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キャリアは偶然の積み重ね。「計画的偶発性理論」で考える、管理職という選択肢──法政大学大学院 石山恒貴×サイボウズ 和泉純子

この記事のAI要約
Target この記事の主なターゲット
  • キャリア形成に興味があるビジネスパーソン
  • 管理職を目指している人
  • キャリアコンサルタント
  • 企業の人事担当者
  • 転職を考えている方
Point この記事を読んで得られる知識

この記事を読むことで、キャリア形成に関する新しい視点である計画的偶発性理論についての理解を深めることができます。計画的偶発性理論とは、アメリカの心理学者、ジョン・D・クランボルツが1999年に提唱した理論で、偶発的な出来事を計画的にとりこみ、キャリア上の意思決定に活かす考え方です。この理論は、偶然の出来事を最大限に活用するための心構えや行動を強調しています。

この記事では、計画的偶発性理論のアプローチを通じて、管理職へ進むためのキャリア構築について語られています。法政大学大学院の石山恒貴教授と、サイボウズの和泉純子氏が、この理論を具体例に基づいて解説しています。石山教授は、偶然をキャリアチャンスにするために必要な行動特性として、特に「好奇心」と「楽観性」が重要であると指摘しています。

和泉氏の経験談に基づき、偶然の出来事をどのようにキャリア形成に取り入れてきたかが語られています。彼女は計画的なキャリアプランニングをしていなかったにも関わらず、偶然のチャンスを活かし管理職になった経験を持っており、興味のあることにはとりあえず挑戦する姿勢を強調しています。また、計画的偶発性理論が特定の人に限らず、誰にでも実践可能であることが強調されています。

さらに、和泉氏は管理職としての心がけとして、メンバーのやりたいこととやるべきことの調和を重要視し、チーム全体で「楽しいこと」に向かって進むことを理想としています。この記事を通して、計画的偶発性理論が従来のキャリア計画に対する新たな視点を提供し、偶然を有効活用することでキャリアを切り拓く方法を学ぶことができます。

Text AI要約の元文章
働き方・生き方

管理職になるということは

キャリアは偶然の積み重ね。「計画的偶発性理論」で考える、管理職という選択肢──法政大学大学院 石山恒貴×サイボウズ 和泉純子

役割や責任に追われて、自分のやりたいことが二の次になる──。管理職といえば、そんなイメージを抱きがちです。しかし、サイボウズで管理職を務める和泉純子は「好奇心をうしなわず、チームメンバーを巻き込んで働きたい」と考えています。

実は、戦略的に管理職を目指してきたわけではなかったという和泉。その背景には、偶然の出来事がキャリアに影響する「計画的偶発性理論」が色濃く反映されています。偶然の出会いや経験を柔軟に生かす、好奇心に満ちた管理職とは、いったいどんなものなのでしょうか?

計画的偶発性理論の実践を提唱する、法政大学大学院 政策創造研究科 教授の石山恒貴さんとともに、偶然を活かした管理職の働き方やキャリア形成について考えます。

偶然を引き寄せて、キャリアに繋げる機会を計画的に増やす

和泉
管理職になってから、自分のキャリアを後輩に語る機会が増えました。でも、私は戦略的にキャリアを考えてきたわけではないので、「自分はこういう考え方をもとに、キャリアプランを描いてきたんだ」とうまく説明できないことに、負い目を感じていたんです。

そこで、自分のキャリアを客観的に捉えてもらおうと思い、キャリアコンサルタントに相談しました。

すると、わたしのいろいろなエピソードから、「計画的偶発性理論(※)を体現されていますね」と言われたんです。自分の歩んできたキャリアに名前をもらったことで、救われた気持ちになりました。

※計画的偶発性理論:偶発的な出来事を計画的に取り込み、キャリア上の意思決定に活かす考え方

和泉純子(いずみ・じゅんこ)。サイボウズ マーケティング本部 副本部長。2003年に派遣社員としてサイボウズへ。2005年から無期雇用社員として働いている

石山
そうなのですね。そもそも「計画的偶発性理論」とは、アメリカの心理学者のジョン・D・クランボルツ(以下、クランボルツ)によって、1999年に発表されたキャリア理論のことです。
和泉
詳しく知らなかったのですが、どんな理論なんですか?
石山
この理論での計画的とは、「目的を持ってキャリアを計画的につくる」ことではなく、「偶然の出来事を引き寄せ、その偶然をキャリアに結びつけるチャンスを計画的に増やす」ことを意味します。

石山恒貴(いしやま・のぶたか)。法政大学大学院 政策創造研究科教授。一橋大学社会学部卒業後、NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。「越境的学習」「キャリア開発」「人的資源管理」などを研究。博士(政策学)。日本キャリアデザイン学会副会長、人材育成学会常任理事、Asia Pacific Business Review(Taylor & Francis) Regional Editorなども務める。主な著書に『越境学習入門』(日本能率協会マネジメントセンター、共著)、『日本企業のタレントマネジメント』(中央経済社)など

和泉
なるほど、自分のキャリアを計画的に形成するという意味ではないのですね。

「偶然と出会えるチャンスを計画的に増やす」とは、具体的にどういうことなのでしょうか?
石山
「よい偶然を引き寄せるための、心の姿勢をつくり、それに沿った行動をする」ということです。

たとえば、いそがしいときに誰かから人の紹介を頼まれたら、「こんなときに頼まないでほしい」とも「紹介すればいいことが起きるかも!」とも考えられますよね。

ここで後者の捉え方をすれば、偶然によるチャンスは増えていきます。自分の気持ちをメタ認知して、積極的に「偶然」を受け入れる心構えが大切です。
和泉
でも、偶然の出来事を受け入れても、結果としてプラスになるものも、ならないものもありますよね。効率的に「よい偶然」を見つける方法ってあるんでしょうか?
石山
それはなかなか難しいと思います。常に当たりを狙おうと効率性ばかり求めると、むしろ新しい価値観や考え方に触れるチャンスを逃してしまいますから。

わたしが行っている越境学習(※)の講演などでは「打率1割くらいがちょうどいい」と伝えています。とにかく、興味のおもむくまま飛び込んでいくのが大切です。

※越境学習:異なる分野や環境、文化の知識や経験を積極的に取り入れる学びの方法

和泉
そういえば、わたしも楽しそうだと思ったら、得意じゃないことでもひとまずやっていますね。

たとえば、誘われた交流会はとりあえず行ってみます。結局、自分には合わないこともあるんですが、帰り道に「無駄足を踏んだ自分、ちょっとおもしろいな」と思ったりするんです。
石山
いいですね、無駄を楽しめるのは素晴らしいと思います。

「好奇心」と「楽観性」でキャリアを形成していく

和泉
そもそも、計画的偶発性理論はどういう人に向いているのでしょうか?
石山
偶然をキャリアアップにつなげられる人には、5つの行動特性があるといわれています。

Mitchell, K.E., Levin, A., Krumboltz, J.D. (1999), “Planned Happenstance Constructing Unexpected Career Opportunities”, Journal of Counseling & Development, Vol.77, pp.115-124.を参考に、石山さんが翻訳

石山
なかでも、個人的に大切だと思うのは「好奇心」と「楽観性」です。

失敗を恐れず、「まずはやってみよう」と新しいことに挑戦するには、強い好奇心と楽観的な心が必要です。これらがあれば、ほかの行動特性も自然に身につくと思います。
和泉
なるほど。
石山
ちなみに、キャリアコンサルタントに「計画的偶発性理論を体現している」と言われたとき、どんなエピソードを話しましたか?
和泉
仕事だけでなくプライベートのことも話しました。たとえば、思い立って一人でシンガポールへ行ったときのエピソードです。飛行機で隣に座った人と話すうちに仲よくなって、いっしょに旅行することになったんです。
石山
それはおもしろいですね……!
和泉
その人が「一人旅で、泊まる場所も決めていない」と言うので、シンガポールに住んでいるわたしの知人宅にいっしょに泊まりました。
石山
そうやって偶然の出来事に飛び込んでいきたくなることが普通ですか?
和泉
はい、新しいことや知らないことは、ちょっとワクワクしちゃいます。社内でも組織変更や上司が変わるとワクワクするんです。
石山
まさに、そうした気持ちが計画的偶発性理論の実践でいちばん大切なことです。

確かに和泉さんは、計画的偶発性を起こしやすいタイプといえるでしょうね。

後輩の言葉で「このままでいいの?」と心境に変化

石山
和泉さんが管理職になった経緯も、偶然の積み重ねだったのでしょうか?
和泉
そうですね。最初のきっかけは、子育てをしながら働くなかで、後輩にかけられた言葉でした。

わたしは2回の産休を経て、約2年間ほど、15時には仕事を切り上げる生活をしていました。自宅から会社までの距離が遠く、子どものお迎えのために、そのくらいには仕事を終えなくてはいけなくて。

その働き方がしっくりこなくて、途中で変えることにしたんです。
石山
どのように働き方を変えたんですか?
和泉
17時半くらいまでしっかり働くようにしました。保育園の先生から「夜ご飯は保育園で食べさせて、家に帰って寝るまでの時間で子供とゆっくり向き合う選択肢もあるよ」と教えていただき、そういう働き方もありなんだなと。
石山
働き方を変えたことで、仕事への満足度は上がりましたか?
和泉
はい。マーケティングの仕事を最後までやり遂げたり、短期の出張に行けるようになったりと充実感が増しました。
和泉
そんな自分なりに充実した生活をしていたある日、後輩から「時短勤務で働くお母さんたちの多くは、早く帰るときに申し訳なさそうにしていたり、頑張っているのに給料が安くても文句を言わなかったりする。将来、自分もそうなるのかと思うと悲しくなります」と言われたんです。
石山
うんうん。
和泉
その話を聞いて、「わたしがここで満足してたら、すごく迷惑だぞ」と思って。時短勤務をしていた頃の考えをもっと主張したり、仕事でも新しい挑戦をしたりしようと、アクセルがかかりました。
石山
素晴らしいですね。そのあと、どうして管理職になろうと思ったんですか?
和泉
「管理職になりたい」というより、業務中に「この部署の、この人たちの問題をどうにかしたい」と強く思う出来事が起きたからです。

そこで上長に、「問題を解決するために管理職をやりたい」と伝えたところ、「どうぞ管理職になってください」と。そして、「覚悟はできていますか?」とも言われました。
石山
和泉さんは、どう返したんですか?
和泉
「あると思います」と答えました。

何が起きても受け止めるつもりでしたし、もしできなければ管理職を辞めればいい。上長は、そうした“引く覚悟”も含めて確認したかったのかなと思います。
石山
なるほど、それもありですよね。合わなければやめればいいわけですから。
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やりたいことができる「あり方」に気づいてもらう

石山
管理職として、和泉さんが心がけていることはありますか?
和泉
チームで役割分担するだけでなく、事業としての「やるべきこと」とメンバーの「やりたいこと」を重ねて仕事をお願いすることです。

わたしは自分に対してもその調整が得意なタイプだと思っていて、それができると楽しいです。だから、みんなもうまくすり合わせができるように、そのお手伝いをしている感覚です。
石山
すり合わせには、何かコツがあるんですか?
和泉
まず相手に興味を持って、やりたいことを知るようにします。そして、やりたいこととやるべきことをつなげるんです。
石山
メンバーにも「好奇心」を向けて働いているのですね。
和泉
たとえば、あるメンバーのやりたいことがわかったとします。それに社内の人脈が必要なら、人が多くかかわるプロジェクトを任せます。

人脈づくりを直接指示するんじゃなくて、信頼を積み重ねるなかで人脈が自然と形成されるようにするんです。
石山
やりたいことにまつわるタスクやプロジェクトに直接アサインするんじゃなくて、将来的にやりたいことができるよう、「日々、こんなことを積み重ねてみたらどうか」ということを示すんですね。
和泉
はい。どちらかといえば、やりたいことができる「あり方」を伝えることを意識しています。
石山
一方で、メンバーが「やりたい」と思っていても、失敗を恐れて「自分でやってしまいたい」と思う管理職の方もいると思うんです。和泉さんはどうですか?
和泉
わたしの場合は、どんどんメンバーたちに業務を任せていますね。自分が今まで深く携わってこなかった分野のマネジメントを担当したことがきっかけで、自分よりメンバーの方が業務に詳しいことがあると自覚した経験があるのも大きいと思います。

自分ひとりよりチームを束ねて目的に向かっていったほうが、遠くにある「楽しいこと」に手が届きそうな気がするんです。
石山
チームで楽しいことに向かっていこう、という意識なのですね。

「計画的偶発性」は誰にでも実践できる

和泉
いまは管理職ってあまり人気がないんですよね。「会社からの指示を全うしなきゃいけない」「自分のやりたいこと、興味のあることが自由にできない」というポジションだと感じている人が多いようです。
石山
できることならば、管理職の人自身が「楽しい」と思えることを追求できたほうがいいですよね。

そうすれば、「管理職=楽しみを犠牲にしなきゃいけない」というイメージは変わっていくのではないでしょうか。
和泉
うんうん。
石山
ただ、さまざまな企業の体制や環境を見てきた身からすると、楽しさを追求できる管理職って少ないんじゃないかなと感じます。

多くの日本企業では、管理職になるための道がある程度決まっていて、そのなかで数少ない管理職の席に座ろうとする人は、昇進に役立つことだけを効率的にやりがちです。

そうなると、好奇心を持って新しいことに飛び込んだり、仕事にワクワクしたりする余裕がなくなってしまいます。
和泉
そういう背景もあるのですね……。

とはいえ、何にでも好奇心を持つ感覚って生まれ持ったもののような気もします。それを後から身につけることもできるのかということにも、すごく興味がありますね。
石山
その人の気質にもよりますが、後天的に身につけられるものでもあります。

たとえば、新しい環境に飛び込んだときに心配が大きい人もいれば、ワクワクが大きい人もいます。

でも、心配が大きいタイプだからといってワクワクがゼロなわけではありません。逆に、ワクワクが大きい人も心配がまったくないわけではないんです。結局、どう感じるかは程度の問題だと思うんですよね。
和泉
なるほど。
石山
そもそも、好奇心がまったくない人っていないと思うんです。

計画的偶発性理論を発表したクランボルツによると、気質の影響があるにしても、誰しも新しいことにワクワクした経験があると考えると、計画的偶発性は誰でもできるだろう、と。
和泉
計画的偶発性を発揮するための種は、誰もが持っているということですね。
石山
そうです。そして「好奇心のままやってみた結果、意外と楽しかった」という経験を繰り返すうちに、計画的偶発性理論を実践できるようになるはずです。
和泉
うんうん。偶然を活かしてキャリアをつくってきた自分としては、もっとワクワクしながらキャリア形成する選択肢があってもいいんじゃないかと思います。
石山
とても共感します。「計画的偶発性理論」を実践し、偶然を積み重ねた先に、管理職という選択肢を見つけることもできる。このことが、もっと知られていくといいですよね。

企画:深水麻初(サイボウズ) 執筆:流石香織 撮影:栃久保誠 編集:モリヤワオン(ノオト)

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執筆

ライター

流石 香織

1987年生まれ、東京都在住。2014年からフリーライターとして活動。ビジネスやコミュニケーション、美容などのあらゆるテーマで、Web記事や書籍の執筆に携わる。

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撮影・イラスト

写真家

栃久保 誠

フリーランスフォトグラファー。人を撮ることを得意とし様々なジャンルの撮影、映像制作に携わる。旅好き。

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編集

ライター

モリヤ ワオン

コンテンツメーカー・有限会社ノオト所属のライター、編集者。よく担当するジャンルは、ライフスタイルや健康にまつわるもの。

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