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働き方改革は教員のためだけではない──「定時上がり」をITで実現した小学校の本当の狙い

この記事のAI要約
Target この記事の主なターゲット
  • 教育関係者
  • 教員志望の学生
  • 教育改革に関心のある親
  • 労働環境改善に興味のある企業経営者
  • 教育改革を考える行政関係者
Point この記事を読んで得られる知識

この記事を読んで得られる知識として、まず、働き方改革が小学校でどのように実施されるかの具体例が挙げられています。特に、埼玉大学教育学部附属小学校における働き方の改善施策として、ITツールの導入による業務効率化の成果が報告されています。これにより、教員の長時間労働が改善し、定時退勤が可能となった点が強調されています。

また、働き方改革を進めるための具体的なポイントとして、業務を「なくす、減らす、移す」というアプローチが重要であることも明かされています。この戦略をもとに、業務のデジタル化、情報共有のシステム化が実行されており、特にITの活用が変革の鍵となっていることがわかります。さらに、保護者とのコミュニケーションの部分でもIT化を進め、保護者への文書配布やアンケートを紙からデジタルへと移行したことは、時間の節約と効率化をもたらしたことも述べられています。

教員の働き方を変える過程では、システムを使いこなすための教育や理解を深めることが重要とされ、それを通じて教職員全体の意識改革が進んだ点も触れられています。全体として、働き方改革が教員の負担軽減だけでなく、子どもたちとの時間の質を高め、教員にとっても満足度の高い職場環境を構築することにつながるというメッセージが含まれています。

Text AI要約の元文章
カイシャ・組織

働き方改革は教員のためだけではない──「定時上がり」をITで実現した小学校の本当の狙い

学校は多忙な職場で、教員は大変な仕事。

そうしたイメージを持っている人は少なくないでしょう。実際、国際教員指導環境調査(TALIS)によると、小学校教員の平均勤務時間は54.4時間/週。14カ国・地域中、最長となりました。

そんな状況でも、働き方改革を進め、大きく変わった学校もあります。今回、取材をした埼玉大学教育学部附属小学校(以下、埼玉大附属小)もその1校。デジタル化を進め、教員の時間外勤務の大幅削減や保護者とのITでの連携を実現しています。

「多忙でネガティブなイメージが広がっていますが、やっぱり教員はおもしろい仕事。だからこそ、次の世代にしっかり“バトン”をつないでいきたい」。口をそろえて語るのは、埼玉大附属小の副校長・森田哲史さんと教諭・塩盛秀雄さん。「学校」の働き方改革ストーリーを聞きました。

1874年に創立された埼玉大学教育学部附属小学校。一般の公立小学校と同様の児童指導に加え、教育実習生の受け入れや実験・研究の実施、地域学校への協力なども行う

目の前の子どもたちや将来の教育現場を考えたら、学校の働き方改革は必須

多田
いろいろな学校に取材していますが、学校の先生ってやっぱり忙しい人が多いですよね。

小学校教員の平均勤務時間は54.4時間/週というデータもあります。最近だと、たとえば「#教師のバトン」というプロジェクトでも、先生たちの悲痛な声が話題になっていました
森田
業務改善が進んでいる学校もありますが、一般的には多忙な印象は強いですよね。実際、かつては本校もそのような働き方をしていました。
多田
以前はどのような状況だったんですか?
森田
わたしが赴任した10年前は、定時で帰れることはほとんどありませんでした。

授業準備や職員会議などやることが山積みで、よく夜遅くまで働いていましたね。そのためか、昔から「不夜城」とささやかれていたそうです

森田哲史/埼玉大学教育学部附属小学校 副校長/埼玉県小学校体育連盟 理事長。1979年千葉県生まれ。埼玉大学大学院修了後、2005年にさいたま市立小学校教員として採用。2011年に現任校へ着任、体育主任、研究主任、校内教頭などを経て、2021年より副校長

多田
イメージどおりの忙しさですね……。
森田
教員は「子どもたちのためなら、骨身を削ってでも働きたい」と考える人が多いんです。だから、長時間働くことをいとわない傾向があって。
塩盛
実際、「時間をかければかけるほど子どもたちのためになる」というのは、半分は真実なんですよね。

子どもは1人ひとり違う存在なので、それぞれへの適切なアプローチを試行錯誤することで、よりよい教育ができる。

でも、1クラス30〜40人分のアプローチをしっかり検討していくと、膨大な時間がかかってしまうんですよ。

塩盛秀雄/埼玉大学教育学部附属小学校 教諭/教育実習主任、理科主任。1984年福岡県生まれ。埼玉大学教育学部卒業後、2007年に新座市立小学校教員として採用。2012年に現任校へ着任

多田
1人の子どもへのアプローチ方法を考えるだけでも、とても大変そうです。それに教育学部の附属校として、実習生の受け入れや実験・研究などの業務もありますよね。
森田
そうですね。わたしは夜遅くまで働き、授業の準備をする同僚の姿を見てきました。そうした努力を否定するつもりは一切ありません。

ただ、本当に子どもたちのためを思うなら、教員が疲れ果ててしまうのは本末転倒だとも思うんです。
塩盛
子どもたちには、元気な姿を見せて、安心してもらいたいですからね。
森田
はい。それに、本校に来る教育実習生にも「教員はいい仕事だな」と思ってもらいたい

たとえば、もし現役教員が「昨日も3時間しか寝られなかったよ」なんて愚痴をこぼしていたら、教員に失望するのも無理はありません。そうして教員になる人が減れば、未来の学校教育にも影響を与えます。

そんなふうに目の前の子どもたちや将来の教育現場のことを考えたら、学校の働き方改革は必須だと思うようになりました。

業務を「なくすのか、減らすのか、移すのか」から考える

多田
教育の未来のため、働き方改革に踏み切ったとのことですが、いまの埼玉大附属小はどんな働き方になったのでしょう?
森田
当校では16時55分が定時なのですが、いまは17時ごろにはほとんどの教職員が終業していますね。

定時を過ぎると「勤務時間外にすみません」「早く帰ろう」という言葉を耳にするようになりました。以前は、そんなこともなかったんですよ。残業が当然だと思っていたので。
多田
それはすごい!

働き方改革って、どこから手を付けるべきか、どうやって周囲を巻き込むかなど悩みどころが多いと思っていて。どんなふうに進めていったのでしょうか?
森田
働き方改革でわたしが重要だと考えているポイントがあります。業務を「なくすのか、減らすのか、移すのかをはっきりさせること」です。
多田
というと?
森田
業務改善の第一歩は、「なくせるものをいかに見つけられるか」です。

特に、学校は子どもの安全に関わる仕事はどんどん増やしがちなんです。たとえば、登下校の見守りやコロナ禍による校内の消毒作業等。

もちろん、安全に気を配るのは大切ですが、突き詰めると際限がなくなってくる。なにより、こうした仕事は始めるのは簡単だけど、やめるのは大変。いつやめるのかを決められず、「例年通り」で定着してしまうんです。

各学年の教室は、壁一枚を隔てたオープンスペースを採用。ゆったりとした空間の中で、子どもたちが伸び伸びと活動できるという

多田
自然と仕事が増えがちだからこそ、まずは「なくす」決断が大事になる、と。
森田
はい。次に大切なのは「減らす」ことです。やり方を変えて、業務の量や時間を減らすことですね。

本校の場合はペーパーレス化や勤務時間管理、情報共有によって、これまで時間をかけていた印刷や連絡などの業務を削減できました。
多田
なるほど。最後の「移す」については?
森田
業務をいろんな人に分散させたり、みんなで協力して行ったりすることですね。
塩盛
本校では、日々のスケジュール管理や学校日誌の作成など、これまで手書きや手渡しといったアナログな形で行っていました。それらの取りまとめは、主に管理職の先生が担当していたんです。

そこで、こうした業務をデジタル化し、いろんな先生に分担したんです。たとえば、行事日程はそれぞれの担当の教職員が入力できるようすれば、管理職の先生は取りまとめをせずに確認だけで済みます。
多田
たしかに。アナログだと「取りまとめ」の仕事が増えるんですね。
森田
ここに実は、働き方改革を組織で進める上での重要なポイントがあると思います。それは「あの人はラクしようとしている」という目線を避けることです。

そもそも、働き方改革を進めようとすると、周囲から「ラクしようとしている」と見られがちで。組織一丸となって改革を進めるには、まずそうした誤解を解かなくてはなりません。そのことは、地域や保護者の方々にも理解していただく必要があります。
多田
ふむふむ。
森田
そこで まず味方につけたいのが、多くの決裁権が委ねられている管理職の先生です。先の「取りまとめ」の仕事は管理職に集中しがちで、すごく大変なんです。

だからこそ、業務を「移す」仕組みをつくれば「取りまとめ」の仕事がなくなりますよと管理職の先生に伝えられると、改革がグンと進めやすくなると思います。

「なぜそのITツールを使うのか」をしっかり共有する

多田
埼玉大附属小は、先生間の情報共有だけでなく、保護者への連絡やアンケートなども、紙を廃止してIT化されていると伺いました。
塩盛
はい。もともとは紙や電話などを使っていて、勤務時間が延びる大きな原因になっていましたが、いまは保護者にもkintoneを使っていただいて、手早く済むようになりましたね。
多田
すごい。保護者まで巻き込むのはなかなかハードルが高いと思うのですが、反発はなかったのでしょうか?
森田
大きな反発はありませんでした。ITツールをうまく広げていくために、3つのステップを踏んで浸透させていったのがよかったのかもしれません。
多田
3つのステップ?
森田
①教員全員が使いこなす、②保護者にデータ送信する、③保護者にデータ入力してもらう、という3ステップです。

「①教員全員が使いこなす」が大切なのは、まずわたしたち教員が使えないと、保護者に説明ができないから。

ここでネックなのが、ITツールは「一部の人だけが詳しい」という状況になりがちなこと。そうなると当然、教員全体に広まりません。
多田
たしかに。では、埼玉大附属小ではどうやって先生に広めたんでしょうか?
森田
鍵となるのは、「なぜそのITツールを使うのか」をしっかり共有することです。

本校の場合、コロナ禍で在宅勤務をしている状況を踏まえて、「会えないからこそ、密にコミュニケーションをとっていこう」と、情報共有の重要性を伝えていきました。

もちろん、すぐに活用が広がったわけではありません。ただ、目的を共有すれば、「みんなで使っていこう」という意識が徐々に芽生えていきます。

結果、本校では令和2年度の1学期間かけて、テキストでの情報共有の文化を浸透させることができました。
多田
なるほど。
森田
「②保護者にデータ送信する」ステップでは、「学校通信」などの紙で渡していたものをデータ共有に変更しました。

このときも、「プリントを介して、子どもや保護者への感染を避けるため」と目的を伝え、保護者のみなさんには了承を得ました。

実際、保護者からは「使いやすく、過去のプリントも見られるので便利」という声を数多くいただきましたね。

実際に保護者に配布されていた説明プリントの抜粋。導入目的や具体的な利用方法が記されている

森田
最後の「③保護者にデータ入力してもらう」では、毎年紙のアンケートで行っていた学校評価をシステム上に移し、保護者に入力してもらいました。

②のステップで、保護者に情報を受け取るのが簡単だと知ってもらえたので、情報を送ることのハードルもグッと下がります。
多田
ステップを飛ばさず、少しずつ広げていくのが大事なわけですね。
塩盛
はい。あとは、各家庭のデジタル格差には注意が必要です。ここで「スマホさえ持っていれば誰でも簡単に操作できる」というツールを選んでおくと、ハードルは少し下がると思います。
多田
パソコンの利用を全家庭に求めるのは、たしかに難しそうですもんね。

保護者へのお知らせは現在はkintoneで配信されている

「休み時間に子どもたちと遊べる」先生たちが増えてきた

多田
ここまでお話を聞いて、あまりに順調に改革されたように思えたのですが……。
森田
もちろん、すべてが順調だったわけではありません。ただ、意外とスムーズだったのはたしかですね。

特に「紙で配付しないこと」へのご意見が少なかったのは予想外でした。コロナ禍の影響もあったとは思いますが、試してみて初めて「心配しすぎだった」と気づくことはあるものかもしれません。
多田
なるほど。ある意味でいまは良い機会かもしれないし、そもそも思い込みが可能性に蓋をしてしまっていることもあるのかもしれませんね。

こうした学校の働き方改革が増えて、先生たちも楽になるといいなと思います。
森田
本当にそうですね。ただ、やっぱりわたしは学校の働き方改革のゴールは「よりよい教育をして、子どもたちの幸せにつなげること」だと思っていて。

「子どもたちのため」という意味では、長時間労働をいとわなかった昔も、働き方改革を進めているいまも目的は同じ。その道のりや手段が変わっただけなんです。先生が楽になりたいから、がゴールではない。
多田
あくまでも、子どもたちのためと。
森田
はい。その点で言うと、休み時間に教員が子どもたちと一緒に遊べるようになったのは、大きな変化ですね。

10年前のわたしは、子どもたちと一緒に遊ぶことがあまりできていませんでした。休み時間も資料を作ったり、誰かに相談しに行ったり、保護者に電話をかけたりと慌ただしく過ごしていましたから。
塩盛
まさに、そうですよね。いまは昔よりも「教員」という仕事を心から楽しめているなって感じます。
森田
働き方改革って、テストの点数みたいに測れるものばかりではないなと思うんです。

数年前と比べて、楽しく笑顔で先生が子どもに接するようになったな、子どもたちといっしょに鬼ごっこで遊ぶ先生が増えたなとなれば、それは子どもたちにとってもきっといい方向につながるんじゃないかと信じています。
多田
素敵ですね……!
森田
やっぱり、教員は本当におもしろい仕事なんですよ。これからの時代を担う子どもたちの成長を間近に見られるし、卒業後もたまに遊びに来てくれたりもする。こんなやりがいのある仕事はそうそうありません。

だからこそ、「教員は大変そう」「プライベートがなくなる」という、ネガティブなイメージばかり語られるのは悲しい。


わたしたちがバトンを渡せる次世代の人が減ってしまえば、将来の子どもたちにも影響を与えてしまいます。

本校を含めて、全国の学校におけるこうした働き方改革の状況を伝えていくことで、教員を目指そうと思う人が1人でも増えたらうれしいですね。

企画:吉原寿樹(サイボウズ) 執筆:多田慎介 撮影:栃久保誠 編集:野阪拓海(ノオト)

埼玉大附属小のkintone活用例を公開中

kintone - サイボウズの業務改善プラットフォーム埼玉大学教育学部附属小学校 - 小学校と保護者の情報共有にkintoneを採用

埼玉大附属小の1日密着動画

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執筆

ライター

多田 慎介

1983年、石川県金沢市生まれ。求人広告代理店、編集プロダクションを経て2015年よりフリーランス。個人の働き方やキャリア形成、教育、企業の採用コンテンツなど、いろいろなテーマで執筆中。

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撮影・イラスト

写真家

栃久保 誠

フリーランスフォトグラファー。人を撮ることを得意とし様々なジャンルの撮影、映像制作に携わる。旅好き。

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編集

ライター

野阪 拓海

コンテンツメーカー・有限会社ノオトのライター、編集者。担当ジャンルは教育、多様性など。

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