かつて「U-22プログラミング・コンテスト」(U-22プロコン)で大人たちを震撼させた少年がいました。彼の名前は青山柊太朗さん。小学6年生で初出場し(2015年)、中学1年生で経済産業大臣賞(2016年)を受賞した少年です。
当時の審査員席にいたサイボウズ社長 青野慶久も、彼の才能に衝撃を受けたひとり。
ときが流れ、10年後の2026年、2人はなんとサイボウズのAI研究プロジェクトを通して再会。
10年間を振り返る中で、若き才能の芽を育てるためには「社会全体でたくさんの"種"をまきつづけることが大切」であることがわかりました。
10年ぶりの再会
いや〜、びっくりしました。10年前のU-22プロコンで出会った小学生が、いまサイボウズで活躍してくれているなんて。
10年ぶりにkintone上で再会した青山さんと青野さん
青山さんの衝撃はいまでも覚えていますよ! あの若さであの完成度。
とくに2016年に経済大臣賞を受賞した『わたしのお薬』がすごくて。おじいさんがいっぱい薬を飲んでいるのを見て「高齢者向けのお薬服用管理アプリ」をひらめいたという。
2016年のU-22プロコンで経済大臣賞を受賞した『わたしのお薬』。高齢者と、その家族のためのお薬服用管理アプリ。高齢者が薬を飲み忘れないために、孫の声で「薬の時間だよ」と喋る警告など、飲み忘れ対策に工夫を凝らしている。このとき青山さんは中学1年生
U-22プロコンに上がってくる若い子たちの中でも、青山さんはトータルバランスが際立っていました。
すごくテッキーな子とかもいるんですよね。中学生でプログラミング言語を作ってしまうような。
その中で青山さんはご家族の課題に目を向けて、問題解決するというストーリーが上手でした。
プログラムのクオリティも高くて「中学1年でこの完成度でくるか」と。「今年はこの子だね」と満場一致でした。
2015年にU-22プロコンに初挑戦した小学6年生の青山さん(左)と、当時実行委員長だった青野(右)。10年で身長が逆転
コロンビア大学でAIを活用したコミュニケーションの研究をしながら、ソニーコンピューターサイエンス研究所(Sony CSL)さんやスマートニュースメディア研究所さんとの共同研究を行なっています。
また少し前ですが、チームみらいでAIを使った対話型コミュニケーションサービス『AIあんの』の開発も行いました。
安野貴博さんのアバターが、電話やYouTubeで質問に答えてくれるサービスですね。青山さんが開発されたんですか!
青山柊太朗(あおやま しゅうたろう)コロンビア大学工学部情報科学専攻。 合同会社多元現実 リサーチフェロー。ソニーコンピューターサイエンス研究所(Sony CSL)やスマートニュースメディア研究所にて、AIを介したコミュニケーションについての研究に取り組む。 デジタル民主主義や熟議支援技術の社会実装も行っている。孫正義育英財団1期生。2020年度IPA未踏クリエータ
小4くらいに『子供の科学』(誠文堂新光社)でScratchというプログラミングツールに出会い、コンピューターでものをつくるおもしろさを知りました。
Scratchのコミュニティでつくったものを見てもらいながら、個人で開発をやっていました。
本当ですか。わたしも最初『子供の科学』でBASICを知ってプログラミングを始めたんですよ!
青野 慶久(あおの・よしひさ)。サイボウズ代表取締役社長。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年サイボウズを設立。2005年現職に就任。著書に『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)、『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)など
「過剰評価されている?」葛藤した小中学生時代
若いうちに高い評価を受けて、順調そうに見えますが、嫌な思いをしなかったですか? 周りになにか言われてしまうとか……。
嫌な思いというか……正直なところ、過剰な評価だとは思っていて。
「あの小学生すごい」というイメージがついちゃいますよね。でも大人と比べると、スキル的にはやっぱりまだ差がある。それが本人もわかるから。
どう向き合うべきか、とくに小中学生の間は結構、悩みました。のちに「インポスター症候群」(※)という症状を知り、自分はこれだったのかもしれないと思いました。
※インポスター症候群:周囲から高い評価を受けても「自分にそのような能力はない」と過小評価してしまう傾向のこと
誰かとの比較の世界ではなく自分自身の中で「ITの中でもコミュニケーションや社会性の分野でやっていこう」という気持ちが明確になってきてからは、葛藤が薄れていきました。
賞の世界ではない、自分の居場所を見つけたんでしょうね。本当に何がやりたいんだろうかと自問自答し、内省する力があったんですね。
小中高はずっとプログラミングしているような生活ですか?
学校が終わったあと、宿題の時間以外はずっとプログラミングをしていました。ゲームとかもやりましたが、途中からゲームの開発をし始めて。
すごい、全部つくっちゃう。そのクリエイティブマインドはやっぱり個性ですよね。
自分の中にある遊び心を表現できる手段に、小学生で出会えたことがよかったなと思っています。
子どもの関心がどこに向くか、親は本当にコントロールできないんですよね。
自分の子どもを見ていても「そこ?!」というところにのめり込んで、びっくりします。親は、いろんな "種" を投げてみるしかないんですよね。
まさに僕の両親も、いろいろ投げてくれるタイプで。その中でプログラミングがうまくハマったんですよね。
「これもできるんじゃない?」「やってみたら?」といろいろ提案してくれたのはありがたかったです。水泳など体を動かす系の習い事もやりましたが、そっちは全然刺さらなかったです(笑)
すばらしい。ご両親が背中を押してくれるのがいいですね。
AIを使って、立場が違う人同士が協働できる社会をめざしたい
青山さんの特徴は社会性ですよね。エンジニアにもいろんな方がいますが、青山さんの場合はアイディアを形にして、社会に実装するところまで興味があるタイプ。
そう思います。根源にある問いとしては「立場や考え方が違う人同士で、どのようにコミュニケーションすれば協働できるか」です。
たとえば、同じ部屋にいて同じことものを見ていても、全く違う解釈をしていることがあります。
AIを活用することで、その「「違う」状態を保ったまま、同じ理想や目標にいっしょに向き合えないかという、研究をやっています。
プルラリティ(※)的ですね。立場や意見が違っても「ここは同じだよね」ということが分かれば、議論の仕方が変わってきますね。
※プルラリティ:オードリー・タン氏、グレン・ワイル氏が提唱する、社会にある多様性を育み、多様性をまたいだ協力を育てる技術や考え方。2025年5月サイボウズ式ブックスから『PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来』が刊行
研究室の中だけではわからないことも多いので、最近は自治体や企業の現場の方と一緒に取り組んでいます。
その一例が、地元の群馬県太田市で行われている「自分ごと化会議」です。
「自分ごと化会議」は無作為に選ばれた10代から70代の住民20人が、特定のテーマを議論し提言をまとめる取り組みで、太田市は9年間継続しています。
ただ、十分な議論ができていたかというと、そうでもなくて……。2024年に視察に行ったときは「シーン」とした時間がかなり長かったんです。
これは当然で、たとえばいきなり知らない人と同じテーブルに座って「この街の子育て支援のあり方について議論してください」と言われてもなかなか話しにくいと思います。
お互い「はじめまして」だと、場があったまるまでに時間がかかりますよね。
そこで友人と開発した「倍速会議」と「みらい提案トーク」を使ってもらいました。
会議が始まる前に、参加者全員にAIが生成した質問に、スマートフォンで答えてもらいます。その回答結果をもとに、AIが合意点や対立点を整理し、レポートを生成します。
サイボウズでも「倍速会議」を実験的に利用させてもらいましたが、「賛成」「反対」の対立にならず、「ここは合意してるけどここが違う」という論点が見えますよね。
そうなんです。このレポートをスクリーンに映し出した瞬間、「シーン」とした空気がかなり和らぎました。
特に合意点が見えることで「この点はみんな同じことを思っているんだ」とわかり、心理的安全性が生まれたんです。
結果としてこの会議では、子育て支援に関する3つの提言をまとめることができました
コロンビア大からチームみらいを経て、地元の住民会議の現場で「喧嘩をしやすくするAI」を作っている話
おもしろいですね! 住民の意見を直接届けることができますよね。
僕は選挙のシステムが常々疑問なんです。今の仕組みだと代理を立てる形だから、自分と意見が違う部分があっても託さざるをえないんですよね。
「ここは共感できるけどここは違う」という細かいニュアンスも伝えられるといいのにと思っていました。
AIが媒介すれば、住民と自治体が一緒になって政策を議論することも不可能ではないと思います。
立場や意見が違っても、ウィン・ウィンな合意点を見つけるしくみをつくりたいと思っています。
U-22プロコンでつながったITの世界
20代前半で華々しい活躍ですが、学生時代のどんな経験がとくに活きていますか?
群馬の競争がない環境と、東京のいろんな機会が転がっている環境の、いいとこ取りができたのがよかったと思います。
小中高はぐんま国際アカデミーという、1学年60人くらいの学校に12年間通いました。小学校受験はしましたが、中学・高校は受験がありませんでした。
ちょうど、プログラミングに熱中しはじめた時期に、受験のプレッシャーがなく、好きなことに没頭できたんです。
イレギュラーへの許容度が高い学校で。
「Scratchでゲームをつくって文化祭で展示したい」と言ったらちゃんとやれるようにしてくれたし、「ロボット部をつくりたい」と言ったらつくらせてくれた。
そういう環境はすごくありがたかったです。
関心の芽を伸ばす、蓋をしない感じですね。受験がないからこそできるのかもしれない。
うちの一番下の子はそろそろ受験の時期なんです。青山さんがプログラミングに熱中していた時期に、うちの子は塾に行かないといけない。これは良し悪しありますよね。
そうですね。一方で、ずっと狭い世界で開発して、誰にも認められないとモチベーションが上がりにくくなってしまいます。
自分のペースで進みながら、ときどき世界とつながる機会があって刺激を受けられる……そんな環境が理想なのだろうと思います。再現性が難しいですが。
田舎にいる子どもに「こういう世界があるよ」と早めに認知させる場所として、U-22プロコンは機能していますよね。
僕が実行委員長になった2014年当時はU-22プロコンの知名度が非常に低かったんです。そのときすでに30年以上の歴史があって、僕自身が出ていてもおかしくなかったのに知らなかった。
実行委員長を10年やる間にがんばって盛り上げて、いまでは毎年900〜1000人の応募があるコンテストになりました。
田舎の中学生にとって、ああいうITの世界に触れられる機会はなかなかありません。僕もU-22プロコンで、はじめて世界とのつながりを得ました。
いわゆる「IT界隈にいる人たち」とつながるきっかけになりましたし、2020年に挑戦した未踏事業もここで知りました。
それまではなんとなく個人で開発していただけで、いいところも含めて自分自身を評価する能力がなかったなと思っていて。
はじめて東京に呼ばれて、すごい技術者たちの前で発表をして。そこで客観的に評価いただけたことで、道が開けていきました。
若き才能を伸ばすために、社会全体で"種"をまきつづける
10年前に青山さんに感じた期待感が、大きく実ってきたんだなというのはとてもうれしいです。
若者育成の活動は、いつどんな形で返ってくるかが見えないので。
青野さんが実行委員長を退任されたあとも、サイボウズは U-22プロコンに協賛しつづけていますね。
こういう投資は確実にリターンが返ってくるものではないんですよね。
「自社のため」ではなく「業界のため」と考えています。
すぐに自社の利益になるものではないけど、若者たちの育成環境をつくることは、回り回ってなにかの形で業界に返ってくる。
同じような施策に取り組んでいる方には「いっしょに"種"をまき続けましょう」と言いたいです。
いまの自分があるのは、U-22プロコンがあったからですし、青野さんの影響もとても大きいです。
いつか感謝をお伝えしたいと思っていました。今日お話できてよかったです。
企画・執筆:山本悠子(サイボウズ) 撮影:高橋 団(サイボウズ)
変更履歴:
より正確な情報をお伝えするため、本文の受験に関する記述を修正しました。(2026/5/28 7:10)
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