サイボウズ社員の酒本健太郎・村川みゆ夫婦の明石市移住がきっかけで実現した、明石市長・泉房穂さんとサイボウズ代表取締役・青野慶久の対談。
前編では、街づくりと組織づくりの共通項から、「少数派のわがままが持つ可能性」を中心に話を聞きました。
後編では、当初猛反発のあった泉市長の施策が成功した理由、施策を街全体に広げるための工夫、市民を信頼する重要性、そして、誰1人取り残さない政治のあり方などについて語ります。
施策への理解を得るために「リアリティ」を強く意識し、好循環をつくる
明石市で掲げている「こどもを核としたまちづくり」というスローガン、強力ですよね。特に「街のみんな」を主体として、子どもを応援していこうという姿勢がすばらしい。
いま、日本が抱える子育て支援の問題は、「子どもは親の持ち物」という考えだと思っていて。
本当にそうです。「親の持ち物」だと思うから、親に責任を押し付けて、困っている子どもがいても見て見ぬ振りをしてしまう。
でも、「街の子ども」だと思えば、街全体で子どもを見られる。そうして育った子どもたちが将来の明石の街を支えてくれるのですから。
泉 房穂(いずみ・ふさほ)さん。1963年明石市二見町生まれ。82年明石西高校を卒業し、東京大学に入学。東大駒場寮の委員長として自治会活動に奔走。87年東京大学教育学部卒業後、NHKにディレクターとして入局。NHK退社後、石井紘基氏(後に衆議院議員)の秘書を経て、司法試験に合格。97年から庶民派の弁護士として、明石市内を中心に活動。2003年、衆議院議員となり、犯罪被害者基本法などの制定に携わる。11年明石市長選挙に無所属で出馬し市長に就任。全国市長会社会文教委員長など歴任。社会福祉士でもある。柔道3段、手話検定2級、明石タコ検定初代達人
子どもを大事にすることは街の未来をつくることにつながる、と。
そうです。いまでは、こうしたスローガンはかなり浸透していますが、市長になって最初の5年ほどは、あちこちから猛反対されました。
ご年配の方からは「高齢者をないがしろにするな! 次からは投票しない」と批判されましたし、議会には「市長に反省を求める決議」を全会一致で出されたこともあります。
そうした反対がなくなってきたのは、子育て支援施策を打った結果、実際に人口や税収が増えてきたからですか?
青野慶久(あおの・よしひさ)。サイボウズ代表取締役社長。大阪大学卒業後、松下電工(現パナソニック)を経て、97年にサイボウズを設立。2005年より現職。18年より社長兼チームワーク総研所長。著書に、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない』(PHP研究所)など。社員のわがままを引き出し、組み合わせ、チーム力に変える方法を実践。
実は「人口と税収が増えた」と言ったところで、「人が増えたら電車が混むやないか!」「市役所が儲かっても仕方ないやんけ!」という声が上がるだけで……。
でもたとえば、家族連れが増えて、商店街に買い物をする人が増えたら、お店が儲かってくるわけですよ。そこで初めて、商店街の関係者は「子どもを大事にすると、自分たちにも利益がある」と気づく。そこは損か得かの「リアリティ」ですわ。
なるほど。実際に市民が恩恵を感じなければ意味がないと。
はい、「税収」や「人口」といった数字だけじゃお腹は膨れませんから。大切なのは自分自身の懐があたたまるかどうかです。
この時、いかに好循環をつくるかがポイントで。効果的な子育て支援施策を打てば、子育て世代の移住件数や出生率は当然、増加する。
そうして人口が増えると、街がにぎわい活性化し、税収も増えていく。税収が増えればその財源で、より手厚い行政サービスができ、街への愛着が高まる。
こうした好循環を意識した施策展開を続けると、街はどんどん豊かになってくるわけです。
「お金がない」は嘘。家庭と同じようにやりくりをすれば、行政もうまくいく
いまはコロナ禍のため、行政は支出を増やさざるを得ない状況です。明石市でも手厚いコロナ支援をしていますよね。
税収が伸びているとはいえ、さすがに財政的に厳しくないですか?
市長になった当時は、わたしも「いまの時代はお金がない」と思い込んでいました。でも、それは嘘。お金はあるところにはあるんです。
大切なのはやりくりですわ。市民からお預りしている税金に役所が知恵を出して汗をかいて、付加価値をつけてお返しをする。市民がもっとお金を預けたくなるような行政を心がければ、お金も何とかなるもんです。
たとえば、明石市の場合、1年間の一般会計予算は約1000億円です。で、医療費や保育料のさらなる無償化といった明石市ならではの独自の施策1つあたりに大体10億円かかります。
「10億円」というと数値的に大きく見えますが、全体で見るとたった1%なんです。だから、これらの施策を実現していくには、明石市が動かせるお金のうち1%程度をその時ごとに確保していけばいいだけの話で。
そうです。でも、これってどこの家庭でも普通にやっていることなんですよ。たとえば、世帯年収600万円の家庭であれば、1%は6万円です。1か月換算すると5,000円で、子どもの習い事の月謝くらいの価格ですよね。
その1%を捻出するために、お母ちゃんが新しい服を買うのをあきらめたり、お父ちゃんが飲みに行く回数を減らしたりしているわけですよ。
その場の状況にあった優先順位を決めて、うまくやりくりすれば、行政にできることはまだまだあると思いますよ。
施策を広げるポイントは、わがままの本質を見極め、損得と社会的意義を両立させること
そのやりくりの中で、インフラなど公共事業の予算を600億から150億へと大幅に減らしたと伺いました。
そこまで減らしてしまうと、公共事業にかかわってきた建設業界などから、猛反発を受けるんじゃないですか?
さすがにすぐに、全員が100%幸せになるとは言えません。ただ、建設業界にとっては公共事業よりも民間事業のほうが儲かるんです。
その点、明石市は子育て支援によって人口が増え、マンションや戸建ての建築需要がどんどん高まっている。むしろ建築業界は潤っているんですよ。
そうかぁ! 切り捨てるわけじゃなく、お金の流れ方を変えて、より利益が得られるようにするわけですね。
そうですね、お金がまわるポイントを考えるのは大事です。商店街のお店は「アーケードを作ってほしい」とよく言うんですけど、アーケードをつけたところであまりお客さんは増えないんですよ。
その代わり、明石市では障害者への合理的配慮のための公的助成をしています。たとえば、店の入り口の階段に簡易スロープや手すりを付けるための工事費用は市が全額負担しているんです。
そうすると、車椅子の方だけじゃなくて、ベビーカーの子ども連れや足腰の弱い高齢者がお店に入りやすくなる。結果、「多様な人に配慮されたお店」として評判になり、お客さんの数も増えて儲かるわけです。
しかもスロープや手すりをつけるくらいなら、そんなにお金はかかりません。少なくとも、アーケードをつくるより断然安い。
それ、すごくおもしろいですね! 「アーケードをつけてほしい」というのも1つのわがままですが、その本質は「お客さんをもっと呼びたい」というわがまま。そこに効果的な形で応えていく、と。
ポイントは「損得」と「社会的意義」ですね。もし商店街にだけアーケードをつけたら、「商店街ばかり優遇されてずるい」と商店街以外の店から言われます。
でも、だれもが入りやすいスロープのある店づくりを応援することは、だれも文句は言わない。それどころか「いいことしているね」とほめられて、お店もしっかり潤う。
社会的意義を掲げながらも、本音の部分である損得もしっかり叶える。そうすると、施策は広がっていくんです。
あと、風景をガラッと変えるのも大切だと思います。スロープや手すり、聴覚障害者のための筆談ボード、視覚障害者のための点字メニューなどの合理的配慮は、目に見えて街全体の風景を変えていきます。
わたしは、商店街の中でも特に影響力のある方々に最初に声をかけ、これらを実施してもらいました。すると、「あの人がやっているなら、自分もやってみよう」と周囲のお店もこぞって合理的配慮に取り組み始める。
結果、障害者をはじめとした1人ひとりにやさしい街づくりが進んでいくわけです。
いままで少数派だった「合理的配慮をしているお店」が、一気に多数派になっていく、と。
はい。これはオセロといっしょで、隅をとることが重要。あとは自然と入れ替わっていくんですよ。
抽象的に「障害者にやさしい街にしましょう」と理想を掲げるだけじゃ、人は動きませんから。そこは具体的に目に見える形で街の風景を変えて、市民に示していくことが大切だな、と。
「嘘」を含めて市民を信頼することが、豊かな街づくりにつながる
「こどもを核とした街づくり」の象徴の1つとして、明石市では28の小学校区に必ず1つ以上の子ども食堂(※)があり、いずれもつぶれることなく続いています。
コロナ禍でもテイクアウトやデリバリーで地域の子どもを支えていただくなど、街ぐるみで子どもを大事にする意識が根付いてきていると思います。
この時のポイントは、市民を信じることです。
(※)地域住民などが主体となり、無料または低価格帯で子どもたちに食事を提供したり、学習の支援をしたりするコミュニティの場のこと。
ほかの自治体でどうして子ども食堂が続きにくいかと言うと、助成金をほとんど出さなかったり、「嘘」や「不正」を許さないとして助成金の用途を細かく指定し、経費管理の手間をかけさせたりするからです。
一方、明石市では子ども食堂のための助成金は自由に使っていいことにしているんです。なんなら、領収書すら受け取っていません。
ええ! そんなことをしたら、助成金を子ども食堂とは関係ない用途で使う人も出てくるんじゃないですか?
そもそも気持ち程度の助成金で子ども食堂を開催してくれるのは、本当にありがたいことなんですよ。感謝こそすれ、「領収書と照合して、500円足りないから不正だ、嘘つきだ」といちゃもんをつける必要はないと思っていて。
領収書を申請書類にのり付けしている暇があるなら子どもと遊んでもらいたいし、役所の職員が領収書を回収して電卓を叩くのも人件費かかります。それだったら、余った数百円でジュースを飲むくらいのことは「不正」にはあたらないと認めてしまえばいい。
ささいな「嘘」や「不正」にこだわって、おたがい不合理なことをやり続けるよりも、それらを含めて市民を信頼する。そうして、いっしょに街づくりをしていこうと発想を転換しています。
確かに。よくわからない書類をいっぱい書かせて、1つひとつチェックするのは双方にとってムダが多いですよね。
まさに。わたしが市長になって最初に力を入れたのが、自治会・町内会の活動支援でした。
地域住民を支援する組織を立ち上げ、役所の職員が手間のかかる事務作業などを引き受けることで、市民が本当に大事なことに専念できる体制をつくったんです。
そうすると、自治会・町内会の活動は自然に盛んになっていくんですよ。
そこは適材適所かもしれませんね。役所の職員は普段から事務作業をされているから、仕事もスムーズでしょうし。
その通りです。そもそも市民はボランティアで活動しているんですよ。
だったら、めんどうな作業は役所の職員が「仕事」として引き受けて、自治会・町内会のみなさんは自身の気持ちに従って、思う存分活動してもらうほうが絶対にいい。
「自分の住んでいる地域をよりよくしたい」という気持ちは、自治会・町内会のみなさん持っているんですから。
そうか、人の良心を信じて、その良心を生かす際の障害を取り除けば、みんな良心のままに活動してくれるんですね。
中心は国じゃなくて人。誰1人取り残さない「やさしい社会」は実現できる
市長になって違和感をよく抱くのが「1番上が国で、その下に都道府県、市区町村が続き、最後に人」といった序列的な発想をする人がいまだに多いことです。でも、1番下に人が来るのは明らかに間違いです。
本来は人が中心であって、その周辺を囲むように市区町村、都道府県、国がある。だから、人に1番近い市区町村こそが、市民1人ひとりに寄り添った施策ができる立場だと思っています。
確かに。会社でもわたしのような現場に遠い存在よりも、現場にいる人間のほうがメンバーや顧客のニーズをしっかりとらえられますからね。
明石市では「こどもを核としたまちづくり」に加えて、「やさしい社会を明石から」というスローガンを掲げています。
これは国の指示を待つことなく率先して行い、明石から全国へとやさしい社会を広げていこうという意思表明でもあります。
明石市の施策は、わたしが市長でなくても、明石市でなくても実施できる普遍性を意識したものばかり。
そして、SDGsの根本原理である「誰も置き去りにせず、いつまでも、みんなで助け合う」取り組みそのものでもあります。
コロナ禍により移住の需要が高まっているいま、そういう未来型の政治をしている街にますます注目が集まりそうですよね。
おっしゃるとおりです。ありがたいことに他の自治体からの視察も殺到しており、実際に明石市の取り組みを導入することにした自治体も増えてきているんです。
これからも1人ひとりの幸せを応援し、誰も排除しない社会の実現に向け、走り続けたいと思います。
企画:野阪拓海(ノオト)+サイボウズ式編集部 執筆:野阪拓海 編集:鬼頭佳代(ノオト)
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