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デジタル赤字構造の解消へ。日本の戦略は「地域発、世界標準」が鍵──経産省若手官僚に聞いた

この記事のAI要約
Target この記事の主なターゲット
  • 日本のデジタル分野に関心を持つ専門家
  • 政策立案者
  • 日本企業の経営者
  • デジタル市場で活動する企業の担当者
  • スタートアップ企業の経営者
Point この記事を読んで得られる知識

この記事では、2025年の日本におけるデジタル市場の赤字構造の問題とその解決策について詳細に述べられています。日本のデジタル市場はAI革命によって経済システムが大きく変わり、デジタル関連収支が赤字であることが示されています。このデジタル赤字は国内市場における労働集約型のビジネスモデル、特にSIer(システムインテグレーター)のような形態が影響しているとされています。このままでは、デジタル赤字は2035年までに20兆円を超える規模になる可能性が指摘されています。津田氏は、この問題を解決する鍵は、「Model Locally, Fit Globally.」すなわち、地域でモデルを作り、それを世界標準に適合させることだとしています。日本はミドルウェアを中心に、産業の比較優位を活かして海外市場で戦うべきだと提案されています。さらに、産業構造としての弱点を補うため、大企業とスタートアップが連携し、国内での成功モデルをグローバルに展開できるエコシステムを構築することが重要だとされています。記事は、日本のデジタル市場が内向き思考からよりグローバルな視点へとシフトする必要性と、そのための戦略的方向性を示唆しています。

Text AI要約の元文章
カイシャ・組織

デジタル赤字構造の解消へ。日本の戦略は「地域発、世界標準」が鍵──経産省若手官僚に聞いた

2025年4月30日、経済産業省の若手新政策プロジェクトPIVOT(Policy Innovations for Valuable Outcomes and Transformation)は、取組の一環として「デジタル経済レポート:データに飲み込まれる世界、聖域なきデジタル市場の生存戦略」を公表しました。

このレポートでは、デジタル関連収支において国外への支払いが過剰になる「デジタル赤字」の構造問題について指摘しています。

いま、日本のデジタル市場で何が起こっているのか? どうすればデジタル赤字構造を解消できるのか?

そこで2025年6月、商務情報政策局 情報経済課に所属でプロジェクトリーダーの津田通隆さん(現:情報処理推進機構 デジタルアーキテクチャ・デザインセンター 情報分析官)(@MichitakaTsuda)に、サイボウズで国や行政機関へ政策提言の役割を持っている執行役員 ソーシャルデザインラボ 所長の中村龍太が聞きました。

そのヒントは「Model Locally, Fit Globally.」という考え方にありました。

AI革命で起こるグレートリセット

中村
津田さんは、このたび「デジタル経済レポート」を執筆されました。

日本のデジタル市場では、いま、何が起こっているのでしょうか?
津田
みなさんもすでにお感じかと思いますが、AI革命で従来の経済システムを根底から覆すようなグレートリセットが起こっています。

日本のデジタル市場を思い返してみても、付加価値の重心が、有形資産から、ソフトウェアのような無形資産に変化してきています。

津田通隆(つだ・みちたか)経済産業省 商務情報政策局 情報経済課アーキテクチャ戦略企画室長補佐(現:情報処理推進機構デジタルアーキテクチャ・デザインセンター 情報分析官)、大臣官房 若手新政策プロジェクトPIVOT デジタル経済プロジェクトリーダー。大学在学中にエストニア共和国にて金融領域のソフトウェア事業で起業したのち、国家公務員総合職試験を経て2023年経済産業省に入省。本務も行いながら、デジタル経済に関する政策提言の取り組みを行っている(@MichitakaTsuda

津田
デジタルに関する経済的な話を簡単にしておきますと……

日本経済におけるデジタル関連の国際収支は6.85兆円の支払超過、つまり「デジタル赤字」です。旅行におけるインバウンドを相殺するくらいのインパクトがあります。

デジタル関連収支の10年間の推移。2024年の受け取りが3.95兆円なのに対し、支払いは10.8兆円

中村
そんなに大きな赤字があるんですね。
津田
注意しないといけないのは、マクロ経済の国際収支の議論において「赤字」そのものが問題というわけではないことです。

国際収支の赤字が示すのはあくまでキャッシュフローとしての受取超過であり、デジタル分野での赤字を生み出す背景としての産業構造を問題として捉える必要があります

海外に飲み込まれて増える「日本のデジタル赤字」

津田
デジタル赤字構造の解像度を高めるために、市場環境をエンタメ関連、SI、アプリケーション、デジタル取引、デジタル広告、ミドルウェア/OS、経営コンサルティング、計算資源インフラの8つに分けて、分析と将来の推定を行いました。

結論から言うと、現在のままだと手堅く見積もっても2035年には最低18兆円ぐらいまで赤字が膨らみます。

事業区分別のデジタル赤字の将来予測。赤字が増え続けていくことがわかる

津田
特に出血しているのがアプリケーションと、いわゆるGAFAに代表されるデジタル取引やデジタル広告のプラットフォームです。

インターネットを通じてアプリケーションを利用できるクラウドサービスであるSaaS(Software as a Service)や、アプリケーション開発や運用に必要なプラットフォームを提供するクラウドサービスであるPaaS(Platform as a Service)のビジネスは、企業市場成長率も粗利率も高い資本集約型の事業です。

これらは外資企業に平均で7割程度押さえられています。
中村
これは、すごい数字ですね。
津田
それに対して、日本のデジタル企業といったら、思い浮かべるのはSIerです。

実際、国内のデジタルサービス取引のうち、SI事業は全体の37%を占めます。しかし、客のニーズに合わせてシステムを構築するSIは労働集約型の稼ぎ方です。人件費単価×時間で稼ぐビジネスモデルはスケールしません

さらに、悲観推計モデルとしてAI革命の影響も分析しており、2035年でさらに10兆円の追加赤字が見込まれます。

悲観シナリオでは特にSI区分での受取減、デジタル取引区分での支払増などが重なり、2035年に28兆円の赤字が予測される

津田
SIや保守のような付加価値の低い中流工程は淘汰され、SIという人月ビジネス自体も淘汰が進むため、国内市場がSI事業という薄氷の上で成立していた状況はもはや過去のものとなります。

この外資に押さえられた資本集約と内資がしがみつく労働集約の差分が、デジタル赤字を生み出す根本的な構造原因といえるでしょう。これが、日本のデジタル産業の弱みです。

こういった状況は以前から指摘されていますが、内発的に問題が解消されないままここまで来てしまっています。

このように、日本のデジタル市場は、何もしなければさらに海外のサービスに飲み込まれていきます。

これで本当に日本企業は勝てるのか? 稼げなくなったSIの柱をどう補填していくのか? というのが、低利益・低成長・労働集約産業で稼いでいる日本企業の死活的な問題です。

日本のデジタル産業で大切なのは「海外に出ていけること」

中村
サイボウズが提供している、サイボウズOfficeやGaroonのようなグループウェアはSaaSのアプリケーションです。また、kintoneはPaaSのミドルウェアです。

この分野はまさに、「デジタル赤字をどうするか?」という、サイボウズで働くわたしたち自身の問題でもあります。
津田
そうですね。日本国内だと、特にミドルウェアのプレイヤーは稀有な存在です。

日本市場でミドルウェアを起点としたアプリケーションサービスを提供している企業はありますが、例えば日本の会計基準に特化したサービスのような、日本のビジネス環境に過適合したサービスでは海外に出ていけません。

アプリケーションやミドルウェアでかつ、汎用的で海外展開もできる抽象度の高いソフトウェアを展開している企業をいかに出していけるかが、今後の日本における重要な戦略になると思っています。
中村
日本のデジタル領域の問題について、とてもわかりやすい解説です。

製造業における隠れデジタル赤字と「モノ・コトの主従逆転」

津田
ここまでのデジタル赤字の話は、どちらかといえば伝統的なデジタルサービス(IT産業)の話でした。しかし、レポートで提唱した「聖域なきデジタル市場」は、デジタル赤字は製造業を含めたすべての業種が考えないといけない問題です。

デジタル関連収支の分析においても、今回のレポートではもう一歩踏み込んで、ソフトウェアやデータを起点に、製造業をはじめ既存の産業、つまり財としての貿易収支にどれぐらいの経済的なインパクトがあるのかも推計しています。

聖域なきデジタル市場で一番のキーワードとなるのが「モノとコトの主従逆転」です。

自動車で想像していただくと分かりやすいと思います。いままでは、車を売るためにソフトウェアを売っていました。車を売るために、車を制御するソフトウェアを詰め込んで、それをモノとセットで売っていたわけです。
中村
そうですね。
津田
しかし、米国や中国における近年のSDV(Software-defined vehicle)市場を見ていただくとわかるように、彼らは「車を売るためにソフトウェアを売る」のではなく、「ソフトウェアを売るために車を売っている」んです。

自動運転システムや車載OS、インフォテイメント(情報や娯楽)のソフトウェアがそうです。これは、いままでとは真逆の世界観です。

これは自動車業界だけではなくほかの業種でも起こっています。極端に言うと「ソフトウェアが売れないとモノが売れなくなる」という市場観です。これを推計すると、2035年には最大で45.3兆円ぐらいまで赤字が広がり得ることが分かりました。

2035年のデジタル赤字28兆円を基に、「隠れデジタル赤字」と「SDX赤字」が積み重なる結果、合計赤字は最大で約45.3兆円に達すると推計される

津田
製造業をはじめ、日本の屋台骨だった産業も本当に勝てなくなってきています。

聖域なきデジタル市場において、「99.9%安全な製品しか世の中に出さないんだ」という世界観のままでは、「精度は90%でいいからマーケットに早く出してしまって、マーケットの中で学習していこう」という、ソフトウェアドリブンの世界観の人たちに駆逐されかねません。
中村
ビジネスの価値観が変わってきている感じですね。新しい価値を生み出すときにはアジャイルにやり始めて、その先にまた新たな価値が見え隠れする。

僕はエフェクチュエーションに関する本を書いていますが、目的ありきではなく、やってみて目的ができていく世界観もあるのかなと思いました。

「デジタル赤字の問題は日本だけ」諸外国の状況

中村
日本の状況はよくわかりましたが、ほかの国はどうなっているんですか?
津田
日本以外でデジタル赤字が問題になっている国は、ほとんどありません。
中村
日本だけなんですか!
津田
日本と似ているのはドイツです。デジタル赤字の状況も産業財産権収支で稼いでいる日本とほぼ同じです。

ただ、ドイツが日本と違うのは、SAPやシーメンスといったグローバルテックプレイヤーが海外で稼いでいることです。日本はそこまでの事業者が本当にいない状況です。この「ポジションの不在」が産業構造的な大きな違いです。

日本は産業財産権以外で赤字。黒字の産業財産権には自動車産業をはじめとする製造業に関連する特許、意匠、商標などの使用料が含まれる

津田
国際市場で一番うまくやっている国は、英国や韓国、イスラエル、北欧諸国です。

この国々はもともと、国内のマーケットが小さいのですよね。だから、政府も経営者も最初から海外に出るしかないというBorn Globalの戦略が市場原理にビルトインされている。投資家も、海外に出ることが前提じゃないと資金を出してくれないんです。

そして、各国ともにデジタルの全方面戦略で戦うのではなく、あくまで自国の産業の優位性がある分野でデジタルサービスを育んでいることも重要です。

英国であれば金融、イスラエルであればサイバーセキュリティなど、特に米国の投資家から見たときに「Right To Win(勝ち筋)」と思われる分野を密度の経済で制していることから学ぶべきです。

デジタル関連収支において、黒字、もしくは小幅な赤字に留まっている主要国を分類した図

津田
一方で、日本は良くも悪くも中途半端にマーケットが大きいので、スタートアップも投資家もイージーマネーで、国内展開して東証に上場すれば手堅く稼げて安泰。大企業も国内でマーケットをとっておけば、あとは商品の多角化をするだけで稼げていける。

いかにそこを打破していけるか……というのが、デジタル赤字を打破するポイントです。

ミドルウェアを中核に、日本の比較優位のある産業アセット分野で戦うスタートアップを起点にして、いかにアセット(資産や財産)とデータの持ち手である大企業も含めたエコシステムを形成していけるか。

デジタルとの掛け算を、海外市場を前提に組み直していけるかが、日本の産業構造を解きほぐすための一つの入り口になるんじゃないかと思っています。
中村
日本は人口減少が進んでいます。このままいくと国内のマーケットは維持できなくなるかもしれない。サイボウズだけでグローバルにいくのは大変なので、リコーさんと連携しながら海外進出をしています。

大企業もこういう動きを増やしていく必要がありますよね。
津田
そう思います。もちろん変化している大企業もありますが、経路依存で変われない経営者がほとんどです。

大企業側にとっても、スタートアップと協業するようなインセンティブをどうデザインできるかがすごく重要なので、政策的にも改めて考えていきたいと思っています。

デジタル赤字の打破のために日本が取るべき戦略

中村
ここまでは、市場環境やマクロ的に見た課題感でしたが、これらの課題感に対して「こうすればいいんじゃないか」という提言はありますか?
津田
短期と長期でやることはある程度決まってきます。

これから一番打撃を受けていく分野は、アプリケーションとミドルウェア事業です。まずは、この高利益率・高成長率事業を取っていくことが短期的な戦略です。ただし、全正面作戦ではなく、あくまで日本の強みを持っている分野と掛け算する形で、まずはそこで稼いでいくことが前提です。

例えばコンテンツ産業を起点にしたデジタルツインや演算エンジン、ロボティクス産業を起点にした制御OSやPhysicalAI基盤、こういったサービスを垂直的に生み出して海外市場で戦う、そういったイメージです。

短期的には高品質な外資インフラを活用してサービスを立ち上げ、支払いよりも海外からの受け取りを増やしていく戦略をとる

津田
長期的な話では、あと10年ぐらい経つと、インフラサイドに量子技術が入ってきて、コンピューティングアーキテクチャは少なくとも現在普及しているノイマン型とのハイブリッドになります。

すると、いま動いているミドルウェアやOS、アプリケーションなどのアーキテクチャももちろん変わるので、量子技術以前と以降で断絶的な事業変革が生じます。

その転換点に向けた官民の投資プールをしっかりと拡大しながら、社会実装の死の谷を越えるための粘り強い投資をしていくことが、我が国のグランド戦略に対するメッセージです。

ミドルウェアで生き残る「移行戦略」

中村
どのように各企業に落とし込んでいけばいいのでしょうか?
津田
アプリケーションとミドルウェアについて、アプリケーションだけで市場を取っていくのは、レッドオーシャンで相当難しいです。そこで、虎視眈々と狙っていくのは「ミドルウェアをどう取っていけるか?」です。

こういった企業戦略の立案に大切なのは、そもそも海外の勝ち組企業たちが何をしているのかを分析することです。

デジタル経済レポートでは、わたしの発案で「デバイス」「サービス」「ミドルウェア・OS」「インフラストラクチャ」の4つの構造を起点に分析する「ニブモデル」を提唱しています。

このフレームワークを通してみると、グローバルでは6つの戦略トレンドに分けることができます。

注目してほしいのが、ニブモデルに示した外側の矢印です。これは、それぞれの戦略に対して「どこを起点にして、その先に行くか」という移行戦略を表しています。(図のニ、ホ、ヘの部分)

ニブ(くびれ)モデルのくびれは、代替されにくさの度合いを示している

津田
たとえば、Amazonが最初に手を付けたのはオンラインの書店事業です。本を売るサービスで成功して、そのプラットフォームをつくっていくうちに、コンピューティングリソースが不足しはじめたため、リソースを増やすために自社でサーバーを立て始めました。

もちろん、いくら冗長化といっても無尽蔵にサーバーを立てるとダブつきます。そこで、余ったサーバーを仮想化し、ケーキのように切って配るというビジネスモデルを思いついた。当時、Salesforceが切り開いたサブスクリプションモデルがシリコンバレーを席巻していたので、インフラをインターネット経由のサービスとして提供することにした。

それが、Amazon EC2であり、AWSのようなIaaS(Infrastructure as a Service:サービスとしてのインフラを提供するクラウドサービス)の始まりです。

つまり、もともとサービスで戦っていた人たちが、それを起点にインフラ領域に出ていった移行戦略だったわけです。これは、ニブモデルの「インフラショッピング戦略」に当たります。
中村
うんうん。
津田
また、Googleはもともと検索エンジンのサービスしか持っていませんでした。一方、AppleはiPhoneとセットでApple Storeを提供しています。つまり、デバイスとサービスを持っています。

デバイスは人間との物理的な接触点ですから、理屈上エンドユーザーの行動データがきめ細やかに取得できます。

そこでGoogleは、ユーザーとの物理接点を得るために、Google Pixelのようなハードウェアを自分たちで作り、エンドユーザー側に出ていきました。これを「ゲートシーキング戦略」と呼んでいます。

ハードウェアを起点にしてソフトウェアを取りに行く、あるいは、ソフトウェアを起点にしてハードウェアを取りに行く移行戦略もあることがわかります。
中村
サイボウズには、サイボウズOfficeというサービスがあって、kintoneというミドルウェアもあります。これらが動くインフラ、つまりIaaSの分野も、実は自分たちで開発して運用しています。

一般的には高品質で価格が安い海外のインフラを使うところですが、わたしたちは社内でつくっている。そう考えると、IaaSみたいな形で「余ったから、ちょっと売ってみましょうか」みたいな話が出てくるかもしれません。

安住せず、次のことを考えていかないといけないですね。

ソフトウェアの中で移行する戦略もある

津田
ほかには、OracleやMicrosoft、Unity Technologiesなどは「ソフトウェアチョーキング」という戦略を選択しています。市場支配力が高いミドルウェアやOSを握ることで、代替性の高い市場から距離を置き、優位性を担保する戦略です。

結局、ソフトウェア戦線においてはミドルウェアを抑えることがすごく重要です。というのも、OSの場合、確固たる地位を築くためには膨大なコストがかかります。逆に、アプリケーションは開発コストが低い代わりに、極めてレッドオーシャンです。
津田
ミドルウェアはアプリケーションに比べると開発コストが多くかかりますが、ひとたび強固なポジションを築くと崩されない。開発コストと市場支配力、このバランスが一番いいのが、ミドルウェアなんです。

日本の企業で見てみると、ミドルウェア領域のプレイヤーはほとんどいません。
中村
こうしてみてみると、ビジネスモデルの違いがよくわかります。ミドルウェアの移行戦略が大切だと改めて思いました。

SI事業からの移行に必要な事業開発のシフト

津田
ミドルウェアを握りながら、その上のアプリケーションサービス戦略で事業接点を持ち、そこで稼いでいく。さらにここからプラットフォームサービスへの昇華となるんですけど、これを実行するにあたって前提となる経営戦略上の話を、最後にしたいと思います。

それは、すべてのソフトウェア企業が、労働集約のSI「事業」から卒業し、資本集約型サービスに転換することです。
中村
その理由は何でしょうか?
津田
SIや保守のような事業モデルは、付加価値がすごく低いんですね。

海外のプラットフォームを提供している企業は、SIは基本無料でやっています。なぜなら、彼らはトランザクションフィーと広告で稼ぐモデルなので、いかにプレイヤーを呼び込み、そこに定着させるかが重要だからです。

従って、中流は捨て、より上流のアーキテクチャ設計とプロダクト開発、より下流のカスタマーサクセスとマーケティングの部分に資金を大きく張る構造になっています。

日本のベンダーは真逆です。「とりあえず海外で流行ったサービスを持ってきて、人を張って組み込む」という労働集約型のタイムマシン経営になっています。

そこから脱却して、ソフトウェアカンパニーになっていかないといけない。サイボウズさんは、ここはクリアしていると思っています。

地域でモデルをつくり、世界規模でフィットせよ。

津田
最後に、覚えておいていただきたいのが「Model Locally, Fit Globally.」(地域でモデルをつくり、世界規模でフィットせよ)という考え方です。

最初にもお話した通り、国内マーケットで過適合するのでは、ソフトウェアの世界では勝てません。ただ、モデルを作ること自体は国内でも全然できると思っています。
中村
具体的には、どのような形ですか?
津田
たとえば、サイボウズさんは地方創生もがんばられていますよね。人口減少は世界でも普遍的で、翻訳可能な構造課題です。

マクロで見ると、もちろん日本の人口は減り続けるわけですが、2050年くらいには生産年齢人口比の減少は安定し、ピークだった高度経済成長期の1/2程度になったところで止まっていくんです。

つまり、人口減少の世界における論点は何かというと、「いかに、生産性を2倍にできますか?」というところなんですね。そこが、地方創生において求められている解決策です。そこを、いかにソフトウェアで解決できるか? というのが、国内市場でモデリングできる部分だと思っています。
中村
なるほど。
津田
この「生産性を2倍に」「いままで2人でやっていたところを1人にできるか」という省力化・自動化の命題は、そのまま海外に展開できます。

日本はその課題に一番敏感で足元で非常に強烈な需要が存在しており、プロダクトの事業開発要件を検討するにはこの上ない市場だと言えます。

従って、ローカルでモデルをつくって、それをいかにグローバルに出していけるか? というのが、みなさんが経営戦略を考えていく上で、重要なポイントになってくると思っています。
中村
たしかに。そのための課題って、何だと思いますか?
津田
そうした戦略をつくっていくために、課題はいくつかあります。例えば、アプリケーションサービス戦略における市場環境の不均衡です。

日本のサービス提供者は海外企業のプラットフォームに依存し、利用料を支払い続けています。いわゆる「デジタル小作人」問題です。
津田
一方、GAFAのようなプラットフォームを提供している企業は「デジタル地主」と呼ばれ、デジタル取引やIaaS利用料を吸い上げています。でも、彼らの実態としては、ただの地主ではなく、プラットフォームを運営するうえに、自前でアプリケーションもつくる「デジタル耕作地主」といったほうが正確です。

彼らは、競争力のあるアプリケーションを複数の商品やサービスをまとめてセットで販売する「バンドル」という形で、筋のいいアプリケーションサービスを取り込んでいく。その結果、規模の経済で勝てない新規参入者を駆逐していく……という、チェリーピッキング(数ある選択肢の中から、自分にとって都合の良いものだけを選び取ること)をやっているわけです。

しかし、アプリケーションはバンドルできても、具体的なサービスから抽象化され、技術的なハードルも相対的に高いミドルウェアはそう簡単にはバンドルできないんですよ。なので、プラットフォーマーから身を守るという意味においても、ミドルウェアのレイヤーを育てていくのは、日本の産業政策としても重要な礎になっていきます

ここまでの論点は複雑系の問題の一端でしかありませんが、どのような戦略を描いて、どのような打ち手を政策としても展開できれば、この銀の弾丸がない問題を少しでも良い方向に持っていけるのかを、プロジェクトチームとしても引き続き考えていきたいと思っています。
中村
グローバルやミドルウェアなど、サイボウズに関わることが多くよい刺激をいただきました。

わたしたちも決意を持って進めていきたいです。
津田
また、ミドルウェアという観点では、わたしも現在、政府が推進するウラノス・エコシステムという産業データ連携のためのイニシアチブの中で、「データスペース(data spaces)」というデータ提供者の主権を担保したデータシェアリングのコンセプトを実現するための参照アーキテクチャやプロトコルをチーフアーキテクト(最高設計責任者)として設計しています。AI時代に枯渇する企業内で死蔵されたデータの戦略的なシェアリングはまさに経営課題であり、そのためのミドルウェアコンポーネントをオープンソースで提供するのがミッションです。

この取り組みを通じて、AI革命で到来したデータに飲み込まれる世界において、ソフトウェアだけではなく、データを戦略的に産業利用していくための政策と実行についても、引き続き担っていきます。

企画・編集:高橋団(サイボウズ)/執筆:竹内 義晴(サイボウズ)

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執筆

編集部

竹内 義晴

サイボウズ式編集部員。マーケティング本部 ブランディング部/ソーシャルデザインラボ所属。新潟でNPO法人しごとのみらいを経営しながらサイボウズで複業しています。

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編集

編集部

高橋団

2019年に新卒でサイボウズに入社。サイボウズ式初の新人編集部員。神奈川出身。大学では学生記者として活動。スポーツとチームワークに興味があります。複業でスポーツを中心に写真を撮っています。

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