サイボウズ人事部の髙木一史は、「社員が閉塞感を覚えず、幸せに働ける会社をつくりたい」という想いから、初の著書となる『拝啓 人事部長殿』を2022年6月17日に上梓しました。
書籍ではテクノロジーを活用し、会社との多様な距離感・自立的な選択・徹底的な情報共有といった風土をつくることで、個人の幸せと会社の理想実現を両立できるのではないか、という仮説を提示。これを「インターネット的な会社」と呼んでいます。
この仮説をもとに、髙木がこれからの働き方について、多様な分野の方々と議論を交わす企画「20代、人事と向きあう。」がスタート。
今回の対談相手は、グループ全体で約24万人もの社員を抱えながら、「誰一人取り残されることなく活躍できる会社」を目指し、人事部門を率いてきたパナソニックグループCHRO三島茂樹さん。「多様性の受け入れと企業の成長戦略」をテーマとして、語り合いました。
より本質的な変革にチャレンジできる事業会社制
パナソニックは2022年4月から、従来のカンパニー制から事業会社(持ち株会社)制に移行しましたよね。移行して3か月ほど(※取材時点)ですが、感触はいかがでしょうか?
パナソニックが導入した事業会社制では、これまで社内カンパニーとしてあった事業組織を再編して7つの事業会社を設立。各事業会社が社会や顧客と向き合い、自主責任経営を徹底することで、競争力強化を加速させる
より本質的な組織変革ができるようになったと思います。
というのも、事業会社それぞれが「自主責任経営」のもとで、事業や現場に即した形で会社運営を進めていくからです。
これまではパナソニックとして1人のCHRO(最高人事責任者)だったのが、事業会社ごとにCHROが就き、権限委譲されていっています。よりお客様に近いところで意思決定がなされ、変革が起こるようになりました。
なるほど。でもグループ全体の人事トップである三島さんのお立場からすると、トップダウンで号令を出したほうが早いと思うことはありませんか?
うーん。実のところ、僕は時間がかかっても、遠回りでもいいと思っているんです。
三島茂樹(みしま・しげき)。パナソニック ホールディングス株式会社 執行役員グループCHRO 建設業・安全管理担当 CSR・企業市民活動担当。1987年松下電器産業株式会社 生産技術本部 総務部へ入社。00年に同社の人材戦略推進室 副参事に就任。その後、パナソニック ファクトリーソリューションズ株式会社、松下電器産業株式会社、パナソニック株式会社 ライティング社、エコソリューションズ社等で人事責任者を歴任。19年4月にエコソリューションズ社の執行役員 CHRO、コーポレート戦略本部 人材戦略部長に就任。22年4月より現職
各事業会社の人事が主体的に向き合うことによって、より現場に適した変革が進むからです。
事業会社制の場合、もしパナソニックホールディングスの立場で僕が組織や制度を変えるべきだと思ったら、事業会社の人事に、その重要性を一生懸命伝えなければならなくなります。
事業会社のみんなも自分ごとだから、腹落ちするまで真剣に耳を傾けるし、ディスカッションする。
そして、腹落ちしたら「自分たちの会社では、どうやって取り入れようか」と主体的に考え、動いていきます。
以前のトップダウンと比べれば、議論の分の時間はかかるかもしれませんが、結果的に各事業会社に最適化した取り組みが行われるので、より本質的な変革ができるようになるんです。
24万人の組織でもすべての社員の適材適所・適所適材は叶う
僕が以前いたトヨタ自動車の人事部では「現地現物」の考えのもと、社員一人ひとりの生の声を聞きながら制度を改善していくことを大事にしていました。
ただ、トヨタほど巨大な人数規模になると、コミュニケーションコストも莫大なものになるため、一人ひとりと徹底的に向き合うことは、難しいなと感じていました。
約24万人もの社員を抱えるパナソニックでも、現場の人事がどのような役割を果たすべきか、悩みそうです。
そうかもしれませんね。ただ、10人の組織でも、24万人の組織でも人事がやるべきことは「適材適所・適所適材」です。
100人100通りの仕事やキャリアを社員といっしょに考え、一人ひとりが活躍できるようにしていくのが人事の役割なので。
一般的には組織が大きくなるほど、一人ひとりをしっかり見ることができなくなり、適材適所・適所適材が難しいと考えられそうです。
三島さんは、どうして「大きな組織でも適材適所・適所適材はできる」と思うんですか?
髙木 一史(たかぎ・かずし) 。サイボウズ人事本部 兼 チームワーク総研所属。東京大学教育学部卒業後、2016年トヨタ自動車株式会社に新卒入社。人事部にて労務(国内給与)、全社コミュニケーション促進施策の企画・運用を経験後、2019年サイボウズ株式会社に入社。主に人事制度、研修の企画・運用を担当し、そこで得た知見をチームワーク総研で発信している。22年6月、若手人事の目線から日本の大企業への提案を取材しまとめた『拝啓 人事部長殿』を上梓
パナソニック(当時は松下電器)で最初に配属された、生産技術研究所の人事部での経験が大きいかもしれませんね。
研究開発って、「究極のセレンディピティ」というか、偶発性から成果が生まれることが多いんです。
一人ひとりの研究員のやりたいことや能力をとことん観察して、どんな仕事をしたらセレンディピティが生まれ、成果につながるか――そのマッチングを考えるのが、当時の僕の仕事だったんです。
まさに適材適所・適所適材を考えることが、キャリアの始まりだったわけですね。
当時、研究所には何人くらいいたのでしょうか?
1000人くらいですかね。僕の感覚だと、そのくらいの規模であれば、一人ひとりと向き合って個人と仕事をマッチングさせるのは、現場の人事としてやるべきことだと思います。
ただパナソニックでも、僕と同じような経験をしてきた人はほとんどいないと思うので、この感覚はあまり共感はされないかもしれません。
でも、いまパナソニックグループ全体では約24万人もの社員がいますよね。当時の研究所と比にならない人数ですが、それでもできますか?
できると思います。「大企業だから一人ひとりに向き合うのは難しい」という感覚は、僕個人としてはまったくなくて。
課題が大きすぎるなら、小さくしていけばいい。自分一人ではできないから、事業会社のCHROに託して同じことをやってもらう。各CHROもまた人事メンバーに託していく……。
そんなふうに同じ志を持つ人が協力し合って、一人ひとりと向き合うことができる人事が、グループ全体で240人いればいいわけです。
しかもこれって各事業会社のCHROや人事だけでやることじゃなくて、経営者と協働して取り組んでいくものです。
決して一人でやろうとせず、各事業会社の人事部や経営者も巻き込んでいく、と。
はい。これは、松下幸之助の「ものをつくる前に、人をつくる」という言葉が示すように、できるか・できないかではなく、当然やるべきことで。その重要性を経営者も認識しなきゃいけない。
どんなに組織が大きくなっても、役職が上がって現場が遠くなっても、人事として優先順位がもっとも高いのは、お客様や社会のために挑戦したいと願う社員一人ひとりが輝くための適材適所・適所適材です。
多様性を前提とした「選択肢」を用意することは、経営の優先事項
適材適所・適所適材を前提としつつも、組織再編やシステム刷新、幹部人材の抜擢、社内研修・ワークショップなど、人事の理想を成し遂げるための方法は多種多様ですよね。
そのなかで「人事制度」とは、三島さんにとってどういう役割ですか?
会社のパーパスを実現し、人を活かすための手段だと考えています。
パナソニックでは、「物と心が共に豊かな理想の社会の実現」というパーパスを掲げています。このパーパスを組織から人へとブレイクダウンしていくと、やっぱり働く人が多様でないといけないんですよね。
パナソニックでは競争力の強化を目指して、各事業会社による「自主責任経営」を徹底しています。
そこでは、社員一人ひとりが積極果敢に挑戦する「社員稼業」の姿勢と、社員全員が知恵を出し合い、トップが決めるべきを決める「衆知経営」が求められます。
この衆知経営は、声が大きい人だけが発言するのでなく、すべての社員が異なる意見を発言できるということが求められます。一人も取り残さず、すべての人が言うべきことを言えてはじめて実現したと言えるんですね。
「一人も取り残さず、言うべきことを言える」というのはシンプルでありつつも、すごく難しいことですよね……。
そうですね。これは会社側が多様性を前提とした「選択肢」をたくさん用意しなければ実現しません。
社員が10人いれば、強みもやりたいことも、仕事への向き合い方も10通りあります。その前提で社員を受け入れ、会社のなかでやりがいを感じ、働き続けられるように必要であればケアしていく。
それを実現するしくみこそが、人事制度なんですよ。
だから、一人も取り残されることなく、すべての社員が働きがいを持てる会社になるためには、人事制度を多様化・柔軟化させなければならない。
そのために人事戦略をつくり、既存の制度を変えていかなきゃいけない。人事が制度を変えていく覚悟がないと、ミスマッチばかり起きてしまうので。
そして制度やポリシーをつくったり、変えたりしたら、それで終わりではありません。制度などの仕組みのハード面と、それを運用する組織の文化や一人ひとりの想いなどのソフト面、その両面で取り組んでいく必要があります。
一人ひとりの多様さを受け入れて、「衆知経営」を実現していくということを皆が信じられている状態があってこそ、手段としての人事制度が活かされます。そこまでやりきらなければならない。
「人事制度に多様性を取り入れるのはめんどくさい」と言っている場合ではない、と。
はい、これは経営の優先事項です。個人が人事制度に合わせるのではなく、人事制度がお客様や社会のために挑戦したいと願う社員一人ひとりに合わせられるようにする。
そうして会社が社会の多様性を取り込まなければ、これから先とても生き残ってはいけないでしょう。
人事制度の運用を進めるには、現場のマネジャーが自発的に変わっていく仕組みが必要
とはいえ、会社が新しい人事制度を取り入れても、現場のマネジャーが「副業なんかしないで、もっと本業をがんばってくれ」とか言いだしたら、運用が進まなくなりますよね。
そういう現場マネジャーのマインドまで変えるには、どうすればいいと思いますか?
これは悩ましいところですが、自ら気づき、自発的に変わっていくしくみがあればいいかな、と思っています。
たとえば、「アンコンシャス バイアス」についての取り組みがまさにそうで。いまは各事業会社で研修を受けた100名以上のメンバーを「アンコンシャス バイアス社内アンバサダー」に認定しているんですね。
そのメンバーが国内の社員に毎年「アンコンシャス バイアストレーニング」と呼ばれるワークショップを行っています。
ええ。まずはアンバサダー自身が、肌感を持って「自分のなかにもアンコンシャス バイアスがあったんだ」と気づく。それを社内の階層に関係なくすべての人に同様の気づきを得られるように働きかけていく。
理屈で分かったつもりになっていても、「はっ」とする経験が自らにあれば、そこから変えていけるものです。
マネジャー自身が気づけば、不用意な上司の言動で傷ついてデモチベートされたとか、成長機会が阻害されたということが確実に減っていくと思うので。
その感覚を大事にして各事業会社でワークショップを行い、そういう人たちが全国に散らばって同じプログラムを伝えていけば、各事業会社の突破口になっていくはずです。
たった一人の社員から経営は変わる。若手にこそトップへ働きかけてほしい
僕もつい最近、自分のなかのアンコンシャ スバイアスで失敗したんですよ。
でも現場のメンバーが指摘してくれたおかげで、自分の無意識の思い込みに気づけました。
早く出社したある朝、本社の人事部の若手社員にたまたま会ったんです。そのとき、「この仕事もうちょっと急いで仕上げてよ」と言ったんです。
普段そんなことは言わないんですが、僕自身、すごく“いらち(せっかち、気が短い)”で、その若手社員も朝早くに来ているもんだから「仕事第一でハードに働いて、ちょっと休む」みたいな価値観だろうと思って、つい言ってしまったんです。
そうしたらその若手社員がチームのミーティングで「三島さんは『ウェルビーイングだ、ワークライフバランスだ』と言っていても、本心では違う」と言ったらしくて。
結果的に、無意識の思い込みが原因で異なる価値観を押し付ける形になってしまったんですね。
後でその若手社員の上司が僕のところにやってきて言うわけです。
「あるメンバーが三島さんの言葉を聞いて、えらく失望しています。三島さんがめちゃくちゃ働くのは知っていますが、いろんな人が三島さんのメンバーにもいるので、時や場所、言い方に気をつけてほしい」と。すごく真剣に。
ええ。本当にありがたいことですし、これこそが僕たちの掲げる、「社員稼業」「衆知経営」だと思いました。
それで、僕は「申し訳なかった」と謝って。個人としてそういう価値観があったとしても、言う場所やタイミング、言い方には気をつけなきゃいけないとすごく反省しました。
現場の若手から、そういうフィードバックが届くのがすごいですね。
ほんの3~4年前まではこういう雰囲気はなかったんですよ。だけど、変わった。何よりも僕自身が変わらなければという意識になった。
僕にきっかけをくれたのは、ある若手メンバーでした。僕の直属のチームメンバーだったんですけど、彼の動きは当時の僕の固定観念を超えたものばかりだったんです。
なので彼をうまくマネジメントできていたかはわかりませんが、彼の活動を見ていて、部署や組織のボーダーをまったく感じずに物事を進められるんだなぁと、感銘を受けて。彼と仕事をして、僕は人事としてひと皮剥けたと思います。
たった一人の若手社員がトップに大きな影響を与えたと考えると、すごいことですね。
たぶん、彼は「三島さんを変えると若手にとって得だぞ」と思っていたんじゃないかな。
いまの時代、世の中の大半の人事トップは変わらなきゃいけないということはわかっていると思います。
でも、どう変わっていけばいいか見えていない。あるいはパナソニックのように日系の多くの社員を抱えているような場合、そのなかで若手にどうアプローチしていいかわからず、十分に対話できていない面もあるかもしれません。
だから逆に、若手から勇気を持ってどんどん対話してほしい。若手にこそトップを変える力があるので。
それは若手にとって、大きな希望になる言葉です……!
ありがとうございます。でも、日本企業が成長曲線を描けていない先行不透明な時代に、現場社員の話に耳を傾けない人事トップがいるなら、むしろその会社は大丈夫なのかな、と思いますね。
「一人ひとりを見る」しくみこそ、これからの時代の競争力だ
『拝啓人事部長殿』というこの書籍のタイトルには、さまざまな大企業の人事でもっとも偉い立場にいる方に、僕の提案を伝え、議論したい、という意味をこめています。
パナソニックという大企業でCHROを務める三島さんに改めてお伺いしたいのですが、こうした人事・組織面での改革を進めていくにあたって、人事トップの役割とはどのようなものになると考えていますか?
人事トップの役割は、お客様と従業員を第一とする姿勢を示し、その考え方・価値観を浸透させ続けることです。
だから、現場の一人ひとりを見て、彼らの話をもっと聞かなきゃいけない。
うんうん。それが適材適所・適所適材を実現させる第一歩であり、土台となりますよね。
そうです。世の中が変化し、一人ひとり多様なバックグランドを持っています。それは新しく入ってくる若手だけでなく、いまいる社員も同じ。多様な部分を隠したまま、働いているかもしれない。
そこに選択肢を提示することで、社員の隠れた個性・能力・可能性が解放され、それが集まることでビジネスの強みとして出てくるはずなんです。
だからこそ、「一人ひとりを見る」しくみこそが、これからの時代の競争力になる。むしろ多様性を取り入れられなければ、会社の寿命は短くなります。
持続可能な会社経営に向けての改革が必要なのだと、人事トップが説き続けなければならないと思うんですよね。
多様性を取り入れ、生かしていくことこそが、これからの企業においての成長戦略につながる、と。
それは書籍で提案している「インターネット的な会社」にも通ずるところで、本当に同意します。
本日三島さんにお話いただいたことや僕の書籍をきっかけに、人事トップや若手、会社全体、あるいは社会全体で議論が始まっていったら、とてもうれしいです。
改めて本日はありがとうございました。
『拝啓 人事部長殿』(著:髙木一史)
トヨタを3年で辞めた若手人事が、「どうすれば日本の大企業の閉塞感をなくせるのか?」という問いを掲げ、その回答を手紙形式でまとめた1冊。12社への制度事例の取材、日本の人事制度の歴史、サイボウズの変革の変遷を学ぶなかで見つけた「どうすれば会社は変わっていくことができるのか?」「これからの組織に必要なものはなにか?」を提案しています。
企画:高部哲男(サイボウズ)/執筆:石川香苗子/編集:野阪拓海(ノオト)/撮影:栃久保誠
20代、人事と向き合う。
人事の仕事とはなんでしょうか? サイボウズの20代若手人事の髙木一史は、人事の仕事は「会社の理想と個人の幸福を両立させること」だと先輩たちから教わってきました。しかし、いま会社の理想も、個人の幸福も多様化し、唯一の正解を見つけづらい時代になってきています。そんな中で、これから会社はどう変わっていったらいいのでしょうか。6月17日に人事に関する書籍『拝啓 人事部長殿』を上梓した髙木が、若手なりの視点で掘り下げます。
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