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「逆境をのりこえたら成長できる」とは限りません

この記事のAI要約
Target この記事の主なターゲット
  • ビジネスパーソン
  • 学者
  • 心理学に興味がある人
  • 逆境を経験している人
  • リーダーシップを学びたい人
Point この記事を読んで得られる知識

この記事では、「逆境が人を成長させる」という一般的な信念について考察しています。逆境が必ずしも成長に繋がるとは限らないという見解が示されており、逆境の多面性や、逆境を克服するための手法について心理学的な観点から解説されています。

アメリカ文化における逆境の捉え方が特に取り上げられ、逆境を「What doesn’t kill you makes you stronger(あなたを殺さないものはあなたを強くする)」という考え方で捉えることの利点とリスクについて述べられています。逆境が持つポテンシャルなメリットとして、対処法を学ぶ力やメンタルモデルの発達が挙げられますが、一方で過度のストレスや社会的プレッシャーも伴うために、精神的に厳しい兆候を示すこともあるとされています。

さらに、逆境を乗り越えたという言い分が、人々にとって単なる対処メカニズムだという見方も紹介され、心理的健康に対する影響が論じられます。また、社会的支援の重要性と、その支援が逆境を乗り越える力にどのように寄与するかも解説されています。

最後に、職場における心理的安全性とフィードバック文化の重要性に触れ、失敗を受け入れ、健全な成長を促す風土を醸成するためのアプローチが紹介されています。

Text AI要約の元文章
働き方・生き方

「逆境をのりこえたら成長できる」とは限りません

「逆境が人を成長させる」──これは、わたしたちが仕事をしていくうえで、大切な考え方かもしれません。確かに、逆境が成長の機会になることがあります。

しかし、過度な逆境はストレスになり、成長をかえって妨げてしまいます。

逆境に対して、どんな関わり方をしていけばいよいのでしょうか。心理学教授であり、逆境への対応に詳しいエランダ先生に聞きました。

※この記事は、Kintopia掲載記事「Not Every Bad Experience Has To Be an Opportunity for Growth」の抄訳です。

逆境の多面性

アレックス
「逆境は人を成長させる」と考える文化は多いようですが、アメリカ文化では、この考えを「What doesn’t kill you makes you stronger(わたしの息の根を止めることができないものは、かえってわたしをいっそう強くする)」と表現しています。 この考え方はどのくらい浸透しているのでしょうか。
エランダ
特に浸透しているわけではありません。「逆境は人を成長させる」というのは、実は、非常にアメリカ的な考え方なんです。ほかの文化圏に比べると、逆境を経験する機会そのものが少ない、アメリカの特殊な文化環境で生まれました。

エランダ・ジャヤウィクルマ。ウェイク・フォレスト大学ハロルドW.テリブル心理学教授、リーダーシップ&キャラクター・プログラムの上席研究員。フランクリン&マーシャル・カレッジにて文学士、ペンシルバニア大学にてポジティブ心理学および社会・人格心理学の博士号を取得。心的外傷後の成長、個性、人格、心身の健康と幸福を中心に研究活動を行っている。ウェイク・フォレスト大学優秀研究員賞(2018年)、科学的心理学協会新人賞(2015年)などの受賞歴を持つ

エランダ
アメリカの歴史を考えてみるとわかりやすいでしょう。国民の大半は、迫害を逃れて渡米した移民の血を引いています。「無限の可能性に満ちたアメリカをできるだけ謳歌しよう」と思ってアメリカにやってきた人たちです。

その反面、強制的にアメリカに連れてこられた祖先を持つアフリカ系アメリカ人などのコミュニティでは、もっと別のニュアンスで逆境の役割をとらえています。逆境を、自分を成長させるツールと考えるのではなく、それを克服するための努力や対処法について語ることが多いようです。
アレックス
逆境をよく経験する、しないという話が出ましたが、逆境は測定可能なんでしょうか。

たとえばクリーニングに出した衣類がなかなか返ってこない時、僕にとっては苦痛の種になっても、ほかの人にしてみれば問題とすら感じないケースもありますよね。
エランダ
研究者として用語の定義は欠かせませんが、簡単ではないのも確かです。

逆境を研究するときには、対象者が経験した「不都合な出来事」を特定するためにチェックリストを渡します。チェックリストには、研究者が考案した「人が逆境だと感じやすい特徴」が書かれています。クリーニング屋での体験が、その特徴に当てはまらなければ「逆境ではない」と認識できます。
アレックス
チェックリストで、あるレベルに当てはまらなければ、その体験は逆境ではない、と。
エランダ
ただアレックスさんが指摘してくれたように、個人の受け止め方も大事ですし、人によって受け止め方も違います。大昔に体験した不都合な出来事を忘れてしまっていて、チェックリストから漏れてしまうことだってあるでしょう。

定量的な研究では、多数の母集団を横断的に比較できるデータを収集するために妥協も必要です。さもないと対象者一人ひとりに臨床的なヒアリングを実施して深堀りする必要がありますが、それは大規模な研究では不可能です。

成長というプレッシャー

アレックス
逆境に直面したときに「これがわたしを成長させてくれるんだ」という受け止め方をすると、どんなリスクがありますか。
エランダ
まず、逆境に直面したとき、それを克服するだけでなく、学びまで得ようとするとストレスが増幅しかねないと思ってください。

また、逆境の結果として成長したと訴えるのは、単なる対処メカニズムだという事実もあります。

逆境に直面したとき、人はそこから学んだと自分に言い聞かせて日常生活への影響を最小化しようとします。複数の研究から、成長を高く意識する人ほど精神衛生的に良くない兆候を示すことが分かっています。
アレックス
逆境を学びの機会だと捉えると、気づかぬところでストレスになるんですね。
エランダ
このような受け止め方は、社会からの期待に沿った反応に過ぎないという問題もあります。「逆境によって成長した」と言うのは、そう言うべきだと思い込んでいるからなんです。

アメリカでは、逆境を「時間をかけて、もっと強く、もっと成長した自分になって戻ってくる」という言い方で表現することがよくあります。 「調子はどう?」と聞かれたら「元気だよ」と答えるべきという社会的プレッシャーに似ています。

逆境を経験するメリット

アレックス
逆境から生まれるメリットは、研究で実証されていますか。
エランダ
ある程度の逆境を経験すると、その後の回復力に繋がると示唆するエビデンスはあります。

たとえばニューヨーク州立大学バッファロー校のマーク・シーリーの研究では人生において逆境を経験しないより、したほうが良いと結論付けています。対処方法を身に付けるのに役立つからです。困難な経験は、将来の困難に立ち向かうためのメンタルモデルの発達につながります。
アレックス
将来、何らかの困難に出会ったとき、過去の経験が役立つわけですね。
エランダ
ただ加減も大切です。逆境の有益性が失われてしまう一線があるんです。

特にヨーロッパにおいて幼少期に経験する逆境についての調査が行われています。子どもが逆境に直面すると、その特定の状況に対する対処法は学習しますが、状況が変わるとその対処法を適用できなくなってしまいます。

たとえば脅威に満ちた危険な環境で育った子がいるとしましょう。脅威に気づいて反応するために、注意を向ける先を変えるのは上手になります。ただその子が集中したり、ひとつの課題に長時間費やしたりする状況に置かれれば、苦戦する可能性が高くなります。

ひとつの状況下で培った対処方法を、必ずしも別の状況で活かせるとは限らないんです。
アレックス
つまり困難な経験をしても知恵がつくとは限らないと。
エランダ
現時点では「逆境の克服によって知恵がつく」という考えを裏付ける強力なエビデンスはありません

逆境をコントロールする力と社会との結びつき

アレックス
それなら、逆境を「克服すべき課題」と考えてもあまり意味はなさそうですね。困難な経験をプラスに転じさせる方法はありますか。
エランダ
それに役に立つ要素はいくつかあります。

まず、苦難をコントロールできる状況だったのか、または自分で自分を苦難に追い込む選択をしたのか考えます。

明らかに被害者の立場であっても苦難をコントロールできると考える人のほうが、回復が上手くいくというエビデンスがあります。実際にコントロールできなくても、コントロールできると考えるだけで結果が好転する確率を上げるのには十分なのです。
アレックス
「この逆境は、自分の意思でコントロールできる」と思えると、反応が変わるわけですね。
エランダ
たとえば、危険に身をさらす可能性があると知りながら、軍隊に志願する人がいたとしましょう。何か悪いことが起きたとき、それを自分でコントロールする力がほとんどなかったとしても、個人の意思に反して徴兵された人と志願した人の態度は、まったく違うかも知れません。

もう一つの大切な要素は、社会からの支援です。社会から手厚い支援があると認識していると、逆境から立ち直るのに非常に有益だと示唆するエビデンスがあるんです。似たような体験をした人と話すと、自分の身に起きたことを整理する糸口になります。
アレックス
アメリカ文化では「自力で何とかする」という意識がある反面、「みんなで乗り越えよう」という強い連帯感が生まれることもあって面白いですよね。
エランダ
本当にその通りで、それがアメリカで多くの帰還兵が苦労する原因の一つでもあります。

戦地では似たような経験を持つ兵士の存在が助けになりますが、帰還後にいっしょに過ごす家族や友人の多くは同じような経験をしていません。支援のネットワークがあっても「自分の体験は誰にもわかってもらえない」と考えて孤立してしまいます。

社会的結束にはメリットもありますが、同時に外集団を作り出してしまう危険も認識すべきです。たとえば同時多発テロの後、アメリカ人は政治的イデオロギーを超えて共通の敵に向かって結束し、国内では社会的結束がテロ攻撃のトラウマに対処する一助となりました。

ただ「わたしたち」が生まれれば「彼ら」も生まれる危険性があります。 アメリカ人が一致団結した結果、外国人やイスラム教徒への恐怖心が高まりマイナスの影響も生まれたんです。

成長に失敗は付き物

アレックス
日常生活で直面する困難について話をさせてください。

いまでも仕事の場では「ストレスだらけの過酷な環境に身を置けば、学習し成長できる」と考える人が多いようですが、本当にそうなんでしょうか。
エランダ
失敗とそこからの学びこそが唯一の成長方法なので、職場は試練の場であるべきという感覚は間違いなく存在します。

仮定としては理に適っていますが、失敗から学びを得るのが苦手な人もいるわけです。

失敗を相手の理不尽さのせいにしたり、不当な職場環境のせいにしたりして保身に走るのは、よくあることです。 本人の主張が正しいこともありますが、自分が思うほど仕事ができない現実から目を背けるメカニズムが働いているケースもあります。
アレックス
そういう反応を和らげる方法はありますか。
エランダ
「ここが間違っていましたね。どうすれば成長できると思いますか」と尋ねるだけでは不十分です。 失敗を反省するツールが必要です。

もうひとつ、自分ごと化しないというアプローチもあります。自分の失敗を反省する代わりに、他人の失敗について考えさせたり、外部の第三者の視点を取り入れたりしてもいいでしょう。どちらの場合も目的は、自我を取り除くことです。

もうひとつのアプローチは、わたしの共同研究者であるエマ・レヴィーンとタヤ・コーエンが提唱している「善意ある率直さ」です。必要な変化を強調しつつ、相手の自尊心も守りながらフィードバックを与える方法です。現在の能力を認めて改善の意欲をかき立てます。

たとえば「簡単ではないのはわかりますが、改善するスキルは持っているはずです。なぜなら──」と切り出します。 失敗は付き物で過ちを正直に認めさえすれば、失敗を乗り越える道は開けるという風土をつくれます

「ヤワ」な世代?

アレックス
最近では失敗を特別視せず心理的安全性の確保を強調する職場がたくさんあります。失敗に寛容になりすぎて、逆境が足りない状況はあり得ますか。
エランダ
職場環境が安全になりすぎる心配をする必要はないと思いますよ。それより大切なのは、目的意識です。安全な職場をつくる目的は何なのか、目的と一貫性のあるフィードバックをどのように提供できるのか、などです。

心理的安全性の目的を「誰も傷つけない」とか、「グループ内の意見の不一致を最小限にしよう」などと定義づけても、オープンな議論の妨げになって役に立たないと思います。

それよりも出自、性的志向、所属する特定のコミュニティなどを理由に軽視や攻撃の対象にしないことです。

次に善意ある率直なフィードバックを提供すれば心理的安全性が確立できます。わたしのチームの研究によると、一般的に人が必ずしも率直なフィードバックをしたがらないのは、相手の感情を傷つけるのを恐れているからです。

厄介な話を避ければ短期的なメリットは得られますが、それと引き換えに重要な情報を共有しないという長期的な代償を払っているんです。これは心理的安全性へのアプローチとしては好ましくないと思います。
アレックス
年齢が上の社員と比べると若い社員は、逆境を跳ね返す力が弱くて傷つきやすいという話をよく聞きます。実際にそうなんでしょうか。
エランダ
裏付けはありませんが、若い世代の傷つきやすさを示す事例はたくさんあります。

わたしが育ったスリランカでは、大人の目がほとんどなくても子どもたちは走り回ったり遊んだりしていましたが、いまはもっと過保護に育てられていると感じます。直感的に子どもには幼いころから自分で進む力を身に付けて、対処術を学んで欲しいと思うものです。

ただ研究を見てみても、若い世代のほうが繊細だと示す根拠があるとは言えないと思います。こういった主張は、数年おきに繰り返されるものなんです。昔から若者の心を蝕む「何か」を非難する声はありました。
アレックス
「何か」とは?
エランダ
たとえば1930年代なら新聞、60年代はテレビ、80年、90年代はビデオゲーム、そして、いまはアプリです。

わたしも世代ごとに違いはあると思います。スマホやアプリを利用する若者は、確かに影響を受けています。ただトータルで考えた時に、これが吉と出るか凶と出るかはまだわかりません。

テクノロジーを賞賛してさらに推進する、もしくは嫌悪して排除する──このどちらか一方に偏った思い込みは危険です。

世代によって経験する逆境の形は変わっても、逆境である事実は変わらないことを忘れてはいけません。苦難に直面する場所がオンラインに移ったからといって、若い世代がほかの世代より傷つきやすい、あるいは逆境を経験する機会が減ったわけではないのです。
2022年7月14日広い心をもって耳を傾ける組織こそが、「変化への恐怖」を乗り越えられる
2022年5月24日「超男性的」な社風は、男性も苦しめる
執筆:Alex Steullet/翻訳:ファーガソン麻里絵/編集:竹内 義晴

変更履歴:インタビュイーのカタカナ表記が誤りだったため、アイキャッチ画像と本文内のお名前を変更しました。(2022/12/08 12:00)

変更前:エランダ・ジャヤッカマー

変更後:エランダ・ジャヤウィクルマ

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執筆

撮影・イラスト

イラストレーター

株式会社ナニラニ

2005年創業の“デザインコンサルティングファーム”。(ディレクション:株式会社ナニラニ 荻巣 貴也、グラフィックデザイン:コネクト株式会社 松澤 美代)

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編集

編集部

竹内 義晴

サイボウズ式編集部員。マーケティング本部 ブランディング部/ソーシャルデザインラボ所属。新潟でNPO法人しごとのみらいを経営しながらサイボウズで複業しています。

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