組織や働き方の改革の一手段として、近年、注目されている「越境学習」。日常の環境である「ホーム」と、馴染みのない「アウェイ」の場を行き来することによる学びを指します。
実際に「アウェイ」の場に身を置き、「ホーム」に戻った人は、具体的に、どんな気づきや学びを得られるのでしょうか?
今回は、2022年11月にサイボウズで2週間のインターンを経験した、パナソニック オートモーティブシステムズ株式会社(以下、PAS)の三ツ橋宏介さん、仲間桃子さんに取材を実施。
越境学習の研究における第一人者である、法政大学大学院 政策創造研究科の石山恒貴教授を聞き手として、お二人の越境経験を専門的な視点から解説していただきました。
生き生きと働く先輩たちの共通点は、サイボウズのインターン経験者
お二人がサイボウズのインターンに参加しようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
サイボウズへのインターンを経験したパナソニック社員がみんな生き生きしていて、「なんでこんなに元気に仕事できるんだろう?」と思ったことがきっかけです。
パナソニックでは、 2019年からサイボウズのインターン制度が導入されていて。2022年にPASの人事部門でも公募があり、「自分も先輩たちのようになりたい」と思って、手を挙げました。
三ツ橋宏介(みつはし・こうすけ):2009年に大学卒業後、大手メーカーへ就職。製造や工場人事、労務、新工場立ち上げなどを経験した後、本社にて生産再編や人事を歴任。2022年、パナソニック オートモーティブシステムズへ転職。HRBPとして開発本部・モノづくり革新センターの人事を担当
わたしは、これから会社が変革していくにあたって、変化へのフットワークが軽いサイボウズで学びたいと思ったのがきっかけです。
2022年にパナソニックは事業会社化し、各社が自主責任のもと経営する方針になりました。その変革にともない、「自分自身も変わらなければ」と感じていた折、インターンの公募があったんです。
仲間桃子(なかま・ももこ):2017年にパナソニックに新卒で入社。大阪の事業場にて風土醸成や採用など人事企画を経験した後、2020年よりパナソニック オートモーティブシステムズへ異動し、事業場の人事を担当
お二人とも、とても前向きな動機でいいですね。
実は人事部門って、越境学習を推進しても、その担当者自身は越境しないこともあります。
だから、まず人事部門からインターンを経験するのは、とてもすばらしいと思います。
大学のサークルのような、フラットに議論をする文化
一般に越境学習では、自社と越境先との違いに衝撃を受けることから始まります。サイボウズに来てみて、何か衝撃はありましたか?
石山恒貴(いしやま・のぶたか): 法政大学大学院 政策創造研究科 教授。一橋大学 社会学部卒業、産業能率大学 大学院 経営情報学研究科修士課程修了、法政大学大学院 政策創造研究科 博士後期課程修了、博士(政策学)。一橋大学卒業後、NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。著書に『越境学習入門』(日本能率協会マネジメントセンター)などがある
会議に参加したとき、年齢や性別が多様なメンバーがフラットに議論するので、誰がどの役職なのかがわからないことに驚きました。
PASでは年齢と役職がある程度紐づき、トップダウンで議論が進むことが多いので。
誰が上の立場の人なのか、はっきりしていないことへの違和感はありましたか?
それはありませんでした。むしろ、こんなにフラットでも組織が機能するんだ、という衝撃がありましたね。ヒエラルキーの上層部だけで物事を決める会社じゃないんだな、と。
わたしも同じことを思いました。休憩スペースで話していると、自然と人が集まり、そこで議論が深掘りされることがあって。
たとえるなら、大学のサークル。学食に集まったメンバーで「今度、合宿行かない?」と話が出て、計画が進んでいく感じです(笑)
なるほど。サイボウズでは、どうして自然な形でフラットな議論が成り立っていると思いますか?
組織戦略室長の山田理さんの言葉がその答えだと思います。山田さんは「フラットに情報を共有しているからこそ、コミュニケーションもフラットにできる」と言っていて。
実際、サイボウズではインターン生であっても、日々の業務連絡から経営会議の資料まで、あらゆる情報がkintone上で見られるんですよね。
そうしたオープンな情報共有に加えて、さまざまな会議にも参加でき、言いたいことを言える雰囲気があるのがいいなと思いました。
サイボウズは、かつてのパナソニックの姿かもしれない
もう1つ驚いたのが、社員全員、企業の存在意義や文化が腹落ちしていることです。なかでも、「公明正大」というフレーズは事あるごとに見聞きしました。
お菓子やドリンクを置いているコーナーにまで、社長の青野さんの写真といっしょに、「公明正大」と吹き出しが貼っていたのには面食らいましたね(笑)
オフィスの置き菓子やドリンクの支払いにも登場する「公明正大」という文化。サイボウズでは日常的に出てくるフレーズだという
「チームワークあふれる社会を創る」という存在意義(パーパス)に向かうために、「公明正大」をはじめとした4つの文化がある。それを社員一人ひとりが自分ごととして、しっかり理解しているように感じました。
サイボウズの存在意義と、それを果たすための4つの文化
パナソニックにも、松下幸之助さんの教えがありますよね。
そうですね。松下幸之助の考えは、パーパスや経営基本方針といった、いくつかの形に落とし込まれています。
複数あるのは、社員に腹落ちしてもらうために歴代の経営陣が苦心してきた結果だと思います。ただ、たくさんあるがゆえに、自分にとっての意味合いを考えるのが大変で……。
インターンに参加する前から、その大変さを感じていましたか?
いえ。それまでは「そういうものだ」と思っていました。パーパスも経営基本方針も、一つひとつの言葉には納得できるので。
ただ、自分ごととして深く考えたことはなく、神棚に祀られているような感覚だったかもしれません。
仮に経営側がいいことを言っても、それが社員の行動になかなか結びつかない会社は珍しくないんですよね。
パナソニックは「経営の神様」と呼ばれる松下幸之助から経営を引き継いでいるからこそ、パーパスを変えにくい側面もあるのだと思います。
うんうん。ただ、パナソニックもきっと、歴史をたどるとサイボウズのような時代があったはずで。
創業時は、社員が松下幸之助の言葉を直接聞き、みんなが同じ方向に進んでいたのだろうと思うんです。
そう思ったのは、山田さんが「これからサイボウズが発展していって、たどる道の先にあるのはパナソニックかもしれない」とおっしゃっていたからです。
どちらの会社がいい・悪いではなく、おたがいのいいところを時代に合わせて取り込んでいけばいいんだ、とも感じましたね。
越境学習で生まれた「モヤモヤ」は、大切なプロセスの1つ
わたしは越境学習を「個人にとってのホームとアウェイを行き来することによる学び」と定義しています。
そして、越境学習には2つの側面があります。1つはアウェイの文化に触れて、それをホームに持ち帰って伝えること。
もう1つは、アウェイにいる他人と比べて、自分はどこまでできているんだろう、という葛藤が生まれることです。
わたしは、他人と比べての葛藤を強く感じました。
サイボウズでは、同年代の方が会議をリードしていたり、重要な役職に就いていたりして、すごく活躍していたんです。
一方、自分は大企業の役職制度や、縦割りの文化に甘んじているなと、焦りを感じて。ただ、いまもその葛藤は乗り越えられてはいなくて……。
それでいいんです。モヤモヤし続けるのは、必要なプロセスです。越境による葛藤に向き合うことこそが、学びになるのですから。
そう言っていただけて、少し安心しました。今年になって会社の中でのランクが上がったので、葛藤と向き合いながらも、いままで以上に責任をもって仕事をしたいと思います。
「サイボウズかぶれ」と呼ばれても奮闘した先輩たち
インターンを終えて、逆にPASのいいところは感じましたか?
そうですね。PASにはサイボウズと同じように「孤独にさせない風土」があると、あらためて感じました。
誰かが悩んでいたら、周囲が声をかけてくれて、同じ目線で考えてくれる。それにインターンに対しては、他部門からも「経験談を聞きたい」といった肯定的な反応が多いんです。
PASには「新しい取り組みを前向きにとらえる風土」もありますよね。
インターン期間中、自分の気づきをリアルタイムで全社員が見られるチャットスペースに書き込んでいたんです。
そうしたら、たくさんの人がコメントや応援をしてくれて。嬉しかったですね。
全社員が見られるチャットスペースでの仲間さんの書き込み。さまざまな社員がリアクションボタンやコメントを書き込んでいる
それはすごい。越境学習を終えてホームに戻ると、新しい試みを推進する越境学習者に対して、周囲の反発が待ち受けていることもあります。
既存の体制を崩すような新しい行動をしようとすると、やっぱり煙たがられてしまうので。
インターンの先輩方が風土改革をしてくれているおかげでもありますね。
先輩方は経営会議の内容に対して、誰もが意見交換ができるチャットスペースを立ち上げるなど、さまざまな活動をしていて。
大企業であるパナソニックでこうした改革が進めば、多様な人材がより活躍できるので、大きな強みになると思います。
初代や2代目のインターン生が行動し始めたときには、苦労があったかもしれませんね。
初代の先輩は、インターンを終えてから、本人と社内の熱量の差に悩んだみたいです。周囲に「サイボウズかぶれ」って言われたりして。
それでもめげずに、行動し続けてくれたことにわたしたちは助けられているんです。
同感です。先輩方が道をつくってくれていて、それを広げていけばいいと思うと、変革を進める壁が高いとは感じないですね。
いまもインターン経験者が週1回集まり、「サイボウズTIME」と称して意見交換の時間を取っているんです。
いいですね! 越境学習には「風化」というものがあって。アウェイから戻った直後はやる気にあふれていても、だんだん「うちの会社を変えるのは無理だ」と感じて、その熱量を忘れてしまうんです。
サイボウズTIMEは、その熱量を保つ意味でも、とてもいい取り組みだと思います。
越境学習には「個人」と「会社」の要素が欠かせない
お二人はインターンを終えてから、社内で何か新しい取り組みはしていますか?
まだ形にはできていませんが、いくつか模索していることはあります。たとえば、PASの人事部門で、自社のパーパスを考える場を設けようとしています。
パーパスとあらためて向き合う機会を通して、サイボウズのように、社員一人ひとりが自分の言葉でパーパスを語れるようになっていきたいなと。
あとは、サイボウズからもパナソニックへインターンに来ていただいて、「交換留学」ができたらいいなと思っていて。
この案は、サイボウズのみなさんにも好意的に受け止めていただいているので、ぜひ実現させたいです。
アウェイからホームに戻って、少しずつ、確実に前に進んでいますね。お二人はまれに見る越境学習の好事例だと思います。
石山先生から評価いただけて、光栄です。専門家の視点から見て、わたしたちはどんな点がよかったのでしょうか?
越境学習の成功には個人と会社、両方の要素が必要なんです。
本人に問題意識と学び取りたい意欲があること。会社でインターンは「よい取り組み」だという雰囲気が生まれていること。
PASにはどちらの両方の要素がそろっている上、会社の中核である人事部門が実践しているのがよいと思います。
個人だけにやる気があっても、あるいは、会社の体制だけが整っていても、不十分なんですね。
その通りです。しかも、インターン期間中にリアルタイムで社内に情報を共有し、人事部門以外の人たちが関心をもつきっかけづくりもできている。
こうした全社的な体制は、越境学習に欠かせないポイントなんです。
経営情報をオープンにして、「新しい大企業の形」を実現してほしい
PASは大企業のよさを生かしながら、変革しようという意志をもっていますよね。これは、成熟した企業ならではの課題なのかな、と思いました。
そうですね。わたしたちも、サイボウズというアウェイに身を置いたからこそ、PASが向き合っている課題を改めて強く感じました。
石山先生から見て、変革のポイントは何だと思われますか?
一番のポイントは、「オープンブックマネジメント」だと思います。
これは、会社の財務・経営指標などの情報を全社員にオープンにして、経営改革を自分ごととして捉えてもらうマネジメント手法を指します。
役職を問わず全社員に情報がオープンにされていて、個々がフラットにコミュニケーションをとっていく……。まさに、わたしたちがインターン初日から感じていたことですね。
最近、多くの企業が取り組んでいるDE&I(※)にも、オープンブックマネジメントは欠かせません。
マイノリティの人たちも、マジョリティの人たちと同じように情報が見られて、発言ができて、意思決定ができる。これこそがエクイティであり、インクルージョンなんです。
※ダイバーシティ(多様性)、エクイティ(公平性)、インクルージョン(包摂性)を指す言葉
多様性、なんで避けてしまうんだろう?
なるほど。多様な人材がおたがいを尊重し合いながら、力を発揮できるように情報や議論をオープンにしていきたいと、より一層思いました。
PASのような大企業で実現するのは簡単ではないかもしれませんが、「新しい大企業」の形を、ぜひお二人には実現してほしいなと思います。
企画:竹内義晴(サイボウズ)執筆:御代貴子 撮影:栃久保誠 編集:野阪拓海(ノオト)