近年、企業がステレオタイプやバイアスについて発信し、社会的に知識の蓄積が進んできています。しかし、多様性の推進に多くの人材と資金が投入されているにもかかわらず、具体的な成果は得られていません。
女性やマイノリティーは、男性に比べて権力のある地位に就くことができず、給与も低く、過小評価されています。世界のトップ企業の取り組みが、なぜこれほど効果的でないのでしょうか。
カリフォルニア大学ヘイスティングス校法科大学院労働生活法センターの創設者であり、同大学院の特別教授でもあるジョーン・C・ウィリアムズは、「間違ったアプローチをしているからだ」と言います。企業の多様性推進について、サイボウズ式編集部のアレックスが取材しました。
※この記事は、Kintopia掲載記事「Deep Conversations Won't Solve Diversity and Inclusion, but Data and Evidence Can」の抄訳です。
ダイバーシティ推進のゴールは実力が正当に評価されること
どうすれば職場の多様性(ダイバーシティ)を推進できるかをうかがう前に、根本的なところを教えてください。
ダイバーシティを推進する目的や最終的なゴールはなんでしょうか?
最終的に目指すのは、実力が正当に評価されることです。
15年以上研究をしてきて、多くの職場で民族的にマジョリティーである男性に比べて、そのほかのグループの間では実力主義が機能していないと分かってきました。
「職場における経験に関する調査」への回答を見ると、この差は歴然としています。
米国では、白人男性の8~9割が「キャリアアップにつながる仕事への平等なチャンスがある」という質問に「はい」と答えました。
しかし、女性やマイノリティーなどのグループで「はい」と回答した人の割合はかなり低く、黒人女性ではたったの53%でした。
ジョーン・C・ウィリアムズ。カリフォルニア大学ヘイスティングス校法科大学院労働生活法センターの創設者であり、同大学院の特別教授。20年以上にわたり、職場におけるジェンダーと人種の偏りに関する研究の最前線に立つ。TEDトーク「Why corporate diversity programs fail-how small tweaks can have a big impact」は100万回以上再生され、2021年11月にバイアスのパターンについて書いた本「Bias Interrupted: Creating Inclusion for Real and for Good』を上梓
ダイバーシティの推進は、大企業のように余裕のある職場にしかできないことでしょうか。
それとも、どんな職場でも推進すべきでしょうか?
会社として性別や人種を理由に社員を採用したいのか、能力を重視して採用したいのかによるでしょう。
能力を軸にした採用を目指すならば、どんな組織であっても採用や昇進の方法に配慮する必要があります。
会社で「同等の扱いを受けていない」と感じているグループを見極めるにはどうしたらよいでしょうか?
上層部の顔ぶれを見れば一目瞭然ですよ!
(会社全体の人員構成と比べて、)特定のグループが相対的に不足していれば、そのグループに属するメンバーは存在が認められていないと感じるでしょう。難しく考える必要はありません。
多様性に欠けるチームは、集団的知性・生産性もさがる
一方で「カテゴリーは意識していない」と主張する会社も存在します。
「個々の思考は多様なのだから、個人の存在そのものが多様だ」と言う人には、どのように対応しますか?
たしかに個人とは多様なものです。しかし、何十年もの研究の結果、個々の経験には社会的な力が作用していることが明らかになりました。そのひとつが「バイアス」です。
個人が社会的にどんな人とかかわるのかを決める唯一かつ最大の要因は、類似性です。類似性の高い人ばかりが集まる組織では、真に多様な意見や気づきが生まれず、似たり寄ったりの考え方に偏ってしまう恐れがあります。
これはデータで証明できます。たとえば、女性の割合が偏っていない、男女の力関係がフェアなグループは、集団的知性の点数がぐんと上がります。
人種や民族の割合でも同じです。民族的に多様なチームは集団思考から脱却しやすく、多様性に欠けるチームよりも熱心に活動する傾向があります。
「類は友を呼ぶ」のは世界共通の原理です。思考は多様だと言っても、実際に人種や性別などの多様性が反映されていなければ、集団的知性はさがり、長期的には業績にもマイナスに働きます。
「チームとしていかにうまく機能しているか」を測定する指標です。これまでの研究によって、チームの生産性を決めるのは、個々のチームメンバーの知性より集団的知性であり、その重要性は2倍以上であることがわかっています。
また、チームメンバーの満足度、結束性、やる気に与える影響も、個人の知性よりも集団的知性のほうが大きいのです。
なるほど。つまり、集団的知性はメンバーの生産性と貢献度の両方を測るものなんですね。
その通りです。生産性に関しては、集団の知性は個人の知性よりも文字通り2倍の重みがあると覚えておいてください。
マイノリティーや女性は、社内政治の中をもがき続けている
先ほど、個人の経験はバイアスなどの社会的な力に影響されるとおっしゃいました。実際にどのような力なんでしょうか?
たとえば、一般的に男性よりも女性のほうが話をさえぎられやすいことがわかっています。また、女性や民族的なマイノリティーの方が、自分のアイデアが横取りされたと報告する件数も多いのです。
大半の男性は、高圧的な振る舞いをしても「働き者」「仕事熱心な人」と評価してもらえますが、女性が同じように振る舞ったら、「いっしょに仕事がしづらい」「融通が利かない」と思われるかも知れません。
女性やマイノリティーは複雑な社内政治の中で、大半の男性から受け入れられるような行動をして、自分の存在を証明しなければいけません。
ある人の性格的特徴が、個性なのか、社会的なカテゴリーの結果なのか、どうやって区別すればいいでしょう。
たとえば、言いたいことがたくさんあるはずの女性社員が発言していないと気づいたら、個人の問題として扱うべきですか? それとも職場の問題だと考えるべきなんでしょうか?
まず、視点を変えてみる必要があります。「女性社員が発言をしない」のではなく、「女性社員が発言できる環境がない」と考えてみます。
社会的カテゴリーは行動を構成する要素の一部に過ぎません。社会的カテゴリーとは、わたしたちが泳いでいる水のようなものです。
なるほど。男性と女性ではそもそも、生きている環境が違うんですね。
はい。先ほどの例を借りれば、同僚の女性社員は、アレックスさんが意識していない社内政治という複雑な流れの中を泳いでいるのです。まず「なぜ女性社員は発言しないのか」を理解すべきです。
それにはバイアスの共通パターンを考えてみることが役立ちます。
もしかしたら女性社員が発言すると、ほかの人が割って入ってくるのかもしれません。あるいは自分の意見を主張しすぎると、「いっしょに働きにくい」「性格に難あり」と思われてしまうと勘付いている可能性もあるでしょう。女性ならば、よく経験しているシナリオです。
今回は状況が違ったとしても、度重なる偏見で自信を失っているのかも知れません。多くの男性が社内政治の水の流れに乗って泳いでいますが、マイノリティーや女性は流れに逆らって泳いでいます。常に流れに逆らってもがき続けると、疲弊してしまいます。
真剣な深い対話はダイバーシティ推進の有効な戦略ではない
バイアスの共通パターンについて具体的に教えてください。
長年の研究によって、わたしは5つのパターンを見出しました。
1つ目は「再証明」です。周囲が「能力がある」と思い込んでいるグループが存在する一方で、自分の能力や存在を何度も証明しなければいけないグループもあります。
2つ目は「綱渡り」です。大半の男性にとって、意欲的に振る舞うのはたやすいことですが、女性は違います。あまりに男勝りだと思われると、周囲に敬遠されますし、女性らしさを押し出せば周囲から軽んじられる――まさに綱渡りの状態なのです。つまり女性は周囲に好かれるか、尊敬されるかの選択を迫られることが多いのに対して、男性はどちらも簡単に手に入れられます。
3つ目は、「母親であることに起因するジェンダー・バイアス」です。子どもがいる女性は、子どもがいない女性と比べて、能力が劣り、やる気もないと思われがちです。やる気を見せる必要はありますが、やりすぎるとダメな母親だと思われてしまうので、ここで2つ目の綱渡りを強いられます。
4つ目は「綱引き」です。男性ばかりの集まりのような職場環境で働いていると、ことを荒立てないためには男性のノリに合わせて、社内政治に逆らうほかの女性と対立するほうが楽と考える女性もいます。同じ民族の間でも同様のことが起きます。
5つ目は「人種や民族によるステレオタイプ」で、これは文化によって違いがあります。たとえば米国では、アジア系アメリカ人は技術畑では活躍するものの、リーダーシップには欠けると考えられる傾向があります。
人種とジェンダーへの5つのバイアス。ほかにも仕事帰りに上司と飲みにいくのは、部下として当然という日本の飲み会文化など、特定の集団に対して根強いバイアスがあらわれる文化的慣習もある
バイアスの共通パターンを認識した上で、組織は問題解決のために何ができるでしょうか。
まずは「してはいけないこと」から説明します。D&Iには真剣な深い対話で向き合うという考え方がありますが、有効な戦略とは言えません。対話が終わっても、ビジネスという仕組みの中でバイアスは日々伝わっていきます。
たとえば、大半の白人男性はほかのグループよりキャリアアップにつながる仕事に就きやすいことがわかっています。一方マイノリティーは、マジョリティーの男性の引き立て役として裏方の仕事をする働き蜂です。
こんな仕事環境だったら、日が暮れるまでインクルージョンについて話し合っても、成功する確立は低いでしょう。
なるほど。キャリアアップにつながる仕事に、女性やマイノリティーがアクセスできない仕組みは変わってませんね。
これまでの研究の結果、バイアスを遮断するためには、具体的な対策が必要であることがわかっています。ビジネスの場で目標を達成しようと思えば、尺度を考えて基準を決めて目標を設定し、達成までの進捗を把握します。
売り上げに問題があっても、「売り上げ啓発月間」を設定したり、売り上げの重要性を深く真剣に話し合うために、社員を集めたりしないでしょう。ダイバーシティの文脈でも、こんな対策は無意味です。
まずは具体策を実行してみて、そこから得られる尺度とエビデンスを使って、目標を達成するまで進捗を評価するべきです。
バイアスの遮断のために必要なツールを手に入れる
組織でバイアスを遮断しようと思ったら、まずどこから手を付けたらいいでしょう。
バイアスのパターンが理解できたら、仕組みを見直して、バイアスを断ち切る具体策を講じます。
適切な具体策は環境に大きく左右されるので、バイアスの遮断についてのウェブサイトを参考にしてみてください。人事考課、機会へのアクセスからワークライフの問題、コロナ対策まで幅広いビジネスの仕組みや状況に応じたオープンソースのツールキットを用意しています。
これまでに世界中の企業から22.5万回以上のアクセスがされている
バイアスの遮断に使える具体的なツールを教えてもらえますか?
もちろんです。たとえば人事考課でよく出現するバイアスをまとめた資料をある企業に渡して、社員に読み上げてもらったところ、その後の人事考課では、女性やマイノリティーの評価が上がり、昇進も増えました。声に出して読むのにかかった時間は、わずか10分ですよ!
場合によっては、バイアスがどう作用するかを理解するだけで十分なんです。あとは、通常のビジネスでも改善に使っているツールと尺度を使えば、企業のダイバーシティーの促進にも目に見えるインパクトが生まれます。
企画・執筆:Alex Steullet/翻訳:ファーガソン麻里絵/編集:高橋 団
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