サイボウズ株式会社

【AIエンジニア安野貴博×サイボウズ青野慶久】テクノロジーとわたしたちの「距離感」が変われば、誰も取り残されない社会がつくれるかもしれない

この記事のAI要約
Target この記事の主なターゲット
  • AIに関心があるビジネス関係者
  • テクノロジーに関心のある一般の人々
  • 社会のデジタル化に興味を持つ人々
  • 政治や政策に関心がある人
  • デジタル民主主義に興味を持つ人々
Point この記事を読んで得られる知識

この記事を読むことで、読者はAIエンジニアである安野貴博とサイボウズの青野慶久の対話を通じ、テクノロジーと人々の適切な距離感について理解を深めることができます。急速に進化するテクノロジーに対して、人々は拒絶感を持たずに積極的に導入することが重要であるとし、その背景にある日本のデジタル化の遅れや少子化による労働力不足の問題を挙げています。また、オープンソースの利用を通じて透明性のある政策決定プロセスを進めることが、社会の問題解決に寄与する可能性があると指摘します。さらに、テクノロジーによる社会の進化は、特にAIの進歩によって人間の生活をより便利にし、孤立を防ぐ方向へと向かっていることを知ることができます。そして、すべての人がテクノロジーを利用して意見を言える社会にするためには、議論をオープンに行い、意見を出してもよいという文化を醸成することが重要であると結論付けています。最終的に、全員がテクノロジーに取り残されているという共通認識のもと、企業と個人が協力してデジタル化を進める必要性があることを理解することができます。

Text AI要約の元文章
働き方・生き方

【AIエンジニア安野貴博×サイボウズ青野慶久】テクノロジーとわたしたちの「距離感」が変われば、誰も取り残されない社会がつくれるかもしれない

AIの発達による自動化や効率化に代表される、とどまることのないテクノロジーの進化によって、世界は大きく変わろうとしています。

その変容を肌で感じてはいるものの「会社で新たに導入されたデジタルツールを使いこなせず、業務に活用できていない」「ITの知識に疎く、わからないことを人任せにしてしまう」という人も少なくないはずです。急速に進化し続けるテクノロジーに対して、わたしたちはどんな距離感で接すればいいのでしょうか。

そのヒントを探るべく今回お話をうかがったのは、AIエンジニア・起業家・SF作家として活躍している安野貴博さん。2024年の東京都知事選に「テクノロジーの力で誰も取り残さない東京をつくる」というビジョンを掲げて出馬した人物です。

わたしたちの未来はテクノロジーの力で、どのように変わっていくのか。また、その未来では、どんなスタンスでテクノロジーとかかわることが求められるか。わたしたちとテクノロジーの理想的な「距離感」について、サイボウズ代表の青野慶久が安野さんに聞きました。

日本のデジタル化を進めるには、テクノロジーと人間の歩み寄りが必要

青野
サイボウズは「チームワークあふれる社会」を創るために、誰でもかんたんに使えるグループウェアを提供しています。ただ、ITツールへの抵抗感をもつ人も多く、社会全体にはまだリーチできていないなと感じています。
安野
それでも御社のグループウェアであるkintoneは、とても広く使われているように思います。ITツールに苦手意識をもつ人からも「kintoneなら使える」という声はよく聞くので、すごいなと思っていました。

安野貴博(あんの・たかひろ)。合同会社機械経営 代表。AIエンジニア、起業家、SF作家。東京大学工学部、松尾研究室出身。ボストン・コンサルティング・グループを経て、AIスタートアップ企業を2社創業。デジタルを通じた社会システム変革に携わる。日本SF作家クラブ会員。著書に『サーキット・スイッチャー』『松岡まどか、起業します──AIスタートアップ戦記』(いずれも早川書房)

青野
僕らとしてはまだまだで、kintoneが一気に伸びたのって2011年にクラウド化したタイミングなんです。

もともとはパッケージソフトでの販売で、「会社のパソコンにインストールすれば、すぐ情報共有できますよ」と敷居を相当下げたつもりでしたが、なかなか広がらなくて。
安野
クラウド化は大きいですよね。インストールやバージョンアップとか、面倒な工程がなくなるわけですから。
青野
そういう面倒な工程が好きな人ってほとんどいないので、誰でも気軽に使えるようにテクノロジー側がもっと人に寄り添っていく必要がありますよね。

あと、kintoneが広がったもうひとつの理由は、少子化だと思っているんですよ。
安野
というと?
青野
ここ数年、地方中小企業の経営者がデジタル化の話を前のめりで聞いてくれるようになったんです。

聞くと、人手不足で本当に困っているようで……。テクノロジーを導入しないと、若手の人は募集に来てくれないし、効率化して膨大な仕事量を処理していけない。「どうデジタル化を進めればいいんだ、教えてくれよ」という感じなんですね。
安野
マクロで見たとき、労働人口が減っていくのは間違いないので、その穴を埋めるためにはテクノロジーを使うしかないですよね。
青野
そうなんです。だから、今後テクノロジーは人間の生活がより便利で快適になるように進化を続けるでしょうし、人間側もテクノロジーを理解し、どんどん取り入れていこうとするはずです。

テクノロジーと人間がおたがいに歩み寄ることで、デジタル化が進んでいくのだと思います。

オープンな場で議論することで、より良い意思決定ができる

青野
今回の都知事選で、安野さんはオープンソースでマニフェストを改善していきましたよね。

そのためにGitHub(オープンソース開発でよく使われる、ソフトウェア開発のプラットフォーム)を使っていたのが最高に痛快で。

オープンな場所で、誰でも政策の議論に参加できる仕組みを日本中に広めていきたいですよね。

青野慶久 (あおの よしひさ)。サイボウズ代表取締役社長。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年サイボウズを設立。2005年に現職に就任し、現在はチームワーク総研所長も兼任している。著書に『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)、『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)など

安野
そうですね。政治領域に求められているのは、GitHubを使っているかのようなオープンさとトレーサビリティ(追跡可能性)だと思うんです。

議員だけが発言できるのではなく、市民から広く意見を集めて、より良いアイデアを取り入れていくこと。意思決定の際にも、あとからその過程を全部追えるようになっていること。

これらはソフトウェアエンジニアが日々やっていることで、GitHubという敷居の高いツールをそのまま使うべきかどうかはさておき、そうした仕組みを政治にもインストールしていきたい気持ちはあります。
青野
いいですね。サイボウズでも、kintoneで議論した内容をすぐ全社に共有して、オープンに意見を集める仕組みがいろいろとあります。

それらの仕組みを活用することで、より精度の高い意思決定ができますし、そこで決まった施策についても全社員が納得感をもってかかわることができるようになります。

「デジタル民主主義」によるイノベーションは日本から始まるかもしれない

青野
今回の立候補にあたり、オードリー・タンさん(台湾の元デジタル発展省大臣で、デジタル民主主義〔※〕の第一人者)にも相談されたそうですね。

※デジタル時代の新しい民主主義。分散したコミュニティが平和的に共存してコラボレーションを強化していくことが期待されている

安野
はい。デジタルテクノロジーで社会システムをアップデートできそうだとはわかっていたんですけど、より具体的なアップデート像を模索したくて。

オードリーさんに相談したのは、以前からシンパシーを抱いていたからです。グレン・ワイルさん(アメリカの経済学者で、マイクロソフトのエコノミスト)と提唱されている「Plurality(※)」の概念や、台湾でのデジタル政策などを以前から調べていたんですよね。

オードリーさんからは現場での知見をたくさんいただき、都知事選でも役立てることができました。

※「多元性」「多様性」を意味する言葉。多様な視点や考え方を認め、テクノロジーと民主主義の共存を目指す概念

青野
そうやって新しい社会のつくり方が見えている人たちに連帯してほしいなと思います。グローバルな視点で見れば、解決できることってもっとあるかもしれませんし。
安野
そうなんですよ。場所は違っても、「みんなでアイデアを出し合い、より良い意思決定をしていこう」という過程は同じはずで。そのための情報共有のメカニズムは横展開できると思うんです。

ちなみに、グレン・ワイルさんは「デジタル民主主義のイノベーションは日本から生まれる可能性が高い」とおっしゃっていました。

他国と比べると、日本はAIに対して親和的で、経済格差や地域間格差などの社会的分断がまだ進んでいないからです。
青野
実際、地方の自治体などにも講演する機会が増えてきており、テクノロジーを活かして市民のまちづくり参加を促す仕組みを導入しようという機運が高まってきているように思います。

テクノロジーによって、マニフェストをアップデートする期間がつくれる

青野
世の中には「政治家は一度出したマニフェストを変えちゃいけない」という固定観念があるように思います。

でも、安野さんはGitHubや「AIあんの」などで、たくさんの人の意見を集めて、マニフェストをアップデートしていましたよね。その取り組みを見て、ほかの候補者の方とのマインドセットの差をすごく感じました。

テクノロジーを使って有権者の意見を聞くために、AIを活用したAI Tuber「AIあんの」をYouTube上で公開。コメント欄に質問や要望を入力すると、安野さんの公約などを学習したAIが回答してくれる。どのくらいの人がどんなトピックの意見を言っているのか、AIを介して多くの意見や情報を集約する「ブロードリスニング」の技術で可視化。質問や批判を見ながら、マニフェストをアップデートした

安野
個人的にはマインドセットの差に見えつつも、実はテクノロジーの差だったんじゃないかなと思っていて。

ビラやポスターに印刷したマニフェストだと変更が効かず、一度出した主張を訂正することが難しくなります。一方、わたしの場合はGitHubで変更提案を取り込んだ瞬間、マニフェストが更新される仕組みにしたんです。

加えて、「AIあんの」にもアップデートした主張を覚えさせたりと、マニフェストが変わることを前提に情報伝達の仕方を設計していました。
青野
すでに変えようのない主張を一方的に伝えていくのではなく、さまざまな意見を鑑みたうえで柔軟に変えていけるのは素晴らしいですね。
安野
もちろん、いずれはマニフェストを訂正できないタイミングも来ますが、テクノロジーを使えばある程度は後ろ倒しにできるはずで。

むしろ、マニフェストをアップデートできるようにしたほうが建設的な議論ができて、選挙期間を「都民が東京の未来を考える時間」にすることもできます。
青野
おもしろいですね。とはいえ、ネットを使わない方々もいるので、この取り組みだけだと議論に参加できる層に限界があるように思います。
安野
たしかにネットに苦手意識をもっている方は少なくないですね。ただ、そうした方々に対しては、電話で「AIあんの」に質問できるようにしていました。

そんなふうにさまざまなフォーマットを用意することで、“誰も取りこぼさない”ように工夫を重ねました。

「幸福にする」はできなくても、「不幸にさせない」はできるかもしれない

青野
安野さんが都知事選で掲げた「テクノロジーの力で、“誰も取り残さない”東京にアップデートする」って難易度が相当高いことだと思うんです。

世の中にはいろいろな人がいますが、そんな多様な社会で「誰も取り残さない」という言葉を使うのはかなり勇気が必要だったんじゃないかな、と。
安野
そうですね。でも、理想の社会を考えたとき、目指すべきはそこだなと思ったんです。

もちろん何か政策を出すたびに、「それって誰かを取り残しているんじゃないか」と指摘されて、考えざるを得えないわけですけど。

ただ、このビジョンを掲げていないと、誰かを取り残している現実から目をそらしたまま、どんどん先に進んでいっちゃうと思うんです。
青野
なるほど。気づかぬうちに誰かを取り残すことを防ぐためにも、掲げるべきビジョンであると。
安野
そうです。一歩踏み込んだ話をすると、取り残される人がいることは避けるべきですが、全員が同じくらい幸せにはならなくてもいいと思っているんですよ。

大事なのは、テクノロジーが進歩することで、ボトム層にいる人たちの生活もよりよくなっていくことで。
青野
「幸福にする」と「不幸にさせない」のは似て非なるものですよね。みんなが成功して幸せな社会をつくるのは難しいけれど、少なくともみんなが不幸じゃない状態まではいけるかもしれません。

オープンに議論をする仕組みを生かすため、自分の意見を言う「自立心」を醸成する

青野
オープンに議論ができる仕組みをより活かせるように、「みんながもっと自立して、自分の意見を言おうぜ」という気持ちもあるんです。
安野
うんうん。
青野
サイボウズで大事にしているもののひとつに「質問責任」というものがあります。これはモヤモヤしたり、疑問に思ったりしたことがあれば「わからないままにせずに、質問すること」を指します。
安野
建設的な議論をするためには、みんなが正直に意見を出すことが大切ですからね。
青野
ええ。実際、みんなが質問責任を果たしてくれるおかげで、サイボウズの制度は数多く改善されていきました。

ただ、発言するマインドを醸成するには、意見を出してくれた人に感謝し、その意見をテーブルに乗せて議論する姿勢も大切です。その様子を見た人たちが、「思ったことを言ってもいいんだ」と思えるようになるので。

だから、安野さんがさまざまな人の意見を受け入れて、マニフェストを変える姿勢を見せたことは素晴らしくて。それは意見を言った人にとって、ものすごい成功体験だったと思うんですよ。
安野
実際に「自分の意見が本当に反映された!」と喜ぶ声もたくさんありましたね。

「自分も政治に参加できるんだ」という意識が広がれば、意見を集めるためのテクノロジーと相まって、社会に大きな変化が生まれると思います。

人間に歩み寄るテクノロジーに、次は人間のほうから歩み寄る

青野
最近のAIの進歩は凄まじいですが、ここから10、20年後を想像したとき、安野さんはどんな社会になっていると思いますか?
安野
「誰も取り残さないテクノロジー」がどんどん生まれていき、AIの社会実装が広がっていくと思いますね。

とくにChatGPTの最新モデル(GPT-4o)が登場し、チャットボットが人間と自然に対話できるようになったことは、とても大きな変化だと思います。というのも、ITが苦手な人でも、会話を通じてあらゆるテクノロジーを簡単に使えるようになるので。

これからのChatGPTは、人間が具体的な指示を出さずとも、「それってどういうことですか?」と会話しながら、利用者の思いを汲む形へと成長をしていくはずです。
青野
なるほど。テクノロジーは人間に相当寄ってきているので、あとはみなさんがテクノロジーを使う勇気がちょっとでもあれば、世の中はもっと便利になりますね。
安野
そう思います。それに、テクノロジーに追いつけていないと不安になる必要はなくて。その感覚って、AIの研究者にもあるので。
青野
AIの研究者ですら?
安野
そうなんですよ。わたしも都知事選に出馬した約1か月間で、追っていたAIの分野がまったくわからなくなって驚きました(笑)。
青野
AI研究者や安野さんでもそう感じるなら、もはや「みんながテクノロジーに取り残されている」時代と言えそうですね。ある意味全員が弱者だという出発点から、社会をつくったほうがいいのかもしれません。
安野
そうですね。その際に世の中を良くできそうなことに気づいたら、ぜひ声を上げてもらいたいです。

これまでかき消されていたような声も新しいテクノロジーがキャッチして、世の中にフィードバックしていける未来が訪れるので。

企画:小野寺真央(サイボウズ) 執筆:流石香織 撮影:栃久保誠 編集:野阪拓海(ノオト)

2024年10月3日対立する意見を糧に、デジタル技術で世界の分断をつむぎなおす。新概念「Plurality」を解く──オードリー・タン×グレン・ワイル×Code for Japan関治之

SNSシェア

  • シェア
  • Tweet

執筆

ライター

流石 香織

1987年生まれ、東京都在住。2014年からフリーライターとして活動。ビジネスやコミュニケーション、美容などのあらゆるテーマで、Web記事や書籍の執筆に携わる。

この人が書いた記事をもっと読む

撮影・イラスト

写真家

栃久保 誠

フリーランスフォトグラファー。人を撮ることを得意とし様々なジャンルの撮影、映像制作に携わる。旅好き。

この人が撮影した記事をもっと読む

編集

ライター

野阪 拓海

コンテンツメーカー・有限会社ノオトのライター、編集者。担当ジャンルは教育、多様性など。

この人が編集した記事をもっと読む

Pick Up人気の記事