体調が悪いのに仕事を休めなかったり、上司の理不尽な叱責に言い返せなかったり……。ちょっとおかしいなと思っても、「だって『ふつう』そうでしょ?」と言われたら、何も言えなくなってしまう。
でも、その「ふつう」って、いったい誰が決めたのだろう。なんで、守らないといけないのだろう。
パンと日用品の店「わざわざ」代表の平田はる香さんがサイボウズ式ブックスから発売した書籍『山の上のパン屋に人が集まるわけ』は、そんな世の中の「ふつう」を問い直した一冊です。
今わたしたちを苦しめる「ふつう」とは一体何なのか、どうすれば「ふつう」にまつわる悩みを乗り越えられるのか。今回はそんな世の中の「ふつう」をテーマに、平田さんとサイボウズ代表の青野慶久が対談を行いました。
子ども時代から感じていた「ふつう」への違和感
平田さんが世の中の「ふつう」に違和感をもち始めたのはいつからなんですか?
もう子どものころからですね。わたしは父子家庭に育ったのですが、幼少期はそれを理由に同級生からよくからかわれていました。
3歳のころに東京から静岡へ引っ越してきて、風土の違いを感じる場面も多々あり、次第に「自分はまわりの『ふつう』と違うのかも」と思うようになったんです。
平田はる香(ひらた・はるか)。2009年、長野県東御市の山の上に趣味であった日用品の収集とパンの製造を掛け合わせた店「わざわざ」を一人で開業。2017年に株式会社わざわざ設立した。2019年東御市内に2店舗目となる喫茶/ギャラリー/本屋「問tou」を出店。2020年度で従業員20数名で年商3億3千万円を達成。2023年度に3,4店舗目となるコンビニ型店舗「わざマート」、体験型施設「よき生活研究所」を同市内に出店。また初の著作「山の上のパン屋に人が集まるわけ」がサイボウズ式ブックスより出版された。
平田さんは「自分は『ふつう』じゃない」というところからスタートしたんですね。
ええ。ただ、自分の中の「正しさ」に対してとても敏感で、正しくないと感じることには徹底的に戦う子どもでもありました。
たとえば小学校4年生のころ、父子家庭であることをからかった同級生に対して、わたしが馬乗りになって叩いてしまったことがあるんです。
でも先生は、手を出したわたしではなく、同級生だけを怒りました。それに対して「わたしだって悪いことをしたのだから、いっしょに怒られるべきだ」と言って、すごく揉めた記憶があります。
僕だったら「先生に怒られなくてラッキー!」と思っちゃいそうです(笑)。
『山の上のパン屋に人が集まるわけ』を読んでいても思ったのですが、平田さんは「対等」や「対価」であることに、強いこだわりがありますよね。
たしかにそうかもしれません。これは中学生のときの話ですが、ある有名人が亡くなった際、テレビはどのチャンネルをつけてもずっとその話題ばかり報じていて。
そのとき、わたしは「ほかの人が亡くなったときはこうならないのに、なぜその有名人だけはテレビで何日にもわたって扱われるのだろう。人の命は平等のはずなのに」と思ったんです。
その疑問を先生に投げかけたら「そういうことは言っちゃいけない」と注意されるだけで、論理的な説明は一切ありませんでした。
こんなふうに中高生のころから、素朴な疑問を発言すると責められたり、押さえつけられたりすることが増えていきました。
しかし、祖母だけは「お前は素晴らしい考え方をもっている。それに気づけたことを大事にしなさい」と言ってくれたんです。それ以来、自分のこういう考え方をもっていてもいいんだ、と思えるようになりましたね。
いい話ですね。子どものころは「率直でかわいいな」と思われることも、大人になっていくにつれて「お前もっと社会に馴染めよ」と言われてしまうんですよね。
立場を問わず、おたがいの「ふつう」を話し合う
僕はわりと世の中の「ふつう」に馴染んできたタイプだと思います。ただ、その中でも「これは納得いかない」と思うことは、行動に移していました。
たとえば中学生のころ、「ノートの半分を漢字の書き取りで埋めてきなさい」という宿題を出す先生がいたのですが、僕はそれが嫌だったんです。
「漢字を覚えるのが目的なら、1日1個覚えれば中学の1年間で習う漢字はすべて覚えられるじゃないか」と考えて、ノートに漢字を3個だけ書いて提出しました。
僕からしたら、漢字を覚えさせたい先生と、覚える気はあるけどたくさん書きたくはない僕のバランスを取った提案のつもりだったんです。でも、先生はバカにされたと思ったようで、すごく怒ってしまって。
青野 慶久 (あおの・よしひさ)。サイボウズ代表取締役社長。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年サイボウズを設立。2005年に現職に就任し、現在はチームワーク総研所長も兼任している。著書に『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)、『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)など
怒られた授業のあと、こっそり先生のところに行って、なんとか懐に入りながら交渉しましたけどね(笑)。
すごく大人な解決法ですね。わたしはそういう理不尽に対面すると、反骨心が生まれてしまうタイプなんです。(笑)
「大人だから正しいことを言っている」みたいな態度がおかしいでしょ、と。それを子どもに指摘されたときに逆ギレされるのも不思議でした。
わたしはただ、ずっと話し合いたかっただけなんですけどね。
情報共有の「ふつう」を変えたいから起業した
青野さんはわりと世の中の「ふつう」に馴染んできたタイプとのことですが、一般的に起業は「ふつう」ではないようにも思えます。どうして起業されたんですか?
前職である、松下電工(現・パナソニック)での経験がきっかけですね。
当時、新人だった僕は周りの先輩社員が忙しそうに働くなか、彼らがどのような案件をどれくらい進めているのか、まったく見えないことにもどかしさを感じていたんです。
もう少しみんなの仕事がわかれば、自分が手伝えるかもしれないのに、と。そこにビジネスチャンスがあるのではないかと思ったんです。
みんなが仕事の状況をオープンにすることで、サポートし合えるようになる、と。それでグループウェアの事業を始めたんですね。
はい。でも実際は、みんな自分の仕事の状況を隠したがるんです。情報をもつというのは、その人の権力にもつながるので。
僕は、情報共有を嫌うという世の中の「ふつう」は、変えたいと思ったんですよね。それは単に効率化だけじゃなく、対等に話し合いをするためでもあって。
先ほどの宿題の話にも通じるんですけど、「自分がしてほしいこと」が一方通行のままだと、「相手がしてほしいこと」とのバランスが悪くなってしまいますよね。
僕はおたがいがオープンに話すことで、自ずとおたがいに納得のいくところに物事がおさまっていくと思うんです。
なるほど。それまで世の中の「ふつう」に乗ってきた青野さんが、唯一変えたいのが情報共有の「ふつう」だった。だからこそ、グループウェアの分野で起業したんですね。
「ふつう」と違う人は、「先駆者」なのかもしれない
やりたいことがあっても、周囲から「大学を出て就職をするのが『ふつう』だ」「『ふつう』の道から外れるのは危険だ」と言われて、自分の気持ちを押し殺してしまう人も少なくないですよね。
そういう人には「大丈夫、その『ふつう』って歴史浅いよ」と言ってあげたいです。いまの世の中の「ふつう」は、現代の人がつくったものでしかないので。
本当にそうですよね。サイボウズでは複業が当たり前に行われていますが、これもいまの「ふつう」だけ切り取れば珍しく見えます。
でも、僕が生まれ育った愛媛の田舎では、ひとつ上の世代は兼業農家ばかりです。世代や場所が異なるだけで、副業が当たり前の世界になったりするんですよね。
いま目の前の「ふつう」だけを見ているから悩んでしまうのかもしれないですね。
すべてが当てはまるわけではないですが、歴史を振り返ると基本的にマイノリティは先駆者と言い換えられると思っていて。
マジョリティのほうが変化は遅いから、先陣を切るマイノリティが時代をつくっていくんです。周りの「ふつう」と違う人がいたら、「変な人」ではなく「先駆者」だと捉えればいいのかもしれませんね。
世の中には多様な「ふつう」が溢れている
周りの「ふつう」と違うといえば、僕は子どものころからコンピューターが大好きでした。当時はめずらしくて、周りからは変なあだ名をつけられたり、「ヤバいやつ」と言われたりもしました。
ただ、全員がそうではなくて、探せば意外とわかってくれる人もいるんです。
ああ、わかります。たとえ身近にいなかったとしても、自分で環境を変えれば理解してくれる人が見つかったりもする。
もともと、わたしは主婦だったので「起業なんて信じられない」と言われるような環境にいました。
その後、起業して周囲に個人事業主が多い環境に移りましたが、そこでもあまり話が合わなかったんですよね。わたしと同じように事業の拡大を目指す人や、積極的に新しいシステムを取り入れようとする人がいなかったので。
でも、法人化して経営者の友人が増えると、当たり前のように経営やシステムの話題が挙がり、話が合うと感じるようになりました。
何よりもうれしかったのは、自分の夢を話しても、誰も笑わなかったこと。全員が本気で受け止めて、「実現できるよ」と応援してくれるんです。
それぞれの環境ごとに異なる「ふつう」があったわけですね。そう考えると、実は「画一的なふつう」は存在してなくて、世界は「多様なふつう」で溢れているのかもしれない。
たしかに……! 苦しむのは、世の中じゃなくて、自分のいまいる環境の「ふつう」が理由なのかも。自分のチャレンジによって環境を変えられるという視点がもてれば、そんなに目の前の「ふつう」に苦しまなくなるかもしれません。
もちろん一歩踏み出す勇気はいるけど、たとえ別の環境が合わなくても、またもとの場所に戻ってくればいいんです。
そうですね。僕がいま実行委員をしている「U-22 プログラミング・コンテスト」には、一見住んでいる場所も遠く、共通点がひとつもないように見える二人組が参加していて。
どういう経緯で組んだのか聞いてみたら、「ネットを通じて知り合った」と言うんです。昔だったら、考えられないことですよね
いまはSNSを通じて、同じ考えや志をもつ人たちと出会えるので、環境を乗り越えるハードルは下がっているのかもしれませんね。
多様な「ふつう」を守るために「文化」がある
人それぞれの多様な「ふつう」があって、「正解のふつう」なんてものはない。だからこそ、チームで働くときは、「自分たちのふつう」を言語化して周囲に伝える必要がありますよね。
自分たちの「ふつう」を表明することで、それに共感する人が集まってくるし、合わない人は無理に近づかないという選択ができる。
そう考えると、情報共有はますます大事ですね(笑)。
たとえばサイボウズには、サッカーが大好きでワールドカップのときだけは絶対に2週間休んで海外に行く社員がいるんです。世の中にとっては「ふつう」じゃないかもしれませんが、その人にとっては「ふつう」のこと。
その「ふつう」を守るためには、チームメンバーに適切に情報を共有していく必要があります。
サイボウズはまさに、多様な働き方を認め、それを共有することで、おたがいの異なる「ふつう」に寛容でいられているんですね。
そうですね。ただ、寛容でいられるのは「この『ふつう』だけは守ってほしい」という明確な基準があるからだと思います。
その企業にとっての「ふつう」、つまり企業理念や規則、文化ですね。
たとえばサイボウズでは、多様な個性を尊重すること、公明正大で隠し事をしないこと、など。そういったサイボウズの「ふつう」は、絶対に守ってくださいね、と。
なるほど。わざわざにも、同じように「自分たちのふつう」をきちんと明文化しています。
世界には多様な「ふつう」が溢れていて、それぞれの「ふつう」に良いも悪いもない。そして、「ふつう」の感覚が似ている人たちとともに働けることが、個人の幸せにもつながっていくのかもしれませんね。
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サイボウズ式特集「ふつうを、問い直してみよう。」
世の中にある、「ふつう」という言葉。「みんなと同じ」という意味で使われていますが、「ふつう」って、実は一人一人違うもの。長時間労働が「ふつう」な人もいれば、家族第一が「ふつう」な人もいる。世の中ではなく、それぞれの「ふつう」を尊重することが必要なのではないでしょうか。サイボウズ式ブックスから発売された『山の上のパン屋に人が集まるわけ』をきっかけに、さまざまな人と一緒に「ふつう」について考えてみます。
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企画:あかしゆか/執筆:園田もなか/編集:野阪拓海(ノオト)/撮影:高橋団・佐野 嘉紀