社会全体の「体験」に配慮したデザインの実践を目指して
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この記事は、デザインや技術の観点から社会全体の体験に配慮する考え方である「HX(ヒューマン・エクスペリエンス)」について詳しく説明しています。HXは、製品やサービスがユーザーに与える直接的な影響だけでなく、それを取り巻く周囲や未来の世代、環境にも配慮したデザインを目指す考え方です。デンソーではUX(ユーザー・エクスペリエンス)に加えて、社会全体の体験を重視するHXを掲げ、設計の視点を広げることに取り組んでいます。これは、ポジティブな体験を提供する一方で、ネガティブな副作用を避けるために影響を多面的に考察し、未来に向けて持続可能な社会を目指すという思考方法論です。実際に社内外でワークショップやHXツールの開発を続けることで、この考え方を社内外に広げ、社会課題解決の一翼を担っています。
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2024.12.17
技術・デザイン社会全体の「体験」に配慮したデザインの実践を目指して
ユーザーの周囲に及ぼす影響に目を配る「HX(ヒューマン・エクスペリエンス)」という考え方
私たちは日頃、製品やサービスを使っていて「使いやすい」「面白い!」と感じることがあります。買った本人は最高の時間と満足を手にします。
しかし、ユーザーにとってはすごく楽しい便利な製品やサービスが、社会全体には良くない影響を与えてしまったら? または、地球環境に負荷を与えてしまったら?
デンソー デザイン部ではUX を大切にして製品やサービスをデザインする一方で、「ユーザーの周囲に及ぼす影響に目を配る」という考えも大切にしています。
そして、この社会全体や地球環境に配慮したデザインを追求する考え方を、Human Experience(HX)と呼んでいます。
このHXとはいかなる考え方で、どのようなデザインのアプローチなのでしょうか。
この記事の目次
価値観が多様化する社会と使い手に向けたデザイン
20世紀初頭、私たちの生活を支えるさまざまな工業製品の普及に伴い「インダストリアルデザイン」の考え方が登場。産業を支えてきたデザインは、徐々にその役割を拡大し、人や顧客を対象とする重要性が時代とともに高まっていきました。
例えば、サービスや製品のインターフェースのデザインである「UI(ユーザー・インターフェース)」、ユーザーの体験そのものをデザインする「UX(ユーザー・エクスペリエンス)」などを筆頭に、ユーザーの体験や使い手のためのデザインの考え方が普及していきます。
そして現在、社会が直面する課題はますます複雑化しています。私たちは多様な価値観やさまざまな志向性をもった人々が暮らす社会を共に生きており、「ユーザー」を捉えることの難しさも高まっています。
また、この複雑な世界に対応するためには、製品を直接利用するユーザーのみならず、それらを取り巻く多様なステークホルダーを見据える必要が出てきています。そのステークホルダーには、将来世代や、人間以外のさまざまな動植物も含まれていくでしょう。
社会の課題解決に向けて産業とそれを支えるデザインが果たす役割は大きいからこそ、これからの時代における「デザイン」について考えることが今求められています。
見るべき対象を広げる、HXという考え方
デンソーでも、会社設立時からデザイン活動が始まり、1965年に品質保証部 技術管理課意匠設計として組織されて以降、さまざまな技術やその社会実装を、デザインの力で支えてきました。
人々の安心・安全につながる製品を生み出しながら、環境や社会に与える影響にも真摯に向き合ってきたデンソーは、これまでの経験や実践を活かし、これからの時代に必要な新たなデザインの考え方を取り入れようとしています。
それが、デンソーのデザイン部が掲げる「HX(ヒューマン・エクスペリエンス)」です。
HXの考え方では、つくり手とお客様が満足するだけではなく、関わるさまざまなステークホルダーの体験価値を大切にします。見るべき対象を拡張し、サービスや製品が広がる社会全体や数十年後の未来への配慮を含んでデザインを行います。
HXは、UXやCX(カスタマー・エクスペリエンス:顧客体験)などの従来の概念とはどのような点が異なるのでしょうか。デザイン部の山本は次のように語ります。
「HXはUXやCXの上位互換の概念ではなく、私たちが大事にしたいことを強調した言い換えで、広義の意味ではほぼ同じものと考えています。UXは文字通りユーザーにフォーカスしてしまうきらいがありました。現代の社会要請である多様性に応えるには、見るべき対象を拡張し、一方ではなく多方に配慮する、社会全体の体験を考えるための言い換えが必要だと考え、HXという言葉にたどり着きました」(山本)
思考の「拡張」と「反転」で、社会全体への影響を捉えていく
HXを実践する際どのように社会全体に配慮しながらデザインを行えばいいのでしょうか。HXの考え方では、2つの見るべき視点を定めています。
ひとつ目は「思考を拡張させる」こと。ユーザーが、製品やサービスを使用することで周囲にどのような影響を及ぼすか、その想像を広げます。
ユーザーを起点として、その影響を受ける人々(ステークホルダー)や、広く社会全般、さらには地球環境にいたるまで、波紋のように想像を広げ、ユーザーの周りにどのような結びつきが存在しているのかを描き出します。そこに広がる世界からは、多様な対象それぞれに波及する、さまざまな影響を発見できます。
ふたつ目が「思考を反転させる」こと。ユーザーがポジティブな体験を享受しているその傍らで、周囲の人々が我慢を強いられていないか、不幸になっていないか、社会にしわ寄せを生み出していないかなど、波紋の断面を見るようにネガティブな要素にも目を向けます。また、今は問題がなくても、数年~数十年後の未来に問題化しないかなど長期的な視点でも想像を巡らせ、製品やサービスが生み出す体験を包括的に捉えます。
こうした2つの視点を重視する背景には、デンソーが新たに定めたビジョンがあります。デンソーでは、2035年に向けて「幸福循環社会」というビジョンを掲げ、社会活動を止めないと同時に、多様な価値観と幸福感に応えることを目指し、新たなる事業の立ち上げに取り組んできました。デンソーが目指すビジョンにおいてHXは欠かせないものだ、と山本は語ります。
「デンソーはこれまでクルマが抱える課題の解決に貢献してきましたが、これからは、課題解決の視点をクルマも含めた社会全体に高め、貢献していこうとしています。そうなると、デンソーが相対するお客様は社会全体へと広がり、扱う製品の影響範囲も広がっていきます。製品を提供する上での責任も大きくなるからこそ、これまで以上に社会全体の幸せを考慮する必要がある。影響範囲が広がることを前提としたデザインの考え方が求められていたのです」(山本)
HXを伝えるツールの開発
こうした考えのもと、現在は、HXの考え方を体系化しながら、HXツールの開発、多様な世代に向けたワークショップの実践など、いくつかの取り組みを実験的に進めています。
現時点は、多様な方々とワークショップを重ねながら、HXツールの改善に取り組んでいるフェーズにあります。そして、実施しているワークショップでは先述の2つの視点である「思考を拡張させる」と「思考を反転させる」を体験してもらうことを重視していると、山本は語ります。
「あるワークショップでは、HXオセロと名付けたフレームワークを試行しました。これはすでに社会実装されているあるプロダクトを題材として、その次期モデルの開発チームとして企画会議をするという設定で行います。まず、そのプロダクトのユーザーの周囲にいる人を書き出し(思考の拡張)、その人たちにとってのポジティブな影響の裏に隠れた、ネガティブな影響を見つけ出します(思考の反転)。そのネガティブな要素をポジティブなものにひっくり返すためには、そのプロダクトにどんなアイデアが必要かを考えていくというプロセスで取り組みました」(山本)
社内外と協力しながら、HXを実践していくために
そうしたツールの開発に取り組みながらも、HXを実践していくためには社内外のステークホルダーとの連携が欠かせません。
まず、デンソーグループ全体に対しては、HXや課題解決のためのデザイン思考を理解するための教材を開発し、新入社員研修や教育などを通じて社内への浸透を図っています。
社外に対しては、この考え方の共有を通じて、デンソーのことを知ってもらい、共感してもらうことを目指しています。デザイン部の大田友絵はその取り組みの内容について次のように語ります。
「まずはさまざまな方々と接点をつくるために、社会人や大学生、中高生や小学生など、幅広い方々を対象としたワークショップを開催しています。また、国外にも目を向けて、南洋理工大学(シンガポール)と名古屋工業大学との産学連携プロジェクトも始まっているんです」(大田)
こうした社内外の活動を積極的に推し進める背景には、社会課題の解決を会社のカルチャーにしていきたいという思いがあります。「特定の製品を扱う部署と異なり、全社横断組織である研究開発センター内に位置づけられるデザイン部がそうした役割を担っていきたい」と山本は話します。
「クリエイティブなスキルは、実行力や発信力とも置き換えられます。社会課題を解決し、そこに暮らす人々を幸せに導くんだというカルチャーを築き、会社の空気感にしていくのは、僕たちの得意技と言えるんだと思っています」(山本)
そうした思いを支えているのが、前述の「幸福循環社会」の実現というビジョンです。「ビジョンの実現のためには、デンソーだけの力では足りないがゆえに共創パートナーを見つけることが重要」だと山本は言葉を続けます。
「さまざまな産業や技術、そこに従事する人々とつながりながら、ビジョンに共感してくれる仲間や共創パートナーを増やしていくことが求められます。社会人や学生などの方々とHXに関するワークショップを通じて接点をもつなかで、デンソーに共感してくれる人を増やし、共創パートナーや共に働いてくれる人を探す。そのために引き続き、社外活動に取り組んでいきたいと思います」(山本)
これからも、デンソーに共感してくれる人を増やすために、HXツールを携えて、さまざまな分野の方々とワークショップを実施していく予定です。ワークショップ開催に興味のあるアカデミアや企業の方は、ぜひご連絡ください。
技術・デザイン執筆:inquire 撮影:デンソー先端技能開発部
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