ニュースを見てもインターネットを開いても、対立と分断を煽るような言説に触れることが多い昨今。わたしたちが「違い」を乗り越えるためには、何が必要なのでしょうか。
鍵を握るのが「Plurality」(プルラリティ/多元性)、対立を創造に変えて調和点をデザインしようとする考え方です。
台湾の初代デジタル発展省大臣であるオードリー・タンさんと、マイクロソフトの首席研究員にして気鋭の経済学者であるE・グレン・ワイルさんは、共著書『PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来』(サイボウズ式ブックス)でその可能性を世界へ訴えかけています。
複雑な歴史を背景に、多様な文化や価値観を持つ人々が集まる台湾では、プルラリティの考え方に基づいてデジタル民主主義の取り組みが進められ、世界の最新事例として注目を集めるようになりました。
さまざまな人の意見を可視化し、新たな政策につなげる。その実践知からわたしたちが学ぶべきことを、サイボウズ代表の青野慶久が2人に問いかけました。
一人ひとりの違いが発展・革新・成長につながる
今日はお2人にお会いでき、とてもうれしく思っています。
本の出版にあたって、たくさんのご支援をいただきました。それにしても、驚くほど分厚い本になりましたね。
本当ですね。わたしはこの本を2日がかりで読み通しました。
青野慶久(あおの・よしひさ)。サイボウズ代表取締役社長。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年サイボウズを設立。2005年現職に就任。著書に『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)、『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)など
ここにはとても興味深い内容が書かれていました。同時にわたしがこれまで出会ってきた中で、理解するのがもっとも難しい本の一つだとも感じたんです。
だから今日は、お2人にたくさん質問したいと思っています。
まず聞きたいのは、この「プルラリティ」とはいったい何なのかということ。
わたしの理解では、いろいろな人がいるこの世界で、どうすればうまくやっていけるのか。そのための重要な考え方なのではないかと感じました。
その通りです。
一人ひとりの違いを「つぶすべき欠陥」ではなく、「ともに創造していくための特徴」としてとらえるのが、プルラリティの基本的な考え方です。
オードリー・タン。8歳からプログラミングの独学を開始。中学を中退し15歳でプログラマーとして仕事をはじめ、19歳のときシリコンバレーで起業。米アップルの顧問を経て、台湾の蔡英文政権において入閣。2016年に台湾初のデジタル発展相に就任
違いがあるからといって対立するのではない。その違いをエネルギーに変えることで、わたしたちはより発展し、革新し、成長できるんです。
グレン・ワイル。米マイクロソフトの研究主任を務める経済学者。RadicalxChangeおよびPlural Technology Collaboratory & Plurality Instituteの創設者であり、『WIRED』US版の「次の25年をかたちづくる25人」に選出された。主な研究テーマは次世代政治経済学
世の中にさまざまな人がいるのは「大変」で「面倒」くさいことではなく、もっとクリエイティブな世界をつくるために必要なことだと。
はい。プルラリティは他人との関係だけでなく、自分自身の中にもあります。
多くの人は、仕事をしている自分や家族と過ごしている自分、趣味に興じている自分など、いくつもの顔を持っていますよね。それらを切り離すのではなく、それぞれの顔同士で対話させることによって、新しいアイデアや創造性が生まれるわけです。
Uber上陸時の国民的議論を橋渡しした「Pol.is」
書籍では、台湾が多様な文化や歴史、価値観を抱えながらも、プルラリティの考え方に基づいて革新的な社会を築いてきた歩みが記されていました。
わたしが強く興味を持ったのは「Pol.is」(ポリス)というシステムです。これは多数の人々の意見がリアルタイムで可視化され、どんなふうに意見が対立したり、あるいは共感を呼んだりしているのかを俯瞰できる仕組みですよね。
はい。たとえば2015年には、Uberについて台湾の人々がどう感じているかを尋ねるために活用しました。
既存の国内輸送業界にとって不公正な競争を生み出すと感じる人もいれば、安価な移動手段としてメリットをもたらすと考える人もいました。
これらの多様な意見を可視化し、橋渡しすることで、Uberを適切に規制する新しい法律が生まれたのです。
Xの投稿でも、最近は「コミュニティノート」機能によるコメントがつき、多様な考え方が提示されるようになりました。あれはプルラリティから影響されたものなんでしょうね。
はい。実はFacebookでも最近、新たなコミュニティノートのパイロット版がリリースされたばかりなんですよ。
「極端な意見」を書くだけでは拡散されない仕組み
ただ、そうはいっても、ソーシャルメディアには汚い言葉や、悪い気持ちを煽るようなことを書く人もいます。
「Pol.is」にはそうした人は現れないんですか?
システム上である人の投稿が注目され、拡散されるためには、その意見に賛成する人と反対する人、両派からの支持を得なければならないのです。極端な意見が書かれていても削除されることはありませんが、それだけでは拡散しません。
これは極端な意見が拡散されるようなほかのプラットフォームとは対照的な部分だと思います。
一般的なソーシャルメディアは、たくさんのページビューを稼ぐとお金がもらえるシステムになっていて、過激なことを書いてしまいがちです。それをあえてさせない状態で、たくさんの人に見てもらうことはできるのでしょうか?
過激なことを書いてページビューを稼ぐというアイデアは、人々の衝動買いを誘う広告に頼るビジネスモデルの場合にのみ、意味を成すように思います。
しかし、ソーシャルメディアにおける極端な二極化に人々はすでにうんざりしており、市場のパイはどんどん小さくなっています。
すでに多くの企業では、過激なコンテンツで衝動買いを呼び込むよりも、コミュニティやつながりの感覚を生み出すプラットフォームを持つほうが収益性が高いと考えていますよね。
そもそも、人が毎日抱ける衝動には限りがあります。つまり過激なコンテンツの競い合いはゼロサムゲームなのです。
企業に求められるのは、人々がサブスクリプションなどに戻り続けるような、関係性に基づくマーケティングです。そこには、過激なコンテンツは必要ありません。
AIを活用すれば、小規模グループのアイデアも広く伝播する
わたしたちの会社でも、多元性をクリエイティブな取り組みにつなげられるよう努めてきました。
実はサイボウズという会社はもともと、長時間労働が常態化し、2005年には1年間に4分の1以上の人が辞めるような会社だったんです。
その状態を見直し、働き方にまつわる100人100通りのニーズに応えていくことで、みんなが楽しく働くようになり、いまでは5%くらいしか人が辞めない会社になりました。
会社の重要な会議、たとえば事業戦略会議や取締役会などには、全員がビデオ会議でリアルタイム参加できるようにし、決めるべきアジェンダに対して全員が賛成か反対を表明できます。
こうしたやり方を取ることで、1000人以上いる従業員たちが、会社の意思決定に参加する意識を高めてくれていると感じています。
素晴らしい! 多元性のもっともエキサイティングな方向性の一つですね。
多元性が大きく発展できる分野は政治だけではありません。企業組織にとっても、極めて重要な強みになり得るのです。
でもこれは、僕たちが「会社」だからできる部分もあると思っているんですね。
「国」という単位になると本当にいろいろな人がいるし、入社時点で選抜するようなこともできません。これを受け止めながら、プルラリティを目指していくのは相当難しいことではないかと。
おっしゃる通り、何百万人、何千万人もの人々と意見を交わしていくのはとても難しいことです。しかし、陪審員制度や市民集会制度のような、小規模な単位を活用していくこともできます。
こうした場では、1人の人が話す相手はせいぜい10人程度。陪審員としての義務を果たしたり、市民による審議に参加したりする間、同じ仲間ではないとしても、ほかの9人とは知り合いになるのです。
そうすれば互いの距離は短くなり、作らなければならない架け橋も小さくなります。
橋をさらに小さくするために、AIを活用して委員会メンバーを効果的に選出することも有効だと思います。
たとえば、AIが「このペアは共通点が多いので委員会で協力できそう」という情報を導き出し、強い利害関係を共有できるメンバーで委員会が構成されることを想像してみてください。
そうすれば、委員会のメンバーをランダムに選定するよりも、お互いのつながりが深くなり、理解を深め合うことができると思いませんか?
あるグループ内で共感を呼んだアイデアが、ほかのグループにも容易に伝播していくかもしれませんね。
賛成・反対の意見を出し合い、雪だるまのようによいアイデアが育つ
台湾には、嘆願書に署名できるオンラインプラットフォームもあります。5000件の嘆願書が集まれば、省庁に回答を求めることができる仕組みです。
はい。それぞれの嘆願書では、嘆願内容を支持する意見だけでなく、反対意見も提案できます。
しかし、誰かが書いた意見への返信ボタンはありません。たとえば左派がよい主張をしているのを見たら、右派も同様によい主張をするしかないわけです。
誰かが出した嘆願書を見るたびに、ほかの人たちがアイデアを出し合い、そこから議論が深まっていきます。
こうした動きは雪だるま式に大きくなるんですよ。
一つの嘆願が国の施策を動かす結果につながれば、人々は「何かを成し遂げるチャンスが増えた」と感じ、次のプロジェクトにもより積極的に参加するようになります。
そして、参加者が増えれば増えるほど、よりよいアイデアが生まれるのです。
賛成意見と反対意見が可視化され、少しずつ知恵を出し合いながら、まさに雪だるまのようによりよいアイデアへ変わっていく。
このビジュアルをお互いがイメージしておけば、大きな単位の組織でも、前向きに対話できるような気がしますね。
「完璧じゃない自分」だからこそコラボレーションを生み出せる
わたしたちが属する社会や会社は、さまざまな課題を抱えています。
プルラリティの考え方を生かし、よりよい未来へつなげるために、わたしたちはどんなことを意識するべきでしょうか。
完璧を求めないことでしょう。
わたしは幼い頃から、「完璧である必要はない」と自分に言い聞かせていました。なぜなら完璧を目指す時間も余裕もなかったからです。
彼女は生まれつき心臓に疾患があり、12歳で手術を受けるまでは、毎晩眠っている間に亡くなってしまうかもしれないリスクを抱えていたんですよ。
それは悲しい現実でしたが、「自分の考えや思いを発信しよう」と考えるようになってからは気が楽になりました。
わたしは幼い頃から、学んだことを常に記録し、発信してきたんです。最初はカセットテープに録音し、やがてフロッピーディスクになり、そしてインターネットへと移行していきました。
それらは著作権なしですべて公開してきました。もしわたしの目が覚めなかったとしても、発信したことが人々の役に立てば、それでいいのです。
こうした活動のおかげでわたしは、自分が不完全であることのメリットを学びました。
完璧すぎると、ほかの人から有益なフィードバックを得ることができません。ただ拍手してもらえるだけで、それ以上のことは何もない。
でも自分が不完全であれば、それは新たな友人をつくり、フィードバックを求めるための機会となるのです。
わたしたちが書籍を出す際にも、アウトラインの段階で公開し、さまざまなフィードバックを得ましたね。
はい。問題点を指摘してくれた人の中には、共著者となって本の完成に尽力してくれた人もいます。
不完全なバージョンを草稿として公開することで、このようなコラボレーションを招き入れ、意外な協力者と出会うこともできました。
オードリーさんのようにとても優秀な人が「自分は完璧ではない」と自覚し、周りの人たちのフィードバックを得ながらコラボレーションしている。
これはとても強いメッセージだと思いました。
私自身も、自分が完璧な社長だとは考えていません。会社の戦略を立てる際には自分だけではなく、「こんなふうに考えているんだけど、みんなはどう思う?」と社内に投げかけ、フィードバックを求めています。
そのほうがたくさん意見が集まるので、結果的にはよい戦略ができるんです。
まさにその通りだと思います。
私自身も完璧ではない。わたしが誇りにしている共同研究のほとんどは、当初は強く意見が対立した人たちとコラボレーションした成果です。
かつてわたしに対して厳しく叱責したり、攻撃的な質問を浴びせてきたりした人たちが、いまでは心強い味方なんですよ。
レナード・コーエン(カナダ出身のシンガーソングライター)が歌ったように、「すべてのものには裂け目があり、そこから光が入り込む」のです。
本当にそうですね。意見の対立は時として、人々が協力し合うためのもっとも肥沃な土壌となるのでしょう。
『PLURALITY』の書籍を通じて、こうしたわたしたちのメッセージが多くの人の心に届くことを願っています。
お話をうかがい、お2人はとにかく異なるものの間に橋をかけ、分断を埋めようとしているのだとわかりました。
反対する意見の人にも心を開き、次の時代によりよい社会を残せるような、クリエイティブなマインドを持ち続けているのだと。
分断の時代と言われるようないまだからこそ、こうした発想を持つ方々が必要であり、僕たちもそれを理解して広げていかなければならないと強く感じましたね。
執筆・翻訳:多田慎介/企画:高橋団(サイボウズ)/編集:深水麻初(サイボウズ)
2024年10月 3日新概念「Plurality」を解く。対立する意見を糧に、デジタル技術で世界の分断をつむぎなおす──オードリー・タン×グレン・ワイル×Code for Japan関治之
2025年5月 2日【先行公開】創造性は異なる視点が交差するところに花開く──『PLURALITY』日本語版 オードリー・タン寄稿
2025年5月 2日【先行公開】日本にデジタル民主主義の日が昇るとき──『PLURALITY』日本語版 E・グレン・ワイル寄稿