メールやテキストメッセージを読んで「もしかして、わたしって責められている……?」と感じてしまったことはありませんか。
実は人間は、進化の過程でポジティブな要素より、ネガティブな面に敏感になりました。
組織でネガティブ・バイアスをなくすにはどうすればいいか? 組織コミュニケーションの専門家であるテッド・ゾーン教授博士に、サイボウズ式編集部のアレックスが取材しました。
※この記事は、Kintopia掲載記事「What to Do When Every Email and Text Message Starts to Feel Personal?」の抄訳です。
人間は、進化の過程でネガティブに敏感になった
新型コロナウイルスのパンデミックを経験するなかで、多くの人が文字をベースにしたテキストコミュニケーションだと誤解が生まれやすいと感じています。
これはなぜでしょうか。
コミュニケーションは完璧ではありません。プロセスには、常にあいまいさと解釈がつきまといます。
わたしたちはいつも足りない情報を補いながら、人とやりとりしているんです。
仕事がらみのテキストコミュニケーションで誤解が生じやすい理由は、いくつかあります。
まず力関係です。
たとえば、アレックスさんの取材に対するわたしの回答をどう解釈するかと、人事評価で上司からもらうコメントをどう解釈するかは、まったく異なるはずです。
なぜなら、「この人は自分をどう思っているか?」「真意は何だろう?」など、職場というコンテクストに合わせて自問しながら解釈するからです。
次に、テキストコミュニケーションでは、対面のコミュニケーションで得られるヒントが手に入りません。
対面で会話をすると、ボディランゲージ、表情、声のトーンなどすぐに反応が返ってきます。
わたしの回答に対して、アレックスさんが困惑した表情を浮かべれば「もう少し補足の説明が必要そうだ」と分かります。
でもテキストコミュニケーションでは、そうはいきません。
そして、社会的存在感の欠如もあります。
対面であれ、ビデオ越しであれ、人と話すときには相手の顔が見えるので、つながりが感じられます。
テキスト上には社会的存在感がないので、対面に比べて、チャットやメールだと炎上するようなメッセージを書いてしまう傾向があるのです。
テッド・ゾーン教授。マッセー大学コミュニケーション学部教授 。マッセービジネススクールの学部長、マッセー大学副総長補佐をはじめ、他大学でも数々の指導的な役職を歴任。組織コミュニケーション、組織変革プロセス、職場における幸福度の向上などを専門に、研究を行っている。コミュニケーションやマネージメントに関する定期刊行誌に数多く寄稿し、企業、政府機関、非営利団体へのコンサルテーションも行う。学術誌「Management Communication Quarterly」の編集責任者も務める
テキストコミュニケーションでは、どういうわけか人間味が失われてしまうと。
その可能性はあります。ネット上で辛辣な発言をしている人でも、対面だと悪い人ではないのはよくあることです。
社会的存在感があると、相手に順応しようという力が働きます。相手が親切だと、こちらも親切にしやすいんです。
コミュニケーションのあいまいさは、プラス・マイナスのどちらに作用してもおかしくなさそうです。
でも実際、ポジティブよりも、過度にネガティブに解釈することが圧倒的に多いです。
研究によれば、一般的に人間には「ネガティブ・バイアス」が備わっています。
進化の過程で、ポジティブよりネガティブな面に敏感になってきたのです。
ある晴れた日、美しい草原にいると、どこからともなくカサカサという音が聞こえてきます。
単なる風の音である可能性が高いですが、サーベルタイガーが潜んでいる可能性も捨てきれません。
サーベルタイガーだと判断して逃げる方が、生存率と子孫を残せる確率は上がります。
進化の過程では、ネガティブな情報に敏感であることで人は命拾いをしてきたのです。
例えば、上司から仕事に関するポジティブな評価が10あったとしても、ネガティブなことを1つ言われたら、そこに気持ちが集中してしまいます。それがネガティブ・バイアスです。
Eメールを使った研究では、客観的にみてネガティブな要素を含まないEメールでも、当事者はネガティブな要素を読み取ってしまうケースが多かったです。
少しでもマイナス要素があると、それが増幅されてしまいます。このプロセスを「ネガティブ増幅バイアス」と呼んでいます。
どうやってネガティブ増幅バイアスを測ったのですか?
ネガティブな感情を呼び起こした実際のEメールを用意し、さまざまな基準で点数をつけてもらったんです。
まったく同じEメールを中立の立場の人にも見てもらったところ、第三者の評価者は、まったくネガティブな要素を感知していませんでした。
一方で、多くの当事者はネガティブな要素を読み取っていることが分かったのです。
コミュニケーションをするとき、ただ単純にその場で言葉を交わしているだけではありません。過去に相手と交わした会話という下地があります。
以前に嫌な思いをさせられた場合は、相手からのメッセージを読み取るときにも、それが頭をよぎるでしょう。
どのメッセージも、人間関係と職場の文化という文脈の上で解釈されるのです。
役職者の冷たくて短いテキストメッセージは、バイアスがかかりやすい
テキストコミュニケーションで、ネガティブ増幅バイアスをやわらげるためにできることを教えてください。
読み手にネガティブな解釈をされたくなければ、過度にポジティブな書き方をすればいいのでは?と思ってしまいます。
それはお勧めしません。単に慎重に言葉を選んだり、ポジティブな表現を使ったりするだけでは不十分です。やり過ぎると、気をつかっているのが伝わってしまいます。むしろ「なぜこんなに気をつかうのか」と疑問に思われるでしょう。
もちろん、文章を書く際のマナーは守るべきですし、気をつけるべき点はあります。たとえばセンシティブな話題の時は、皮肉やユーモアは避けたほうがいいですね。
また、興味がありそうな人を全員CCに入れるのではなく、メッセージを読むべき人にだけ発信します。他者の前で、相手の面子を潰さないように注意しましょう。
組織の上に立つ人が冷たくて短いメッセージを送ると、バイアスがかかりやすいので要注意です。
たとえば「この資料を明日までに用意してください」というメッセージ。 客観的に見れば、ネガティブな要素は一切ありませんが、テキストコミュニケーションだと人間味が感じられません。
短くて冷たいメッセージの代わりに、受け手は血の通った人間だと理解して書いていることが分かるフレーズを加えてみましょう。
「プロジェクトで忙しいところ、無理を言って申し訳ないのですが」と加えれば、相手の時間も尊重していることが伝わり、ネガティブ・バイアスの低減にも役立ちます。
Eメールの書き出しによく使われる「いつもお世話になっております。」のように形骸化しませんか。
そうですね。単なる社交辞令ではなく、メッセージの受け手を個人として扱うことが大切です。
メッセージが誤解されないか心配なときは、電話やビデオ会議で話す方がいいでしょう。
大事なのは、相手とポジティブな関係を構築することです。
よくメッセージを送る相手とは、定期的に交流しましょう。信用さえあれば、コミュニケーションにあいまいな部分があっても、好意的に解釈してもらえる可能性が高まります。
「他者の感情を理解できている」と過大評価しないこと
メッセージの受け手が、ネガティブ増幅バイアスの罠にかからないためにできることはありますか。
まず、ネガティブ増幅バイアスは誰にでも起こる問題と認識しましょう。
研究によれば、人間は「自分には他者の感情を正しく理解する能力がある」と、過大評価しています。
わたしたちは他者を見抜くのが得意だと思っていますが、実際は違うんです。人間心理の基本的な側面を意識するのが第一歩です。
「人間は他者の感情を見抜くのが得意ではない」とのことですが、テキストコミュニケーションに限ったことでしょうか?どんなコミュニケーションにも当てはまりますか?
どのコミュニケーション形式でもそうですが、特にテキストのやりとりでは顕著です。
「メディア・リッチネス理論」では、コミュニケーションの形式を「リッチネスが高い・低い」と表現します。
もっともリッチネスが高いメディアは、対面形式です。声のトーンや身体的な動きだけでなく、触覚や嗅覚も使ってコミュニケーションします。
すべての感覚が一体となって活性化し、個人的なつながりが生まれることで、相手の感情を理解するための手がかりが増えます。
リッチネスがもっとも低いメディアは、テキストでメッセージを書くことです。感情を伝える手段がかなり限られるからです。
相手の反応はすぐに返ってきませんし、冷たい感じがして、相手の感情を読み取るヒントがほとんどありません。
もしコミュニケーションに対立の兆候が見えたら、よりリッチなメディアにやりとりの場を移すのが賢明です。
リッチなメディアを使ったとしても、メッセージの発信者が相手を不快にさせているのか、受け手が傷つきやすいだけなのか、意見が分かれることがあります。
発信者ができるだけ敬意を示そうと努力しても、真意とは逆に、受け手はネガティブな要素を読み取ってしまいますよね。
どう対処したらいいでしょうか?過敏に反応しすぎていることはありますか。
職場でのコミュニケーションとして何が適切で、何が不適切とするかの判断は、人それぞれです。
この違いは、個人の生い立ちや経験、文化的背景の違いなどに起因します。
多様な職場では、互いのルールを破ってしまうこともあるでしょう。ルール違反の深刻さにもよるので一概には言えませんが、不快に感じるコミュニケーションがあったら、まずは話し合いを始めてみてください。
そうです。
対話のなかで、自分が考える社会的マナーが客観的にも正しいのだと思い込んではいけません。
心を開いて話し合い、自分が適切だと考えることについては、できるだけ具体的な例を交ぜて相手に説明しましょう。
相手が最悪な人間だと思い込んだまま話を始めても、先へ進みません。
実際に顔を合わせて、「この前の言い方はキツくて面食らったよ」などと切り出してみてください。一杯飲みながらでもいいでしょう。
相手の言い分を聞けば、ネガティブな印象も少しはやわらぐと思いますよ。
マネージャーなどの第三者は、お互いの話に耳を傾けるように促す役割を
ポジティブな関係を構築するために相手と話し合うことが大切なのはわかりますが、話し合いができない、または話してもうまく行かないときもあります。
発信者は「自分のメッセージには問題がない」と確信している一方で、受け手は「どう見ても問題がある」と感じていることもあるはずです。
マネージャーなどの第三者は、どう対応すればよいでしょうか
職場で起きる衝突の多くに活用できるおすすめの解決プロセスがあります。
第三者の役割は、当事者がお互いの話に耳を傾けるように促すことです。両者を同じ場所に呼んで、こう伝えてみましょう。
「何が起きたかは2人ともご承知の通りです。ここでは、自分の意見を相手に説明してください。」
「ただし相手が話している時は、じっくりと耳を傾けてください。」
「話が終わった後、どんな理由や事情があって相手がそう思ったかを説明できるようにしておいてください」
対面のようなリッチなメディアを利用してコミュニケーションをとると、相手を理性的な人間として見やすくなります。
衝突を避けるために、マネージャーが発信者だけに焦点を当てて、穏やかな言葉づかいを勧めたり、相手を不快にさせる表現を慎むように呼び掛けたりすることが多いと感じます。
発信する側と受け手の両方に声をかけるべきだということですか。
必ずしもそうではありません。
すこしの調整で解決できそうなら、発信者に注意するだけで十分でしょう。明らかに送信者が問題を引き起こしている場合も同じです。
一般的には、どちらも話し合いに参加してもらうのが望ましいでしょう。きっかけをつくったのは一方でも、もう一方がマイナス要素を増幅させて対立をエスカレートさせてしまった可能性もあります。
気をつけなければならないのは、力関係です。もし自分が権力を持つ立場の人であればなおさら、話し方や対立が起こった時の仲介方法に気をつけなければなりません。
昔、あるドイツ人男性と東アジア出身の若い女性数名と働いていました。
ドイツ人は率直に批判や要求を伝える傾向がありますが、東アジア諸国の文化では無礼で攻撃的な態度と思われかねません。
ドイツ人男性は組織内で権力を持っている立場だったので、メッセージの受け手の女性は、かなりのストレスを感じていました。
当時、わたしは中立的な立場の傍観者だったので、起きていることや文化的な違いを認識して間に入ることができました。
ドイツ人を飲みに誘って、彼のコミュニケーションが周りにどう受け止められているかを話しました。一方の当事者だけに声をかけるのが最善だった事例の1つです。
質問をして事情を確認することから始めた方がいいケースもあります。
たとえば、自分の部下が同僚の気分を害してしまった場合、第三者のマネージャーが気づいていない事情があるかもしれません。
どちらかのせいだと決めつけず、まずは情報収集からスタートするのがいいでしょう。
ネガティブ増幅バイアスを知り、ポジティブなチーム環境を作ろう
ネガティブ増幅バイアスがよく起こる組織では、どんな対策をすればいいでしょうか。
まずは、
こうした問題がいかに起こりやすいかを認識してもらうことです。みな人間ですから、誰でもネガティブ増幅バイアスの罠にかかってしまう可能性があります。
次は、
会話や交流が多いポジティブなコミュニケーション環境を構築することです。あくまで任意のポジティブな交流で、強制するものではありません。
たとえばテキスト上のやりとりが多いチームでは、「ハッピーアワー」のような交流イベントをZoomで主催するのもお勧めです。
メンバーが仕事の緊張を解いて、気軽にお互いを知ることが目的ですから、参加・不参加は個人の判断に任せましょう。
チームの近況や進捗を共有する場として、朝会を定期的に開く手もあります。
わたしも、かつて働いていたチームメンバーと任意参加の朝会を開いていました。ほとんどが参加し、楽しみにしていた人も多かったです。
ぜひ自分の組織に合う方法を見つけて、ポジティブなつながりを構築してください。
組織内で発生するネガティブ増幅バイアスを抑制する方法は、それしかないのです。
企画・執筆:Alex Steullet/翻訳:ファーガソン麻里絵/編集:藤村能光/イラスト:髙野綾美
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