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「マッチョイズム」がもたらす、感情労働の重圧。マネジャーの見えない負担を減らすためにできること──リクルートワークス研究所 筒井健太郎

この記事のAI要約
Target この記事の主なターゲット
  • 企業の人事管理者
  • マネージャー職を目指すビジネスパーソン
  • 働き方改革に関心がある人々
  • 現代の職場文化を理解したい人々
Point この記事を読んで得られる知識

この記事を読むことで得られる知識は、企業の中で広まっている"マッチョイズム"という文化が、マネジャーをはじめとするビジネスパーソンに対してどのように感情的な負担を増やしているかという点です。マッチョイズムは、伝統的な男らしさに基づく価値観で、感情を見せない、他者に依存しない、自分をさらけ出さないといった行動を促します。この文化が職場に根付くと、個人は過度な競争意識の中で働かざるを得ず、精神的な健康を損なうリスクがあります。

この記事は、特にマネジャーが多くの役割を担う状況であり、そのために家庭でも職場でも"スーパーマン"を期待される現状を問題視しています。これを解決するために、役割をシェアするという考え方が提案されています。つまり、ケアの役割をチーム内で分担したり、専門的なスキルを持つ人たちを活用して負担を軽減することが重要です。

また、多様化する価値観に応じて、新しい"男らしさ"としてケアリング・マスキュリニティが提唱され、伝統的な価値観からの移行が求められています。理想とされる状態は、各個人が"ありのままの自分"でいられること、競争的な文化から解放された環境であるとされています。

Text AI要約の元文章
働き方・生き方

管理職になるということは

「マッチョイズム」がもたらす、感情労働の重圧。マネジャーの見えない負担を減らすためにできること──リクルートワークス研究所 筒井健太郎

「弱みを見せてはいけない」「何よりも仕事を優先し成果を上げる」──。これらをよしとする根底にあるものが“マッチョイズム”(伝統的な男らしさ)です。

マッチョイズムは多くのビジネスパーソンを無意識的に縛りつけ、心身の健康を損なう要因となることも。しかし、その文化や価値観を変える困難さゆえ、手放すことは容易ではありません。

リクルートワークス研究所の研究員・筒井健太郎さんは、「マッチョイズムは、とくにマネジャーの感情労働と深い結びつきがある」と指摘します。

マネジャーが「マッチョイズムの呪縛」から解き放たれ、一人ひとりの個性が尊重される働き方を実現するためには、どうしたらいいのでしょうか? 筒井さんに、そのヒントを伺いました。

「男性は強いほうがいい」の雰囲気がマッチョイズムのリスクを助長する

竹内
以前、筒井さんが書かれた「マネジャーの感情労働」の記事に共感し、サイボウズ式で引用したことがきっかけで交流が始まり、今回の対談に至りました。本日は「マッチョイズム」と「マネジャーの労働」との関係性について、お話を伺えればと思っています。よろしくお願いします。
筒井
よろしくお願いします。

ご紹介のとおり、わたしがいま追いかけているテーマは、「マネジャーの感情労働」と「マッチョイズム」です。この2つは論点がまったく異なるわけではなく、むしろ根本でつながっているものとして考えています。
竹内
まずはマッチョイズムについてなのですが、筒井さんが課題感を抱いたのは何かきっかけがあったのでしょうか。
筒井
きっかけのひとつは、わたし自身が「なんだか生きづらいな」という漠然とした思いを抱えてきたことです。その理由を探るなかで、コーチングやキャリアカウンセリングのスキルを磨き、専門性を高めていきました。

筒井健太郎(つつい・けんたろう)。株式会社リクルート リクルートワークス研究所 研究員。Executive MBA、1級キャリアコンサルティング技能士、PCC(Professional Certified Coach)を所持する

筒井
もうひとつが、子どもが生まれて育休を取得したり、仕事と育児を両立させたりする立場になったとき、生きづらさがより鮮明になったこと。

最初は、自分だけの問題として抱えていました。でも、対人支援を行ったり、リクルートワークスの研究員として「男性ならではの生きづらさ」を社会に発信したりするなかで、実は同じように感じている人がいることがわかり、「あ、これは自分ひとりだけの問題じゃないぞ」と気づいたんです。
竹内
そうした経緯があったんですね。ちなみに、筒井さんはマッチョイズムをどのように定義しているんですか?

竹内義晴(たけうち・よしはる)。サイボウズ式編集部員。サイボウズのマーケティング・ブランディングに関わりながら、DXで社会課題を解決するソーシャルデザインラボにも所属。地域課題を解決する取り組みを行っている

筒井
わたしは、経営や組織の文脈でのマッチョイズムを「無意識または無批判に、競争に過度な価値を置いている状態」と定義しています。

そんな状態があたかも自分本来の価値であると誤解し、ありのままの自分をさらけ出せない人が多いんです。

<マッチョイズムの特徴>

  • 「挑戦」「収入」「評価」「出世」を重要視する
  • 精神的・肉体的な強さを重視
  • 他者に依存せず、弱みを見せない
  • 目標達成のためにまい進する姿勢
  • 家庭よりも仕事を優先する傾向
  • 社会的地位を高めることを目指す
  • 外部から求められる「伝統的な男性らしさ」の規範に囚われる
  • 男性だけでなく、女性にも影響を与える現象
竹内
多くの人はむしろよかれと思って、そのような状態になっていますよね。その結果、どんな問題が生じる可能性があるのでしょうか?
筒井
マッチョイズムが職場や会社の規範になり、さらには社会全体の規範になってしまうと、よくないアウトプットが起きます。

「マッチョイズムにとらわれてしまうと精神的な不健康につながる」といわれているんですよね。しかも、心身の不調を抱えていても、マッチョイズムにとらわれるあまり、それに気づけないことも少なくありません。
竹内
マッチョイズムによって起きる心身の不調は、「ストレスに弱いから」などと個人の問題として捉えられることが多い気がします。
筒井
そうですね。いままでは個人の問題として捉えられていました。でも最近は、そういった不調は社会との関係性のなかで生まれるという見方が主流になってきています。

マッチョイズムの規範にとらわれた「社会からの期待やプレッシャー」と、「本当の自分」との歩調が合わなくなってきている。それが、不調につながってしまうということですね。

「伝統的な男らしさ」と「ケアする男らしさ」という二重の鎧

筒井
これまで社会や企業、そこで働く個人はマッチョイズムに染まって、それを体現できていました。しかし、いまは個人の価値観が多様化しています。

「男らしさ」の文脈でも、かつてのマッチョイズムに代表される「伝統的な男らしさ」ではなく、ケアリング・マスキュリニティ(ケアする男らしさ)という「新しい男らしさ」が世界中で提唱されはじめているんです。
竹内
ケアリング・マスキュリニティとは、具体的に何でしょう?
筒井
男性の役割に、家庭への参加や他者への配慮を取り入れる考え方です。日本では、イクメン・プロジェクト(※)がその一例です。つまり、「男らしさ」とひとくちに言っても幅ができている。

※イクメン・プロジェクト:平成22年度から、厚生労働省雇用均等・児童家庭局が開始したプロジェクト。働く男性が、育児をより積極的にすることや、育児休業を取得することができるよう、社会の気運を高めることを目的としている

竹内
「伝統的な男らしさ」に加えて、イクメンのような「新しい男らしさ」が求められる。かえって“多重のマッチョイズム”が生まれているように感じました。
筒井
鋭いご指摘です。最近の研究では、「新しい男らしさが加わることで、伝統的な男らしさが拡大しただけ」ともいわれています。

その結果、男性は職場だけでなくプライベートの場でも競い合うようになります。パパコミュニティなどでも、「俺は家事育児、こんなにがんばっているんだぜ」と。

どこにいても「男らしさ」の鎧を脱ぎきれず、むしろ加重されることで、よりしんどくなっているんです。
竹内
じゃあ、理想的な男性のあり方って、どういう状態なのでしょうか?
筒井
「ありのままの自分」でいられることです。ここでは性別で分けずに語ってみようと思います。

というのも、そもそもマッチョイズムはジェンダー間の対立ではなく、「過度な競争に価値を置くことで苦しんでいるのなら、性別にかかわらずその考えを手放そう」というメッセージなんですよね。
竹内
たしかに、そうですね。
筒井
その前提に立つと、マッチョイズムにとらわれない理想的な状態は、「自分らしさ」に気づくことです。

その結果、「やっぱり自分は競争が大切なんだ」と思えば、マッチョイズムに染まり直すのもありでしょう。でも、不具合が起きているのなら問題です。
竹内
うんうん。
筒井
理想的な状態を考える際、参考になるのがダイバーシティ&インクルージョンの考え方が示す「ありのままの自分でいられること」です。これがマッチョイズムを超えた先にある、目指したい状態なんじゃないかなと思っています。

マネジャーは家庭でも職場でも「スーパーマン」を求められる

竹内
近年、ファーストラインマネジャー(現場の社員を統括するマネジャー)の負担が大きいなと思うんですよね。

プレイングマネジャーとして結果を出し、かつメンバーのマネジメントもしなくちゃいけないので、マッチョにならざるを得ないというか。
筒井
「ファーストラインマネジャーの95%はプレイングマネジャー」といわれていますよね。マネジメント以外の業務量や役割が増えたことで、機能不全に陥っているのは確かだと思います。

さらに近年は、マネジャーの仕事の質も変わってきているんです。
竹内
「仕事の質が変化した」というのは、どういうことでしょうか?
筒井
「男らしさ」に家庭や他者へのケアが加重されている話をしましたが、ファーストラインマネジャーにも「強い組織をつくる」ことに加えて、メンバーをケアすることも求められています。

1on1などで、仕事とプライベートの両方を含めたキャリア支援が期待されているわけです。
竹内
うんうん。
筒井
これまでは強い組織をつくっていくとき、一方通行のコミュニケーションが中心でした。

しかし、ケアの視点が入ることで双方向のコミュニケーションが必要になったんです。もっと言えば、「受け止める力」も求められるので、そうなるとさらに時間がひっ迫します。

これが、いまのファーストラインマネジャーの実態でしょう。
竹内
なるほど……。
筒井
前段の議論と絡めると、「男らしさ」も「マネジャー」も、役割が加重されている状態です。

たとえば、ジェンダーの話では、理想的な男性像がインフレ化していて、「一家の大黒柱として働きながら、家事も育児もする」という“スーパーファーザー”が求められている。

マネジャーも同じく、伝統的な男らしさの中で強く働き、メンバーのケアも抱え込むという“スーパーマネジャー”が期待されているんですよね。

結局、どちらも「一人で何とかしなさい」という状態になっていて、当事者はすべての責任を担い切ろうとする。これは、さすがに無理な話です。
竹内
そう思います。
筒井
そこで、この実態を解決していくには、シェアが必要だと考えています。
竹内
シェア、というと?
筒井
たとえば、家庭では「一家の大黒柱」という役割は男性だけが担うものではなく、パートナーとシェアすればいい。一方、これまで女性に任せきりだったケアの役割も、男性とシェアしていきます。

職場ではマネジャーがすべてをこなすのではなく、その役割をメンバーとシェアしていけばいいんです。これが大きな解決策になると思います。

「スキルトレーニング」と「得意の見える化」で、役割をみんなでシェア

竹内
おたがいに役割を分担すれば、一人ひとりの負担は軽減できそうです。ただ職場では、経験や知識に差がある若手とマネジャー層で、どう役割を分担していけばいいのかなと。
筒井
たしかにギャップはあるので、それを埋めるためのスキルトレーニングが必要です。
竹内
じゃあ、これからの教育制度そのものも変わっていきそうですね。これまでは「若い世代はスキル、中堅世代はマネジメント」と階層別に分かれていたじゃないですか。

とくにケアについては、人との信頼関係の構築が肝で、年齢やキャリアの長さは関係ないのかもしれません。
筒井
そうですね。これまでは、業務推進能力が卓越している人たちがマネジャーになるケースがほとんどで、ケアのスキルについてはあまり重視されていませんでした。

その結果、実際にメンバーのケアについては、適性やスキルがない場合があります。

そのとき、チームに「ケアすること」が得意なメンバーがいれば、その人とうまくシェアしていくことができると思うんです。
竹内
役職にかかわらず、得意な役割をシェアするというイメージですね。
筒井
はい。シェアするとき、得意な役割が顕在化されているかどうかも大事なポイントです。それぞれの得意分野がしっかりと洗い出されていないと、どの役割をシェアできるかわからないので。
竹内
なるほど。業務中心に考えるのではなく、ケアの役割も顕在化させて、それぞれが得意な役割を担っていく。それが今後の組織のあり方なんですね。
筒井
そうだと思います。マネージャーの役割を考えると、事業推進のためのマネジメントに関しては比較的高い解像度で整理されていると思います。

というのも、マネジャーはプレイヤーとして成果を上げてきた人たちであり、自身の経験をもとに体系化された方法論を持っているからです。

一方、ピープルマネジメント(メンバーの成長を促すことで、組織の成果を最大化することを目的としたマネジメント手法)は高度化しているので、まだまだ弱いはず。この部分をしっかりと整理し、実行していくことが必要です。

外に助けを求め、「弱さ」に価値をもつ社会を実現する

竹内
今後も、筒井さんはマッチョイズムの研究をさらに深められると思います。そのなかで、「こんな社会になったらいいな」と考えていることを伺いたいです。
筒井
「弱さ」にも価値を置く社会を実現することです。いまの社会は「強さ」が評価されすぎていると思うんですよね。でも、「弱さ」にも価値があります。

そう実感したのが、わたし自身、強い人間じゃないからで。強いフリをしてきましたが、本当はストレスに弱くて傷つきやすい面もあります。

でもだからこそ、マッチョイズムを取り巻く問題やマネージャーの感情労働に気づけたのだと思っていて。わたしの持つ弱さの価値が発揮された結果だと思うんです。
竹内
では、「弱さ」が価値を持つ社会を実現するために、何が必要だと思いますか?
筒井
困ったときやしんどくなったときに、外に助けを求めることが大事だと思います。でも、そのためには「自分の弱さ」を認めることが必要です。そうじゃないと、助けを求めることが「自分の強さ」の否定と感じてしまうので。

それでも、弱さを認めて価値を見いだせれば、助けをしっかりと求めることができると思うんですよね。

支援は、ヘルプシーキング(困難なときに他者へ支援を求める行動)からはじまるといわれています。だから、サポートが必要だと思ったときは、しっかりと声を上げて求めることが必要です。
2022年11月15日「仕事がしんどい」は変えられる。心のメカニズムと、チームで乗り越えるヒントを聞いてみた
竹内
そうしなければ、自分が困っていることに気づいてもらうのは難しいですよね。
筒井
はい。社内に助けを求めるほかにも、支援のプロフェッショナルに助けを求める方法もあって。

いま、国や社会が率先して、相談のプロを増やしているんですよ。
竹内
そうなんですね……!
筒井
具体的には、キャリアコンサルタントの存在です。厚生労働省が「キャリアコンサルタント養成計画(※)」をはじめたことで、いまは8万人以上が国家資格であるキャリアコンサルタントに合格しています(2024年10月末時点)。

これから、社会インフラとして「人の悩みを聞き、支援する」という人たちが10万人規模で登場することになります。このインフラを活用して、しっかりとヘルプシーキングをすることが、支援しあう社会に近づくためのポイントです。

※キャリアコンサルタント養成計画:「2024年度末までに、キャリアコンサルタントを10万人にすること」を数値目標として、2014年に発表された

竹内
サイボウズ社内でも、周囲の支援をしたいと思っている人ほど、キャリアコンサルタントの資格を取ったり、コーチングを学んだりしている人が増えてきているように思います。

でも、その学びを生かして組織で活躍できているかというと、まだ個人的な取り組みで終わっていることが多いように感じます。

もしそんなスキルをもつ社員たちが業務の一環として同僚を支援できれば、マネジャーの負担は減りますよね。
筒井
おっしゃるとおりです。現在は自己啓発として完結していますよね。社内に支援のプロがいるのなら、そうした人たちを企業のマネジメントにうまく取り入れ、社会でもっと生かす。

チーム内で役割分担したり、チーム内に専門家を取り入れて協力したりしながら、直面している問題と向き合っていく。そういうことを、もっともっと進めていけばいいんじゃないかなと思いますね。

竹内義晴(サイボウズ) 執筆:流石香織 撮影:阿部拳也 編集:モリヤワオン(ノオト)

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執筆

ライター

流石 香織

1987年生まれ、東京都在住。2014年からフリーライターとして活動。ビジネスやコミュニケーション、美容などのあらゆるテーマで、Web記事や書籍の執筆に携わる。

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編集

ライター

モリヤ ワオン

コンテンツメーカー・有限会社ノオト所属のライター、編集者。よく担当するジャンルは、ライフスタイルや健康にまつわるもの。

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