サイボウズ株式会社

「自分にしか描けないものは何か問い続けた」──イタリア人漫画家・ペッペさんに聞く、クリエイティブワークにおける多様性の活かし方

この記事のAI要約
Target この記事の主なターゲット
  • クリエイティブな仕事に興味がある人
  • 異文化交流に興味がある人
  • 漫画家を目指す人
  • 多様性を活かした仕事に興味がある人
  • ステレオタイプに関心がある人
Point この記事を読んで得られる知識

この記事では、イタリア出身の漫画家ペッペさんが、多様性を活かしたクリエイティブワークについて語っています。ペッペさんは、自身の経験やイタリア人としての視点を漫画作品に取り入れることで、ユニークなテーマを描き出しています。具体的には、ステレオタイプをテーマに日本での生活を通じて感じたことを作品に反映させ、コメディという形で軽やかにメッセージを伝える工夫をしています。また、日本の出版社との関わりや、漫画家としてデビューに至るまでの過程も詳細に紹介されており、日本の実力主義的な仕事文化について高く評価していることが述べられています。

記事は、クリエイティブな仕事におけるチームワークの重要性、漫画制作に必要な国境を超えたコミュニケーションの工夫、そしてデジタル化による漫画業界の未来の可能性についても触れています。ペッペさんは、自身の経験と文化を活かしながら多様性を取り入れ、日本で漫画家としてどのように活躍してきたかを語り、誰もが自分にしか描けないものを追求することの大切さを説いています。

Text AI要約の元文章
働き方・生き方

「自分にしか描けないものは何か問い続けた」──イタリア人漫画家・ペッペさんに聞く、クリエイティブワークにおける多様性の活かし方

クリエイティブな仕事をするとき、「多様性」はチームにポジティブな影響を与えると言われていますが、ただ「多様性」があればよいわけではありません。

今回は、『ミンゴ イタリア人がみんなモテると思うなよ』の著者でイタリア人漫画家のペッペさんに、自身が持つユニークなバックグラウンドや経験を活かして、クリエイティブな作品を生み出した経緯や工程について話を伺いました。

言語やステレオタイプの壁がある中でも、物事を前向きに捉え、漫画家として活躍するための努力を惜しまないペッペさん。

作品作りに自身の立場や視点を活かしながらも、日本の文化や環境、漫画家としての仕事へのリスペクトを大切にする姿勢が印象的でした。

※この記事は、Kintopia掲載記事「Passion, Persistence and Teamwork: How I Made It in Japan as an Italian Manga Artist 」の抄訳です。

外国人である自分にしか描けないテーマを漫画にしたら『ミンゴ』が誕生した

三橋
今回の取材のために『ミンゴ』を読みました。『ミンゴ』では、ステレオタイプをテーマとして取り扱っていますが、その背景が気になりました!
ペッペ
読んでくださってありがとうございます! 『ミンゴ』は日本に来たイタリア人の話で、僕自身の経験を元に描いた作品なんだ。日本での実際の経験や感じたことをストーリーにいれているよ。

漫画「ミンゴ」の表紙の写真とコメント 「幸せです。」 |
December 10, 2019

三橋
なるほど。日本に住まわれてどんなステレオタイプがあるように感じましたか?
ペッペ
一番多いのは、イタリア人だからチャラそうって思われたり、仕事に対して真面目じゃないとか、時間を守らないとかね。

僕は打ち合わせには必ず早く着くから、このステレオタイプは崩せていると思うけど(笑)。
三橋
そういえば、今日も早く着かれましたね! ステレオタイプは「外国人は〇〇な人だ」のように、人々の視野を狭めてしまう問題がありますが、『ミンゴ』ではそれが重くならない感じに描かれていますね。
ペッペ
大事なトピックだからこそ、コメディにすることでよりわかってもらえるかなと思ったんだ。

外国人ならではの問題を真面目でドラマチックな漫画にすることも考えたよ。でも、そもそも『ミンゴ』っていう漫画を買ってくれている時点でその読者はレイシストじゃないだろうし。

いろんなイタリア人がいて、僕みたいなシャイなオタクもいるよってことを伝えたかった。

ペッペさん。イタリア出身の漫画家。大学卒業後、イタリアから日本に移住し、モデルや漫画家として活動。2019年から「週刊ビッグコミックスピリッツ」にて、自身の日本での経験を元に描いた漫画『ミンゴ イタリア人がみんなモテると思うなよ』の連載を担当するなど、活躍の場を広げている。

日本とイタリアの仕事文化のギャップ

三橋
イタリア出身のペッペさんが漫画に興味を持たれたきっかけは何だったんでしょう?
ペッペ
16歳のときに本屋で『NARUTO -ナルト-』を見つけたのが最初だよ。アニメは当時イタリアでも大ブームだったんだけど、漫画のほうがストーリーが先行していてネタバレだ! って感動したんだ。

漫画をひとしきり読み終わった時点で、なぜか「僕も漫画家になれる!」って思ったんだよね。ローマまで車で片道3時間の田舎にいるイタリア人が、日本語すら話せないのに漫画家になれるって。

そこから単行本を隣に置いて、漫画を描く練習をし始めたんだ。
三橋
思い立ってからの行動力がすごいですね!
ペッペ
日本のことを徹底的に調べて学んでから行きたかったから、大学では日本語の勉強をしたし、日本に関する知識量に納得いくまで友達と寿司を食べることすらしなかった。
三橋
日本に来たばかりのころ、生活はどうしていましたか。
ペッペ
銀座のレストランでバイトしたり、イタリア語のプライベートレッスンをしたり。日本には学生ビザで来たんだけど、結局モデルの仕事で就労ビザを出してもらって。

コンビニに行くと自分が出ているファッション誌が並んでいたけど、僕はその横にある漫画雑誌を見て「こっちに出たいんだよ!」って思っていた(笑)。
三橋
やはり漫画への想いが強かったんですね。そこからどのような経緯で漫画家デビューすることになったんでしょう?
ペッペ
これなら世に出しても恥ずかしくないと思える読み切り漫画をアナログで描き終えたとき、「ビッグコミックスピリッツ」の編集部に電話したんだ。これまでの人生で一番緊張した。
三橋
それは緊張しますね......。
ペッペ
「もしもし、イタリア人のペッペ と申します。ちょっと漫画を持ち込みたいんですけど」

って言ったら、「木曜日はどうですか?」って。何事でもないみたいに出版社の人に会ってもらえることになって。
三橋
おおお!
ペッペ
もしイタリアで漫画を描いていたら、「どうせ出版社に電話してもダメだろう」と思ってあきらめていたかもしれない。これも一種のステレオタイプかもしれないけど、イタリアは才能以前に人脈が大事な文化だから。

その点、日本は小学館みたいな大手の出版社でも、電話したら時間をつくってもらえた。

無名でも、いい台本を描いて才能があれば活躍できる実力主義なんだ。個人的には、日本の仕事文化は正しいと思う。信用してもらえるから、ちゃんとしようって頑張れるしね。
三橋
なるほど。イタリアから来たペッペさんだからこその視点ですね。『ミンゴ』を通して読者のステレオタイプに対するイメージや考え方を変えられたかもしれないという手応えはありましたか?
ペッペ
おかげさまで。『ミンゴ』もそうだけど、同時に「テラスハウス」っていう人気番組に出演することで、僕自身の言動でも同じメッセージを発信できたから反響は大きかったね。

いろんな反響があったけど、日本にいるステレオタイプに悩むイタリア人から「ペッペが出てくれたことで、イタリア人にもいろんな人がいるってことが伝わって良かった」って言われたのは嬉しかったな。
三橋
それは嬉しいですね! たしかに、ステレオタイプ通りじゃない方もたくさんいらっしゃいますもんね。逆に、ネガティブなコメントとかはありましたか?
ペッペ
まれに見かけることはあるね。でも、どんなにいい作品をつくっても好きじゃないって人は現れるだろうし。

1人でも『ミンゴ』を買ってくれて、読んで良かったって思ってくれる人がいれば、僕はそれで十分なんだ。
三橋
「外国人だから」という理由で、ステレオタイプに当てはめられ、苦労することがあるのと同時に、ポジティブな意味で特別扱いされたりすることはありますか?
ペッペ
それはすごくあるよ。だからこそ日本で頑張ろう! って思えたし。イタリアにいたらただのイタリア人だけど、外国人が少ないから日本ではそれだけでチャンスになる。
ペッペ
これは、漫画のテーマを選ぶときの差別化にもつながるしね。イタリア人の漫画家は他にいないから、僕にしか描けないことがたくさんある。それを、読む人の視点を考慮しながら漫画にしたらみんなにウケたんだ。

自分にしか描けないものは何かを問い続けたことがよかったのかなと思っているよ。みんな自分のストーリーを持っているはずだから。
三橋
なるほど。自分にしか描けないテーマを見つけることに苦戦する人も多いかなと思うのですが、見つけたい人へのアドバイスはありますか。
  まずはちゃんと生きて楽しいことをして、いっぱい経験すること
ペッペ
これは有名なイタリア人の漫画家ユーゴ・プラットの言葉なんだけど、家にこもってひたすら漫画を描くんじゃなくて、いろんな人と出会っていろんな経験をつむことがストーリーにつながる。

僕だって、日本に来てモデルになれなかったら『ミンゴ』を描けず、漫画家にもなれなかったかもしれない。

漫画づくりはチームワーク。言語や文化の壁を超えて、意見を取り入れて学ぶ姿勢が大事

三橋
作品を作る中で、日本特有の業界や文化の違いなどから自由に表現できないことはありましたか?
ペッペ
もちろん。みんな漫画は1人で描いているって思っているけど、どの漫画にも担当者や編集長がいる。有名な漫画家さんですら、そんなに自由じゃないんだ。

自分はアーティストだから、一度描いたものを絶対に変えたくないっていう人がいるけれど、それじゃプロの漫画家にはなれないと思う。

他者の意見に耳をかさないと作品はできあがらないし、きっと売れない。完全に自由に描きたいなら、インターネットに載せたりコミケで売ったりするしかないかな。これは「日本」や「漫画」に限った話ではないけどね。
三橋
ふむふむ。
ペッペ
それを理解した上で僕は、描いていて楽しくて、自分が読みたいものを描こうとしている。そこから始めないと最初からつらくなって仕事が嫌になっちゃうからね。

その後に、読者と担当編集者さんの視点が加わる感じかな。そうやって自分が描きたいことと読者が読みたいことのバランスを保っているよ。
三橋
バランスを保ちつつも、ペッペさんが描いていて楽しいと感じられる制作の流れを作っておくのは大事ですね。

担当編集者さんと『ミンゴ』をつくっていく具体的な流れを聞かせてください。
ペッペ
週1の打ち合わせで、僕のアイディアをベースに担当編集者さんとトピックとかオチを話し合ったら、家に帰って僕がそれをネーム*にするんだ。描きながら出てきたアイディアはメッセージなんかで確認しながらね。
*漫画を描く際、コマ割り、コマごとの構図、セリフ、キャラクターの配置などを大まかに表したもの。

ペッペ
やっとできあがったネームを送ると、「ほぼボツなんだけど…」って返ってきたりするんだけど(笑)。僕は新人だからたくさん学ばせてもらったよ。

漫画の仕事ってめちゃめちゃ細かいんだ。読者の目線の動きを想像しながらコマの配置を決めたりね。漫画一冊ってあっという間に読み切っちゃうけど、僕は一枚のページを何回も考えて書き直しているんだ。
三橋
それは相当な集中力がいりますね......。ペッペさんの場合は言語の壁もありますが、コミュニケーションをスムーズにするために心がけていたことはありますか?
ペッペ
ネタの話を真剣にするだけで頭のエネルギーが2倍の速さでなくなる感じだった。少ない語彙力を補うために、ネタの説明に使う日本語を事前にノートにメモしておいたよ。

打ち合わせ中に言葉に詰まったら見るようにして。担当編集者さんにうまく伝えらないと次週の漫画が描けないからね。
三橋
なるほど。たしかに、単語やフレーズをメモしておくと安心ですね。
ペッペ
あと、ユーモアのセンスやツボがイタリアと日本ではまったく違うことも大変だった。

イタリアで友達に言うようなジョークは日本では伝わらないし、そもそもそれを表現する言葉や言い回しがなかったり。コメディは母国語でも難しいもんね。

「漫画は、僕の人生を変えてくれた」──漫画業界とこれからのキャリア

三橋
これから漫画業界はどうなっていくと思いますか?
ペッペ
コロナの影響もあるし、漫画業界はますますデジタルに向かっていくよね。紙にあるページ数の制限がなくなれば、連載漫画のあり方とか打ち切りって概念がなくなるかもしれない。

製作や流通コストがないから、読者が少なくてもそれなりにお金になるし。結果として、漫画家も連載漫画の数も増えると思う。
ペッペ
海外の人にとってもチャンスだよ。日本語と日本文化は勉強しなきゃいけないけど、僕みたいにはるばる日本までやってこなくても、家で描いてZoomで打ち合わせすればいい。

『ミンゴ』を読めば、日本でのリアルな生活を擬似体験できるしね(笑)。
三橋
たしかに(笑)。媒体と制作におけるデジタル化が進んでいくことで、多くの方にとって可能性が広がりますね。

真面目なテーマを伝えやすくするというメリットがあるいっぽうで、メッセージを伝える手段としての漫画のデメリットはなんでしょう?
ペッペ
漫画を含むエンターテインメントは、メッセージが伝わるかどうかを読者のインテリジェンスに頼ってしまうことかな。

コメディというジャンルも同じ。エキストリームなことを通して深いことを伝えようとする作品もあるけど、ただ笑って終わるだけの人も少なくないと思う。

一番わかりやすく伝わるのは言葉で説明することだから、同じことを漫画で実現しようと頑張っているんだけど。少なくとも、漫画が何かのきっかけにはなればいいな。
三橋
受け取り方は人それぞれですもんね。漫画や漫画家という仕事は、ペッペさんにどんな影響をもたらしましたか?
ペッペ
漫画は、僕の人生を変えてくれた。読者としても、一人の漫画家としても。『SLAM DUNK(スラムダンク)』を読めばバスケにハマって、『アイシールド21』を読んだらアメフトにハマって。それが漫画のパワーだと思う。

漫画を描くことで気がついたんだけど、僕はストーリーとかアイディア、気持ちを人に伝えたいんだって。

だから漫画以外の形、たとえば音楽とか映画にも挑戦したいけど、漫画は死ぬまでずっと書き続けると思う。紙と鉛筆さえあれば描ける心に一番近いアートだしね。
三橋
次回作もまた、イタリア人のペッペさんだから描ける漫画が期待できるんでしょうか。プレッシャーはありますか?
ペッペ
連載が終わった今は特にプレッシャーを感じているよ。日本とイタリアの関係についての漫画を描かないと意味がないし、僕しか描けなくて、かつ日本人に受け入れられる漫画は何だろうって考えている。

また来年連載すると思うから、いろいろアイディアを練っているところだよ。
三橋
最後にうかがいます。今の日本での生活は幸せですか?
ペッペ
今が一番幸せだよ。漫画家になると決めた16歳から背中に重い石を背負っていたけれど、いまは自分の漫画でレストランで食事ができる。

それだけで嬉しい。日本にいると落ち着くし、集中できる。こんな国があることが信じられないし、日本は僕にとって一番働きやすいところなんだ。
企画・編集 : 鮫島みな/執筆:三橋ゆか里/撮影:加藤甫
2016年11月09日「人と違う」は当たり前? 周りにどこまであわせるべき?──CLAMP大川七瀬先生に聞いてみた
2020年8月13日日本人の同僚に知ってほしいこと──欧米人の僕が、日本企業で初めてマイノリティになった苦悩と期待
2021年1月21日「多様性のある職場だから、いい結果が出る」わけではありません。まずは異文化理解から始めよう──エリン・メイヤー

タグ一覧

  • 多様性、働き方、チームワーク、クリエイティブワーク、漫画

SNSシェア

  • シェア
  • Tweet

執筆

ライター

三橋ゆか里

IT関連の話題をビジネス誌や女性誌などで執筆。BBC(英国放送協会)などで日本文化について発信し、2018年にイギリスで本を出版。海外の子育てネタを扱うポッドキャスト「HearMama」を配信中。ロサンゼルス在住。

この人が書いた記事をもっと読む

撮影・イラスト

写真家

加藤 甫

独立前より日本各地のプロジェクトの撮影を住み込みで行う。現在は様々な媒体での撮影の他、アートプロジェクトやアーティスト・イン・レジデンスなど中長期的なプロジェクトに企画段階から伴走する撮影を数多く担当している。

この人が撮影した記事をもっと読む

編集

Pick Up人気の記事