もし仕事中ケガをしてしまったら。おそらく消毒して包帯を巻くか、ひどい場合は救急病院に駆け込むでしょう。では、その傷が肉体的なものではなく、精神的なものだったらどうでしょうか?
職場でストレスを感じたり、急にやる気がなくなったりすることは誰にでもあります。でもそこから、自分が「燃え尽きそうになっている」ことに気づくのは難しいものです。
そこで心理学者であるガイ・ウィンチ博士に、「燃え尽き症候群(バーンアウト)」と心の不調の取り扱い方について、サイボウズ式編集部のアレックスが取材しました。
※この記事は、Kintopia掲載記事「Learn To Treat Burnout With the Urgency of a Bleeding Wound」の抄訳です。
感情に蓋をするのは、もう古い
まずは基本的なことから教えてください。
バーンアウト(燃え尽き症候群)とは、心の中でどのような変化が起こっている状態ですか?
仕事に対する気持ち、仕事中の感情、職場での行動に内的な変化が起こることです。
水がコップからあふれるように、自分の許容範囲を超えたときに発生し、感情が切り離され、感覚が麻痺していくんです。
バーンアウトは繊細な若者たちだけに起きる、新しい現象だと考える人もいます。
本当にそうでしょうか?
新しい現象ではありませんし、最近はバーンアウトへの理解も深まってきています。
でも上の世代には「感情には蓋をして、無視することで対処すべきだ」と考える方がいるのも事実です。
たとえば、第二次世界大戦中は、冷静に最善な行動をとるために、とにかく前を向くしかなかったとおもいます。
「心から発信される不調のシグナルをすべて無視すべき」という考え方は、その当時は十分通用しましたが、今はもう戦時下ではありません。古い考え方です。
健康と感情は切り離せない関係にあり、心の状態は身体の状態と同じくらい重要であるという、ウェルビーイング(Wellbeing) の大前提を無視しているからです。
職場でいい結果をだせるかどうかは、身体の健康ではなく、心の健康が重要であることが多いのです。
精神的なストレスを感じていると、実際に認知能力に支障をきたします。
朝起きて、仕事に行くのが嫌で涙を浮かべている人がいたら、何かしらの対処をすべきです。
ガイ・ウィンチ博士。ニューヨーク大学臨床心理学博士課程修了、米心理学会会員。著作は27か国語に翻訳されている。著者、講演家としても活躍し、TEDトークに初めて登壇した際の動画、感情にも応急手当が必要な理由は、最も心を動かされた動画のひとつに選ばれている。ブログ「Squeaky Wheel Blog」やポッドキャストでの情報発信も行う
身体と同じように、心も大切にできる
会社や組織の中では、どのように取り組むべきでしょうか?
社員のバーンアウトを減らすために、会社ができることがあれば教えてください。
そうですね。文化によっては簡単ではありませんが、「身体の健康だけでなく、心の健康について話していいんだ」と会社がはっきりと姿勢を示し、もっと話し合ってみたらどうでしょう。
化学療法中で体調が優れない社員がいたら、働くべきでないというのはCEOにだってわかりますよね。
同じように、深刻なうつや失恋で心に深い傷を負ってしまった社員がいたら、立ち直るための時間が必要だと思います。
体調が悪かったら休むのと同じように、心も具合が悪くなったら立ち直れるように休む必要があると。
そうです。心の健康に対する理解は、身体の健康と比べると100年も後れを取っているとおもいます。
心の健康についての理解は、ようやく始まったばかりなのですね。
そうですね。
これからは心の健康にも力をいれていきたいですし、まさに今世紀の課題だと考えています。
今の私たちは、取り組むべき健康の課題対象から「心」が抜けているので、パフォーマンスと生産性に大きな影響がでています。 先進性を求める企業であれば、こうした考え方を取り入れるべきでしょう。
組織をあげて、心の健康と安全に投資すべきときが来たのです。
「わくわくが消えてしまった」。それはバーンアウトの兆候かも
バーンアウトの症状について、詳しく聞かせてください。
許容範囲を超えてしまうと、どんな症状が出ますか?症状は誰でも同じですか?
どのような精神的苦痛を感じるかは、その人の心理的構造によって異なります。
心理学者としては、その人の行動、気分、機能の変化に注目します。
気分が落ち込んでいるのか、不安に駆られているのか、あるいはバーンアウトの状態なのか?を見極めるんです。
たとえば
「半年前はわくわくして取り組んでいた仕事が、いまは楽しくない」
「何をしても同じことの繰り返しのように感じる」
「漠然とした興味は湧いても、言葉にできない重荷を感じてやる気が起きない」
といった心境の変化があるかどうかです。
また、ギリギリの精神状態で「何かひとつでもうまくいかないと、泣きたくなったり、あきらめてしまう」といったケースもあるでしょう。
そう思われがちですが、私生活でもイライラしたり、感情が切り離されてしまうことはあります。
職場では仕事に集中していて、ストレスを感じる余地が限られているので、表面化するのはむしろ仕事をしていないときです。
たとえば、通勤中とか、夕食を食べているときや、家族や友人と会話をしているときに表面化するんです。
バーンアウトはプライベートな領域にも入り込んでくるからこそ、うつ病や他の病気との区別が難しそうですね。
どうやって区別するんですか?
たとえば、もうすぐ週末だとしましょう。
予定は立てずに、肩の力を抜いてリラックスして、自分が有意義だと思えることだけをしようと決めたとします。
もし、あなたがうつ状態だったら、こうした活動すら億劫に感じるものです。でも、バーンアウトしている状態だったら、これらの活動をするのは、比較的簡単でしょう。
また大きなプロジェクトが自分の手を離れると同時に肩の荷が下りてほっとするような場合は、そのプロジェクトがバーンアウトの原因になっていたと、後からわかることもあります。
一番良いのはバーンアウトが起きる前に気が付くことです。でもバーンアウトの影響は多岐に渡るので、職場だけでなく職場の外でも調整が必要になります。
「心の変化」を観察することで、適切な対処が見通せる
バーンアウトが起きる前に気づくには、どうしたらいいですか?
定期的に自分の生活を振り返ってみてください。
健康診断って、1年に1回受けますよね。同じように数か月ごとに、自分の仕事に対する思いを探ってみてください。
なんとなく探るのではなく、体系立てて考えるのが大切です。
管理・監督業務、事務作業、クリエイティブな作業など、担当業務ごとにどんな思いを持っているか書き出します。
たとえば、以下のようなものです。
・その業務を楽しんでいるか?
・わくわくした気持ちになるか?
・成長の機会はあるか?
・自分が作ったTODOリストを見た時、息苦しさや重苦しさを感じるか?
それぞれの項目の温度感や変化を数か月ごとに記録します。
以前はわくわくしていた業務に関心がなくなったら、バーンアウトの傾向があるかも知れません。
または、成長が頭打ちになっていて、新しい業務に取り組みたいと思っている人もいるでしょう。
業務の振り返りに加えて、上司、チームメンバー、部下との関係も考えてみるといいですよ。相手に対して、自分がどんな感情を抱いているか、とか。
時間の経過に伴う変化がはっきりとわかるように、10段階で「関心」「わくわく感」「不安」「苦痛」の度合いを表してもいいでしょう。
振り返りは他の人と一緒にすべきですか?それとも1人で振り返った方がいいですか?
自分の気持ちに関することですし、感情を測るというだけでもハードルが高いので、 1人がいいですね。
心の健康診断は、治療だけではなく、今後の展開を予想するためでもあります。
でも、多くの人は自分の感情を掘り下げることに不慣れで、自分の感情を読み取ることが苦手です。
自分は気分を害しているという認識はあっても、それが怒りなのか、途方に暮れているのか説明できないのです。
感情は得体の知れない大きな塊のように思えますが、適切に対処するためにも実際に心に何が起きているのか、理解することが大切です。
バーンアウトの症状がみられる人が周りにいたら、どうすればいいか教えてください。
あなたの大切な家族や、友人と同じように、接してあげてください。
ただし問題を抱えていることがわかっていても、抱えている問題の本質を理解するのはとても難しいです。
家庭や結婚生活、友人関係に問題があるのか。うつ状態なのか、それともバーンアウトした状態なのか、さまざまな可能性があります。
1番いいのは、カフェやランチ、仕事の後の一杯に誘ってみることですね。近況を尋ねて、相手にペースを委ねながら話に耳を傾けてみます。
ストレートに「うつ状態なの?」などと聞いてはいけませんよ。
「最近、心ここにあらずっていう感じだね」とか、慎重にいきましょう。
そうですね。
本人にバーンアウトの自覚がないこともあるので、あたかも「あなたの異変に気づいていますよ!」というように振る舞ってはいけません。
慎重に、相手のタイミングを尊重しましょう。近しい関係であれば、心を開いてくれるかも知れません。
心を開いてくれたら、あとは問題に対処するためにどんな方法があるか、どんな調整をすべきか話し合えばいいのです。
バーンアウトに苦しむ人の多くは、「反芻」に気づいていない
自分がバーンアウトしていると感じたら、どうすればいいでしょうか?
人によりますね。
たとえばバーンアウトに苦しむ人の多くは、自分がどれだけ仕事のことを考えているか気付いていないんです。
「普通の人と同じように週40時間しか働いていないのに、バーンアウトなんてあり得ない」と言います。
でも実際に記録をつけてもらうと、10時間も20時間も、人によってはもっと長く、仕事について考えています。これが反芻(はんすう)ですね。
反芻とは、非生産的な方法で同じ悩みについて繰り返し考えてしまうことです。
反芻の話は『NYの人気セラピストが教える 自分で心を手当てする方法』という本のなかにも出てきますね。
仕事について反芻しても給与が発生するわけでもなく、成果物が生まれるわけでもないので、ただの苦悩の時間です。
まず健全な内省と、不健全な内省の違いを理解することが大事です。
たとえば、上司と口論になったとします。違うアプローチやコミュニケーションの方法を考えたり、思ったような反応が返ってこない理由を探ったりするのは健全な内省です。
でも、口論の場面を繰り返し頭のなかで再生してしまうのは反芻です。事態が改善するような思考ができず、気持ちがどんどん沈んでいきます。
息苦しさや胃の不快感があったり、肩に力が入ったりと、身体的な症状があったら、それも「自分が反芻している」と気づくきっかけになります。
数多くの言語に翻訳され、世界中で好評を博しているウィンチ氏の著書『NYの人気セラピストが教える 自分で心を手当てする方法』と『NYの人気セラピストが教える 不満を上手に伝える方法』
あるいは、「タスクを任されたものの手に負えないと感じて、進め方も考えられない」というのもバーンアウトの一例です。
「こんなタスクは自分にできるはずはない」と何度も考えてしまうとか?
そうです。
こういう考え方は睡眠障害、不健康な食生活、ストレスの悪化などあらゆる面で健康に影響を及ぼす可能性があり、とても危険です。
だからこそ早期に気づくことが大切です。
自分が反芻していると自覚したら、どうしたらいいですか?
反芻的な思考を、問題解決につながる思考に変えてみましょう。
たとえば、子どもと充実した時間を過ごそうと思っていたのに、仕事のことばかり考えてしまう母親がいたとします。
この場合、仕事は進まないし、充実した時間も過ごせません。
そこで、この反芻的な思考を時間管理の問題として考えてみるんです。
予定を調整して、仕事ができる時間帯を決めて気分をすっきりさせます。そして一番気が乗らない仕事を先に片付けます。
このようにストレスを感じるタスクは後回しにしないのも大切です。でもそういう仕事が片付けば、すっきりしますし、ストレスが長引くこともありません。
自分の生活全般について指摘されているような気がします(笑)
自覚があるんですから、あとはやめればいいだけですよ(笑)
反芻から抜け出すには、1日の仕事の終了ラインを決めることも大切です。
新型コロナウィルスによって、多くの人が在宅勤務をしていますが、在宅勤務には明確な仕事の終わりがありません。
でも実際は仕事終わりの宣言するのがとても重要だと思います。
例えば、ある人は午後6時に在宅勤務を終えると、子どもたちを家に残して、家の周りをぐるりとドライブするそうです。そして「ただいま」と言って家に入るそうです。
子どもたちは「さっきまで家にいたのに」と思うかもしれませんが、この人にとっては「家に帰る」ということが、仕事を終えるための大事な儀式だったんです。
これ以外にも、着替える、照明を切り替える、音楽をかけるなど、自分に合った儀式でもいいですよ。
業務時間後にどうしてもメールをチェックしなければいけない場合とかは、どうしたらいいですか?
そういうときは時間を決めて「午後21時になったら15分間はメールのチェックに当てるよ」と周りに伝えておきましょう。
それ以外の時間は、自分をいたわって英気を養ってください。
ワークライフバランスは、周囲と語り合いながら考えよう
最後に、仕事とプライベートの切り替えについて、周囲の人にはどう指摘したらいいでしょうか?
たとえば、パートナーに「もう夜の20時だから仕事は終わりでしょ。メールをチェックするのはやめたら?」と言っても大丈夫ですか?
そういうアドバイスは、家族やパートナーと一緒に考えた方がうまくいきます。
「仕事は終わってるんだから、メールチェックはやめてよ」ではなく、「時間を決めて、プライベートな時間を確保しようよ」と言えるといいですね。
2人で仕事の終了時間を決めて、お互いにリラックスする時間をつくる合意をしましょう。
もしパートナーが仕事から離れられないようであれば、あなたが「どうすればリラックスできるか?」がうまく伝わっていない可能性があります。
自分がどうすればリラックスできるか、じっくり考えてみたことってありますか?
テレビを見る、という人も多いですが、本当にくつろげているんでしょうか?
特にカップルに言いたいのですが、4時間も黙って2人でテレビをみたあとに、「じゃ寝るか」で終わるのは避けた方がいいですよ。
エピソードの合間に、みたものについて感想を話し合ってほしいのです。
パートナーとの関係をつなぐのは、こういう会話であって、リラックスするためにも非常に大切なんです。
仕事が頭から離れないのがパートナーではなく、同僚だったら、どのようにサポートすればいいでしょう?
「反芻について書かれた記事を読んでから、ワークライフバランスを意識しようと思ってるんだ」と話を切り出すのはどうでしょう?
あくまで自分の話として、「仕事でストレスを抱えているので、もっと仕事とプライベートのバランスに気を配ろうと思っている」と話せば、興味をもってくれるかもしれません。
「何でもお見通しだ」という態度を取ると、好意的な反応は得られません。
心理学者ではないのだから、心理学的なアドバイスはしない方がいいと。
心理学者だとしても、求められてもいないアドバイスをしたら嫌がられますよ!
企画・執筆:Alex Steullet/翻訳:ファーガソン麻里絵/編集:神保 麻希/イラスト:髙野 綾美
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