チームワークあふれる社会の実現を目指すサイボウズは、規模拡大により「100人100通り」の組織から「1000人1000通り」の組織へ。
「10年後の組織を、どうデザインしていくか?」が新たな課題となっています。
組織デザインが変革していく過程で、現場が組織や経営方針に対する不安を感じないことが理想的ですが、どうすれば実現できるのでしょうか?
そのヒントとなる企業が、ほけんの窓口グループ株式会社です。同社は従来の保険の常識を覆す来店型保険ショップを立ち上げた「第1の創業」から、顧客本位の業務運営を徹底して社内に根付かせてきた「第2の創業」、そして、保険ショップの枠を超え、新たな事業を展開する「第3の創業」に向けて進化を続けています。
今回は同社代表取締役社長の猪俣礼治さんに、サイボウズ株式会社マーケティング本部長の栗山圭太が「経営と現場が円滑に連携し合うためのヒント」を聞きました。
組織拡大で直面する、サイボウズの新たな課題
今回からサイボウズ式では、組織デザインの先輩方にお話を伺う特集「大規模組織のつくり方」を始めます。
その1回目のゲストとして、猪俣さんにお話を伺います。どうぞよろしくお願いいたします。
猪俣 礼治(いのまた・れいじ)。大分県出身、56歳。 1988年広島大卒、同年4月伊藤忠商事入社、16年伊藤忠商事金融・保険部門長代行兼保険ビジネス部長、17年4月ほけんの窓口グループ執行役員、同年9月取締役、18年7月取締役副社長。22年4月に3代目として、代表取締役社長に就任
今回の特集のきっかけは、サイボウズの組織が拡大するとともに、これまでのワークスタイルを続けるのが難しくなったことにあります。
サイボウズでは「100人100通りの働き方」というワークスタイルを目指し、メンバーそれぞれが望む働き方のマッチングを目指してきました。
ただ、社員数300人くらいであれば何とかなったものの、500人を超えたあたりからきつくなり始めて……。1000人を超えた現在では、「1000人1000通りの働き方」を実現するのが厳しくなってきたんです。
そこで、現在3500名強の社員を抱え、われわれがこれから迎える新たな局面を先行して体験された「ほけんの窓口」が、どんな課題をどう乗り越えてきたのか。これからお話を伺えればと思います。
栗山 圭太(くりやま・けいた)。執行役員事業戦略室長 兼 マーケティング本部長。2003年、新卒で入った証券会社を辞め、第二新卒としてサイボウズに入社。公共営業、大阪営業所の立ち上げなどを経て、「サイボウズ Office」「kintone」のプロダクトマネージャーを経験。その後自身の強い希望で営業に戻り、ここ数年はアジアの拡販にも注力。アジア10カ国を訪問し、パートナー企業とのリレーションシップを図っている
事業を成長させながら、社員のニーズにも応える難しさ
あらためて、ほけんの窓口では膨大な数の社員を抱えていますよね。企業として事業の成長も考えなければいけないとなると、社員一人ひとりのニーズに応えていくのは難しいかと思います。
「事業の成長」と「個人の幸福」の両立をどんなふうに考えていますか?
僕は「社員の幸せなくして、事業の成長はない」と思っているので、社員にはその順番を間違えないように、と言っています。
たしかに、お客さま満足があって事業収益が成り立ちますが、お客さま満足をつくるのは社員です。だからこそ、「ES(社員満足度)なくして、CS(顧客満足度)なし。CSなくして、会社の成長はなし」だと僕は捉えていて。
じゃあ、「社員の幸せとは何か?」というと、単に給料をもらうことだけじゃなく、仕事の楽しさ、やりがいを感じることも大事でしょう。
サイボウズでも「社員の幸せをつくる」というテーマは、よく議論になります。社員の幸せをつくるために、猪俣さんはどんなことを意識されているのでしょうか?
まず経営層が事業の成長だけを語り、そのための目標達成に取り組むだけだと、現場で働く社員は「やらされ感」を覚えて楽しくありません。
だから、そうならないように「どうすれば、仕事のワクワク感を生み出せるのか?」を日々、考えています。
ええ。われわれの仕事の意義は、社会保障制度を補完することです。民間の保険は水道やガスのように目に見えるインフラじゃない、いわば目に見えない社会インフラの1つ。
長期的な視点で見れば、お客さまの人生のお役に立ち、社会課題の解決や社会貢献ができる仕事です。
そういった意義や使命感を社員が持てるようにインナーブランディングを進めることで、社員のワクワク感を生み出せればと考えています。
「高揚」から「陶酔」につながる前に、新しい一歩を踏み出す
仕事を通じてお客さまに喜んでもらえるワクワク感を生み出せれば、会社は成長していくはずです。その結果、社員は「わたしたちは世の中のいろいろなことを変えているんだ」と高揚感を覚えていくでしょう。
ただ、その気持ちが高まりすぎると、いつの間にか「われわれはすごいことをやっている」と陶酔した状態に変わってしまう。そうなると、あまりよろしくないな、と。
成功しているがゆえに「われわれはこのままでいいんだ」という気持ちが強くなり、社員が新しいチャレンジを恐れるようになるためです。
コロナ禍になる前まで、ほけんの窓口の社内にも陶酔感が漂っていました。成功を積み重ねてきたからこそ、これまでとは違うことをしてエラーしないように、新しいチャレンジを受け入れづらい雰囲気があった。
そんな状態に危機感を覚えつつ、コロナ禍に突入してしまったんですね。
対面型ビジネスであるがゆえに、御社の打撃は相当大きなものだったでしょうね。
そうなんです。対面でのコミュニケーションが重要なビジネスモデルですから、コロナ禍に大きな影響を受けました。コロナ禍で変化した社会やお客さまに合わせて、われわれも変化しなければいけなくなった。
ところが、「われわれはこのままでいいんだ」と新しいチャレンジを恐れる社員が多く、スピード感のある新しい対応ができない状態になっていました。
そうなったのは会社のせいです。だからこそ、僕は自責の念を持ち、自ら真っ先に考え、行動し、活動量を増やすように心がけています。そのうえで、社員にも「トライアンドエラー、チャレンジ、進化をしよう」としつこく言っています。
社員が新しいチャレンジを恐れないように、失敗しても守ると伝えていくのがトップの大事な役割かもしれませんね。
ええ。仮にお客さまから不満のお声があったとしても、「チャレンジしようと思ったことは理解できるから」と失敗を許容し、社員がトライアンドエラーしながらチャレンジできる環境を大切にしています。
いまのお話から、企業が成長するには「陶酔が始まる前に新しい一歩を踏み出し、次の高揚感を生み出す」というサイクルを何度も繰り返す必要があるのかな、と。
そのサイクルをうまく繰り返せれば、一番いいと思います。そして、新しい一歩を踏み出す際、サービスを進化させたり、新しい事業成長の領域を見つけたりしながら、社員がワクワク感を見出せるようにしていきたいですよね。
人が増えても理念で目線を合わせ、お客さま本位の企業文化をつくる
急成長した企業の多くは、さまざまな課題に直面します。たとえば、企業の成長フェーズに応じて採用する社員の質が変わってきたり、経営で見る範囲が広がってきたり。
ほけんの窓口も急成長された際、何かしらの課題はありましたか?
僕は3代目の社長として事業を引き継いだので、創業当時の成長段階は直で見たことはないんですよね。
ただ、いろんな人から聞いた話によると、会社が急成長したことで社員は高揚感から陶酔につながり、「お客さまのためにと言いつつ、自分たち本位で物事を捉えていないだろうか」となったようです。
そこで2013年、2代目社長の窪田泰彦さんが就任された際、グループ全社で目線を合わせるために、「お客さまにとって『最優の会社』」という企業理念を制定しました。
その企業理念には、どんな意味が込められているのでしょうか。
「最優」には、お客さまにしっかり寄り添える優しい心を持ち、お客さまのご期待やお悩みの解決につながる知識やスキルを持った「優れた」存在でありたい、という意味が込められています。
この理念を掲げた上で、2014年頃からは理念に共感してくれる新卒の方や、保険業界が未経験の中途入社の方を積極的に採用しはじめたんです。
そうですね、ほとんど保険業界で経験を積んだ方々ばかりでした。
未経験者の方々を採用し始めたのは、「保険営業は保険商品を販売するものだ」という固定概念がないので、「お客さま本位」のマインドを育成しやすいと考えたためです。
結果、そういう人々が集まったことで、「われわれの仕事の本質であり使命は、お客さまに寄り添い、お悩みを解決することだ」と再認識できたのだと思います。
3500人も社員がいると、それぞれの考え方や行動がバラバラになりがちです。「お客さまのために」という言葉1つとっても、その解釈は人それぞれに異なるわけで。
サイボウズでも企業理念を新しく書き換える際、慎重になりました。
たとえば「正義」という言葉は人によって解釈が異なるので、「嘘をつかない(=公明正大)」に言い換えるとか。全員が共通の認識を持てる言葉を使うのは大切ですよね。
おっしゃるとおりです。われわれも「お客さまのために」を「お客さまにとって最優の会社」という言葉にして企業理念として掲げています。
この理念があることによって、考え方も行動もバラバラになりがちな社員のみなさんを、同じ方向へと思い切り引っ張っていけるようになりました。
現場の目標が「お客さまの幸せ」につながる組織デザインを
会社が成長していっても、経営者が何もしなければ、社員は「いや、何のために収益上げているの?」と思うでしょう。
大事なのは、利益を何にどう使っていくか。それは、お客さまのためにサービスを進化させることであり、そのために社員のみなさんの給料を上げたり、株主に還元したりしていくこと。
その流れを循環させていくには、集客して利益をしっかりつくっていくのも欠かせません。
だから、僕は「数字には正しく、しっかり向き合ってくれ」と言っていて。数字を可視化しないと、事業のPDCAサイクルを回せませんから。
もちろん、そういうことを伝えると、「猪俣さんは数字ばかり見ている」というふうに言われてしまうことも多い。ただ、僕が本当に目指しているのは、サービスを進化させ、お客さまにさらに寄り添ったサービスを形づくっていくこと。
そういった僕の言葉の本質を理解して考え、行動し、お客さまの満足や感謝を得ている店舗は増えています。するとチームが明るくなって、店の勢いが増すんです。
業績も上がれば、雰囲気もさらによくなり、よいサイクルが生まれますよね。
そこは、やっぱり明るく楽しく仕事してほしいですよね。僕の経営方針のキーワードは「つながる」です。これはお客さまとつながるだけでなく、社員同士もしっかりとつながっていくこと。
来店型ショップであるわれわれは、いろいろな部署があって、サイロ化しやすいんですよね。そうならないために、しっかりと部署や社員同士がつながる組織づくりをしていかないといけません。
そのためには、部署や店舗、一人ひとりの社員が持つ目標が、最終的に何につながっているのかという部分をうまく設計することが大事です。
そうして「つながる」経営を続けていくなかで、「社員の幸せ」と「お客さまの幸せ」の両輪で、事業を成長させていければと考えています。
企画:神保麻希 執筆:流石香織 撮影:栃久保誠 編集:野阪拓海(ノオト)
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