グローバル化によって、世界中の企業が外国人社員の採用に頭を悩ませています。日本でも、この受け入れの課題について話し合われています。
外国人社員だけでなく、多様なメンバーが集まるサイボウズも、決して他人事ではありません。
外国人社員が日本で直面する問題や、グローバル化する組織に必要な視点について、名古屋大学大学院言語文化研究科の森田亮さんにお話を伺いました。
※この記事は、Kintopia掲載記事「Convenience or Global Inclusion: Japanese Organizations Must Choose」の抄訳です。
外国人社員を悩ます、目に見えない境界線
今日は、よろしくおねがいします。アレックスです。
いま日本の社会は高齢化と、国際化の進展に直面しています。そのため、多くの企業がこの状況に対応する必要があると感じています。
また、日本には均質なワークスタイルがあり、そこから各社が独自のアイデンティティを築いてきました。
この日本式の人材マネジメントは、外国人社員に必ずしも優しいとは言えなくて……。なぜだと思いますか?
日本の人材マネジメントが外国人社員の方々に不親切だと思われる原因は、ひとつではありません。
私はずっと大学で働いてきましたが、大学での経験は日本のいろいろなタイプの組織にもあてはまると思います。
森田亮(もりた・りゃん)。イギリスで言語学と社会言語学を修めた後、タイにて教育・研究に従事。2003年から日本在住。2004年から2014年まで名古屋大学准教授。家族と過ごす時間を増やしたいと2015年から非常勤講師。主な研究テーマは英語教育、高等教育の国際化、差別。最近では日本における移民労働者にも関心を寄せている。
まずは金銭報酬の問題です。
外国人社員が努力の報酬として期待するのは金銭ですが、日本では年功序列が収入と昇進を左右します。つまり努力よりも在籍期間が重視されるんです。
もうひとつは、若手社員の配属問題です。総合職の道に進めば、配属に関する希望を出しにくくなり、大きな不満につながります。
最後は外国人社員に課せられる二重の制約です。国際化の担い手として期待されながらも、日本人のような振る舞いも求められます。
なるほど。日本人とは違うという理由で採用されても、違いすぎるのもよくないと。
その通りです。アメリカをはじめとする諸外国ではまったく違う教育が行われています。
アメリカの小学生はひとと違ったり、独創的であることはいいことだと教えられます。
しかし、日本の学校では、他の生徒と同じように行動するように言われます。まさに「出る杭は打たれる」です。
外国人社員が感じる不満は、日本の人事制度だけではなく日本特有の文化も原因なのでしょうか?
まさにその通りです。
あまり知られていないんですが、政治学には「内的フロンティア(interior frontiers)」という概念があって、再び注目されています。
たとえば新しい国に行くと、まず国境がありますよね。その国にいくには、入国前の手続きが必要です。
でも手続きを終え入国したとしても、「目に見えない境界線」が存在します。その内側にはいれないと自分の居場所もありません。
このような障壁は日本だけでなく世界中に存在します。
「波風を立てるな」という態度は、国際化とは相容れない
日本特有の文化でいうと、アレックスさんは「日本人論」をご存知ですか?
1960年代に流行した、日本の独自性や例外性をアピールしたエッセイです。たとえば「和牛を消化できるのは日本人の胃袋だけ」などと書かれています。
「日本人なんだから、英語を話さないのは当然だ」という例もよく見られます。でも、実際には複数の言語を話せる人は世界中にいますよね。
英語に関する懸念は、よくわかります。
もし組織運営の大半が日本語で行われているなら、すべてを英語に翻訳することは、費用やリソースの観点から非論理的かもしれません。
もっとみんなで英語を使うように呼びかけるには、どうしたらいいのでしょうか?
組織の目的や国際化を優先するかどうかによっても違ってきますね。「信じる」という信念の問題も関わっています。
サイボウズの経営陣は、国際化にメリットがあると信じていますか?
そうですね。生き残りがかかっていますから。
ソフトウェア事業で長期的にグローバル企業と競争するならば、日本市場に固執していられません。
僕が入社した5年前は、日本の経営陣が決定した戦略文書を中心に翻訳されていました。
今は社内の翻訳・通訳チームがいて、頼りになっています。日本語が話せなくても、意思決定プロセスに参加できる取り組みも進んでいます。
全体的にはずいぶん改善されましたが、まだ道のりは長いですね。
経営陣が国際化に納得感を持って進めているのは、それだけで大きな一歩です。
でも最後は組織全員で納得する必要があります。納得感がないと、それが外国人社員に向けられる態度に現れて離職率が高くなります。
学問の世界では、日本の大学はまだ国際化に苦戦しているんです。
世界の大学ランキングの順位を見ていると、残念な結果も出てきます。
教授陣も問題意識はあるのかもしれませんが、自分たちの日常生活に影響がなければ行動しないでしょう。
企業運営の話にもどすと、とくに最初のうちは、日本人社員が外国人社員を信頼するのはなかなか難しいものです。
イニシャルコストがかなり大きいので、さきほど「信じる要素」も関わると申し上げたわけです。
悪循環に陥っているように感じますね。
外国人社員は信頼されていないと思って、あまり長く働かずに辞めてしまう。
在籍期間が短いから、役職に就けない。
離職率も高く、役職に就いている外国人社員もいないとなると、外国人社員が信頼されていると感じる環境は作れません。
どうすれば悪循環から抜け出せるんでしょうか?
私にも、いい答えがないんですよね……。
「これが日本のやり方だから」と繰り返し言われるとうんざりしますし、外国人社員に「事態が好転するまで踏ん張れ」というのも無理な話です。
外国人を雇用するのはいいことですが、ある程度の柔軟性が欠かせません。
日本には、プロセスを疑わない組織がたくさんあります。過去と同じやり方を踏襲し続けるんです。
こういった「波風を立てるな」という態度は、国際化とは相容れませんよね。
アイデンティティを守るか、外部から学ぶか?
受け入れ側の日本企業に柔軟性が求められるというのは理解できます。
でもすべてを柔軟に対応していたら、日本人社員は「自分たちのビジネスや日本の独自性が失われてしまうのでは?」と考えるかもしれません。
日本のワークスタイルの評価できるところはありますか?
たくさんありますよ。組織への忠誠心やコミットメントは、他とは比べ物になりません。
外国人社員にとっては不満かもしれませんが、部署をまたぐ定期的な配置転換は組織の全体像をくまなく把握できます。
日本企業は革新的で優れた問題解決能力も備えています。間違いなく国際的な実力派プレイヤーです。
多くの研究で、多様性は創造性にプラスになると示唆されています。
日本はかなり同質的な社会ですが、高い創造性を発揮していますよね。なぜでしょうか?
創造性を発揮するうえで、多様性論は絶対ではありません。
むしろ「もっと強くなるにはどうするか」、「自己満足に陥らないためにどうすべきか」を問うべきです。
このところ中国が国際舞台でリスクを負いつつ、ますます革新性を発揮しています。だからこそ、考えるべき大事な問いです。
日本企業が「これまでのやり方で十分だ」と自己満足に陥ってしまったら、決して勝てないでしょう。
日本は独自性を保ちながら、国際社会でビジネスを成長できるんでしょうか?
私はできると思います。
日本人はアイデンティティが失われる恐怖をリアルに感じています。一方で労働人口の高齢化が進んでいるため、外国人社員の受け入れは必須です。
日本企業にできるのは心を開いて、柔軟に、海外から学ぶことです。
日本人のアイデンティティも大切ですが、世界経済が向かう先を俯瞰するのも大事です。
すべての人が幸せな状況は不可能。必要なのは「折衷」
僕も外国人社員として二重の重荷を背負っているのが悩みの種です。
仕事をするために雇われているのに、国際化の促進も期待されています。これが、離職率が高くなってしまう理由のひとつだと思っています。
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外国人社員のプレッシャーを少しでも軽減する方法はありますか?
国際化はボトムアップでは実現できません。
外国人社員は生活のため、キャリアを築くために日本にやってきます。外国人社員を大量に雇っても組織は自動的に国際化しません。企業のトップが関心を持って、オープンである必要があります。
同時に外国人社員側にも、理解が必要です。
日本企業に入社して「私の国ではこういうやり方なんです」と言えば、周りが自分に合わせてくれると思ってはいけませんよね。
国際化に意欲的な日本企業は、高い役職に就く外国人社員を増やすなど、もっとリスクを背負うべきでしょうか。
リスクは想定すべきですね。たとえばカルロス・ゴーン氏の件は、皆さんご存知の通りです。
こういうことが起きるたびに外国人社会全体が後退してしまいますが、それでもリスクは背負うべきです。試行錯誤する時期もあります。
そして、経営陣も日本人社員の居心地の良さを求めるのか、国際化を優先するのかを明確にする必要があります。
両立は無理でしょう。
大学教育の世界では国際基督教大学(ICU)が国際化に成功している良い例です。
国際的なランキングでも比較的上位につけていて、日本語と英語の両方で運営しています。
日本人の教員にとっては迷惑な話かもしれませんが、「すべてのひとが幸せな状況」を作るのは不可能です。ある程度の折衷が必要なんです。
受け入れる側も、受け入れられる側も、お互いが努力して、「共に戦うんだ」という実感が高まるといいですね。
企画・執筆:Alex Steullet/翻訳:ファーガソン麻里絵/編集:神保 麻希/撮影:高橋団
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