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女性議員や子どもが増える街。改革の一歩は「政治は男社会」の先入観をなくすこと——武蔵野市長 松下玲子×サイボウズ 青野慶久

この記事のAI要約
Target この記事の主なターゲット
  • 日本の企業関係者
  • 政治に関心のある人々
  • ジェンダー平等を推進したい人々
  • 武蔵野市に興味を持っている人々
Point この記事を読んで得られる知識

この記事を読むことで得られる知識は、武蔵野市が進めている改革についての具体的な事例とその背景にある問題意識、また女性の政治参加の拡大がもたらす社会的影響に関するものである。武蔵野市では、女性議員の割合が半数を超え、女性視点からの多様な議論が可能となっている。この背景には市長自身が子育て経験者として子育て関連の問題を積極的に解決しようとしていることや、選挙戦略の変化、例えば選挙カーを使わずにSNSなどを活用した選挙活動が増えたことがある。こうした変革が若い世代に支持され、投票率も上昇傾向にある。

さらに記事は、企業におけるジェンダーギャップ問題と比較し、意思決定の場に多様なバックグラウンドを持つ人々が存在することの重要性を訴えている。特に、保育園のおむつ持ち帰りルールの廃止例を挙げ、女性の視点が政策決定に影響を与えることで生活上の細かい問題解決が進むことを説明している。また、これらの改革は、組織の枠を超えて社会全体を変える可能性を持つという視点も提供している。

Text AI要約の元文章
カイシャ・組織

女性議員や子どもが増える街。改革の一歩は「政治は男社会」の先入観をなくすこと——武蔵野市長 松下玲子×サイボウズ 青野慶久

ジェンダーギャップ解消が大きな課題だと認識されながら、日本企業の多くはまだまだ、理想と現実がほど遠い状態にあるのではないでしょうか。管理職が男性ばかりだったり、給与の男女差があったり。サイボウズも例外ではありません。

一方で政治の世界には新しい動きも。2023年4月に行われた統一地方選挙の結果、武蔵野市議会(東京都)では定数の半数が女性議員となったのです。他自治体でも女性が半数以上を占める議会が増えつつあります。

議員の女性比率を高めた武蔵野市では何が起きているのか。企業が政治から学べるアクションはあるのか。武蔵野市長・松下玲子さんを迎え、サイボウズ代表の青野慶久と対談しました。

謎の「おむつ持ち帰りルール」がなくならない理由

青野
松下さんは2017年の市長就任以来、ほかの自治体に先駆けて新しい取り組みを進めていますね。
松下
大きな柱は6年前に掲げた「子ども子育て応援宣言のまち」です。子育て経験のある当事者として、ずっと感じていた不便や不安を解消してきました。

たとえば、保護者に要請される「保育園からの使用済みおむつの持ち帰り」を廃止したのもその一つです。

松下玲子(まつした・れいこ)。 東京都武蔵野市長、政治家。実践女子大卒業後サッポロビール入社、8年勤務後自己都合退職。早稲田大学大学院経済学研究科修了。松下政経塾25期生

青野
私も聞いたことがあります! 保育園で子どもが使ったおむつは、すべて持ち帰らなければいけないんですよね。
松下
謎ルールがまかり通っていると思いませんか?

なぜこんなルールがあるんだろうと思って担当部署に確認したら、理由は「日々の子どもの健康状態を確認してほしいから」だと。

「みなさん知ってました?」取材陣に語りかけるお二人

青野
うーん……。家に帰ってから、わざわざおむつの中身を見る人なんているんでしょうか。
松下
そこまではしないですよね。子どもを迎えに行ってからスーパーで買い物をすることもあるのに、使用済みおむつを持ち歩かないといけないのは大変。

だから保育園で回収することにしたんです。公立だけでなく民間の保育園も対象として、年間予算2000万円ほどで実現しました。
青野
トップがその気になればできることなのに、なぜいまだに多くの自治体では「おむつ持ち帰りルール」が存在しているんですか?
松下
ルールを決めたり見直したりする場に、おむつ持ち帰りの問題を認識している人がいないからだと思いますよ。

私は男女を区別するのは好きではありません。だけど、子育て実務経験の乏しい男性ばかりで政治を進めていたら、なかなかこの問題を認識できないのでは、と思います。
青野
なるほど。些細なことかもしれないけど、誰かに何とかしてほしい。そんな問題が日本にはたくさんあります。

これらが解消されないのは、問題に気づいていないからではなく、気づいている人が意思決定の場にいないからなんですね。
松下
はい。大切なのは意思決定の場に多様な人がいて、多様な問題に気づけることだと思います。

選挙カーを一切使わなくても選挙に勝てる

青野
内輪の恥をさらすかたちになりますが、実はサイボウズの経営幹部には女性が2割しかいません。

その状況をなんとか変えたくて、社内に「アファーマティブ・アクション(※)をやろう」と提案したことがあるんです。
※積極的是正措置。少数集団の不利な状況を改善するため、採用や昇進などに特別枠や優遇措置を設けること。

青野 慶久 (あおの・よしひさ)。サイボウズ代表取締役社長。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年サイボウズを設立。2005年に現職に就任し、現在はチームワーク総研所長も兼任している。著書に『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)、『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)など

松下
役員の半数を女性から選ぶなど、実際に取り組んでいる企業もありますよね。
青野
でもそれを言ったら、社内から「数をそろえるだけでは対症療法にしかならない」「男女比率が偏ってしまう根本的な原因を解消すべき」と猛反対されてしまって。

そんなときに武蔵野市議会が女性半数を達成したと聞いて驚きました。民意の結果である選挙で、これが実現するのはすごいと。
松下
地方では女性ゼロの議会もありますし、そもそも国会議員には女性が20パーセントくらいしかいません。それ以上に少ないのは女性首長で、全国の自治体の中で2パーセントしかいないんです。
青野
たったの2パーセントですか!?
松下
全国市長会に出席すると、いつも男子トイレが大行列(笑)。女性があまりにも少ないので女子トイレはガラガラです。
青野
なぜ日本ではこうした状況が続いているのでしょうか。
松下
選挙戦がハードすぎたことも理由の一つだと思います。

24時間選挙のことだけを考え、地元を回り、駅前や選挙カーで声を張り上げ続ける。

家事や子育てをすべて妻に放り投げられる男性でなければ、こんな戦い方はできなかったでしょう。
青野
そもそも立候補すること自体が女性にとって高いハードルになってしまっていたんですね。
松下
でも、こうした選挙の常識も変わりつつあるんですよ。

たとえば今年の武蔵野市議会選挙では、候補者全体の約半数が選挙カーを一切使いませんでした。
青野
選挙カーを使わない?
松下
自宅で子どもを寝かしつけているときに、選挙カーの拡声器の音はものすごく迷惑なんですよね。それを理解している候補者は、最初から選挙カーを使わない選択をしたんです。
青野
その戦い方でも女性がどんどん当選したんですね。
松下
インターネット・SNSの力を活用できるようになったことが大きいです。

駅前や住宅地を回ってマイクで声を張り上げなくても、必死に個別電話をかけなくても、ネットやSNSでしっかり政策を伝えられるようになりました。

子育てや介護などの経験がある当事者として市民の課題を語り、解決策を示すことで、多くの女性候補者が市民の支持を集めるようになったんです。

多様な人々の課題に応えることで街を発展させる

青野
議会に女性議員が増えたことで、どのような影響がありましたか?
松下
「望まない妊娠をした際の相談窓口」に関する議会質問が出るなど、これまではあまり議論されることのなかった話題が注目されるようになりました。

新しい体制になった議会で、これから本格的に新しい議論が始まるのではないかと期待しています。
青野
有権者の意識や反応も変わりつつあると感じますか?
松下
市議会議員選挙の投票率が上がったんです。前回(2019年)選挙時の46.66パーセントから50.89パーセントに伸びています。
青野
すごい!
松下
身近な生活の課題に取り組む女性候補者に対して、新たに投票行動を起こす若い世代が増えたのではないでしょうか。
青野
投票率の低い自治体も多いですが、むしろ新たな民意を掘り起こすチャンスが眠っているのかもしれませんね。

街の雰囲気も変わりつつあるのでしょうか?
松下
人口増、子ども増が続いていて活気を感じますね。

武蔵野市は吉祥寺など人気の街を擁し、交通の便が良いという強みもあり周辺自治体と比べて家賃相場も土地も高い。それでも「子どもが大きくなるまでは武蔵野市に住みたい」と考える人が増えているんです。
青野
若い世代が集まれば働く層が増えるわけで、税収増にもつながりますよね。
松下
税収は昨年比で約30億円増えていますし、子育て世代による消費も増えています。

多様な人々の課題に多様な意思決定で応えていければ、これからもどんどん街を発展させていけるはずです。

社内で解決しきれない問題を知り、社会を変える側に回った

青野
立候補する女性が増えた背景には、市長としてリーダーシップを発揮する松下さんの影響もあったのではないでしょうか。

そもそも松下さん自身は、なぜ政治の世界へ入ったのですか?
松下
きっかけは、会社員時代に経理の不正を見つけてしまったことです。

とても真面目に勤務していたパートスタッフの女性が、改ざんした領収証を提出し経費を不正に申告していました。
青野
なぜそのような不正を?
松下
そのパートさんは、当時「年収の壁」と言われていた、所得税が非課税となる年収ラインを守りながら夫の扶養の範囲内でどうにか稼ぎを増やそうとしていたんです。
青野
なるほど。課税対象の所得にならない経費を水増し申告して稼ぎを増やしていたんですね。
松下
はい。

不正はもちろん許されません。ただ私は同時に、「しっかり働く意欲と能力のある人が不正を働いてしまう世の中って何なのだろう?」と疑問を持つようにもなりました。

この不正の原因を社内でただすには限界があります。それなら私は、社会の制度を変えるために主体的に動ける側へ回ろうと思ったんです。
青野
松下さんが初めて立候補した東京都議会議員選挙も武蔵野市から立候補していますよね。もともと武蔵野市が地元なんですか?
松下
いえ、違います。だから最初は「よそ者」だと言われることもありましたね。

武蔵野市に住んで18年、市長になって、ようやくよそ者とは言われなくなりました(笑)。

私はこれでいいと思うんです。「この街が好き」という気持ちが地元の人と変わらないのなら、外から入ってきた人たちも街をどんどん良くしてくれるはずですから。
青野
そうやって外から入ってくる人たちがいるからこそ、街の魅力が高まっていく面もあるのではないでしょうか。

よそ者を受け入れて多様性を高め、さまざまな課題を解決していく。松下さんはその象徴なのかもしれませんね。

はじめから無理だと思い込まないために多様性が必要

青野
松下さんが進めている改革は他の自治体からも注目されていると思います。ただ一方で、「自分の街ではこんな改革はできない」とあきらめている人もいるかもしれません。
松下
「武蔵野市だからできるんでしょ?」と。
青野
はい。

私もたまに「先進的な働き方はサイボウズだからできるんでしょ」と言われることがあるんです。

それはイエスの部分もあります。柔軟に動けるIT企業だし、私が社長として意思決定している要因も大きいかもしれない。だけど、どんな企業でも真似できる部分があるはずだと思っています。
松下
武蔵野市には吉祥寺という人気の街があり、おかげさまで財政基盤も強固なので、恵まれている部分もたしかにあると思います。

でも私が言っていることは基本的には意思決定の話だし、税金の使い道の話なんですよね。
青野
やる気になればどんな自治体でもできるはずだと。
松下
はい。メジャーリーガーの大谷翔平さんが大切にされている「先入観は可能を不可能にする」という言葉をご存じですか? 私、この言葉が大好きなんです。
青野
先入観は可能を不可能にする……。

そう、その通りですね。「自分たちには無理だ」という先入観を持っていたら、どんなことも不可能になってしまう。
松下
先入観をなくすためにも、やっぱり多様性が大切だと私は思っています。自分とは違う考え方の人と会って話すことで、いつのまにか築いていた先入観が崩されますから。

「そんな世界もあるんだ」と知ることで、これまでは見えていなかった社会の問題も理解できるようになるはずです。
青野
松下さんが市長として活躍し、市民の皆さんと接することで、「女性は政治の世界で活躍しづらい」という先入観を壊すことにもつながっているんじゃないでしょうか。
松下
スーパーで買い物をしていると、市民の皆さんからびっくりした顔で話しかけられることもあります。「思いきり生活感が出ていますね」って(笑)。

だけど私だって市長であると同時に市民であり、母であり、主婦なので、「今日は大根が高いな……」と売場でしかめ面をしている日もありますよ。

そんな姿を見て「政治家といっても特別な存在じゃないんだな」と感じてもらえるなら、私も誰かの先入観を壊すことに貢献できているのかもしれませんね。

企画:Alex Steullet・高橋団 執筆:多田慎介 撮影・編集:高橋団

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執筆

ライター

多田 慎介

1983年、石川県金沢市生まれ。求人広告代理店、編集プロダクションを経て2015年よりフリーランス。個人の働き方やキャリア形成、教育、企業の採用コンテンツなど、いろいろなテーマで執筆中。

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高橋団

2019年に新卒でサイボウズに入社。サイボウズ式初の新人編集部員。神奈川出身。大学では学生記者として活動。スポーツとチームワークに興味があります。複業でスポーツを中心に写真を撮っています。

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2019年に新卒でサイボウズに入社。サイボウズ式初の新人編集部員。神奈川出身。大学では学生記者として活動。スポーツとチームワークに興味があります。複業でスポーツを中心に写真を撮っています。

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