いまや当たり前に使われるようになった「心理的安全性」という言葉。心理的安全性が高い組織はよい組織だと言われているけど、そもそもそれってどういう状態なのだろう? どうすれば、心理的安全性って生まれるのだろう?
「仕事のしんどさ」をテーマとしたイベント「#サイボウズ式Meetup vol.17」に引き続き、心療内科医の鈴木裕介(Dr.ゆうすけ)さんと、株式会社NOKIOO取締役の小田木朝子さんに、「心理的安全性の高い組織をつくる」という観点からオンライン取材を実施しました。
そもそも「心理的安全性」ってなんだっけ?
前回のMeetupでは、「心理的安全性」を履き違え、組織として「弱音を吐けよ、しんどさを伝えろよ」と自己開示を強要する雰囲気が広がりがちだ、という話をしました。
前提として「心理的安全性」とは、思ったことが言い合えるような、関係への信頼があることを指します。
言いづらい指摘とか、自分自身の不安を「この人には言っても大丈夫だ」という安心感が確保されている状態です。
いまって、「心理的安全性が高い環境」に対して「安心できる、安全な環境」というイメージが先行していて、単に「相手を傷つけてはいけない」という意味に捉えられがちです。
そのせいで、逆に言いたいことが言えなくなるようなジレンマが生じているような気がします。
小田木朝子(おだぎ・ともこ)。株式会社NOKIOO取締役。企業の人材育成・組織開発支援を担うHR事業を立ち上げた。「人に頼るスキル」であるヘルプシーキングはじめ、多数の人材育成カリキュラムの開発・講師および講師育成を手掛ける。2022年4月に『仕事は自分ひとりでやらない』を出版。写真は「サイボウズ式Meetup vol.17」での様子。
心理的安全性がブームとなったのは、2012年にGoogleが効果的なチームの特徴について調査した「プロジェクト・アリストテレス」がきっかけです。
同プロジェクトでは、成果を上げるチームに共通する特徴のひとつに「リスクなく健全な批判ができる」ことが挙げられました。
つまり、「それは問題なのでは?」「こういう考えもあるのでは?」など、批判的な意見を言っても責められたり不利益を被ることがないと安心できること。
チームで成果を上げるためには、「健全な批判」が欠かせず、「健全な批判」が生まれるには「心理的安全性」が欠かせない。こうした構図の中で、心理的安全性が注目されるようになったんですね。
賛同や承認だけでなく、「健全な批判」が重要なのですね。
はい。「本音が言える」という目的を達成する手段として「健全な批判」が必要なんです。でも、「心理的安全性が大事らしい」と広まっていくなかで「健全な批判」がポロッと抜け落ちてしまった。
結果として「心理的安全性なんて気にしてたら、無難なことしか言えなくなり、議論が進まなくない?」みたいなモヤモヤが生まれてしまっているのです。
自分と相手の思考は、必ずズレていくもの
健全な批判って、思考の「ズレ」を修正する機会なんですよね。一方が他方に意見が言えない、気持ちを押し殺す、といった状況が続くと、当然その関係性は不健全になっていきます。
しかし、誰もが自分の考えが正しいと思いたいものなので、ズレを認識するのはどうしても不愉快なこと。だからこそ、「ズレ」を感じていても、見て見ぬ振りをしたくなってしまう。
一番の問題は、そうして放置し続けた結果、ズレが致命的なほどに広がり、関係性が修復できなくなってしまうことです。そのリスクを軽減するためにこそ、健全な批判が必要なのです。
鈴木裕介(すずき・ゆうすけ)。
心療内科医。秋葉原内科saveクリニック院長。「Dr.ゆうすけ」として、ライフワークとしてメンタルヘルスに取り組み、講演やSNSなどでの情報発信を行っている。
そもそも心理的安全性とは、思考がズレ過ぎないようにする「安全弁」だったということですね。
はい。思考や価値観って、どんなに「合う人」であっても、必ずズレていく。
そういう前提で、ズレが広がりきる前に修正する機会を意図的にもっておこう、という考え方ができるといいですよね。少なくとも僕はその方が安心だと思います。
そう考えづらいのは、「批判」という言葉の持つイメージが、ネガティブなものだからかもしれません。「批判はないほうがよいもの」という考えが、わたしたちに根付いているのではないでしょうか。
同様に、「ズレ」という言葉にもネガティブなイメージがありますよね。心理的安全性以前に、「批判」や「ズレ」という言葉に対する受け止め方が鍵になっているような気がします。
批判を受け入れるには「信頼関係」が必要
相手と自分の思考の「ズレ」を修正できるとはいえ、 健全な批判は、やろうとするとかなり難しいことがわかります。
その原因は「批判自体がかなり繊細なコミュニケーションであること」、「批判には関係性が影響すること」の大きく2つあると思います。
1つ目の原因である「批判自体がかなり繊細なコミュニケーションである」とはどういうことでしょうか?
そもそも、批判する側は「こういう期待があるからこそ、変容してほしい」と、願いを込めて行うわけです。しかし、そのメッセージを正確に伝えるには高度な技術が必要で、下手をすれば攻撃的に伝わってしまいます。
一方で、受ける側も批判を「攻撃」と受け止めて、防衛の力が働いてしまいがち。自己弁護やシャットダウンのモードに入ってしまうと、批判する側が伝えたかった肝心なメッセージが伝わらない、ということもある。
僕もそうなんですけど、タイミングやコンディションによって、耳の痛いことを正面から受け止めるのはすごく難しいですよね。
なるほど。もう1つの原因である「関係性の影響」は、どういうことでしょうか?
たとえば、信頼関係が構築できていない上司や先輩から的確な批判をされたとしても、受け入れがたい気持ちのほうが働いてしまいますよね。
つまり、批判の内容や仕方以前に、「相手の話を素直に受け入れよう」という土台となる関係性が必要なんです。
そう考えると、下手な批判は攻撃的に捉えられ、相手に嫌われるリスクもあるから、あまりやりたくはないですよね……。
そうですね。でも、上手な批判ができるようになれば、コミュニケーションの質は格段に上がります。まずは慣れていくことも必要です。
難しく思えるかもしれないけど、みんな最初は下手だから、批判する方もされる方も、それを承知のうえで、ともに健全な批判を目指していけるといいと思います。
自分を客観的に分析する力を身につける
マネジャーが心理的安全性のある雰囲気をつくりたいと思っていても、自分の立場(役職)が上であること自体が、部下にとってのプレッシャーになってしまうケースもありますよね。
そういう場合、まずは言葉選びの技術が重要でしょうね。自分が言われて嫌な言い方はしない、といったそういう基本的な部分です。
加えて「自分の立場からこれを言ったら、相手にどう受け止められるかな」とフラットに考えられることが大切になるでしょう。
自分の影響力を正しく見積もる、ということですよね。
自分を客観的に分析するのは、健全な批判を受け入れることにもつながると思っています。
自分を適切に理解することは、「自分が思う自分」と「他者が思う自分」のギャップを受け入れることと重なります。
でも、「他者が思う自分」を素直に受け入れがたいケースが割とあって、その難しさはまさに健全な批判への向き合いとつながる部分が多いと感じます。
これってある種の技術なので、頑張ってトレーニングすれば、誰でも習得できるんです。
もちろん、最初はうまくできないこともあるかもしれない。でも、みんな初心者マークから始まるんだから、焦らずやっていいと考えられるといいですよね。
「上司と部下」以外にも、フィードバックの選択肢があるといい
上司と部下の関係性において難しいのが、逃げられないことです。うまくやっていくには、おたがいの相性が大事になりますし、普段から上司が部下を観察する余裕が必要になる。
そう考えると「上司と部下だけでうまくやってくれ」はかなり難しい要望なんです。そのため、フィードバックをもらう対象は「上司から」だけではなくて、縦・横・斜め、いろんな関係性から選べるといいですよね。
コミュニケーションする相手の選択肢をたくさん持っておくってことですよね。
上司・部下の縦のつながりって権力差もあるし、直接的な評価対象だから、どうしても停滞しやすいものです。だから、利害関係がないところでのコミュニケーションの逃げ道を用意しておくことはとても大事。
メンター制などのオフィシャルなものを導入してもいいし、話しやすい組織外の人などオフィシャルじゃないものを取り入れてもいいと思います。
そうですね。部下側にとって「上司以外の選択肢がない状況」ってあまりにしんどいですし、上司側にとっても負荷が高いですからね。
「うまく言えない」ことほど言っていくべき
批判を受ける側のトレーニングも大切ですよね。ネガティブなフィードバックを受け取るトレーニングをしているかどうかで、チームの心理的安全性も違ってくると思います。
仮にどんなに繊細な伝え方をしても、受け手が「失敗したくない、批判されたくない」とガードが強いと、どうしても受け取ってもらえなくなってしまう。
あと「ちゃんと言語化できないとダメだ」というハードルもあると思っていて。
もやもやしているときに「考えがまとまったら言おう」「うまく言葉にできないから伝えるのはやめておこう」と、自分の意見や気持ちを引っ込めてしまう。
とくに上司・部下の関係性の中では、部下は「ちゃんと言語化できないものは伝えてはいけない」「結論のないことを言ってはいけない」と考えがちです。
部下側はそうした思い込みを手放すところから始めるとよさそうです。
いまってどうしても明瞭で効率的で即時的なものが求められて、すぐ言語化できるもの以外は見落とされがちです。
でも、そもそも言語化や大事なことが引き出されるまでにはタイムラグが生じるものです。消化しきれていない問題も「なんか気になる」とか「もやもやする」といったレベルでのコミュニケーションで示していけるといい。
「なんか気になる」が言えるかどうかは組織の心理的安全性を測る物差しになりそうですね。
そういう関係性を前提として、おたがいに健全な批判をする・受けるトレーニングを続けていくことが、組織で心理的安全性を担保する上で大切になるような気がしますね。
執筆:園田もなか 撮影:栃久保誠 編集:モリヤワオン(ノオト)
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