サイボウズ株式会社

「その成長はなんのため?」 敏腕編集長が体を壊して気が付いた「強さ」の時代のもがき方──NewsPicksパブリッシング 井上慎平さん

この記事のAI要約
Target この記事の主なターゲット
  • キャリアに悩むビジネスパーソン
  • 心の健康に関心がある人
  • 自己成長を模索している人
  • 現代の働き方に疑問を持つ人々
Point この記事を読んで得られる知識

このインタビュー記事では、NewsPicksパブリッシングの編集長である井上慎平さんが自身の経験を通じて、現代社会における"弱さ"との向き合い方について語っています。井上さんは、双極性障害という精神的な苦難を抱えながら、自分自身をさらけ出すことを選び、弱さとどう対峙するかを考察しています。彼は、現代が強さを求める時代である一方で、自分の弱点や個性を受け入れ、それを生かすことの重要性について考えを述べており、成長の内面化や自己プレッシャーによって引き起こされる体調不良の経験を明かしています。

さらに、資本主義の競争社会における自分の位置づけを再認識し、個人の成長が必須とされる中で、いかに自身の"弱さ"を含む固有の特性を抑圧しないようにするかが重要だと語ります。井上さんはまた、能力は単純に個人に備わっているものではなく、環境に依存するものであり、その環境が適切であるときに初めて能力が発揮されると強調し、組織や社会がどのように個人の違いを受け入れ、活かしていくべきかを提案しています。

最終的に、人生における"苦しみ"を完全に乗り越えるのではなく、むしろ経験し、味わうことが豊かな人生に繋がると述べており、苦しみも人生の一部として受け入れ、多面的に捉えることで幸せを探求していく姿勢を推奨しています。

Text AI要約の元文章
働き方・生き方

「その成長はなんのため?」 敏腕編集長が体を壊して気が付いた「強さ」の時代のもがき方──NewsPicksパブリッシング 井上慎平さん

ソーシャル経済メディアNewsPicksで「弱さ考」と題した異色の連載が行われている。

執筆をしているのはNewsPicksパブリッシング編集長の井上慎平さん。発行部数17万部を超える『シン・二ホン』などのヒット作を手掛ける敏腕編集者だ。

そんな井上さんが連載では自身の双極性障害を公表するなど、自身の弱さとその考察について赤裸々に綴っている。

いまなぜ「弱さ」の話をするのか。「弱さ」を抱えてどう生きるかについてお話をうかがった。

弱いままの自分をさらけ出す

井上
最初にお伝えしておきたいんですが、障害の症状で目をずっと合わせていられないんです。

一時的に元気な感じでいることはできるのですが、いまは、元気なふりをするのも快活なふりをするのもやめようと思っていて。
高部
そうなんですね。井上さんの体調を最優先に考えていますので、ご無理はなさらず。

でも、どうして体調が万全ではない中でも、取材を受けてくださったのですか。

(取材は途中休憩をはさみながら行われた)

井上慎平(いのうえ・しんぺい)。NewsPicksパブリッシング編集長。京都大学総合人間学部卒業。2019年、ソーシャル経済メディアNewsPicksにて新レーベル「NewsPicksパブリッシング」を立ち上げる。代表的な担当書籍に、安宅和人著『シン・ニホン』(NewsPicksパブリッシング)など。

井上
こういう自分でもギリギリ働けてはいるんですよね。

僕としては、弱いままである自分をさらけ出すことで、いま苦しんでいる誰かにとって、何か伝わるものがあればと思って。

僕はある日完全に動けなくなった

高部
「弱さ考」を読んで、私が共感したのは、井上さんが現代は「強さの時代」だと言っていたことです。

現代社会では、強くあることが求められますし、私自身、できるだけ自分の「弱さ」を排除して「強い」存在でありたいと思っているところがあります。

でも、ときどきそれが苦しいときがあって。
井上
わかります。

僕もオールドメディアと呼ばれる出版業界からITスタートアップであるNewsPicksに入社して、強く優秀なリーダーであろうとしていたし、どんどん成長する自分であらねばならないと思っていました。

でもある日、完全に動けなくなってしまって。
高部
連載にも書かれていた双極性障害のことですね。
井上
はい。10か月ほど休職しました。

NewsPicksがプレッシャーの強い会社というわけではないんです。むしろ、自分で自分に「本づくり以外もできるんだと見せつけなければ」と勝手にプレッシャーをかけていたところがありました。

成長することが無意識に自分の規範になっていた

井上
体調を崩して気が付いたのは、自分が資本主義的な成長を内面化していたということです。
高部
成長の内面化ですか? もう少し詳しく教えてください。
井上
資本主義の大きな特徴を1つ挙げるならば、やはり自由競争ですよね。

企業は絶えず競争にさらされていて、常に成長し続けなければいけない。自分たちだけがのんびりやっていては、他の企業に取って代わられてしまいます。

そして、企業が成長するためには、中にいる個人も成長しなきゃいけないということに、あまり疑いを差し挟む余地がないんです。
高部
なるほど。
井上
僕は資本主義が個人の価値観に与える影響はすごい大きいと思っていて。

たとえば、ビジネスで何気なく使っている「思考のOS」とか「リソース」といった言葉には、機械的な響きが伴います。

そういった言葉を語っていると、いつのまにか、自分が分解可能で、つねに誰かと比べられ上位互換されうるパーツであるかのようなイメージを持ってしまう。人間は要素分解できないにもかかわらず。
高部
私も、意識せずにそういう言葉を使ってしまっています。
井上
こういう言葉づかいも含めて、「競争のなかに自分はいるんだ、居場所を得るために成長しなくちゃいけないんだ」という規範が、誰かに命令されたわけではないのに自然としみついてしまっているんだと思います。

矛盾を抱えて生きることがカギになる

井上
ただ、ここはすごく強調したいんですが、資本主義ってすごいシステムなんです。

戦争は少なくなってきているし、飢餓も減っているし、病気だって治せる。資本主義はめちゃくちゃ僕たちを幸せにしてくれています。そのことも認識しておかないと、すぐ「資本主義は悪者だ」みたいな話にもなってしまう。
高部
資本主義には良い面も悪い面もあることを認識しておくということですね。
井上
そうです。コテンCEOの深井龍之介さんと対談した際に教えていただいた「積極的ダブルスタンダード」という考えがカギになると思います。
高部
どのような考え方でしょうか。
井上
僕は資本主義に苦しみながら、先ほど資本主義のいい面も強調しました。それと同じように、一見矛盾するふたつの価値観を、受け入れていくという態度のことです。「普遍」と「固有」と言いかえてもいいかもしれない。

数字やロジックといった「普遍」が重視されるビジネスの世界に生きている自分がいる。その一方で、娘にとっては父親であり、妻にとっては夫でありという「固有」の世界を生きている自分もいます。

そこに優劣はなくて、どちらも大事です。
高部
なるほど。無理にどちらかを選ばずに自分の中に内包させるんですね。

現代社会は人に制御を求めすぎている

高部
一方で、競争や成長が組み込まれた資本主義社会のなかで、苦しさをかかえ、井上さんのように体調を崩す人も増えているように思います。

なぜだと思いますか?
井上
僕は「弱さ」を「制御できないこと」と定義しているんですが、今の社会が制御を求めすぎていることが一因ではないかと。

たとえば、ペットが亡くなってつらいとか、女性なら生理のバイオリズムで気分や体調の揺れがあったりしても、自分を制御して安定したパフォーマンスを出さなければいけない。

多少嫌なことやつらいことがあっても、感情を制御すべきだし、組織もそれを望むし、それが評価にも組み込まれています。
高部
ペット休暇など、すこしずつ制度は整ってきたとはいえ、プライベートよりも仕事や組織が優先されるところはまだまだありますね。
井上
「強さ」の時代は、「制御」の時代でもあるんです。

組織を成長させるにあたって、個人が一定のレンジで一定の働きを求められるという大きな方針自体は今後も変わらないと思います。

ただ、その中でいかに固有の、その人にしかないその人らしさが抑圧されないようにできるか。

それこそ、サイボウズさんが掲げている「チームワークあふれる」組織というのが、これから重要なテーマになってくると思います。

能力はひとりでは発揮できない

高部
そもそも「強さ」や「弱さ」とはどういうものだと井上さんは思いますか。
井上
一般的にはやはり「強さ」や「弱さ」は能力の高低だと捉えられがちです。

でも、実際は能力って環境依存的なんです。
高部
どういうことでしょうか。
井上
「強さ」や「弱さ」は環境や時代によって変わるものです。

たとえば、高度経済成長期に理想とされた、会社の言うことに従順な人が、現代では「指示待ち」みたいに否定的に言われるのがわかりやすい例です。
高部
たしかに。
井上
僕は、能力は個人が所有できるものではないと思っています。

能力は、個人の経験や記憶といった内的リソースと、それをうまく引き出せる環境という外的リソースが揃って初めて発揮されます。
高部
どちらかだけがあっても意味がないんですね。
井上
そうです。

「個人が能力を所有している」という前提で組織をつくれば、フロントに立つ人にしか光が当たらないでしょう。でも、「能力は関係性のなかで立ち上がる」という世界観に立てば、よりバックで支える人にも光が当たる。

組織側も、個人の能力ではなく「どんな外的リソースを提供できればこの人は輝けるのか?」に視点がシフトしていくはずです。

「苦しさ」を乗り越えずに「味わう」

高部
近年、脱資本主義的な議論を目にすることも少なくありません。井上さんは、資本主義社会から降りることは可能だと思われますか?
井上
結論としては、やはり降りることはできないと思います。

現代はあらゆるものがサービス化されている。閉じた生態系の中で食料を自給自足する程度ならあり得るかもしれませんが、スマホも介護もとなると難しいでしょう。結局、人は1人では生きられないんです。
高部
たしかにそうですね。現在の生活レベルを維持しようと思うと不可能な気がします。

では、資本主義からは降りられないとして、個人はこの苦しみをどのように乗り越えていけばよいでしょうか。何かヒントはありますか?

(長い沈黙)

井上
まだなんの答えもないんですけど、「乗り越えない」ってことなのかなという気がしていて。
高部
乗り越えないですか!?
井上
はい。「弱さ考」の最後は、「人生から苦しみを取り除いていいのか」っていう論点に行き着くと思っているんです。

「苦しみ」っていうとちょっとストイックに聞こえるかもしれないけど。「苦しみ」も人生の大事な一部じゃないですか。初恋のときにすごい傷ついたけど、いまとなってはあれも良かったよねみたいなことってある。

「苦しみ」そのものが「楽しみ」だったりすることがあるんですよね。
高部
たしかにそうですね。
井上
世の中に「苦しみ成分」と「楽しみ成分」があって、「苦しみ成分」だけを要素還元的に取り除けたらハッピーになるはずなんですけど。そんなに単純ではない。

でも、どんな構造に自分が苦しんでるかは知った方がいいと思っています。僕は現代社会を豊かに生きるには、すぐに役立たない学問が大事だと思っているんです。
高部
学問ですか。
井上
学問は自分が苦しんでいる枠組みを理解する視点をくれますから。ただ、学問に限らなくてもよくて、自分の「苦しみ」をいろんな見方で捉えてみる。

アートが好きな人はアート的なレイヤーで、文学好きな人は文学的なレイヤーで、「苦しみ」を理解したり、味わうことができるかもしれない。

経済的な成功が幸せを約束してくれないいま、それこそ「苦しみ」まで含めて、有限な人生を無限のレイヤーで「味わう」ことができたら、結構それは豊かな人生なんじゃないかなと。

■弱さや学びについてTwitterで発信中  井上慎平@inoueshinpei

企画・執筆:高部哲男/撮影:高橋団
2022年7月 5日仕事への愛としんどい気持ちは無関係。大人の戦い方には「逃げ」も必要
2022年6月28日「自己管理できる人はえらい」という思い込みから、誰にも頼れなくなってしまった話
2020年7月28日グズだからと否定せず、ダメな私さえも肯定したら「自分の物語」を生きられた話

タグ一覧

  • チームワーク
  • リーダー
  • 人生
  • 仕事
  • 会社
  • 個人
  • 働き方・生き方
  • 幸せ
  • 成長
  • 組織

SNSシェア

  • シェア
  • Tweet

撮影・イラスト

編集部

高橋団

2019年に新卒でサイボウズに入社。サイボウズ式初の新人編集部員。神奈川出身。大学では学生記者として活動。スポーツとチームワークに興味があります。複業でスポーツを中心に写真を撮っています。

この人が撮影した記事をもっと読む

編集

編集部

高部 哲男

コーポレートブランディング部サイボウズ式ブックス所属。編集プロダクション、写真事務所、出版社などを経て、2020年サイボウズ入社。「はたらくを、あたらしく」を合言葉に、多様な働き方、生き方、組織のあり方などをテーマにした書籍制作に日々奮闘中。複業として社外での書籍編集にも関わる。

この人が編集した記事をもっと読む

Pick Up人気の記事