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- 技術者
- 自動車業界関係者
- 新サービス開発に興味のある人
- 自動運転技術に関心のある人
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この記事を読むと、2019年に開始された「リクエストプロジェクト」が明らかになります。このプロジェクトは、2030年のCASE社会における新しい移動体験を創出するために、自動車部品サプライヤーによる新規事業として展開されており、移動を「冒険」として楽しめるようにするコンセプトに基づいています。具体的には、「リズムプラットフォーム」と呼ばれる、さまざまなサービスやアプリケーションが集積された基盤を開発し、移動に対する価値観を変えようとしています。
また、このプラットフォームはカーナビシステムなどから得られるリアルタイムデータを活用し、ユーザーに適した情報を提供するものです。プロジェクトチームは、米国のスタンフォード大学とコーネル大学の研究者と連携して社会心理学の知見を取り入れ、ユーザーの心理状態を把握し最適なサービスを提供する試みを進めています。
開発の現状としては、サーバ設計やシステム構築、実証実験を通じてデータを集め、ユーザー体験を豊かにするために繰り返し試行錯誤しています。今後は、リズムプラットフォームを広く使われる存在に育て、移動そのものがワクワクする体験となる世の中を目指しています。
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5年前、CASE社会を見据えたサービス開発はすでに始まっていた
―まず、みなさんが取り組んでいる「リクエストプロジェクト」について教えてください。
T.W:2019年に、当時の社長発案による「2030年のCASE社会向けの新規事業を考えるプロジェクト」としてスタートしたもので、文字にすると「Re:Quest」と書きます。移動を通して冒険を繰り返すといった意味合いですね。
K.A:来るべき自動運転社会に向け、私たち自動車部品サプライヤーに何ができるのか。そのひとつの回答として立ち上げられ、移動に対する価値観を転換してしまう新しいサービスプラットフォームの開発を目標に置いています。
T.W:「移動を冒険に変える」をコンセプトに、十数名のメンバーで開発を進めている真っ最中です。
―サービスプラットフォームとは一体?
K.A:自社を含めさまざまな事業体のみなさんに使ってもらうための基盤のことで、さまざまなサービスやアプリがこのプラットフォームでひとつにつながり、新しい移動のあり方を実現するためのインフラとなるものです。
T.W:私たちはこれを「リズムプラットフォーム」と呼んでいます。プレスリリースも出していますのでよろしければ検索してみてください。
―わかりました。それにしても、新しい移動のあり方とはどのようなものですか?
T.W:移動って一般的に面倒だとか億劫だとか、ネガティブな印象も含んでいますよね?その認識を180度変え、移動そのものが楽しみになる世の中をつくれないだろうかという試みです。
K.A:実は5年くらい前から、前身となるプロジェクトが動いていたんですよ。CASEという言葉が世の中に浸透する前のことです。
T.W:私とK.Aさんはその頃から次世代のモビリティ社会のためのサービス開発に携わってきました。その経緯もあってこのプロジェクトに任命され、今回はリーダー的な立場で推進役を担っています。
―私たちにどのようなメリットがあるサービスなのですか?
K.A:例えばスマートフォン向けのアプリやカーナビ、さらにはカメラや各種センサを搭載したコネクティッドカーから得たデータをプラットフォーム上に集積させます。すると、どのような志向をもつユーザーがどこに向かっていて、どのような状態にあるのかがわかるので、各ユーザーが自分に必要な情報をリアルタイムに受け取ることができるメリットなどがあります。
T.W:スマートフォンで検索するだけでは見つからない穴場スポットを知ることができたり、地域情報のガイド機能で車内に会話のネタを提供したり、移動中にご当地商品のショッピングができたり、乗員の嗜好にマッチしたエンタメコンテンツを楽しむことができたり・・・。
―それは例えば、道中のグルメ情報を教えてくれるとか、そういうことでしょうか?
T.W:そうですね。まずはそういった広告コンテンツの配信から実証実験をはじめています。
乗員の心理状態を読み取ることで、最適なサービス提供を
―ただ、正直なところ、そういったサービスは既にありそうな気がするのですが・・・。
T.W:ええ。まったく同じものはないにしても、競合が多い分野ではあります。実験的なプロジェクトですので現段階ではっきり言えない部分もありますが、もちろん当社ならではといえる特長をもっています。
―それは一体?
K.A:当社の製品のひとつにカーナビシステムがあります。その開発過程において「運転コスト」という考え方があるんですね。例えば曲がりくねった道では運転コストが高く、まっすぐな道だと運転コストが低いと捉えます。要するにドライバーにかかる負荷を推し量るもので、リアルタイムにこのコストを推定しながらカーナビを制御しているわけです。
T.W:何故こんな指標があるのかというと、コストが低い状態のときに経路情報を渡した方がドライバーは受け取りやすいからです。カーナビのアナウンスの前に鳴る「ポーン」っていう音も、周辺の道路状況を考慮しながら最適なタイミングで鳴らすよう制御しています。このあたりのノウハウはあまり他社にはないと思います。
―なるほど、相手が受け取りやすいタイミングで情報配信ができるというわけですね。
K.A:はい。どれだけ有益な情報でも、運転中に受け取れなければ意味がありませんからね。それともうひとつ特長があって、当社は5年前から米国のスタンフォード大学とコーネル大学の研究者から社会心理学を学び、その知見を製品やサービスの開発に活用しているんです。
―社会心理学?それはまたどうして?
K.A:ユーザーが本当にうれしいと感じる体験を提供したいからです。これは会社全体の方針で、今回のプロジェクトにも心理学的アプローチを多く導入していて、例えば移動距離や時間によって変わっていく心理状態をデータとして捉え、提供するサービスの内容に反映していくことなどを考えています。
―えっ、どうやってドライバーの心理状態を把握するんですか?
T.W:出発前から目的地に到着するまでの間にどのような心理変容が起きるのか、まず仮説を立てます。キャンプに行く時、ゴルフに行く時など、複数のシナリオについて検討し、どんな情報をどのタイミングで提供するのか、それによって車内がどう反応するのかをモニタリングするテストを重ね、乗員の心理状態を見える化していくということを今やろうとしています。
K.A:もうひとつの方法として、配信した情報に対する車内の反応を、車載カメラやマイクによりモニタリングすることも検討しようとしています。
1秒が命取り。サーバ開発者の人知れぬ苦労とは
―現状で開発はどこまで進んでいるのでしょうか?
T.W:現在は実証実験でデータを収集している最中です、スタートして1年なので、開発はまだまだこれからといった状況ですね。
K.A:とにかく企画、試作、実験、分析の繰り返しですね。ただ、すでにアプリケーションの開発や、システムの設計・構築も始まっていますよ。
―なるほど、そこに関わっているのがK.KさんとK.Mさんですね?
K.K:はい。私はバックエンド側の開発に携わっています。具体的にはサーバですね。クラウドのサービスはどれを使うのか、アプリ同士をどうつなげるのか、集積されたデータをどう管理するのかなどを考慮しながらサーバの設計・構築をする役割です。
K.M:私はプラットフォームに搭載する各アプリケーションのUX(※1)やUI(※2)の企画およびデザインを担当しています。
※1 UX:ユーザーエクスペリエンス(User eXperience)の略称。Webコンテンツ・アプリを通じてユーザーにどのような体験を提供するのかを設計する技術
※2 UI:ユーザーインターフェイス(User Interface)の略称。ユーザーとWebコンテンツ・アプリとの接点のこと。狭義ではデザインを意味する
―ではまずサーバのお話から。どのような機能が求められるのですか?
K.K:スピードです。広告配信を例に挙げますと、サーバに「この要件を満たす広告はありますか」という問い合わせが届くと「こういう広告があるので出します」と返すんですけど、受け取ってから返すまでにサーバ上で1秒の遅延が発生すると、ユーザーがアプリで受け取るのはさらに遅くなってしまいます。
―読み込みが遅いとアプリ閉じちゃいますもんね。
K.K:そうなんですよ。この課題をクリアする設計がなかなか難しいんです。私自身サーバを触るのは初めてですし・・・。
―えっ!?
K.K:何やら新しいプロジェクトが始まると聞いて、面白そうだから「やりたいです!」って手をあげてしまったんです(笑)。もともとサーバには興味がありましたしね。入社後ずっとアプリケーションデザイン部にいたんですけど、テスト環境の構築などに関わってきたので、インフラに触る機会がなかったんです。
―そんな状態で、どうやって覚えていったんですか?
K.K:自分で学ぶだけでは追いつかないので、社内に詳しい人に聞きました。ただ、プロジェクト開始当初はまだ入社2年目だったので、面識のない先輩や上司に聞きにいくのは勇気がいるじゃないですか。
―そうですね(笑)。
K.K:そこでサーバに詳しそうな人の近くにいる同期に相談を持ちかけて「あの人が詳しいよ」っていうのを聞いてから、一緒についてきてもらって(笑)。そこからネットワークを少しずつ広げていって、今はわからないことがあれば気軽に相談できる関係づくりができました。親切な人が多いので助かっています。
若者は、いい写真が撮れたらSNSにアップする?
―K.Mさんはデザイン担当ということでよろしいのでしょうか?
K.M:はい。ただ、画面デザインだけでなく、その前段階の企画から関わっています。
―具体的には?
K.M:例えば企画者やデザイナー側の思い込みで、ユーザーの心理を読み間違えていることが多くあります。その先入観を払拭するために、アンケートやインタビューを実施し、どんなコンテンツをつくるのかに反映させていくわけです。
―先ほどの心理学的なアプローチをデザイン面でも、ということですか。
K.M:その通りです。「こういう順番で使ってくれるだろう」と設計した画面でユーザーテストを行うと、予想もしなかった使われ方にびっくりすることもあって、とても発見があります。
―先入観が覆るわけですね。
K.M:はい。他にも若い人たちに「どんな写真をSNSにアップしているのか?」について調べたら、特定の写真しかアップせず、SNSにあげたくなる「いい写真」にも定義があることがわかったこともあります。こういうのは実際の声を聞いてみないとわからないですね。
―苦労された点は?
K.M:「100名を対象にしたユーザーテストを3ヶ月でやってほしい」と依頼されたときは苦労しましたが、いろいろな方の協力を得て無事に完了しました。幅広い意見に触れることで自分の視野が広がっていくのと同時に、ユーザー目線に立ったアプリの開発ができることにやりがいを感じています。
―なるほど。では最後に、改めて今後について教えてください。
T.W:今まさに経産省や国交省、大学とともに実証実験を行っていて、そのデータが続々と集まってきている最中です。これを分析して、さらに精度の高いサービスの開発に結びつけていきたいですね。
K.A:5年後くらいまでにはリズムプラットフォームの存在が広く知られ、使われるようになっていればと考えています。
T.W:何が正解なのか誰にもわからないですからね。とにかく試行錯誤を繰り返しながら、新たな出会いや発見にワクワクできる移動体験の実現に挑みたいと思います。