テレワークの普及にともない、地方移住や二地域居住、ワーケーションなどの関心が高まっている昨今。それらの推進に取り組んでいる地方の自治体も数多くあります。
一方、最近では「コロナも落ち着いてきたし、そろそろ出社しようか」なんて言葉もよく聞きます。
そもそもテレワークって「コロナ対策のため仕方なくしていた」ものだったのでしょうか? 場所を問わず働ける選択肢があることで、地元での介護育児や地方移住などいろんなことができるはず。いわば「人生を豊かにする」ことにもつながるのでは。
今回サイボウズ式編集部では新潟県に拠点を置き、テレワーク推進に取り組むIT企業・新聞社・県庁・市役所に勤める4名を招き、座談会を実施。企業・メディア・行政の3つの立場から、地方での働き方の現状を振り返り、あらためてテレワークの意味を問い直してみました。
体制が整っていても、テレワークは広がらない
まずは企業・メディア(新聞社)・行政それぞれの視点から、新潟における働き方の現状についてお伺いしたいと思います。
最初は企業の視点から。徳道さんは、新潟県上越市に本社を構える、株式会社ジェイテックの代表取締役を努めていらっしゃいます。
また、上越地域活性化機構の理事長としても、上越妙高のいろんな企業とのお付き合いがありますが、現状をどう見ていますか?
竹内義晴(たけうち・よしはる)。今回の座談会におけるファシリテーター。新潟でNPO法人しごとのみらいを経営しながら、サイボウズで複業をしている。
コロナ禍をきっかけにテレワークを推進しようとする企業は多くありましたが、いまは少なくなってきていますね。
テレワークはあくまで「対面を避けて仕事をする手段」という印象です。
徳道茂(とくみち・しげる)。 Webサイト制作や運営の支援・代行、建設ソリューションの販売などを手掛ける株式会社ジェイテック代表取締役。企業や教育機関、自治体をICT技術で結び、活力のある地域づくりをめざすNPO法人上越地域活性化機構(ORAJA)の理事長も務める。
そうしたとらえ方は、地域問わず多くの企業でもありそうです。だからこそ、最近は「コロナが落ち着いてきたし、もとに戻そうか」となっているのかな、と。
そうですね。やはりまだまだ「組織の規律を重んじ、時間通りに出社して働く」みたいな、日本的な古い体質が深く根付いていると思います。
続いて新聞社の視点から、新潟日報の長浜さんにお話を伺います。
新潟日報では、セミナーや広報活動を通して、県内でのテレワークの推進にも取り組んでいます。
その中で企業・行政両方の話を伺っているかと思いますが、現状をどう見ていますか?
セミナーなどの事業を担当して、企業と行政はすれ違っている、と感じることが度々あります。
新潟の企業には製造業や建設業など現場に行かないと仕事ができない業種も多く、一律にテレワークの導入を進めることは難しい面もあります。
一方、行政はDXの推進や働き方改革の一環としてテレワークによって業務を効率化して残業を減らしたり、家族との時間を増やしたりしてほしいと考えています。
つまり、“企業の実情”と“行政の希望”が合致していないのではないかと思うんですよ。
長浜歩美(ながはま・あゆみ)。新潟日報社 統合営業本部 統合推進センター 部次長 ディレクター。新潟県内におけるテレワークを推進しているほか、新潟を離れた若者がUターンをし、新たなチャレンジをしやすくする取り組み「にいがた鮭プロジェクト」にかかわる。
なるほど。では、その中でもテレワークを導入している企業もあるとは思いますが、その方々の場合、どんな意識を持っていることが多いのでしょうか?
「出社したほうが効率いい」と考える人も少なくないですね。
テレワーク導入企業の中には、「この日は在宅勤務だから、PCをつながなくてもできる仕事を残しておく」みたいなことも起きていて(笑)。
オフラインの作業しかしないとなれば、なんのためのテレワークなのかわからなくなりますね(笑)。
続いて、桝潟さんにお話を伺います。桝潟さんは、新潟県庁で民間の企業とも連携しながら、まちづくりをおこなっていますが、行政の視点から現状をどう考えていますか?
新潟県庁では、今年の4月から庁内のサーバーにアクセスできるモバイルPCを一人一台に配り、テレワークができる体制になりました。
今は部署の半数くらいがテレワークを適宜実施していて、子育て世代がとくに多いですね。でも新潟県庁全体でいえば、テレワークをしているのは10%という印象ですね。
桝潟晃広(ますがた・あきひろ)。新潟県庁知事政策局地域政策課地域づくり支援班主任。2019年4月に県庁有志と新潟県公民連携推進プロジェクトを主宰し、公共空間の利活用に着目してまちづくりを行う。
体制自体は整っていても、まだテレワークは浸透しきっていない、と。
同じく行政の立場から、斉藤さんにもお伺いしたいと思います。
斉藤さんは、妙高市役所の企画政策課にいらっしゃいますが、現状をどう見ていますか?
妙高市役所でもコロナ禍を機にテレワークは導入されました。ただ、それはあくまで感染者数が増えたときに、市役所の業務に支障をきたさずにすることが目的でした。
いまはコロナが落ち着いてきたので、むしろテレワークをするのがはばかられる雰囲気があります。
一方で、妙高市では2022年7月にテレワーク交流施設「MYOKO BASE CAMP」をオープンしたのですが、オープンからわずか2か月で1万もの利用者がいるんです。
潜在的にテレワークを求めている市民は多いはずなので、そこに合わせた施策を検討しています。
斉藤誠(さいとう・まこと)。妙高市役所企画政策課地方創生戦略室長。地方創生に向けた関係人口の創出を目的として、ワーケーション事業やビジネスマッチング・ワークシェアリングによる産業高度化・働き方改革推進事業を推進。
テレワークを広げるには、コミュニケーションの“不便さ”を解消しなければならない
課題はありつつも、テレワークができる環境をつくれたのはひとつの成果だと思います。
チャットやオンライン会議のツールが普及する以前とは、業務の進め方がだいぶ変わりましたから。
そうですね。ただ、そのツールの使い方にもまだまだ課題があるように思います。
市役所にはよりセキュリティが確保された環境で連絡できるよう、専用のチャットツールが用意されています。でも利便性の観点から、民間企業とのやりとりは市販のチャットツールを使うことが多い。
加えて、チャットツールを使わず、これまで通りメールでやりとりをしている人もいますね。
チャットツールを使わない方には、いったんデータをダウンロードしてメールで送り直すなど、ワンアクション増えてきますよね。
やりとりする相手が増えると、その分使うツールも増えて、混乱してしまう面もあるのかな、と。
ツールによるコミュニケーションには、どこか不便さがある気がしていて。
たとえばオンライン会議は、対面で話しているときとは違い、なんだか表情が冷たかったり、リアクションが薄かったりする印象を受けやすい。
テレワークを広げるには、そうしたささいだけど、たしかに存在する課題の解決が大事だと思います。
サイボウズ式編集部でも、コロナ禍前はコミュニケーションの取りやすさから、ミーティングはオンラインではなく会議室中心でしたし、進行も現場優先でした。
コロナ禍でテレワークになると、全員がフラットな立場で会議が進むようになりましたが、オンラインでは相手の顔が見えにくい。様子がつかみにくいため、「本当に伝わっているかな?」という判断が難しくなりました。
あとはやっぱり、他愛のない雑談が少なくなりましたね。
アレックス・ストゥレ。2018年キャリア入社。スイス出身。グローバルコンテンツ、英語ブランディングを担当。イギリスのノッティンガム大学で修士人権法を学び、2016年から日本に在住
テレワークの生産性低下は、個人ではなく組織全体の課題としてとらえる
経営者の立場で考えると、オフィスワーク時と同等かそれ以上の生産性を確保できないと、テレワークを続けようとはなりにくいんですよね。
サイボウズではテレワークを長く続けていますが、メンバーの生産性管理はどうしているんでしょうか?
たしかに、テレワークは生産性が低くなりやすいと感じることはあります。
でも、集中力が足りない「個人の問題」なのか、チームメンバーによるサポートが不足している「組織全体の問題」なのか、判断が難しいんですよね。
サイボウズ式編集部では、生産性低下をまず組織全体の問題として捉えていて。定期的に「どんなことでモヤモヤしている?」「どこが仕事のハードルになっている?」とチームメンバーで話し合って、いっしょに課題の解決に取り組んだりしています。
そういったサポート体制を整えてからではないと、生産性の低下を個人の問題としてとらえることはできないと思います。
神保麻希(じんぼ・まき)。サイボウズ式副編集長。今回の座談会には、編集部の中で唯一オンラインで参加。
生産性低下を組織全体の課題として考えることは大事かもしれませんね。
ジェイテックでもテレワークを導入してから半年くらいは、ガクンと生産性が落ち込みました。とくにまだできる仕事が限られている新人社員は、コミュニケーション不足のため、かなり苦戦していました。
そこから組織全体で試行錯誤を重ねて、最近は「テレワークっていいね」といった話も出るようになっています。
新潟に住み続けたい人に、新潟で進学や就職できる選択肢を
新潟県は人口流出が課題です。主な原因は就職や進学で県外に出ていった後、戻ってくる場所がないことにあると考えています。
だからこそ、新潟県でもやりたい仕事や働き方ができる環境を作らないといけないし、地域としてそれを許容できる土壌が必要だと思っています。
そうですね。本来はわたしたちが選ばれる企業になりたいですが、どうしても都会のほうが選択肢も多く、なかなか難しい面もあります。
とはいえ、一生懸命やっている企業も多いので、協力し合いながら新潟でも働ける環境づくりを実現していきたいです。
新潟県内だと「東京の先進企業だから、テレワークができる」という文脈で語られがちなんですよね。
県内で同じ水準の待遇で働ける環境が整えば、選んでくれる人たちも多くなると思います。
テレワークが人口流出を防ぐカギになるかもしれないという妄想もあって。妙高市が2015年に行ったアンケートでは、高校生の約7割が「妙高市に住み続けたい」または「いずれ帰ってきたい」と回答しています。
それを示すように、最初の緊急事態宣言が出て、大学がオンライン授業化した際、県外に進学した大学生の大半が新潟県に戻ってきたんですよね。
どこでも授業が受けられるようになると、帰ってくる学生が多いんですね。
鮫島みな(さめじま・みな)。2018年に新卒でサイボウズ入社。1年半営業を経験し、コーポレートブランディング部へ異動。サイボウズ式とUS版メディアKintopiaの企画・編集にかかわる
ええ。そのため、オンライン化により教育や仕事の選択肢ができれば、そのまま住み続ける人も少なくないのかもしれません。
そんなふうに新潟で住み続けたいと考えている人たちに、進学や就職で県外に出なくてもいい選択肢を用意できれば理想的だなと思います。
「自由な働き方」に後ろめたさを感じず、仕事と生活を充実させたい
斎藤さんから理想についての話が出てきました。みなさんはテレワークを通じて、どんなことを叶えたいと考えていますか?
自由な働き方に対して後ろめたさを感じず、それぞれの希望する働き方ができるのが理想ですね。
いまテレワークをしていると、「『サボっている』って思われるんじゃないか?」みたいな罪悪感を抱く人も少なくないと思うんです。
2019年4月18日「あいつ、家でちゃんと仕事しているのか?」──コミュニケーションが難しい在宅勤務を円滑にする工夫
新聞社として「テレワークちょっといいな、自分もやってみよう」と思えるような情報を発信することで、そうした罪悪感を少しでも払拭できればと思います。
たしかに。「自由な働き方」 というと、単純な称賛ではなく、どことなく冷笑的な雰囲気もあるように感じます。
そうなんです。また母親としての立場でいうと、テレワークをしながら、子どもの面倒もしっかりと見てくれる場所があると理想です。
子どもが安心して活動できる場所があれば、時間いっぱいに仕事ができる。その上で、通勤に費やしていた時間で子どもとじっくり過ごせる、みたいなことができればいいですね。
テレワークは生き方の選択肢を増やすもの
そもそもテレワークってなんのためにあるんだろうと考えたときに、「生き方の選択肢」を増やすことかな、と思いました。それは決して仕事に限った話ではなく、教育なども自由でいいよなと。
たとえば、学校に行けなくなった子どもがいても、オンライン授業ができていれば、学習面では何の問題もないですよね。そんなふうに、テクノロジーで解決できることって世代を問わずあるんだと思います。
あと、県内のいくつかの自治体ではIT企業の誘致を進めていますが、決してそれらの会社だけが盛り上がればいいわけではありません。
誘致した企業と地場・既存産業が結びつき、彼らの働き方に刺激を受けて、地域の働き方の選択肢が増えていくのが理想だと思います。
ただ誘致して来てもらうだけではなく、しっかりと地域に馴染んでもらうことが、長期的に関係を構築していく上で大事だ、と。
そうですね。その上で地域の人たちがテレワークで空いた時間を違うことに使ったりして、自分の人生を豊かにするためのものとして認知が広がればいいなと思います。
そういう事例がたくさん見えてくるとまた変わってきそうですね。
いまってどちらかというと、「テレワークで効率よく働きましょう」みたいな企業側の視点ばかりが語られてしまっている。いままでだって、十分頑張って効率化しているのに(笑)。
乾いた雑巾をまだ絞るのか、みたいな感じですよね(笑)。
地方だからこそ、テレワークが単なるコロナ対策ではなく、人々の働き方や生き方を豊かにする機会になればいいなと感じています。
たとえば、一度県外出てしまうと、地域との関係性がなくなり、戻ってこられなくなるという話。これも半年に一回でも、実家に戻ってテレワークできれば、ゆるやかな関係性を持続させつつ、地域の空気感も掴めたりしますよね。
そういった関係性の構築は、テレワークだからこそできるのかもしれません。
企画:穂積 真人 執筆:園田もなか 撮影:高橋団(サイボウズ) 編集:野阪拓海(ノオト)
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