2008年の創業以来、フィードバックで多くのスタッフを成長させてきたハディードさんに、サイボウズ式、サイボウズ式のグローバルサイト「Kintopia」編集部員のアレックスが、相手の心を動かすフィードバックの方法について聞きました。
フィードバックは「嫌なもの」。する側もされる側も
ハディードさんは、CEOの経験から、独自のマネジメント・メソッドを確立されています。
でも起業当初は、離職率も相当高かったそうですね。どうやってフィードバックの方法を考えていったんでしょうか?
ときには失敗もしつつ、相手の反応を見ながら試行錯誤してきました。
起業当時は、部下にフィードバックするのは苦手でした。というのも、45人ものスタッフが一度に辞めてしまったことがあったんです。
率直すぎるフィードバックをすると、みんなが辞めたくなってしまうのではないかと思って.......。
クリステン・ハディード。スチューデント・メイドCEO。2008年に従業員が学生のみの清掃サービス会社「スチューデント・メイド」を創業。低賃金、離職率75%で知られる業界ながら、離職率の低さとその成長性から全米で注目を集める。著書に、”Permission to Screw Up”(日本語版のタイトルは、『離職率75%、低賃金の仕事なのに才能ある若者が殺到する奇跡の会社』ダイヤモンド社)がある。Photo by Pete Longworth
ええ。だから、はじめは優しい言い方にして、「自分は認められているんだ」と感じてもらえるようなフィードバックにしようと考えました。
批判的な内容を伝える場合は、その前後にポジティブな内容を伝え、相手に大きなダメージを与えないように気をつけたんです。
でも、フィードバックを受けた人の多くがとても混乱していることに気づきました。自分の行動をどう改善したらいいのかわからないまま、フィードバックの時間を終えている、という感じでした。
辞めたスタッフは、なぜ自分の抱えている問題を伝えてくれなかったのでしょうか。
当時は、信頼がなかったんですね。
今は、フィードバックとは信頼を築くものなんだと理解しています。自分の本音を伝えれば、受け手も信頼し、本音を話してくれるようになります。
本音を伝えることは、時には受け手を傷つけることにもなりそうですが?
人間である以上、必ずどこかに改善できる点はあるものです。
それなのに、ミーティングや勤務評価で毎回、うまくできている点だけを伝えられたら、フィードバックの送り手を信頼できないはずです。あえて伝えられていないことがあるとわかりますからね。
当時の私は、スタッフに対して正直じゃなかったんです。だから彼らも私を信用しなかったし、正直に話してくれなかったんだと思います。
あと、私が学んだのは、送り手にとって、「フィードバックが嫌なのは当然だと認めていい」ということです。
実際、話を始めるときにそう伝えるのがいちばんだと思います。「本当に言いづらいんだけど、あなたを思ってのことなので、言わせてください」と伝えるんです。
どうして、送り手がフィードバックは嫌なものと認めることが大切なのですか?
気まずく感じていること、わからないことがあると認めると、フィードバックの受け手はあなたをひとりの人間として見てくれるようになり、信頼関係を築くことができるからです。
あなたが自分本位にならずに本音を受け入れてくれる人だと考えて、こちらの話に耳を傾けてくれるようになるんですよね。
正直に自分の気持ちを伝えれば、フィードバックの受け手も心を開いてくれるんですね。
フィードバックの三大要素は「相手の行動」「自分の気持ち」「自分が受ける影響」
ハディードさんがフィードバックに使っている「FBI」メソッドについて教えてください。
FBIは、気持ち(Feeling)、行動(Behavior)、影響(Impact)の頭文字です。
フィードバックの際は、私の現在の気持ち(F)と、私をその気持ちにさせた相手の行動(B)、私への影響(I)を伝えます。
例を挙げましょう。ミーティングに遅刻した部下に、FBIメソッドを使ってフィードバックをすると、次のようになります。
「わたしは残念に感じています(F)。なぜならあなたが今朝ミーティングに30分遅刻してきたからです(B)。そのせいであなたを頼りにしていいかどうかわからなくなっています(I)。」
「自分の気持ち」「相手の行動」「自分が受ける影響」の3点をこの順番で伝えます。 ネガティブなフィードバックの場合は、受け手は自分の行動を改めようとするはずですし、ポジティブな場合は、その行動を継続する気になります。
スチューデント・メイドのスタッフは、全員が学生。ここで働いた経験を通して成長し、希望の企業に就職する学生や、社会に出てから成功を収める学生も多い。Photo by Student Maid
「なぜ『自分の気持ち』を含めないとならないのですか? 『行動』と『影響』だけではいけないのですか?」
よく、こんな質問を受けますが、それはダメです。 なぜなら、自分の行動が感情面でも周囲に影響を与えるものだと気づかないと、人はやる気にならないからです。
もうひとつ、効果的な方法があります。
人にFBIを伝えた時は、「明日私にもフィードバックを下さい。私や会社がどうしたらもっと良くなるかを教えて下さい」と伝えるんです。
これで、双方向的な関係をつくることができます。信頼を築く上でとても大切なことです。
この方法は、上司と部下だけでなく、どんな関係性でも有効ですね。
フィードバックの際、ポジティブとネガティブな発言のバランスはどう取っているんですか?
バランスというよりは、まずフィードバックをするときには「本心からすること」を心がけることです。
そして、「評価する」という目的のためだけに人を評価しないでください。
私の会社では、何かいいことに気づいたら口に出すようにしています。だれかがいいことをしたとしても、それを見たのが自分ひとりだけだったら、ほかの人に伝えない限り、そのことは評価されませんから。
フィードバックをもらうときは、質問してその場で内容を完全に理解しよう
フィードバックの受け手へのアドバイスもいただきたいです。相手の話を聞く以外に何かすべきですか?
送り手同様、受け手もフィードバックは楽しいものではないことを、事実として認めましょう。
フィードバックの送り手に共感を持つのも大事です。その人はあなたのことを思っているから、何も言わないほうが楽なのに、あえてその話をしているんだと認識しましょう。
その通りです。 あと、「ハーフ・フィードバック」にならないように、気をつけたほうがいいですね。
ハーフ・フィードバックは、送り手が気まずい思いで伝えてきたフィードバックを指します。内容が抽象的になりがちで、受け手は何を改善したらいいのかわからなくなってしまいます。
たとえば、「あなたは昇進対象に選ばれませんでした。よくやっていると思いますが、次のステップに進むにはもう少し成長が必要です」というような内容です。
たしかにそういう内容のフィードバックはありがちですね。
このような内容があいまいなフィードバックは、聞いたままにせず、質問してください。
「もう少しくわしく聞かせてください。具体的に何を変えたらいいのか教えてくれませんか?」というようにね。
はい。フィードバックを受けた後に、その内容を明確に理解できているようにするといいですね。
フィードバックは顔を合わせてやるべき。オンラインツールや匿名では意図が伝わらない
ハディードさんは、毎日だれかにフィードバックをしているんですよね。なぜ、そこまでできるのですか?
人を成長させるのが、リーダーである自分の仕事だと考えているからです。
個人的な目標として、(1)改善すべき点を伝えるフィードバック、(2)現状を承認するフィードバックを、1日1回ずつすることにしています。
この2つのフィードバックをするのは、相手に自分が秀でている点と、改善できる点を理解してもらいたいからなんです。自分に毎日言い聞かせて実行し、リーダーにも同じ姿勢を求めています。
フィードバックは顔を合わせて行う。ときにはビデオ会議を利用することも。Photo by Student Maid
部下の成長にはフィードバックが必須ということですね。
そうです。私たちは「360度評価」も取り入れているんです。
まず、メンバーに自分がよくできている点と改善すべき点を考えてもらい、グループで共有します。それからみんなでコメントし、ほかに共有することがあれば付け加えてもらいます。
オンラインツールを使うのではなく、顔を合わせて行うのもポイントです。
評価やフィードバックのためにオンラインツールを使う企業は多いと思います。なぜそれではいけないのですか?
まず、声のトーンがわかりませんよね。相手の意図と違うトーンを読み取ってしまうのはよくあることです。
匿名のフィードバックは、さらに問題です。フィードバックを読んでも、だれのフィードバックなのかばかりが気になって、内容が頭に入ってこないでしょう。
対面だと、本音を伝えにくいこともあると思うのですが。
厳しいフィードバックをする場合は、受け手の精神状態を考えるのも大切です。
特に360度評価で、改善すべき点をたくさん受けた人は、それを消化する時間が少し必要かもしれません。
私の場合は、受け手に気分を聞いて、時間が必要なようなら、明日改めて話をしよう、と伝えています。
このとき大切なのは、自分で判断をするのではなく、どうしたいかを本人に聞いてみるということ。聞けば希望を伝えてくれるでしょう。
部下のフィードバックに上司からの反応がないような会社は、働く価値がないかも
部下が上司にフィードバックをするときもありますが、この場合、本音を伝えることに抵抗がある人は多いと思います。会社での自分の将来を、上司に決められるという人も多いと思うので......。
上司へのフィードバックは難しいですよね。上司の反応として、2つのパターンが想定されます。
ひとつは好意的な反応。この場合は、感謝して今後どうするか話し合いをすることになります。
もうひとつは否定的な反応です。その場合は、本当にその職場で働き続けたいのか、自分に問いかける時です。
上司の対応から、多くのことが見えてくると思います。
フィードバックに感謝はしても、それ以上何も言わず、問題の対処方法や解決策を考えないようなら、働く価値のない会社かもしれません。
もし上司が「対策を考えましょう」と言ったなら、あなたにとってベストな方法を考えているということです。
最終的に、あなたの要望が聞き入れられなかったとしても、会社側に腰を据えて解決策を探る意思があるということです。
ハディードさんも、スタッフからフィードバックをたくさんもらっているんですか?
常にもらっています。フィードバックで多いのは、メンバーのプロジェクトに対する私のリアクションについて、ですね。
「私が不満足だと相手に誤解させてしまう」というものです。
プロジェクトに対して、私はいつも改善点をひとつ伝えるようにしています。
でも、メンバーは「プロジェクトが評価されていない」と思ってしまうことがあるんですよね。本当は評価しているんですけれど......。
改善法を探すのは私の強みなので、だいぶ努力しました。プロジェクトにもう少し早めに参加させてもらうようにするとかね。
自分のリアクションの傾向が学べたのは、チームからのフィードバックがあったからです。「プロジェクトをいまひとつだと思っている」とメンバーに感じさせてしまったのはなぜかを、具体的に掘り下げていくようにしましたね。
部下の失敗を事前に防ぐか、あえて許容するか。基準は「相手が成長できるかどうか」
ハディードさんの会社では、スタッフの失敗に対して、年々寛容になっているそうですね。 とはいえ、事前に防ぐべき失敗はあるかと思います。
「この人には失敗を経験してもらい、あとでフィードバックをしよう」「この人は失敗するから、その前に一言伝えておこう」と判断する基準を教えてください。
ハディードさんの著書”Permission to Screw Up”のタイトルの意味は、「失敗する許可」(日本語版のタイトルは、『離職率75%、低賃金の仕事なのに才能ある若者が殺到する奇跡の会社』)
その失敗で部下が成長するかどうか、ですね。
失敗によるコストが一定数以上かからないようなら決定権を与える、という人は多いと思いますが、私の考え方はもっとシンプルです。
その人が失敗によって成長するか? と自分に問いかけ、答えがイエスなら失敗するのは止めません。ノーなら、その人自身や会社を傷つけることになるので、事前に対策をとります。
そうです。ただし、壊滅的なミスをしそうな時でも、「やってはいけない」と言うだけにはしません。どんな影響が出そうか話し合い、計画段階に戻ってほかの解決法を探すよう頼みます。
そして、こちらから答えは伝えません。毎回答えを伝えることは、ミスから守ることはできても、部下の成長にはつながりませんから。
本当に自分のチームを力づけたいなら、時には自分は遠ざかり、メンバーを失敗させる必要もあるのです。
新たに管理職になり、部下へのフィードバックに悩んでいる人にアドバイスをください。
多くの人がフィードバックに苦手意識があるのは、気まずい思いをするからです。
でも、人を成長させる機会があるのに、自分が気まずいからといってやめるのはおかしくありませんか?
それはあなたのわがままです。私自身も「フィードバックを億劫に感じるとき、そう思うのは自分勝手だ」と自分に言い聞かせています。効き目は抜群ですよ。
執筆:Alex Steullet/編集:鈴木統子
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HadeedさんのインタビューPart2はこちら>
変更履歴:記事のタイトルを下記のように変更しました。(2019/07/05 16:50)
変更前:フィードバックで本音を伝えるのが怖い──それは相手の成長機会を奪っていませんか?
変更後:「する側もされる側も気が重い」。フィードバックの生産性を上げる秘訣を、米人気企業CEOに聞いた