「心理的安全性」の大切さは認識されつつあります。しかし、具体的にどうすればチームの心理的安全性を高められるのかという問いに、胸を張って答えられる人は少ないのではないでしょうか。
テレワークが広がった2020年は、「同じ場所で働けなくてもチーム内で健全な対話が交わされるようにしたい」と考えるようになったマネジャーやリーダーも多いはず。
よく耳にする自己開示というキーワードに飛びついて「自分の弱みをさらけ出そう」とやみくもに動いた結果、チームの状態を悪化させてしまう場合もあるかもしれません。
今回お話を聞いたのは株式会社ZENTech 取締役であり『心理的安全性のつくりかた』の著者である石井遼介さん。 石井さんは「心理的安全性の4つの因子」を提唱し、「マネジャーやリーダーが取るべき行動」を考えるための具体的な視点を伝えています。
どんな行動がチームの心理的安全性を高めるのか。その実践知を伺いました。
石井遼介(いしい・りょうすけ)さん。株式会社ZENTech 取締役、一般社団法人 日本認知科学研究所 理事、慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科 研究員。東京大学工学部卒。シンガポール国立大 経営学修士(MBA)。 行動分析の研究者としてチーム・組織のパフォーマンスを科学し、 ビジネス領域やスポーツ領域で成果の出るチーム構築を推進する。 日本の組織・チームにおける心理的安全性の計測尺度および「心理的安全性の4因子」を開発。著書に『心理的安全性のつくりかた』(日本能率協会マネジメントセンター)など。
『半沢直樹』に出てくる組織は心理的安全性が低い?
心理的安全性というテーマで思い出したのが、今年放送された『半沢直樹』の新シーズンだったんです。
あのドラマで描かれていた東京中央銀行という組織には、心理的安全性はなかったんじゃないかなぁと。
主人公の半沢直樹や東京中央銀行の取締役で半沢の宿敵にあたる大和田暁は言いたい放題に何でも発言します。
「彼ら個人の」心理的安全性は高いかもしれませんが、一方で、彼らと働く組織やチームの心理的安全性は低いといえると思います。
そもそも「チームの心理的安全性」が低いというのは、どんな状態を指すのでしょうか。
罰や不安が蔓延している状態のチームが心理的安全性が低いチームなんです。
たとえば、「上司や役員からの印象が悪くなると出世できなくなるかもしれない」「無能だと思われるかもしれない」。
そんな感情から言いたいことを言えなくなっている人が、『半沢直樹』には登場していたと思います。
彼らは「罰」や「不安」に よって行動が縛られており、あくまで「怒られないために」仕事をこなしていたのではないでしょうか。
新しいことにチャレンジしようとして、周囲から「本当にうまくいくの?」と疑いの目を向けられたり、失敗すると犯人探しがはじまったりするのも、心理的安全性が低いチームの特徴です。
チームの成果のために貢献したいと考えても、結果として罰せられる可能性があるなら行動しないほうがマシだと思ってしまいますよね。
逆に言えば、罰や不安を避けるためではなく、いい仕事をするために率直に意見を言い合えるチームが心理的安全性が高いチームなんです。
「健全な衝突」が繰り返されることでチームは強くなる
心理的安全性が高いと、チームにどのような影響が生まれるのでしょうか。
チームとしての学習が促進され、中長期的にチームのパフォーマンス向上に寄与します。
なぜなら、情報共有と意見の対立の頻度が高まるからです。どんな組織でも、クレーム発生などの「まずい情報」は燃え広がる前に早く共有されたほうがいいですよね。
まずい情報が早く共有されれば迅速に対策ができるし、チームとしてトラブルへの対応や、再発防止・改善も早く進みます。
情報共有によって、学びの種が多く流通するようになるのですね。「対立の頻度」が高まるというのは?
チームの成果のために意見を戦わせて働こうとする「健全な衝突」が頻繁に起きることです。
「健全な」というのは、人間関係や管轄について衝突するのではなく、「物事や課題(タスク)についての意見の衝突」であるという意味です。
経営学の1分野である組織論では、組織内で起きるコンクリフト(衝突)について、人の好き嫌いにまつわる「人間関係」、同じ問題や事象についての意見が異なる「タスク」、部署間で仕事がたらい回しになってしまうような「プロセス」の3つの概念が定義されている。(図:『心理的安全性のつくりかた』より)。
「人間関係」や「プロセス」にまつわる衝突は業績悪化につながりかねませんが、「タスク」についての健全な衝突を繰り返すことは、チームの成長やイノベーションにつながるんです。
先程のクレームの例で言うと、意見の対立が起きるほどのディスカッションは、トラブルへの対応や再発防止に向け、さまざまな観点から多様なアイデアが出るということですから、対応や改善も早く進みます。
重要なのは、心理的安全なチームであれば、意見が対立しても人間関係にヒビが入ったりはしない、ということです。
チームのカルチャーは1人ひとりの行動の積み重ねで形作られる
健全な衝突が起きるチームになるために、具体的になにから手をつければいいのか悩んでいるマネジャーやリーダーも少なくないと思います。
心理的安全なチームの具体的な特徴として、私たちの研究チームでは産業や職種を越えて、日本の組織・チーム6000名、500チームを調べ「4つの因子」を見いだしました。これらの視点が参考になるかもしれません。
石井さんが提唱する、心理的安全性をもたらす4つの因子。
1.「話しやすさ」……仕事と相手の状況を把握し、多様な視点から状況を判断し、率直な意見とアイデアを募集することにつながる。
2.「助け合い」……トラブルに迅速に対処・対応する際や、通常より高いアウトプットを目指す際に重要。
3.「挑戦」……時代の変化に合わせて新しいことを模索し、変えるべきことを変えるための活気を生み出す。
4.「新奇歓迎」……メンバーそれぞれがボトムアップに才能を輝かせ、多様な観点から社会・業界の変化をとらえて対応するために重要。
(図:『心理的安全性のつくりかた』より)。
4つの因子に紐づく行動を増やすために何ができるか考えてみるのがいいのですね。
そうですね。この中でも「話しやすさ」が最も重要で、ほかの3つ因子の土台になります。
なるほど。「話しやすさ」が生まれる環境を作るために、まずは自分が自己開示してチームをなんとか変えようとするマネージャーやリーダーもいると思います。
この行動は正解なのでしょうか。
私たちは「どうすればいいですか?」と1つの正解を求めがちですが、実は「常に変わらない1つの正解」を求めない方がうまくいくんですね。
なぜかというと「正解」を大事にし、信じ込むことで、目の前にいるメンバーの実際の反応を軽視するようになってしまうからです。
たしかに。1つの正解に合わせて、目の前のことを都合よく解釈してしまうこともありますね。
加えて、チームのカルチャーは歴史によって作られているので、その組織・チームにおける「正解」はチームによって変わるんですね。
歴史は、それぞれの組織・チームはマネジャーやリーダー、メンバー1人ひとりのこれまでの行動や結果と、それに対する周囲の対応の積み重ねによって形作られている、ということです。
たとえば、メンバーがマネジャーに相談しに行く場面を思い浮かべてみてください。
自身の仕事で忙しいマネジャーはメンバーと目も合わさず、PCを見つめたまま相談に対応している。よかれと思ってメンバーがチームの課題を報告したら、「じゃあその課題、対応しておいて」と言われ、褒められも評価されもせず、単に自分の仕事が増える。
こうした日常の行動が積み重なって歴史となり、「話しやすさ」の損なわれたチームが作られてしまうんです。
そんなチームでマネジャーが急に自己開示を始めると何が起きるでしょうか。いきなり上司に弱みを見せつけられたら、メンバーは「何か大変なことを押しつけられるんじゃないか」と警戒してしまうかもしれません。
チームは歴史によって作られているからこそ、マネジャーやリーダーは、これまでの状況を踏まえてリーダーシップを使い分ける必要があります。私はこれを「心理的柔軟なリーダーシップ」と呼んでいます。
リーダーシップにはいくつかの有名な「型」があるんです。マネジャーやリーダーが自身のリーダーシップスタイルを理解し、状況に応じて使い分けていくことで、メンバーにいい影響を与えられると考えています。
4つの「リーダーシップスタイル」にはそれぞれの特徴がある(図:『心理的安全性のつくりかた』より)。
「なんで?」「なぜ?」の“要注意ワード”を連発していないか
チームやメンバーの状況に応じて接し方を柔軟に変えていく。頭で理解できても具体的に実践するにはまた違う難しさがある気がします。
小さなことの積み重ねからはじめればいいんです。
自分が無意識に「罰的なコミュニケーション」を取っていないか、自分の行動を振り返り、洗い出していくことからはじめるのも1つだと思います。
マネジャーやリーダーのちょっとした一言が、メンバーにとっての「罰」になっている可能性があるんですよ。
自分がメンバーより強い立場であるからこそもたらしてしまう「罰」がある、と。どのような言葉に注意が必要なのでしょうか。
よくあるのは「なんで?」「なぜ?」と問いかけてしまうことです。
日常の仕事のシーンを思い浮かべてみてください。メンバーが成果を出したとき「なんでうまくいったの?」とわざわざ聞く上司は少ないのではないでしょうか。
一方で、ミスが起きると、上司はすぐに「なんでこうなったんだ?」「なぜそうした?」などと聞いてしまう。
その問いかけが課題をとらえるために使われていたとしても、メンバーにとって「なんで?」「なぜ?」は、ミスを責められている文脈で受け取られてしまいやすいです。
なので、ミスが起きたときは、「何が起こったのか」「どうすれば改善できそうか」などに問いかけを変えて聞いたほうがいいですね。「なぜ(Why)」から「なに(What)、「どう(How)」への転換です。
こうやって自身の行動を振り返りながら、罰的なコミュニケーションを減らしていく。そうすることで、メンバーの行動に変化が生まれていきます。
「相談責任」という言葉で、行動の入り口が簡単になるかも
マネジャーやリーダーにできることとしては、大切にしたい考えを言語化にしてチーム内に流通させることも有効だと思います。
サイボウズの社内で共有されている「質問責任」「説明責任」という言葉はそれに当たるのかもしれません。
自分が理解できないことを仕事でする場合、その人には「なぜする必要があるのか」を問う責任があり、それをしてほしい人にはその質問に答える責任があることを明文化しています。
なるほど、とてもいいですね。
「なんでも質問してね」と呼びかけるだけでは、なかなか人は動きません。
思い切って質問ができたとしても、きちんと説明されないことが続いた場合は「じゃあ聞かなくていいや」となってしまう。「なんでも質問してね」と言うのであれば、質問されたとき、丁寧に説明する責任をセットにして言葉の旗を立てるのは重要だと思います。
同じような考え方で、「相談責任」という言葉があってもいいかもしれませんね。特に日本のチームだと「相談責任があるのでお聴きしますが……」などと、使いやすいかもしれません。
その言葉があることで相談に対する行動のハードルは下がりますね!
でも「相談して、自分が無能だと思われたくない」という気持ちを抱くメンバーもいるかもしれません。
そういったメンバーには漠然と「わからないことがあれば聞いてね」と伝えるよりも「作業中に3分間手が止まってしまったら声をかけてね」と行動する際の条件を明確にすることが有効な場合もあるでしょう。
行動分析の観点では、人に望ましい行動を起こしてもらうには、行動を実際にとるまでの「入り口」を簡単にすることが大切だと考えられているんです。
挑戦することに苦手意識を持っている人には、どうすれば行動の入り口を簡単にできるのでしょう。
挑戦ではなくて、「試す」という言葉で声を掛けてみるのはどうでしょう。
「このやり方を試してみようよ」とか「1ヶ月だけ試しにやってみよう」とか。組織によっては「フィジビリ」なんてワードもいいですよね。
望ましい行動に対して、成功や失敗といった評価を連想する言葉遣いではなく、ある行動について「とりあえずやってみよう」という声掛けをするんですね。
そうですね。このようにチームとしての指針を言語化したり、マネジャーやリーダーが言葉の使い方を変えて行動の入り口を簡単にしたりしていくことで、チーム内での話しやすさが生まれていくはずです。
メンバーの行動と仕事の「品質」を切り分けて考えられているか
もう1つ大切にしたいのが、メンバーの行動と仕事の「品質」を切り離して考えられているか、という視点です。
成果を重視するがゆえに、メンバーの仕事の「品質」ばかりにとらわれていないでしょうか。
たとえばメンバーから業務フロー改善のための新たな提案を受けて、その内容がすぐに取り入れられるレベルのものではなかったとします。
品質ばかり意識しているマネジャーやリーダーは、この場面で「そんな提案内容じゃダメだ」「もっと考えてくれ」といった返事をしがちです。
そんなことを言われて、このメンバーは次回からも積極的に提案しようと思うでしょうか?
本当に成果を考えるなら、行動と品質を切り分けて、まずは「メンバーが提案してくれた」という行動そのものに感謝する方が、中長期で提案が集まるチームになるでしょう。
品質にとらわれてチームに働きかけてくれるメンバーの行動を減らしてしまっては意味がない。
「意見を出してくれて本当にありがたい」という気持ちを伝えた上で、「そのアイデアは、この見方だとどうなるかな?」と一緒にブラッシュアップしていくほうが成果につながるはずです。
「秒でジャッジ」しなくてもいい。いろいろな意見を「置いておく」だけでもチームは良くなる
心理的安全性が高い状態であれば、チーム内に多様な意見が飛び交うようになる。
そうした意見の中にはチームには関係ない個人のわがままととらえられるものもあるでしょう。多様な意見をチームの成長に生かしていくためには何が大切なのでしょうか。
いろいろな意見が出るようになったら、「とりあえずチーム内に置いておく」でいいんじゃないでしょうか。
よく言われるように、今は正解がない時代です。現状ではとんでもない意見に思えても、未来の地点から見れば正解かもしれません。
それを「秒でジャッジする」なんて傲慢だと思いませんか?
そもそもマネジャーやリーダーは、すぐに白黒つけられない案件もたくさん抱えているはずです。
だから、せっかくいろいろな意見が出るようになったなら、すぐにジャッジせず、まずは置いておけばいいと思うんです。
どんな意見でも否定せずに聞くということでしょうか。
単なる個人のわがままと思える意見でも「一理あるね」と言ってみるとか、どんな意見でもその場で潰すのではなく、出た意見として議事録に残しておくとか、ホワイトボードに書いておくとか、排除せず一度受け止めるということですね。
仮にとんでもない意見が出てきても、それを否定しないで置いておけば、ほかのメンバーは「あの意見よりはマシだから自分も言ってみよう!」と思ってくれるかもしれません。
そうやってさまざまな声が流通するのは、チームが前向きに動けている証です。
この状態になれば、メンバーはもちろん、マネジャーやリーダーも余計なストレスを抱えずにいられると思うんですよね。
すべての意見を自分で完璧にジャッジしようという気持ちも手放せる気がしますね。
こうやってお話を伺う中で、チームの心理的安全性はマネジャー・リーダーの日々の行動の積み重ねで育むことができると感じています。
逆にメンバーの目線として、上司が心理的安全性をなかなか重視してくれない場合に何かできることはありますか?
そもそもリーダーシップとは、マネジャーやリーダーだけが発揮するものではないと思うんです。
いま与えられている立場や役職に関わらず、おひとりおひとりの方が、自分の手でチームを良くするという気概をもって、行動を積み重ねてみてほしいと思います。
罰的なコミュニケーションをしていないか、大切にしたい考えを明文化できているか、行動と仕事の「品質」を切り分けてとらえられているか、多様な意見を「秒でジャッジ」しようとしすぎていないか。
たしかに、どれもチームメンバー同士からでも実践できるものですね。
そうなんです。立場的な影響力の差はあるかもしれませんが、1人ひとりがチームの心理的安全性を育もうとすることで結果的にチームにかかわる全員が幸せになれると思うんです。
だからこそ、マネージャーやリーダーだけに背負わせずチーム全体の課題として考えてもらえたら嬉しいです。
企画:木村和博/執筆:多田慎介/編集:木村和博/撮影:加藤甫
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