企業が抱える問題のひとつに、「社内政治」が挙げられます。
派閥に根回し、出世競争や人事異動──小説やドラマなど、フィクションの題材になると私たちを楽しませるこの問題も、現実には社員も組織も大きく疲弊させていきます。
なぜ社内政治は起きるのか? 個人として、組織として、どう対処していけばいいのか? 解決するには、まず「社内政治」という言葉の解像度を上げる必要があるのではないか?
そう考えたサイボウズ式編集部は、企業組織内のネットワークを専門に研究なさっている、京都大学経営管理大学院の若林直樹教授にお話を伺いました。
そもそも社内政治って、なに?
まず、どのような振る舞いが「社内政治」と呼ばれるのか伺えますか?
組織というのは人間が複数のグループに分かれて構成されています。目標が同じでも、部門の間で意見や利害の違いがあって対立することがあります。
対立すること自体は当然として、その間でネゴシエーションをしていかないといけない。この行為が社内政治です。
アメリカのビジネススクールで使う教科書では、「組織内政治」という名前で議論されています。
社内政治の議論をするときに権力と政治が出てくるのは、そもそも権力が、関係者に対して「意に沿わないことをやらせること」であり、そのプロセスが政治なのです。
権力やプロセスに不快感を覚える人も多いですが、それは組織の目標達成にとって役に立つか立たないかっていうところで考えなきゃいけない。
若林直樹(わかばやし・なおき)。京都大学経営管理大学院教授。東京大学大学院社会学研究科博士課程中退、京都大学博士(経済学)。東北大学、京都大学助教授を経て、現職。専門は組織行動論、人的資源管理論、ネットワーク組織論。著作に『ネットワーク組織』(有斐閣)、原田順子氏との共編著『新時代の組織と経営』(放送大学出版会)などがある。
ネゴシエーションの中には、組織が前に向かうために必要なコンフリクトもあると思います。そうすると、社内政治にもいわゆる「良い」「必要な」社内政治と、「悪い」「必要のない」社内政治があるような気がしますが……。
それはありますね。例えばイノベーションの多い会社はコンフリクトをどう資源に変えていくかを議論しています。意見の対立をうまく使いながら新しいものを生み出す時に、その対立をうまくコントロールしなきゃいけない。違いをふまえて、どうネゴシエーションするかということですね。
マクレガー(※)という経営学者が昔言っていましたが、良い社内政治というのは結局、組織の目標達成を目指していると。
会社や組織にとって理想的な状態を目指して調整するのが良い社内政治、特定の個人やグループが自分たちの利益を独占するために力を行使するのは悪い社内政治になるわけです。
※ダグラス・マレイ・マクレガー(Douglas Murray McGregor):アメリカの経営学者。著書『企業の人間的側面』。
組織の上位者が、組織の利益のために行動するのは良い社内政治である一方、ベクトルが個人の私腹を肥やすためだけに向くと、悪い社内政治になっていくと。
国とか組織とか会社が目指している方向に向けていくようなパワーの使い方をするんだったら、確かに権力がむき出しになるのは、あまり気分のいいものではないですけど、そういう場合はいいんじゃないかと。ただ、私利私欲の権力はダメでしょうね。
「リーダーシップのある人」と「権力をふりかざす人」の違い
個人的には、リーダーシップがあると言われる人と、権力を振りかざしていると言われる人には違いがあると思っていますが、いかがでしょう?
リーダーシップはみんなでこういうことを成し遂げたいというビジョンを話して組織を引っ張っていく働きです。権力は否が応でもやらせる。それが個人と組織のどちらに向くのかが分かれ目です。
当たり前ですが、周りにいる社員は出世や権力欲、自己実現のためだけに動くリーダーではなく、自分や会社を良くしてくれるリーダーがいい。
ことわざの「一将功成りて万骨枯る」みたいに、一人の将軍が成り立った後、みんな死んじゃったみたいなのではなく、利他的なリーダーのほうが好ましいんじゃないかと。
組織の目標達成のために権力を使うのはありなんです。例えば優柔不断な課長は困りますよね。ただ、自分が日曜日にゴルフに行きたいから残業してくれというのは、良くない話ですよね。
社内政治とうまく付き合うには
一社員の立場で、社内政治とうまく付き合うにはどうしたらよいでしょう?
一番の肝は、「当事者分析能力」をどう持つかということですね。
少し政治学的な言い方なんですが、当事者分析能力とは、自分から見て、相手のバックグラウンドや状況、何を目指してどういう利害に立っている人なのかを分析して、相手が動くようにネゴシエーションしたり手を打ったりする能力です。
たとえば、普段は無愛想な課長かもしれないけど、話してみると、ああ、この人は娘の話をするとき機嫌がいいんだとか、休みを空けてあげるためにお互いに何をしましょうか、みたいなことを考えるのが当事者分析だと思います。
当事者分析能力が高い人は、タイミングを見ながら自分と相手の利害を調整できる人を指します。
「あの人は社内政治がうまい」と言われる人には、どういう特徴が備わっているんでしょうか?
先ほどの当事者分析能力に加えて、人脈、誠実さ、専門性などが挙げられます。
人脈については、研究者の間でもずっと議論していますが、重要なのは太さではなく幅広さです。また、人脈は賞味期限切れを起こすので、きちんとメンテナンス&リフレッシュできる人というのもありますね。
誠実さはモラルと言い換えてもいいです。その人の信頼性や誠実さが会社の倫理性、可能性が保てる試金石になる。
あとは専門性ですね。昔は資本力、創業家、生まれといった属性が権力の源泉だったんです。
今は弁護士とか会計士みたいに、いわゆる専門家として特定の分野に詳しいという能力や、社内での経験から事業を回す上で専門性が高いとみんなに認められている類の専門性があります。IT企業家のカリスマ性も近いものがありますね。
ちなみに、国際的な比較で結構はっきり出ていますが、他の文化圏の人に比べると日本人はカリスマ社長が嫌いなんですよ。
欧米に比べると、我々日本人はみんなで参加してワイワイするのもちょっと苦手。仕事でいうと、メンバーを守る課長なり役職者がいて、その人の下でやるのが一般的らしいですよ。
だからカリスマの話って、実は日本人のマネージャーにはあまり響かないことも現実としてあります。
ぐいぐい引っ張っていかれるよりは、組織の中でみんなでうまくやっていくほうが、日本人の特性としては合っていると。
先ほど一番の肝とおっしゃった「当事者分析能力」は、どうしたら身につけられますか?
昔はいい先輩に恵まれるとか、いい上司に恵まれることで身についていったことだと思うんです。
現代においては、社内大学をはじめとする研修の中でネゴシエーションの話が出てきます。ネゴシエーションを社内政治につなげるならば、相手の目標を達成するための信頼できるパートナーであることをどう示すかに関わっています。
よく「私はエンジニアだから必要ない」とか「私は経理なので」とか聞くかもしれませんが、その職務でもしマネジメントをやるとしたら、当事者分析能力は絶対に必要ですね。上手くなれというのではなく、そういうものとして身につけてほしいです。
リモートワーク時代の社内政治とコミュニケーション
リモートワーク時代になって、リモートの中でどういう風に人と接するかという議論はいろんなタイプがあります。
共通しているのは信頼感が築けるかというところ。権力を行使するのは難しいんですが、ある程度信頼関係ができるようになるために、コンプライアンス遵守やハラスメント禁止などに気を付けたうえで、コミュニケーションをどうとらせて、価値観を共有して信頼感を作るか。難しい問題です。
会社では業務中のコミュニケーションのほかに、いわゆる「飲みニケーション」といわれるものもあります。今後も必要になってくるんでしょうか。
多文化やダイバーシティの観点もあり、今までのような形では難しいでしょう。
お酒の席でやっていたようなカジュアルなコミュニケーションをこれからどういう場でやるか。価値観の違いとか共有を前提にしながら本音を言い合う。
お互いに信頼できるコミュニケーションを築きながら、何を実現するのかを議論しあうのか、今後議論が深まっていくと思います。
AIが人事を司る時代に、社内政治は起きるのか?
コミュニケーションの話をすると、よくドラマや小説で、人事異動、出世競争が題材になっています。
上役にすり寄って立ち回るのがよくあるパターンですが、仮にAIやテクノロジーがすべての人事権を司ることになったら、社内政治に関連したアクションは起きるのでしょうか?
起きると思いますよ。AIは神様ではないので、特定のロジックや利害、戦略や立場にコミットして意思決定支援をするはずです。限られた人的資源と時間の中で、何を達成するかのプライオリティを付けていくのではないでしょうか。
たしかに、AIに理想通りの結果を出してもらうために、社員個人が自分の行動を調整して、よいデータだけとってもらえるようにふるまう、という風潮ができるかもしれないですね。
AIは、与えられた状況の中ではすごく合理的な判断をすると思います。でも、その優先順位の付け方が完全に合理的かどうか、それを検証して判断するのは人間です。
何を優先するか決めるときには、社内政治が発生してくると思います。
★動画ではほかにも興味深い内容が盛りだくさん。合わせてご覧ください!
企画・執筆・編集:小野寺真央(サイボウズ) 撮影:高橋団(サイボウズ)
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