サイボウズのkintoneは、「業務を知っていれば、プログラミングを知らなくても業務アプリがつくれる」製品です。
「プログラムを書かなくてもよい」ということは、プログラムを書く仕事に面白みを感じている人からすれば対極の位置づけです。AI同様「仕事が奪われる」心配も。
そこで、「エンジニアから見たノーコードツール」について、サイボウズの若手エンジニア2名とざっくばらんに話してみました。
ぶっちゃけ「エンジニアがうらやましい」
個人的にですけど、ぶっちゃけお2人のことがうらやましいんですよ。
saku。開発本部所属。kintoneのフロントエンドエンジニア。UIやアクセシビリティの改善を担当している。
僕はもともとガチ目なプログラマーで「生涯エンジニアでいたかった」タイプです。それをまさにやっているお2人がうらやましくてしょうがない(笑)
なんでエンジニアから離脱することになったんですか?
以前の会社で、管理職からのストレスで心が折れかかってしまった経験があって。
その後、自分自身が管理職をやることになったんですが、マネジメントの重要性を痛感しました。そこで、組織づくりやコミュニケーションを学びながら実践したんですが、次第に「人を支援する仕事もおもしろいな」と思うようになったんです。
竹内義晴(たけうち・よしはる)。サイボウズ式編集部員。元ガチめなプログラマー。サイボウズで週2日複業社員としてはたらきながら、本業のNPO法人しごとのみらいでは組織づくりやコミュニケーションに関する企業研修や講演を行っている。
マネジメント系の役職についちゃうと、コードが書けなくなってしまう。それで別の会社に行って……っていうネガティブな流れもあると思うんですけど、竹内さんの場合はポジティブな流れだなぁと思って。
そうですね。ただ、楽しいと感じる以前は辛かったんですけど(笑)
わたしたちだってどうなるかわかりませんからね(笑)
エンジニアを目指したのは「周りの影響」
ちなみに、エンジニアにはいつから興味を持ったんですか?
わたしは明確に「これを機に目指した」というのは特になくて。
びきニキ。クラウド基盤本部所属。サイボウズの製品が動くプラットフォームの整備や効率化、利便性を高める業務を担当している。
でも、子どものころからパソコンに触れるのが好きでした。絵本の読み聞かせをするときも、動画を観ながら一人でページ送りをするみたいなことをやっていたので、パソコンに対する信頼度というか、親近感みたいなのがずっとあったんです。
「エンジニアになるぞ!」って感じでエンジニアになったわけじゃないんですね。
高校は商業の情報科でした。その理由は「3年間クラス替えがなかった」から(笑)
でも、周りの人がパソコンでものづくりをしていたこともあって、周囲に影響を受けて。「じゃあわたしもやってみようかな」みたいな感じで、いま、ここにいる感じです。
わたしも周りに左右されて……というか、周囲の環境のおかげで、いま、ここにいる感じです。
びきニキみたいに、幼いころからパソコンに触れてはいませんでした。高校も普通科だったので、情報系に特化して勉強することもあまりなかったんです。
ただ、高校の頃からデザイン系……つまり、アートにはずっと興味があって、大学でも「芸術の勉強をしたいな」って思っていたんですけど受験に失敗してしまいました。次の進学先で選んだのが情報工学だったんです。「情報系にもデザインの分野があるな」と思って。
学校に入ると、まわりは「めっちゃ情報系やってきました」みたいな人が多くて。それに影響を受けて、情報系のサークルに入ったり、ハッカソン(特定のテーマに対して、短期間で集中して開発を行うイベント)に出るようになったりしてのめり込んで行きました。
ハッカソンに出るということは、まぁまぁなガチぶりですよね(笑)
「プログラムを書く」ことの楽しさ
みなさんは「プログラムを書く」ことが仕事ですが、プログラムを書く面白さとか、好きなところって何なんですか?
ちなみに僕が以前プログラマーだったとき、「プログラムを書くこと」自体が好きだったんですよね。変数の名前のつけ方とか、メモリの扱いとか、コードの美しさとか、かなりこだわって書いていました。
さっき芸術とか、アートが好きって話をしましたが、根底としては創作活動が好きなんです。自分の頭で思い描いていることをパソコンで実現するところは好きですね。それが、プログラムを書くことが好きって感じなのかな。
プログラミングには、いろんな楽しみを感じる要素がありそうですね。
そうですね。設計とかデザインって、自分の中で完璧なものにする方向にモチベーションが湧くタイプの人もいれば、創作活動が好きみたいなタイプの人もいるかもしれませんよね。
わたしも、創作活動がめっちゃ好きなんですよ。プログラムを書くことよりも、絵を描いたり歌を作ったりするほうが好きです。
「この違いは何かな?」って考えたときに、プログラミングって、エラーがあったら自分が悪いことが多いじゃないですか。そういう意味では正しさや間違いがあります。でも、絵や歌などの創作手段には答えがない。これが決定的な違いで。
確かにそうですよね。「こだわる」という意味では、面白いって感じるポイントはたくさんありそうです。
「プログラムを書く楽しさ」との対極がノーコード
サイボウズはkintoneという、プログラムを書かなくても、業務に必要なアプリケーションをつくることができる製品を提供しています。
「プログラムを書かなくていい」ということは、いままで、プログラムを書くことに対して面白みを感じていた人にとって対極にあるものですよね。
人によっては「自分の仕事が奪われてしまうんじゃないか」とか、「自分の今後ってどうなっていくんだろうな」みたいに感じる方も、ひょっとしたらいるんじゃないかなと思って。
サイボウズはノーコードツールをつくる事業会社だから、プログラムを書かないということはないんでしょうけど、「エンジニアの人から見て、ノーコードのツールってどう見えるのかな?」って思って。
ちなみに社外のエンジニアの人たちとノーコードツールについて話をする機会ってあります?
めちゃめちゃあります。でも、「ノーコードが良くない」みたいな意見はあまり聞いたことがなくて。
でも、「つくるのは簡単だけど保守は大変そう」「細かいところまでは手が届かなそう」みたいな意見はよく聞きます。
エンジニアはコードが書けるので表現力があるじゃないですか。
ノーコードによって「新たなレイヤー」が生まれた
ターゲットとしている層が違うかもしれませんよね。ノーコードもプログラミングも、最終的な終着点は「コンピューターを動かす」ことです。
コードが書ける人たちは、コードを書けばいい。ノーコードは、そこに新たなレイヤーができた感じですよね。
いままでできなかった人が、できるようになるところが一番大きなところなんですかね。
そうだと思います。プログラミングって巷では「学習コストが高い」と言われます。
たとえば営業の人が「新たなアプリが欲しいけれど、プログラミングを1から勉強するのはコストがかかりすぎるのだよな」というときに、ひとつの手段として選べるのがノーコードかなって印象です。
極論を言ってしまえば、みんながバイナリ(筆者注:バイナリとは、コンピューターが扱うデータの記述形式)を書ければいいんです。でも、みんながバイナリを書けるわけじゃないから、JavaScriptみたいなプログラミング言語があるわけですよね。
プログラム言語をコンピューターが実行できる形式に変換するから、みんなコンピュータを動かせるわけです。
つまり、バイナリを書ける人はバイナリでいいし、JavaScriptを書ける人はJavaScriptでいい。それができないんだったら、ノーコードを使ってコンピュータを動かせばいい。ターゲットとしているレベルによってレイヤーが違うわけですよね。
そうですね。間口を広げるみたいな印象です。プログラミングはできなくても、ノーコードツールならできるかもしれない。できる人がどんどん増えるのは、すごくいいなって思います。
そうですね。それが、サイボウズが達成したいことというか、理念として置いていることです。
みんながコンピュータに触れるようになって、情報共有できるようになる。その結果、仕事が効率よくできるようになって、チームワークもよくなる。目標を達成するための手段がノーコードツールです。
最近、プログラムを書きたくなくなってきた(笑)
ちょっと恥ずかしいんですが……先ほど、エンジニア時代の話をしたときに、コードに対して「すごくこだわって書いていた」という話をしましたが、あれだけこだわっていたはずなのに、kintoneを知ってしまったらプログラミングがやや面倒くさくなってきていて(笑)
「プログラムを書かなくても、ここまでサクっと作れちゃうんだったら、kintoneでよくね?」と思っている自分に対して、こだわりを捨てるってわけじゃないけど「これでいいのだろうか?」と自問自答することがたまにあります。
ノーコードで満足できるのであれば、それで全然いいと思います。
それでも満足できない……というか、「もっと自分なりのデザインを反映させたい」とか、「もっとこういう機能が欲しい」という感じだったら、ノーコードじゃ飽き足らずに、もっと低いレイヤーの言語を使えばいいんだと思います。
新たなツールは仕事を奪うのか?
ノーコードツールに限らずAIもそうかもしれませんが、新たな技術が出てくると「仕事を奪われる論」みたいな話って結構あるじゃないですか。
さっき「ノーコードツールはプログラミングの対極」っていう話をしましたけど、見方を変えると、誰かの仕事を奪うんじゃないか? みたいな捉え方もできます。
だけど、いまの話を聞くと、関われる余白が増えるだけで、奪うことではまったくないな、という感じがしましたね。
でも……どうでしょうね。kintoneができる以前に、kintoneができるようなことを頑張っていた人たちの仕事は、kintoneが奪いましたよね。
コードを書く作業も、AIに代替されるかもしれない。分かりませんが、AIによってだいぶ楽になったのは事実です。
一方で、AIの技術を使って仕事を便利にする人たちや、AIに指示を与えるプロンプトを考える人達の仕事が増えましたよね。
確かに、プロンプトをつくるのにも、ちょっとしたセンスというか、スキルがありますもんね。
うまく流れをキャッチできるセンスを持ち合わせて、その波に乗っかる行動力があれば、仕事は奪われないのかもしれないですよね。
「ノーコードか、そうじゃないか」みたいな二元論で考えると、どうしても「こっちが生きて、こっちがなくなる」みたいな感じで捉えがちです。
だけど、レイヤーが増えると考えると、いままでやってきたことも生かせるし、新たなことを学べばより広がりが生まれるみたいな、そんな感じがしますよね。
そうですね。kintoneという製品はプログラミングができる人に加えて、いままでプログラミングができなかった人たちも幸せにするんだと思います。
エンジニアとしての「今後チャレンジ」
最後に、今後についてお話を伺いたいのですが、これからチャレンジしたいことはありますか?
学生時代は、技術にあまりこだわらずに、IT系のカンファレンスを運営したり、登壇したりしてきました。
2024年にサイボウズへ入社して、ある程度触る技術が絞られてきました。これからはいままでのように「いろいろ」ではなく、自分に関係ある技術に絞って、深いところに関わっていけたらいいなと思っています。
新しいことをゼロからやるというよりは、レイヤーを深ぼって、信憑性を上げていきたいなという感じです。スペシャリスト志向になってきました。
自分も、ひとつの分野を深ぼるエンジニアリングをしていきたくて。去年から、自分の興味分野での登壇や記事執筆などはしてきたんですけど、その中でも「特に」みたいな感じの分野を、もっともっと狭めていきたいです。
フロントエンドだけでも、だいぶ絞られてはいるのですが、Web標準やUIなどに関する知見に、もっとフォーカスして深めていけれたらいいなと思っています。
これまではおたがいに「誰か出なよ」って言われたら、見境なく「じゃあ、出まーす」みたいな感じで、フットワークが軽い感じでやってきたんですよね。
それも良かったんですけど、もうちょっと将来を見据えて、将来のわたしに確実に繋がるような領域を深めていきたいし、そのためのインプットを増やしていきたいなと思っています。
企画・執筆・編集:竹内義晴(サイボウズ)/撮影:高橋団(サイボウズ)
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