管理職や人事職など、人事業務に携わる人であれば、人材育成や組織づくりにまつわる悩みを誰もが抱えているものではないでしょうか。
実は、これらの人事にまつわる課題は、すでに解決策が出ていることが多いーーそう話すのは、2,000冊以上の人事領域の蔵書があり、人事関係者の交流の場でもある「人事図書館」の館長を務める吉田洋介さんです。
人事の悩みは今も昔も同じ!? 先人たちの解決策はなぜ見落とされてしまうのか? 多くの人事関係者の悩み事を聞いてきた吉田さんに伺います。
人事の悩みは、会社がなかった頃から存在する
先日はサイボウズ式ブックスのイベントに登壇いただき、ありがとうございました!
その中で印象的だったお話があったので、今日は詳しくお聞きしたいと思っています。
現代の人事の悩みは、組織運営における先人たちがすでに解決策を出している、と。
はい。しかし、多くの会社の人事担当者は、その解決策を取り入れずに、同じような問題に悩み、独自に解決しようと苦労してしまう。つまり、車輪がすでにあるのに、それに気づかず「車輪の再発明」をしようとする組織が多いという話でしたね。
そもそも、人事の悩みはいつごろから存在しているのでしょうか。
歴史をさかのぼると、人間が集団で生き始めてから、つまり、わたしたち人類が狩猟採集・農耕民族の頃から人事の悩みはあったと思っています。
吉田洋介(よしだ・ようすけ)。2007年立命館大学大学院政策科学研究科卒業。新卒でリクルートマネジメントソリューションズ入社。組織人事支援として国内外500社以上の採用、人材開発、組織開発、人事制度等に関わり、支社長・事業責任者等を歴任。2021年に独立し株式会社Trustyyleを設立。その後2024年に人事図書館を設立。株式会社シーベースのCHRO、上海晶之道企业管理咨询有限公司の総経理を務める。
エジプトのピラミッド建設では、過酷な現場で労働者のモチベーションを高めるために、ビールを振る舞っていたという説があります。これは、現代の言葉にすると「インセンティブ設計」です。
世界初の株式会社である東インド会社では優秀な船長に働き続けてもらうために試行錯誤したといわれていますし、中国で行われていた科挙の試験は、今でいう適性検査にあたります。数千年前に、その原型があったわけです。
なるほど。人材の採用や配置は、現代と共通する課題ですね。
中でも共通するのは、「人が育たない」という悩みですね。
組織が大きくなると自社の大切にしたいことが伝わりにくくなる悩みや、経営者が望むスピードで社員が成長してくれないという課題は、今も昔も同じです。
解決策は、先人たちが残してくれている
具体的に、先人たちが示してくれた人事課題の解決策にはどんなものがあるんですか?
たとえば、1920〜40年代にアメリカで電話会社の社長を務めたチェスター・アーヴィング・バーナードは「組織の三要素」を提唱しています。
その三要素とは、共通の目標・協働の意欲(貢献意欲)・コミュニケーション。今、多くの会社でやっているエンゲージメントサーベイは、これらの要素と非常によく似た作りをしています。
バーナードが書籍『経営者の役割』を出版したのが1938年なので、ほぼ90年前にはすでにこの3つが大事だといわれていたんですね。
※チェスター・アーヴィング・バーナード(Chester Irving Barnard、1886-1961):経営学者、ニュージャージー・ベル電話会社社長を務めた
でも、組織をつくるときにこの三要素を意識する人は、ほとんどいませんよね。
たしかに……当たり前すぎる気がして、あえて意識はしないように思います。
日本では、1940年代に連合艦隊司令長官として太平洋戦争の指揮を執った山本五十六が、「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」という名言を残しています。
この言葉には、人材育成のステップにおける大切な要素が入っているんですよね。ところが、実際の現場ではなぜか「やらせて、けなす」になりがちです。
こんなに先人たちの教えが多くあるのに、現代の私たちは生かしきれていないように思ってしまいます。
たった1つの「勝ちパターン」では、いずれ太刀打ちできなくなる!?
なぜ、わたしたちは先人たちの知恵を使わず、同じことで悩み続けてしまうのでしょうか?
実は、恋愛と組織づくりは似ていると言われることがあって。ここにヒントがあるかもしれません。
恋愛も組織づくりも、誰かにアドバイスを受けなくても、自分なりの成功パターンらしきものがある。だからこそ、人に教えられると腹が立つ(笑)。
自分の勝ちパターンで恋愛がうまくいっても、結婚して子どもができるとパートナーとの関係性がうまくいかなくなることってありますよね。
1つの勝ちパターンしか知らないがゆえに、フェーズが変わると問題が起きるのは、スタートアップから成長してきた組織にも当てはまると思うんです。
組織の大きさによって人事や管理職に求められることは違ってくるものですが、立ち上げ期のやり方のまま突き進みがちなんですね。
そして組織が崩壊してから「このやり方ではダメだったんだ」と気づき、学び直す。
だから、2回以上起業している経営者は失敗経験をもつケースが多いので、組織づくりを重要視します。
とても面白い視点ですね! 腑に落ちました。
人材育成や組織づくりで失敗に陥らないために、どのような対処をしておくといいんでしょうか?
まずは、自分が得意なパターンとそれ以外を知っておくことが大事です。得意なパターンは「こういう環境や条件で機能する」ということまで把握しておくといいですね。
とくに、バブル崩壊以降は「こうやったらうまくいく」という成功パターンそのものを探る行動が大切になったんです。
バブル時代は「24時間働けますか」というフレーズに象徴されるように、仕事をすればするほど業績も給料も上がりましたが、バブル崩壊後はがんばり続けるだけでは成果が出なくなりましたから。
ただひたすら手を動かせば、成果が上がる時代ではなくなったんですね。だからこそ、成功パターンを見極めていかねばならないと。
はい。でも、これが自分の組織の成功法則だ、と思ってしまうと、それ以外の行動が取りづらくなる。
だからこそ、自分の勝ちパターンとともに、環境が変わったらやり方も変える必要があることを認識しておくのが大事だと思います。
それを認識すること自体が、なかなか難しいのかもしれませんね。
私のおすすめは、自分の会社に対して耳の痛いことを言ってくれる人を近くに置いておくことです。
真剣に考えて意見を言ってくれて信頼できる人であれば、社員でも社外の人でもいいと思います。
先人からヒントを得ようという気持ちになるためには、まず批判を受けることが必要ですから。
先人の教えを使う前に、まず悩み抜こう
先人たちの知恵は、今の時代の組織にどうやってフィットさせ、活用していけばいいのでしょうか。
学んだことを使おうとする前に、まず悩み抜いたほうがいいと思っています。
たとえば、採用がうまくいかないと悩んでいる人が、書籍を読んでリファラル採用を知ったとします。でも、それを実行する人はごくわずかなんです。
自分の会社に適用できない理由を探してしまうんです。例えば、「うちの社員は協力してくれないだろう」とか「社長からOKをもらうのが難しそう」とか。そうして実行する前に諦めてしまうパターンは実はすごく多くて。
でも、来る日も来る日も悩んで、思いつく限りのことを全部やっても解決できない。それでも、まだやれることがあるんじゃないかと思ったときにリファラル採用を知ったとしたら……。
そうですよね。自社がやるべきか一瞬で判断がつくでしょうし、やるとなったらすぐ行動すると思うんです。
特に人事領域は、1on1ミーティングやエンゲージメントサーベイなど、魅力的に感じる手法がたくさんあるので注意が必要です。
「これをやったら社員が元気になって、業績も上がる」と言われる方法でも、自社で役立つかは別の話ですから。
ちょっと意地悪な質問になってしまうんですが……そこまで悩み抜かずに、楽に課題解決したい人はどうすればいいでしょうか?
そういう方には、「まずは、やってみたらいいですよ」と言っています。
何かいいと思った方法があるなら、試してみる。そうやって人材育成や組織づくりをすると、だいたいうまくいかないことが出てきて、当事者として悩み始めるんです。
試してみることで、おのずと悩みが顕在化してくるんですね。
そうすると、他の方法にトライしてみたり、失敗した原因を探ったりするでしょう。そうして、悩むことが最初の一歩だと思います。
人事の歴史上、初めて直面する課題とは? これからの人事の役割を考える
長い歴史がある人事領域ですが、直近でどのような変化が起きている、または起こると思われますか?
働き方の自由度が増したという実感は、すでに多くの人がもっているのではないでしょうか。
時短勤務やリモートワークが広まり、育休取得をする男性が増えるなど、働き方も休み方も自由度が高まっています。
たしかに、働き方の選択肢がぐっと増えた実感があります。人事部門が新たに考えるべきことはあるのでしょうか?
働き方が多様になったからこそ、自社にとってベストな働き方とはなにかが問われています。
日本の人事の歴史上、この問いに対する解を出すことを求められたシーンはほぼありません。これからの時代の人事に求められるのは、自分たちのあり方を自ら決断していくことです。
答えのない問いに対して、意思決定していくことになるんですね。他の変化はありますか?
初めて直面するという観点で共通するのは、労働力の減少です。
労働力人口が減る中、何をしたら自社が生き残れるのかを考えなければなりません。
働く人から選ばれる企業になるためには、どのような働き方を提示して、どんな組織をつくるべきか、人事が「自分ごと」として考える必要があると思います。生成AIやテクノロジーの進化もそこに大きく影響するでしょう。
ありがとうございます。最後にお聞きしたいことがあります。
先ほどあがったようにAIをはじめとするテクノロジーが日々進化していますが、それらで人事領域のどういった課題を解決できそうでしょうか?
今年大きく変わっていきそうだと思っているのが、目標設定や評価です。
特に大企業では、目標設定と評価に膨大な時間をかけています。管理職がメンバーの目標設定と評価にかける時間は、年間1人あたり5〜6時間ともいわれています。1万人の企業なら、5〜6万時間を費やしているわけです。
ここに、生成AIが使えると思っています。
自社の人事制度や職種ごとの業務内容、部門方針、各社員の経験や保有スキル、360度評価の結果、希望するキャリアなどのデータを生成AIに学習させると、70点くらいの精度で評価を導き出せるようになってきました。
それをもとに上司が最終評価を決めていけば、1人あたり5〜6時間かかっていた評価が30分程度で終わるでしょう。実際にある会社では33分の1にまで評価業務が圧縮された実績も出ています。
その時間を営業や業務改善に使えば、業績アップにつながりますよね。そう考えると、これは意味のある投資になります。
データに基づいた、納得感のある目標設定や評価もできるようになるでしょう。
テクノロジーの進化は早いものですが、もう今年に実現しそうだとは……驚かされます。
他の領域でも、情報を集めたり整理したりするのはAIがやってくれるので、人間には最後に意思決定をする能力がますます必要になります。AIのアウトプットに不足があれば、問いを出していくことが人間に求められると思います。
それに加えて、「あの社員、浮かない顔をしているな」など、AIが気付けないような違和感に気づくアンテナの高さも必要です。
データには表れないことを、人間の五感で補完していくんですね。人の役割がどんどん変わっていくのを感じます。
今日はありがとうございました!
企画:小野寺真央(サイボウズ)執筆:御代貴子 撮影:栃久保誠 編集:守屋和音(ノオト)
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