多くのリーダーは、チームで成果を出すことが求められています。そして、仕事を円滑に進めるために、チームメンバーにアドバイスをします。
しかし、よかれと思ってアドバイスをしているにもかかわらず、メンバーとの間に距離が生まれたり、メンバーの自由な発想が出にくくなったりすることも。
サイボウズ財務経理部の田中那奈も、そんな悩みを抱えるリーダーの一人。意欲的にアドバイスをしてきた結果、周りから「怖い人」と思われている気がするのだそう。
こんなとき、リーダーは自らの考えや行動をどう変えればいいのでしょうか? コーチングやチームビルディングを専門とする、はぐくむ代表の小寺毅さんにお話を伺いました。
「怖い人」というイメージ。まずは等身大の自分を見せて、安心できる関係性を
今日は、小寺さんに悩みを聞いていただきたくて。
わたし、チーム内で「怖い人」と思われている気がして……。どうしたものかと悩んでいるんです。
小寺 毅(こでら・たけし)株式会社はぐくむ代表取締役。東京で生まれ、ソ連、アメリカ育ち。慶應義塾大学卒業後、株式会社フィッツコーポレーションにて新規商品企画を経て、2006年にはぐくむを創業。ただ漠然と働くのではなく、何のために働き、何のために生きるのかを問うコーチングや、自主自律な経営を支援する研修やチームセッションを企画・実施する。プロフェッショナルコーチとしても活躍。セムコスタイル・インスティテュート・ジャパン認定コンサルタント
はい。わたしは財務経理部に所属していて、ポジション的にはリーダーにあたります。だから職務上、チームメンバーの作業をチェックする役割があるんです。
「せっかくならいい仕事をしたい!」と思って、積極的に意見を言ったり、細かくアドバイスしたり、と頑張ってきたつもりなんですが……。
どうも、周りから距離を置かれているような気がして。
田中那奈(たなか・なな)2006年新卒で住宅メーカーに入社し住宅営業に従事。その後、経理へ異動。産休・育休後一旦は復職するものの、2016年にサイボウズへ転職。現在は財務経理部に所属し、決算や予算管理、投資家向けの広報(IR)などを担当
うん、うん。不安になってきたわけですね。田中さんが現時点で「こうすればよいのかな」と考えていることはありますか?
ここ数年、試行錯誤するなかでふと気づいたのはのは、これまでの「アドバイス」は単なる「基準の押し付け」だったのかな、と。
相手の状況や仕事へのスタンスを思いやらず、自分の「こうあるべき」というエゴを押し付けて、一方的にアドバイスしていたんじゃないかって。
おお、素晴らしい気づきですね。それからはどう対応したんですか?
相手に「これをやってよ!」と期待するのではなく、事実を淡々と整理してフィードバックするようにしました。そうしたら、ちょっと気持ちがラクになったんです。
でも今度は、「本当にこんなフィードバックで伝わるのだろうか」と悩むようになって……。
「加減がわからない」という、新たな課題が出てきたんですね。
そうなんです。だから、もっとおたがいのことを知っていれば、相手がどういうフィードバックを求めているかわかるかなって思うんです。
でも、そんなコミュニケーションを取ってきてなくて……。突然改まって「さあ、ザツダンしましょう!」なんて言い出したら、多分みんなびっくりしちゃう(笑)。
理解を深め合うための第一歩は、生存を脅かされない関係性を築くこと
つまるところ、田中さんは一方的なフィードバックにならないように、おたがいの理解を深めたいと考えているんですね。
では、そのために何がポイントになるかといえば、生存を脅かされない関係性を築くことです。
「自分が意見をいうことで、なにか不利になるんじゃないか」という不安があると、なかなか本音を話せませんよね?
現代の日本では、「身体の生存」を脅かされることはほとんどありませんが、「精神的な生存」を脅かされる危険はけっこうあります。
待遇が下がるとか、尊厳を傷つけられるとか。それを恐れる関係性では、本音で語り合うのは難しい。
では、精神的な生存が担保されるようにすればいい、と。
はい。ただ、職場ではどうしても上下関係が生まれやすくて。部下からすれば、上司は経験も権限もある強い立場です。
そうなると部下は、常に上司の反応を伺うようになる。「この人はわたしをどう思っているんだろう?」「自分の意見を聞いて、どう処遇するつもりなのか」と警戒してしまうのです。
この前提がある上で、よりよい関係を築くには、上司から先に自己開示をするのが重要です。
自己開示……。たとえばわたしだったら、「みんなにどう思われているのか不安です」といった悩みを正直に話したほうがいい、ということですか?
その通り。自己開示というのは、いわば自分の手札を見せる行為。「この人(上司)はこう考えているんだな」とわかれば、部下は自然と気持ちがゆるむはずです。
逆に、上司が手札を見せないままに「あなた(部下)は、何を考えているの?」なんてたずねたら、とっても怖いじゃないですか(笑)。
だからこそ、上司から自己開示するんです。等身大の悩み、苦しみ、葛藤を正直に出せるかどうか。それが、部下に本音を分かち合ってもらうための第一歩になります。
善意ですれ違うからこそ、部下の前でカッコつけなくていい
そう考えると、わたしは「アドバイスの仕方」以前に、人間関係の構築ができていなかったのかもしれません……。
友人にはいくらでも素で話せるのに、チームメンバーに対しては、自分の「人となり」をあまり見せられていない気がします。
とはいえ、いざ自己開示をしようとすると、ついついカッコつけちゃうんですよね。
またしても、いい気づきですね。メンバーの前でカッコつけちゃう理由、田中さんは何だと思いますか?
うーん……。やっぱり、「ダメなやつだと思われたくないから」でしょうか。そんなふうに思われたら、もう信頼してもらえないんじゃないかな、と。
不安になりますよね。ただ一方で、悪意をもってメンバーを攻撃しよう、なんて考える人は少ないと思うんです。
みんな、それぞれの立場でチームをよくしようと思っている。言い換えれば、すべての行動は善意から始まっているはずなんです。
ついカッコつけてしまうのも、「信頼してほしい」という善意スタートの行動なのに、結果的に部下の警戒心を高めている。いわば、善意がすれ違っているわけです。
だからこそ、「おたがいのことを知り、チームをよくしたい」という目的に立ち帰れば、きっと別のアプローチが見えてくるはず。
部下の前でカッコつけるのではなく、弱さや本音も公開する。そうすることで、部下もまた、悩みや本音を話しやすい環境が生まれ、強い絆が結ばれるのではないでしょうか。
「怖い」と思われないためには、まずフィードバックからの「対話」を意識する
ふと思ったのですが、仕事と違って子育てでは、カッコつけずに等身大の自分を見せているんです。それでも子どもからは「ママ、怖い」と言われてしまって……。
冒頭の悩みに戻るのですが、「怖い」と思われないようにするには、どうすればいいんでしょうか。
そうですね。では、まずは「アドバイス」と「フィードバック」の違いから考えてみましょう。
そもそも、アドバイスとは「相手に行動を促す声かけ」です。一方、フィードバックとは「客観的な事実を認識してもらう声かけ」を指します。
よいフィードバックをするには、以下のように、3つのステップを踏む必要があります。
1. 事実だけを伝える
2. 事実に対して自分が感じたことを伝える
3. 相手に問いかける
たとえば、学校のテスト結果について、子どもにフィードバックするなら、こんな形になります。
1. 今回は算数の点数が〇〇点だったね(事実)
2. わたしは、〇〇点は低い点数だと思ったよ。もう少し勉強法を工夫したほうがいいと思う(感じたこと)
3. あなたはどう思う?(問いかけ)
なるほど。それぞれのステップには、どのような意味があるんですか?
まずステップ1では、事実に対する評価は一旦脇に置きます。
先ほどの例で言えば、「今回の算数の点数は〇〇点だったね」と伝える形です。
はい。次に、ステップ2では自分が感じていることを伝えます。このとき、事実に対する認識合わせと自身の解釈を意識します。
今回のケースであれば、「○○点は、満足できない点数だ」が事実かどうかを、子どもとすり合わせておくわけです。
その上で、「もっと勉強時間を増やしてほしい」「勉強法がよくなかった」といった自身の解釈を伝えます。
たしかに。事実に対する認識を合わせておかないと、解釈が大きくすれ違う可能性もありますね。
ええ。そして、ステップ3では、提示した解釈に対して、「あなたはどう思う?」と問いかけましょう。フィードバックから対話につなげていくイメージです。
なるほど。この方法なら、一方的なフィードバックにはなりにくそうです。
とはいえ、気を抜くとつい、望む方向に「圧」をかけちゃいそうで……。あらかじめ用意された結論(勉強しなさい)に誘導してしまうのでは、と。
おっしゃる通りです。そこは本当に気をつけなければいけない。難しいですが、対策は「心がける」ほかありません。
自分の「こうすべきだ」という基準や、怒りの感情を脇に置く訓練が日々求められます。
アドバイスによって、メンバーとの距離が生じ、可能性を閉じ込めてしまうことも
さて、それではアドバイスについて考えていきましょう。
アドバイスって、実はとても「怖い」行為なんです。
まさに「怖い人」と思われているのが悩みなので、気になります!
「事実の共有」を目的とするフィードバックに対し、アドバイスは相手になんらかの行動を促す、一歩踏み込んだ行為になります。
そして、アドバイスが効果を発揮するには、そもそも「アドバイスを受け入れられる関係性」がなくてはならない。
これが構築できていないと、たとえ「よかれと思って」のアドバイスでも、相手との距離はどんどん遠のいてしまいます。
そう考えると、わたしが「周りから距離を取られている」と感じたのは、信頼関係がないままにアドバイスをしていたからなんですね。再び、耳が痛いです……。
もう1つ怖いのは、部下の可能性や考える力をつぶしてしまうことです。
アドバイスできるのは、自分の知っている範囲だけなんです。だから、先回りしてアドバイスをしてしまうと、部下の思考も「上司の知っている範囲」に閉ざされてしまいます。
そうならないためには、やはり対話が重要です。
メンバーが思うままに意見を発信し、上司も知らなかった領域が拓けていく。それが理想です。
安心安全な関係性を築くには、相手の考えを良い・悪いで評価しないこと
では、メンバーが安心して自分の意見を言える環境をつくるには、リーダーはどうすればいいのでしょうか?
たくさん質問して、その回答に対して良い・悪いという「評価」をしないことです。
自分の意見に対して評価されている感覚があると、「いいことを言わなくちゃ」という強迫観念が生じてしまうものなんです。
だからこそ、いろいろな考え方や選択肢を受け止めるオープンなマインドで、相手の意見をたくさん聴く。
それを繰り返していけば、徐々に「評価されている」という感覚がなくなり、自由に話しやすくなります。
たしかに。これまで自分は良い・悪いの評価を置いていたので、相手を怖がらせるような質問をしていたかもしれません。
しかも、そのことにまったく自覚がありませんでした。一連の振り返りで、アドバイスや質問をするのが、ちょっぴり「怖く」なってきました……。
そうですよね。その怖さを認識しながら、試行錯誤していくことが非常に大事だと感じています。
それと、リーダーは次の2点も意識するとよいでしょう。1つは、「自分のアドバイスは、万能ではない」と胸に刻むこと。こうした姿勢なら、自然と伝え方も柔らかくなってくるはずです。
もう1つは、ときに相手に問いかけてみること。「尊敬する〇〇さんは、この状況をどう打開すると思う?」「自分が自分にアドバイスするなら、何を伝える?」とか。相手の考えを引き出す意識で、質問してみるといいでしょう。
アドバイスも、質問も、ていねいに付き合いさえすれば、相手への理解を深める手段になるはず。ポイントを押さえつつ、どんどん実践してみてください。
リモート・対面限らず、余白をつくって「ケアの気持ち」を示そう
今日は本当に勉強になりました。思い返してみると、人との関係の築き方を学んだことって、これまでなかったなと。
就業時間中は業務のことで頭がいっぱいだったので、コミュニケーションに時間を使うのは、どこか違うなと感じていました。
でも、仕事の一環として、コミュニケーションの時間を積極的に確保したほうがよいのかもしれません。
特にいまはテレワークになって、コミュニケーションが取りにくいんです。社会全体がもう、信頼関係が築きにくい状況なのかなって。
その根底にあるのは、「余白」に対する感覚・考え方だと思うんです。
いまの会社って、最短最速で利益を生んで、効率も重視して、という風潮がありますよね。そこにテレワークが普及して、コミュニケーションの「余白」がますます削られていく。
結果、関係性を築きにくくなり、チームワークをうまく発揮できなくなる。
本当にそうなんです。問題が起きた後に報告を受けて、困ることがよくあるなぁと思っていて。
そういうとき、「そんなに悩んでいたなら、もっと早く言ってくれればよかったのに!」と感じていました。
でも、もともと業務の「余白」で適切にコミュニケーションを取れていたら、そんなふうにならなかったのかなって。
ひょっとすると、いま多くの会社が効率を求めるがゆえに、非効率になっているのかも。仕事を円滑に進めるには、「余白」が大事だったんですね。
しかし残念なことに、「余白」の大事さを認識できない人もいるでしょう。
そういう人には、まず「余白」を削ったことで生じた「痛み」に気付いてもらう必要があります。部下が相談しづらい雰囲気になっているとか、チームの一体感がなくなっているとか。
時に立ち止まって、「どこかに痛みがないか? 本当にこれでいいのか?」と内省することが求められています。
それこそ、「無駄な時間を削ぎ落として、より多くのタスクをこなそう」という善意で「余白」を削っているのかもしれませんよね。
その前提を頭に置いた上で、おたがいに話し合う場をもつのがいいのかも。
おっしゃる通りです。リモートであれ対面であれ、リーダーに必要な資質は「〇〇さんが大事ですよ」というケアの気持ちです。
一方的に「アドバイスしてやろう」ではなく、相手をケアする気持ちがあるかどうか。そして、その気持ちをどう表現できているか。
これらを定期的に自己点検しつつ、試行錯誤を重ねれば、きっとよいチームになるでしょう。
企画:横山智之(サイボウズ) 執筆:夏野かおる 編集:野阪拓海(ノオト)