寿命を迎えたクルマの電池を、再活躍できる社会へ
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- 自動車業界関係者
- 環境問題に関心のある人々
- 電動車両の未来に興味のある人
- 資源循環やリサイクル技術に関心のある研究者
- 技術開発に取り組む企業の経営者
- 政府や自治体の環境政策担当者
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この記事を通じて得られる知識は、電気自動車の普及に伴って増加する車載電池のライフサイクル管理の重要性と、それに対するデンソーの取り組みについてである。電動車両のバッテリーにはリチウムやコバルトなどのレアメタルが使われており、その安定した供給はカーボンニュートラル達成にも欠かせない。その中で、電池の診断技術である「SOH(State of Health)」は、バッテリーの使用状態を評価し、寿命や劣化を診断することで再利用や再資源化を促進する鍵となる。特にデンソーは、診断の時間を5時間から30分に短縮する技術を開発し、高精度化を図ることで、車載電池のライフサイクルを全体として循環させるエコシステムの構築を進めている。この技術が広がれば、電池の再利用可能性の判断が迅速化し、使用済み電池を国内で循環させるための基盤が整う。さらに、デンソーは車載電池のトレーサビリティを確保するために、QRコードとブロックチェーン技術を活用した「バッテリーパスポート」も推進しており、こうしたプロジェクトを通じて、日本国内での資源循環を目指し、国際競争力を高める試みを続けている。このように、再資源化や電池の再利用はただの技術的課題にとどまらず、広範な産業と連携したイノベーションが求められると考えられる。
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2024.7.17
ビジョン・アイデア寿命を迎えたクルマの電池を、再活躍できる社会へ
「SOH(※)診断技術」を起点にした、車載電池のライフサイクル構築※State of Health
私たちの暮らしを支えている電化製品やコンピュータ、スマートフォンには、埋蔵量が少なく希少性の高い資源「レアメタル」が使われています。不確実性の高い時代では、調達が難しいレアメタルの再利用や再資源化は、世界各地で注目を集める取り組みです。
こうした領域のひとつが、電動車の車載電池。カーボンニュートラルの実現に向けてBEV(Battery Electric Vehicle:バッテリー式電気自動車)の普及が進むなか、増加する車載電池の再利用や再資源化は大事なテーマなのです。
デンソーでは、資源循環の仕組みを生み出すために、電池の診断技術を起点とした車載電池ライフサイクル循環の構築に挑戦しています。
この記事の目次
EV普及と合わせて考えるべき、車載電池の寿命問題
世界的に普及が拡大しているBEV。一般的なBEVの車載電池の寿命は5~8年と言われています。
寿命を迎えた車載電池はどのように扱われるのでしょうか?実は一部の国では、初期に販売されたBEVの車載電池が寿命を迎えているものの、再利用や再資源化されずに放置されてしまっている課題に直面しています。
車載電池には、リチウム、コバルト、ニッケル、グラファイトなどの埋蔵量が少なく抽出が難しい希少性の高い原材料「レアメタル」が使用されており、今後も安定して調達できるとは限りません。寿命を迎える車載電池の再利用や再資源化を進められなければ、レアメタルが足りなくなり、安定して電動車を提供できなくなるおそれもあります。そうなれば、世界各国が目指しているカーボンニュートラルの実現にも影響を及ぼしかねません。
こうした問題を解決するためには、寿命を迎えた車載電池を分解してレアメタルを回収・再資源化する「リサイクル」と、車載としては十分な性能を発揮できなくなった電池を別の用途で再利用する「リユース」が必要です。
すでに各国では、車載電池の再資源化や再利用に関する取り組みが動き出しています。例えば、欧州では電池材料資源を国内にとどめ、輸入への依存を減らすための「リサイクル産業」を強化。電動車の車載電池を二輪車などの電源として再利用するサービスの開発に取り組んでいる国もあります。
しかし、これらの取り組みは、車載電池のライフサイクルを考えると全体最適とは言えず、点の取り組みとなってしまっています。重要なのは、ライフサイクルとして循環させること。デンソーはそのための挑戦を始めています。
利用、保守、回収...車載電池のライフサイクル構築につながる「診断」技術
デンソーは、車載電池の利用から保守、回収、二次利用、再資源化といったライフサイクルに注目。その一連のプロセスのなかでも、車載電池の再利用を促すためのサービスの開発やエコシステムの構築に取り組んでいます。
すべてがつながったライフサイクルを構築するためには、その時々で車載電池がどういう状態であるかを可視化することが重要です。これまでは、車載電池の状態データを取得するのが難しい、状態を診断する精度が十分ではない、状態診断には時間がかかる、といった課題があり、再利用や再資源化は進んでいませんでした。
そこで、デンソーでは車載電池の状態に関するデータを収集し、寿命診断や故障予測、要因解析などを行うための「SOH(State of Health)診断技術」を開発。車載電池の劣化状況を診断し、二次利用できるレベルにあるかを分析。診断結果に応じて、クルマへの再利用、E-バイク(電動アシスト自転車)やコンビニ横の蓄電池などへの二次利用など、ライフサイクルを途切れさせない循環を生み出そうとしています。
デンソーのSOH診断の強みは、診断時間の削減と高精度化にあります。車載電池の使用履歴のデータ学習と簡易的な計測による成果をつなぎ合わせることで高精度化を実現。また、従来5時間程度かかっていた診断時間を、30分ほどに短縮することが可能となる道筋が見えてきました。
本事業を担当するデジタルソリューション事業開発室長の箕浦 大祐は、デンソーが本事業に取り組む背景を次のように話します。
「デンソーでは電池を製造し、販売するような事業はしていませんが、長年にわたって電池開発の実証実験に取り組んでおりました。また、車載電池を電子制御するためのBMU(Battery Management Unit)の開発も行っています。これまでに積み重ねた技術やノウハウが、SOH診断技術の開発においても大きな強みになっています」(箕浦)
電池循環社会の実現に向け、診断技術を起点に多数のサービス展開を構想
本事業が目指しているのは、SOH診断技術の提供に留まりません。この技術を起点に、車載電池のライフサイクル循環の構築を支援するためのさまざまなサービス展開を構想。バッテリーサービス開発を担う課長の山本 信雄は次のように話します。
「SOH診断を起点としたサービス展開によって『電池循環社会』を実現することが、私たちの部署が掲げる重要なミッションです。今後のサービス開発により、車載電池のメンテナンスの最適化による社会全体での省電力化や、BEVの運行や充電の最適化による電欠不安の解消などにも貢献していきたいと考えています」(山本)
こうした一連のサービス開発に取り組む背景には、「幸福循環社会」というデンソーが目指す未来像があります。デンソーは、より良い社会づくりに邁進すべく、モビリティ社会を取り巻く人流・物流・エネルギー流・資源流・データ流の「5つの流れ」に注目し、技術開発や商品開発を行っています。本事業も、その一環として取り組んでいるものです。
「車載電池ライフサイクルの構築によってアプローチしたいのは、資源流、物流、そしてエネルギー流です。車載電池の再利用により、それを戦略資源として活用する循環をつくること。物流トラックを始めとした法人向け車両の電動化が進むなかで、車載電池の再利用に対する業界や社会からの要請に応えること。そして、エネルギーマネジメントの観点から蓄電の需要が高まるエネルギー産業などとも、サービス連携していくことを目指しています」(箕浦)
こうした構想を実現していくために、デンソー内の他プロジェクトにて推進しているバッテリーパスポート技術とも連携しています。デンソーの技術は、産官学が連携して推進するOuranos Ecosystem(ウラノスエコシステム)※の開発・普及においても積極的な役割を果たしています。
※「Ouranos Ecosystem(ウラノス・エコシステム)」とは、Society5.0⦅サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(物理空間)を高度に融合することで経済発展と社会的課題の解決と産業発展を両立する人間中心の社会⦆の実現というビジョンに共感した方々とともに、その実現を目指す、一連のイニシアティブ。
「バッテリーパスポートとは、QRコードとブロックチェーン技術を用いて車載電池のトレーサビリティを担保することを目指し、車載電池に関するデータ管理の基盤構築を目指した事業です。その基盤によって管理されるデータの利活用を前提に、電池のライフサイクル構築におけるさまざまなサービス開発やビジネスの創出を担っているのが、私たちのチームなんです」(山本)
各社と連携を強め、資源が国内で循環するエコシステム構築へ
本事業開発プロジェクトは、2030年の事業化に向けて、自動車メーカーや社外のパートナー企業とともに実証試験を実施するフェーズにあります。その際に重要になるのがデータの共有や開示に価値を感じてもらう視点だ、と箕浦は語ります。
「車載電池の寿命診断、二次利用の需要を喚起するエコシステム構築には、どのような使用環境に置かれて現在の状態に至った電池を供給するのかを表す、各事業者が持つデータの共有が非常に重要です。そのため、ユースケースにおいて、どのようなデータを需要側と供給側で共有すれば安心して電池を利用できるのかという自動車メーカーや各社の声を蓄積しながらその有効性をしっかりと示し、データ共有の仕組みに参画いただける仲間を増やしていくことが求められます。
バリューチェーンにおける各事業者には、自社の競争力に関わるがゆえに開示が難しいデータがあります。そのため、企業間の競争と協調、つまりデータの開示と得られる価値という、バランスが非常に難しいという課題を今後解いていかなければなりません」(箕浦)
バリューチェーンにおける各社との連携を強化するうえで、デンソーはBASC(バッテリーサプライチェーン協議会)に参画。自動車メーカーを含めた各企業や業界団体との連携を図り、電池サイクルのエコシステム構築を見据えての議論・戦略の策定を進めています。ここでも、デンソーの強みを活かせる、と箕浦は語ります。
「車載電池のライフサイクルを構築するためには、バリューチェーン内の各社の連携が重要になります。もしチェーン内で二次利用に必要な量の電池が調達できなかったり、逆に使い終わった電池の供給先を十分開拓できなかったりする場合、二次利用の市場が活性化しないという課題が生まれます。だからこそ、ライフサイクル内での途切れや利益の集中などが生まれないようにエコシステムの構築を行なう。その際に、デンソーがこれまで培ってきたコーディネート力が生きてくると考えています」(箕浦)
寿命が近づいた車載電池を国外に流出させず、日本国内で資源として循環させるために、サプライチェーンのなかでも特に連携が必要なのが、中古車販売に関わるさまざまなプレイヤーです。その背景を、山本は次のように語ります。
「日本では、車載電池の状態が見た目で分からないため、電動車に適正な価格が付かないことが多いのが実状です。それに対して、中古の電動車を「リサイクル資源」の観点でみている海外の買い手からの需要が高く、国外へ中古車が流れてしまっています。それはつまり、電池資源が国内から流出していることを意味します。
電池の再利用の需要がさらに高まった将来、その回収や資源確保を困難にしてしまうリスクに変わります。こういった観点でも、SOH診断によって中古の電気自動車に適正な価格がつくような市場に変えていけるように貢献したいと思っています」(山本)
そうした課題を解くために、デンソーは中古車事業者や商社、中古車オークションで大量の取引を行うリース企業との連携を視野に入れています。電動車を中古車として販売する際に、その価値を高め、国内企業が高く買い取る仕組みを構築することで、中古車が国外に流出しない状態をつくることを目指しています。そうした資源循環が生まれる未来への展望を、箕浦は次のように語ります。
「日本は豊富な資源が採れる国ではありませんが、自動車や電池が使われた製品を多く使う国でもあります。つまり、再利用・再資源化できる資源を、“使用時は”かなりの量を保有していることになります。資源を使い終えた後も、日本国内にそれが残り、次なるモノづくりに活用されていく。そうした循環が日本の明日の強さとなっていくような未来の一翼を担う存在になっていきたいと思います」(箕浦)
ビジョン・アイデア執筆:inquire 撮影:BLUE COLOR DESIGN
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https://www.denso.com/jp/ja/driven-base/project/baas/
・寿命診断や故障予測、要因解析などを行える電池の「SOH(State of Health)診断技術」の開発に取り組んでいる
・その先には、車載電池のライフサイクルだけなく、バリューチェーン、産業を横断した再利用・再資源化のエコシステム構築を目指す
・BEVの普及がより進む世界で、日本国内で電池資源が循環する未来をつくるお問い合わせはこちらRELATED
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