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すぐそこに迫る労働供給制約社会。危機と好機の分岐点は「同調圧力」の扱い方──リクルートワークス研究所 古屋星斗さん

この記事のAI要約
Target この記事の主なターゲット
  • 企業の経営者
  • 人事担当者
  • 政府関係者
  • シンクタンク研究員
  • 地方自治体の職員
  • キャリアカウンセラー
  • 学生
  • 転職希望者
Point この記事を読んで得られる知識

この記事では、日本が直面する労働供給制約社会について詳しく解説されています。主な焦点は人口減少と少子高齢化が進行する中で、どのようにして持続可能な労働市場を形成するかという点にあります。特に注目されている問題は、物流、建設、医療、介護など、景気に左右されにくい生活維持サービス業での人手不足です。

解決策としては、労働の自動化や機械化、複業の推進、シニア人材の活用、無駄の削減などが挙げられています。また、誰かにとって辛い仕事が、別の人には喜びや楽しみになる可能性があるという「ワーキッシュアクト」という発想も紹介されています。この考え方の例として、キャンプ場での草刈りを体験型アクティビティとして提供するケースが挙げられています。

地方企業と都市部の人材とのマッチングを成功させるためには、地域ぐるみでの人材育成や採用が重要とされています。これらの取り組みは、企業間の競争をゼロサムゲームからプラスサムゲームへと転換することを目指しています。結局、日本社会の同調圧力を逆手に取り、一丸となって変化を遂げることで、より幸せな社会へと進化していく可能性が示唆されています。

Text AI要約の元文章
働き方・生き方

すぐそこに迫る労働供給制約社会。危機と好機の分岐点は「同調圧力」の扱い方──リクルートワークス研究所 古屋星斗さん

年々深刻化する「人手不足問題」。配管工不足による水道管の破裂や、乗務員不足が原因で路線バスが運休や減便するなど、その影響はさまざまな業種で広がっています。

こうした状況を踏まえ、情報サービス大手の研究機関「リクルートワークス研究所」は、2040年に働き手が全国で1100万人以上不足すると予測。

将来、生活を担うサービス(以下、生活維持サービス)の人手不足が懸念されるなか、この社会と人々の生活を豊かにしていくために、わたしたちはいま、何をすべきでしょうか。

日本が今後直面する実態と日常生活への影響、解決策を提示したレポート『未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる』を発表したプロジェクトのリーダー・古屋星斗さんにお話を伺いました。

労働供給制約社会は、すぐそこに迫っている

竹内
リクルートワークス研究所の「Works未来予測20XX」プロジェクトでは、急激な人口減少に伴う日本社会のリアルな現実を発信しています。

そもそもなぜ、仕事の未来予測に取り組んでいるのでしょうか?
古屋
これから日本社会が迎える切迫した状況に、強い問題意識を持ったことがきっかけです。

いま、さまざまな業種で深刻な人手不足に陥っている大変な状況です。にもかかわらず、「不便だけど、ちょっと我慢すればいい」と精神論や根性論で片付ける雰囲気があるような気がして……。

でも、そういった考えでは片付けられないほど、日本社会の現状はこれまでとまったく違うんです。

古屋星斗(ふるや・しょうと)。リクルートワークス研究所 主任研究員。2011年一橋大学大学院社会学研究科修了。同年、経済産業省に入省。産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、政府成長戦略策定に携わる。2017年より現職。労働市場やキャリア研究を専門とする。一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。近著に『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか』(日本経済新聞出版)がある

竹内
これまでの社会とは、何が大きく違っているんですか?
古屋
「好景気で人手が足りない」といった一部業界の一時的な人材不足ではなく、景気に左右されづらい物流や建築、医療、介護などの生活維持サービスにまで、人手不足が慢性的に広がっていることです。

わたしたちは少子高齢化によって、労働"供給"が労働"需要"の数を下回ってしまう状態を「労働供給制約」と名付け、そうした状態が続く社会を『労働供給制約社会』と呼んでいます。

出典:未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる 高齢人口比率が高まることによって、労働の需要と供給のバランスが崩れ、労働の供給が絶対的に不足する「労働供給制約社会」。2040年には、約1,100万人の労働供給不足が発生すると試算。その結果、物流や建築、建設、土木、医療や介護などの生活維持サービスがもっともダメージを受けるとされる

竹内
現在さまざまな少子化対策が講じられていますが、出生率が少しでも増えれば、2040年に労働供給制約社会を迎えずに済むのでしょうか。
古屋
いいえ。労働供給制約社会がやってくるのは、ほとんど決定事項です

仮にいま、大勢の子どもが生まれたとしても、その子たちが社会人として働けるようになるまで約20年かかるので、2040年にはほぼ間に合いません。

ですから、いまを生きるわたしたちが考えなくてはいけない、切迫した問題なんです。

ファーストインパクトは、生活維持サービスの崩壊

竹内
これまでも少子高齢化による人材不足は叫ばれてきましたが、どうして十分な対策が取られてこなかったのでしょうか?

竹内義晴(たけうち・よしはる)。1971年、新潟県妙高市生まれ・在住。マーケティング本部ブランディング部 兼 ソーシャルデザインラボ 所属。新潟でNPO法人しごとのみらいを経営しながら、サイボウズで複業している。地方を拠点に複業をはじめたことがきっかけで、最近は「地方の企業と都市部の人材を複業でつなぐ」活動をしている

古屋
いちばんの原因は、社会の高齢化による労働市場への影響が「よくわかっていなかった」からだと思います。これほどまで高齢化になる事態を、いままで人類は経験したことはなかったですし。

高齢者は現役世代に比べて、労働の消費量(需要量)が多いんです。

たとえば、介護サービス。30〜40代を中心とした現役世代は介護サービスをほとんど必要としませんよね。一方、高齢者の多くは必要とします。 しかも、介護は人手がかかります。
竹内
たしかに、そうですね。
古屋
このように高齢者は、医療・福祉・物流・小売業などをはじめ、生活を維持するサービスへの依存度が高く、労働力を消費します。

一方、加齢とともに労働力の提供者ではなくなるため、労働の担い手は加速度的に減少していきます。

すると、物流を担うドライバーや、道路のメンテナンスなど社会のインフラを支える建設業の人、生活に必要なものを生産する工場の人や、飲食物を調理する人など、「生活を維持するサービス」の担い手が不足します。

その結果、生活に必要なサービスがいちばんにダメージを受けてしまい、わたしたちの生活水準が低下してしまう可能性があります
竹内
高齢化の問題点として、年金や医療費などの社会保障がクローズアップされがちですが、わたしたちの生活に直結するサービスへのダメージがとても大きい、と。
古屋
実は、社会保障の問題が顕著化するのは、もっとあとの話です。高齢化がもたらす最初の影響は、輸送、建設、生産、販売、介護、接客、医療など、人が関わる職種の労働者が不足することで、生活を維持サービスが崩壊することでしょう。

とくに懸念しているのは、インフラの整備・改修といった建設サービスです。ある地方都市では、作業員だけでなく、交通誘導などで現場を支える警備員も不足している状況で、インフラの整備や補修に支障が出ていると聞きました。

また、地元企業で人手を取り合っているため、首都圏から警備員を派遣してもらうこともある。そうなると交通費なども税金から支払われるので、財源がますます枯渇し、新しい道路の建設や災害が発生したときの復旧など、インフラの維持が難しくなっていくかもしれません

人手不足をカバーする、最新技術の意外な活用法

竹内
レポートでは、労働供給制約社会の到来を遅らせる解決策として「徹底的な機械化、自動化」「ワーキッシュアクトという選択肢」「シニアの小さな活動」「待ったなしのムダ改革」の4つを提示されていますよね。

出典:未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる を元に作成。

竹内
これらを一言でまとめると、「複業」や「DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進」なのかなと考えていて。

どうして、この4つの解決策に焦点を当てたのでしょうか?
古屋
多数の解決策があるなか、すでに芽が出ているからですね。つまり、机上の空論ではなく、実際に着手している人がいる分野に絞って4つにまとめました。

誰かにとってつらい労働が、ほかの誰かにとっては幸せ

竹内
労働供給制約社会では、1人の人間が1社だけでなく、いろいろな場面で力を発揮する必要がありそうです。そう考えると、解決策の「ワーキッシュアクト」は欠かせないですね。
古屋
そうですね。ワーキッシュアクトは「何か社会に対して提供しているかもしれない、本業の仕事以外の活動」という意味ですが、基本的な発想は、“誰かにとってつらい労働が、ほかの誰かにとってつらいとは限らないこと”です。

この発想が生かされているのが、三重県のあるキャンプ場が提供している「草刈り付きキャンププラン」です。

草刈りは、人手不足に悩むキャンプ場にとって大変な作業である一方、草刈りを経験してみたい宿泊客にとってはアクティビティになります。実際、ほかのプランよりも予約が早く埋まったそうです。
竹内
まさにWin-Winの形ですね。
古屋
今後、誰かの労働需要を満たす必要が増す社会で必要なのは、こういう発想だと思うんですよね。

つらい仕事をエンタメなどと融合して、楽しいものに変えることで、ほかの人の幸せにつなげていく。こうした新しい働き方を創造することには、無限の広がりがあると思います。
竹内
いままで、「つらい状況をなんとかして解決しなければいけない」と考えがちだったので、その発想は新しいですね!
古屋
人手不足で我慢の限界に達しているからこそ、これまでしてこなかったような発想を試してみる余地が生まれるんです。

強い“課題感”さえあれば、本当にちょっとしたことから仕組みづくりはできると思いますね。

人材の獲得や育成、ゼロサムゲームではもう限界

竹内
地方で人手不足を解消するために、複業やDXの推進に取り組んでいると、さまざまなハードルが現れます。

たとえば、人手不足に悩む地方企業と、都市部で働く複業人材とのマッチングです。地方企業側は複業人材との仕事の経験がなく、複業人材がいることすら知らないケースもある。一方、複業人材側は時間や報酬などの条件がなかなか一致しない。

こういったハードルは、どう乗り越えればいいのでしょうか?
古屋
ここでもやはり、おたがいWin-Winの関係になれるようなプラットフォームが必要だと思います。

このままいけば、2040年の日本は「どんどん不便になっていくけど、我慢できるよね」みたいな精神論や根性論がまかり通っていくはずです。

そして、人手不足で放置されていることを「助け合い、共助」といった義務感でさせようとする状態になるでしょう。でも、それでは絶対にうまくいきません。
竹内
「助け合い、共助」と言いつつ、誰かの行為を搾取してしまいますもんね。
古屋
おっしゃるとおりです。誰かの犠牲のうえに成り立つような仕組みは、持続可能ではありませんから。

だから、誰かの行為に対して金銭や心理的、社会的など「何らかの報酬」を与えて、双方が利益を得られる仕組みをつくることが重要です。その仕組みづくりの競争は、すでにはじまっているんじゃないかなと思いますね。
竹内
その仕組みづくりは地方であまり進んでいないイメージがあるのですが、どうしてだと思いますか?
古屋
最大の原因は、地元企業が複業人材とマッチングした成功体験が溜まっていないからだと思うんですよね。

都市部の若手を中心に約4割が複業を希望していますが、受け入れる企業が全然増えておらず、複業マーケットは圧倒的な買い手市場になっています。

でも、そのことを知らない地元企業が多く、複業人材とマッチングした企業とも成功体験が共有されていません。
竹内
では、どんな手を打てばいいのでしょうか?
古屋
行政と産業、教育機関が連携して、地域ぐるみで人材の採用や育成をしていく必要があります。これを「地域共同育成」や「地域共同採用」と呼んでいます。

地域ぐるみで取り組むことのメリットは、現役世代の争奪戦にならないこと。争奪戦はゼロサムゲームになるので、必ずどこかの企業が人手不足に陥ります。でも、その地域では、みんななくてはならない企業ですよね。

だからこそ、地域ぐるみで人材を育てていき、地域全体の人手不足の解消につなげていくことが解決策になると思いますね。

労働供給制約に対するイノベーションが、おもしろい社会をつくる

竹内
労働供給制約社会に向けて、地方の企業ほど「複業」や「DXの推進」をしなきゃいけないと思っています。

でも、実際には掛け声だけで、何もしていない状況が散見されるな、と。どうすれば、自分ごととして取り組めるのでしょうか?
古屋
行政などと歩調を合わせて、いきなり大きく変えようと考える人は多いのですが、いまの局面で必要な発想は逆です。

まずはできる人から始めて、そこで成功した方法を周りが真似していけばいいと思います

そうした土壌をつくるには、各社にいる感度の高い人たち同士で集まるコミュニティを設け、取り組みを共有し合えるようにするといいでしょう。

そして、そのコミュニティで見つけた「地域ならではの複業やDX」を、今度は地域全体に還元していく。そのサイクルを回せれば、地域全体が徐々に変わっていくはずです。
竹内
たしかに、ほかの会社でもやっていることがわかれば、「うちでもやってみよう」となりますよね。
古屋
地域を変えるためには、日本社会に根強い「同調圧力」を使うしかないと思います。日本の企業は同調圧力で変わり出したら、速く変われるポテンシャルがあるんですよ。

歴史的に言えばペリー来航のような時代の変化もそうですし、直近ではコロナショックによる生活様式の変化もありました。あれだけ「できない」と言われていたテレワークですら、横並びで突然広がりましたよね。

そういう外発的な「危機」があったときに、日本人は「横並び」で大きく変わってきたんです。
竹内
「同調圧力」「横並び」と聞くとネガティブなイメージがありますが、変化の速さというポジティブな側面もあるのですね……!
古屋
まさに、逆の発想が大事なんです。世界的な生物学者であるジャレド・ダイアモンド氏は、「日本語の“危機”という言葉はおもしろい」と言いました。

危険の「危」と、機会の「機」を組み合わせているからです。だから、日本語の危機は自ずとチャンスを含んでいるんだ、と。それは日本社会に備わった「危機」に対する考え方を象徴しているんだ、とも言っています。

人口が減っているからと言って、あきらめる必要はありません。労働供給制約社会を「危険」とするか「好機」とするかは、むしろこれからの行動にかかっています

終わりのない人手不足によって現場にイノベーションが求められている分、同調圧力で変われば、ものすごくおもしろい社会になるかもしれませんよね。

ひょっとすると2040年の日本は、いまの北欧のように経済的には小さいけれど幸せな生活を送れる国になれる可能性を秘めているのでは、と感じているんです。

執筆:流石香織/撮影:栃久保誠/編集:野阪拓海(ノオト)/企画:竹内義晴

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執筆

ライター

流石 香織

1987年生まれ、東京都在住。2014年からフリーライターとして活動。ビジネスやコミュニケーション、美容などのあらゆるテーマで、Web記事や書籍の執筆に携わる。

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写真家

栃久保 誠

フリーランスフォトグラファー。人を撮ることを得意とし様々なジャンルの撮影、映像制作に携わる。旅好き。

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編集

ライター

野阪 拓海

コンテンツメーカー・有限会社ノオトのライター、編集者。担当ジャンルは教育、多様性など。

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