サイボウズ株式会社

社会課題に興味がないから、生みだせる企画がある。伝え方は「委ねる」くらいがちょうどいい──小国士朗×松田崇弥

この記事のAI要約
Target この記事の主なターゲット
  • 社会課題に興味のある人
  • 伝え方に悩んでいるビジネスパーソン
  • 福祉業界に関心のある学生
  • 現代のコミュニケーションに関心がある一般市民
  • アートと社会問題の交差点に関心がある人
Point この記事を読んで得られる知識

この記事は、小国士朗氏と松田崇弥氏の対談をもとにし、現代における社会課題の伝え方の重要性について考察しています。両氏はそれぞれ特異なアプローチで社会課題を扱い、誰もが関心を持ちやすい形で伝えることの難しさと可能性を探っています。小国氏はテレビのディレクターとしての経験から、メッセージを発信する努力と受け手に届かないことのもどかしさを語っています。彼が手がけた「注文をまちがえる料理店」や「delete C」の企画は、社会課題に直接的に興味を持たない層にも受け入れられるように意識したものであると説明しています。彼の考える「何これ!」という反応を重視する姿勢がユニークさを生んでいると述べています。

一方、松田氏は、知的障害のあるアーティストの作品を「ブランド化」することで、意識変革を図っており、伝わらないことの苦しさと社会的メッセージをどうブランド戦略と結びつけるかを試みています。彼は抗議よりもアートを通してリスペクトを生む仕組みを選び、社会に新しい価値を提案しています。

記事では、両者が現在の社会に対する思いを伝えるためにどのような工夫をしているか広範に論じられており、特に「伝える」ことにおいてはノリと誠実さのバランス、チーム編成の重要性、またこまめにメッセージを込めないことの必要性について語っています。最終的に彼らのメッセージや問いかけが、個人個人が社会課題を考えるきっかけになることを目指していることがわかります。

Text AI要約の元文章
働き方・生き方

社会課題に興味がないから、生みだせる企画がある。伝え方は「委ねる」くらいがちょうどいい──小国士朗×松田崇弥

社会に対して感じている思いを、多くの人に伝えていく──。世の中を動かすためには、「伝える」技術が欠かせません。

ですが100人100通りの生き方や考え方がある現代において、誰かを傷つけず、多くの人に適切に伝えていくことは難しい。そのテーマが「社会課題」といった、実際に誰かが悩み、苦しんでいるものであればなおさらです。

そんな中で、キラリと光る伝え方をされている方々がいます。それは、「注文をまちがえる料理店」「delete C」などの企画を手がける小国士朗さんと、知的障がいのある人々のアート作品をプロダクトに落とし込み、福祉領域のアップデートを試みる株式会社ヘラルボニーの松田崇弥さん。

おふたりとも、認知症やがん、福祉と、社会課題に対するアプローチをされている方々ですが、その伝え方はやさしく、あかるく、軽やかです。

おふたりをお迎えして、現代社会における「伝え方」についてお話を伺いました。

※この対談は、3月29日(火)にサイボウズ式YouTubeチャンネルで行った対談を記事化したものです。

昔は企画を作るのに精一杯で、「伝える」ことまで考えきれなかった

あかしゆか
おふたりは、「伝えたいのに伝わらなくて悔しかった」経験ってあるんですか?
小国士朗
もちろん! めちゃくちゃありますよ。

僕はもともとNHKのディレクターをしていたんですけど、まあ「伝わらないな」という実感の方が多かったですね。NHKっていうと、マスに届くイメージがあるかもしれないけど、そんなことなかったんです。

小国士朗(おぐに・しろう)。 2003 年NHK に入局。「クローズアップ現代」などのドキュメンタリー番組を制作するかたわら、150万ダウンロードを記録したスマホアプリ「プロフェッショナル 私の流儀」を企画。2017年に認知症の方がホールスタッフをつとめる「注文をまちがえる料理店」を企画し注目を集める。2018 年にNHK を退局し、小国士朗事務所を立ち上げフリーのプロデューサーとして活動。Cがつく商品からCを消して、その商品の売り上げの一部ががんの治療研究に寄付される「deleteC」など、手がけるプロジェクトは多岐にわたる。2022年3月に新刊『笑える革命』を上梓。

小国士朗
松田さんは、いま何歳ですか?
松田崇弥
30歳です。
小国士朗
NHKのテレビって見ますか?
松田崇弥
幼い娘がいるので、子ども向けのチャンネルは見ますね。でも、普通の番組はあんまり見ないです。

松田崇弥(まつだ・たかや)。 小山薫堂率いる企画会社オレンジ・アンド・パートナーズのプランナーを経て独立。2018年、「異彩を、放て」をミッションに掲げる福祉実験ユニット「ヘラルボニー」を双子で設立。岩手と東京の2拠点を軸に、福祉領域のアップデートに挑む。世界を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN」受賞。2021年4月、障害のあるアーティストの才能を披露する「HERALBONY GALLERY」を盛岡市にオープン。強烈なアイデンティティを持つ知的障害のあるアーティストのクリエイティビティをブランディングし、社会に新しい価値の提案を目指す。

小国士朗
そうですよね。僕も普段はあまり見ないんです。

このように、これから社会を変えていこう、作っていこうと思っている世代にはなかなか届かなくて。上の世代の方々は見てくださるんですけど、20代や30代の視聴率が当時は本当に低かった。

僕たちは、これからの社会に対しての課題を伝えたいと思って番組を作っていたので、一番伝えたい層の人々に届かないのは悔しいことでした。
あかしゆか
テレビ番組って、作るのにかなりの時間と労力がかかるじゃないですか。だからきっと、その先のことまで考えるってすごく大変ですよね。
小国士朗
そう、純粋に体力が持たないんですよ。「病気になるなら、番組の放送が終わってから」と決めていたくらい制作現場はハード(笑)。

でも、本当に大事なのは、作った「あと」なんですよね。届けるのが一番大事なわけだから。伝わらないことは、存在しないことと同じです。そこを頑張らなきゃいけないんだけど、番組を作っている最中は、作ることで精一杯でした。

だから僕が33歳の時に心臓の病気にかかり、番組制作をやめて、はじめて「伝えること」について向き合えるようになりましたね。

ブランド化した時に、はじめて「伝わった」と感じた

あかしゆか
松田さんは、伝わらなかったご経験はありますか?
松田崇弥
あります、あります。

僕には双子の弟がいて、さらに僕たち双子の上には4歳年上の兄がいるのですが、兄は重度の知的障がいを伴う自閉症なんですね。

10歳の時、弟が学校の授業で、「“うちの兄貴を馬鹿にすんなよ”って友だちに言いにいったら喧嘩になった」という内容の作文を書いたんです。
あかしゆか
怒りとともに、思いを伝えようとされた。
松田崇弥
はい。でも「怒り」って、衝突する行為じゃないですか。自分の怒りをぶつけるだけだと、一方通行になって伝わらなかった

そういう思いを、僕も弟もこれまでたくさんしてきました。だから、伝わらない苦しさは、僕たちの原点にあるのだと思います。
あかしゆか
そういった経験を経て、「伝えたいことが届いた」と思えたのは、いつだったのでしょうか。
松田崇弥
僕が最初に伝わったなと思ったのは、ヘラルボニーの前身となる、「MUKU」というブランドを作った時ですね。

4年前、知的障がいのある方が描いたアート作品をいろんなプロダクトに落とし込み、自社ブランドとして販売したんです。その時に、「これが本当にやりたかったことかもしれない」と思いました。

ヘラルボニーの活動の原点となったはじめてのブランド「MUKU」

松田崇弥
障がいや福祉の世界では、差別に対する抗議運動が繰り広げられ、それが社会を動かしてきたという歴史があります。けれど、僕たちは「抗議」ではなく、アートというフィルターを作って、知的障害のことをリスペクトする仕組みを作り、結果として認識を変えていくことを選んでいます。

そのためには、アートや福祉に興味がない人でも、純粋にかっこいいと思える「ブランド化」が必要だった。

だから、ぱっと見た瞬間に「かわいい! ほしい!」と言えるようなブランドが作れた時、理想的な形で世の中に伝えられると思いましたね。
あかしゆか
なるほど。でも、ブランドって一朝一夕に作れるものではないように思います。それなのにヘラルボニーは、ちゃんと確立されていてすごいなと思っていて。

そこに至るまでの過程は、どのようなものだったんでしょうか?
松田崇弥
紆余曲折ありました。リアルな話をすると、かなり借金しましたね……(笑)。でも、リスクを背負ってでも、世界観を作り込むことに投資しました。いつかいろんな方がついてきてくれるはずだと信じ、一歩ずつ進んでいって今があります。

社会課題に興味がないからこそ、生みだせる企画がある

松田崇弥
僕、以前から小国さんのことをすごく尊敬しているんです。

小国さんが作られる企画って、ものすごくカジュアルでチャーミングじゃないですか。「注文をまちがえる料理店」も「delete C」も。

「C.C.レモンのC消してるらしいよ〜」くらいの、こたつでみかんを食べながらする会話に出てきそうなこのラフさって、どういうところから生まれてくるんですか?
小国士朗
それは、僕自身が「社会課題に興味がない」ことが一番大きいと思います。

よく言われるんですよ。「小国さんは社会起業家ですね」とか、「社会課題が大好物ですね」って。
松田崇弥
(笑)。
小国士朗
いや、そんなわけないでしょう(笑)。僕は、本当に社会課題に興味がないんです。興味がないというか、普通に暮らしてる中ではあまり考えることがない。そして、そういう人がマジョリティなんじゃないかなって思うんです。

もちろん、がんや認知症を知らない人はいないと思います。だけど、そのことを四六時中考えてる人って本当に一部。それよりは、今日おいしいもの食べたいなとか、笑えるものないかなって考える人が大半だと思うんですよ。

だから、企画する時は、そんな「社会課題に興味がない自分」でも、「え、何これ?」と思える感覚をすごく大事にしています
松田崇弥
なるほど。
小国士朗
たとえば「delete C」だと、アメリカの「MD Anderson Cancer Center」というがんの有名な専門病院に勤めている医師の方の名刺を、僕の知り合いが見せてくれて。その名刺には、「Cancer」の部分に赤い線が引いてあったんです。

それを見た瞬間に、「何これ!」と、思わず名刺を手に取ってしまいました。そして「そうだ、Cを消そう!」と思いついたんです。

実際の名刺。「Cancer」に赤い線が引いてある

小国士朗
僕はその「何これ!」の角度を、「前のめり12度」ってよく言っているんですけど。
松田崇弥
もう少し、角度はありそうですけどね(笑)。
小国士朗
たしかに、45度くらいの時もある(笑)。まあとにかく、その「何これ!」が、delete Cの仕組みにつながりました。

だから、すべてはノリから生まれているんです。それが僕の軽さなのかもしれないですね。

「チーム編成」と「原風景」がとても大事

あかしゆか
でも、小国さんの企画には、「ノリ」だけではなく「誠実さ」があるように思います。

実際に企画を形にしていく上では、ノリだけでは片付けられない部分があると思いますが、そういったところはどう考えられているのでしょうか。
小国士朗
それは、「チーム編成」と「原風景」がとても大事だと思っています。

まずはチーム編成について。企画を形にする上では、「要石(かなめいし)」となる存在がすごく大事なんですよね。地震を起こさないようにする要石のような人。

僕は、社会課題に対してはまったくの素人なので、取り上げる課題についての第一人者の方を、絶対にチームに入れるようにしています。その人がいるからこそ、「これを言ったら誰かを傷つけてしまう」といったラインがわかるので、思いきった表現ができるんです。
あかしゆか
なるほど。もうひとつの「原風景」とは?
小国士朗
自分が実際に見た「原風景」を大切に、企画を作るということです。

たとえば「注文をまちがえる料理店」だと、僕は認知症の施設を取材している時に、実際に「ハンバーグとぎょうざが間違って出てきた」という体験をしているんです。その実際に見た風景が、企画につながった。

やっぱり社会課題の現場って、圧倒的に辛くて厳しい現実の方が多いんですよ。でもその中には、キラッと光る理想の瞬間がある。自分が実際に体験したその理想の瞬間をつかんでグッと引き上げる感覚を、とても大切にしています。

みんな、言いたがりすぎてるんじゃないかって思う

あかしゆか
最後に、おふたりが「現代の伝え方」について思うことはありますか?
松田崇弥
うーん。今って、世の中に「正解」のようなものがわかりやすくできている時代だなと思っています。

それは「SDGs」だったり、「ダイバーシティ」という言葉だったり。「その通りだよね」って思われる大きい社会の指針があるからこそ、発信にも正解が生まれてしまっているのかなと。

もちろん、それらの言葉や方針が、間違いなく社会を前進させています。でも、思考自体は前進しているのかって聞かれると、そうではないのかもしれない。
小国士朗
わかるなあ。だからこそ、僕は最近、メッセージを「込めない」ことも大切だと思っているんです。
松田崇弥
メッセージを込めない?
小国士朗
そう。「これが答えだ」って、言いすぎないということです。

映画で、上映前に監督が出てきて「この映画に私が込めたメッセージはこれです。はい、ご覧ください!」って言われたら、冷めてしまうじゃないですか?

なんでも、伝えすぎない方がいいんじゃないかって思うんですよ。……今日のテーマ「これからの伝え方」なのに、いいのかな(笑)。
あかしゆか
(笑)。
小国士朗
伝えたいことって、きっとたくさんあると思います。だけど、NHK時代、一生懸命になればなるほど伝わらないという不思議な感覚があった。だから、僕たちのメッセージを「どう委ねるか」の方が大切なのだと思うようになりました。

「注文をまちがえる料理店」も、「寛容な社会をつくろう」なんて一言も言っていないわけです。

大事なのは、「どう問いを投げるか」だと思います。これだけ外部環境が変わりやすい時代に、ワンメッセージ、ひとつのソリューションで生き抜ける気がしません。だからこそ、メッセージを込めすぎず、それよりは、おもしろい問いを投げかけたい。

問いには、いろんな答え方がある。たくさんの解き方が生まれる。それが少しずつ、社会を前身させていくんじゃないかなって思いますね。

企画・執筆:あかしゆか 撮影:高橋団

2018年2月28日その場にいる人が間違いを受け入れてしまえば、それは「間違い」じゃなくなる──菅原直樹×小国士朗

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執筆

ライター

あかしゆか

1992年生まれ、京都出身、東京在住。 大学時代に本屋で働いた経験から、文章に関わる仕事がしたいと編集者を目指すように。2015年サイボウズへ新卒で入社。製品プロモーション、サイボウズ式編集部での経験を経て、2020年フリーランスへ。現在は、ウェブや紙など媒体を問わず、編集者・ライターとして活動をしている。

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撮影・イラスト

編集部

高橋団

2019年に新卒でサイボウズに入社。サイボウズ式初の新人編集部員。神奈川出身。大学では学生記者として活動。スポーツとチームワークに興味があります。複業でスポーツを中心に写真を撮っています。

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