あなたの会社は「主体性」という言葉に振り回されていませんか?
今回は『「主体性」はなぜ伝わらないのか』(ちくま新書)の著者である、早稲田大学 大学総合研究センターの武藤浩子さんに、主体性にまつわるコミュニケーション問題を解消するためのアドバイスを伺いました。
「あの人は主体性がない」。では「主体性」の意味、説明できますか?
ここ10年ほどで、会社や仕事の文脈で「主体性がある人・ない人」という言葉をよく聞くようになりました。
『「主体性」はなぜ伝わらないのか』(武藤浩子/ちくま新書)「主体性」が伝わらないのは誰のせいだ!? 学生や若手社員は、自分に「主体性がある」と思っているのに、企業や上司は「ない」と感じている。なぜ認識がズレるのか。不幸なすれ違いの原因を究明する。(筑摩書房ホームページより引用)
経団連の「企業が採用時に重視する資質」を問うアンケートの選択肢に、2011年から「主体性」が出てきたのがきっかけのひとつといえます。
以前は「熱意」「意欲」「志」などが、企業が求める資質の上位に選ばれていたのですが、「主体性」が選択肢に現れるやいなや、求める資質のトップに躍り出たんです。
武藤浩子(むとう・ひろこ)。早稲田大学 大学総合研究センター次席研究員(研究員講師)、博士(教育学)。IT企業に長年勤めたのち、大学院へ進学。その後、東京大学高大接続研究開発センター特任助教等を経て、2025年より現職。専門は教育社会学。
2008年のリーマンショックやアメリカのIT企業の台頭を受け、日本経済の先行きがさらに不透明になってきたことが大きいでしょう。
企業の成功パターンがわかっていた昔のように、そのパターンに向かってトップダウンで指示をして社員を働かせるのでは、とうてい太刀打ちできなくなった。そこで、社員それぞれにより強く「主体性」を求めるようになりました。
とはいえ、その「主体性」という言葉は、人によって意味が異なっているようにも感じます。本でも、時代によって変わると書かれていましたね。
2000年初頭は、「行動力」「チャレンジ」が重要視されていて、「主体性」が使われるときは、「主体性を持って行動する」というように、「行動力」と結びついていました。
しかし、2020年ごろになると、「主体性」は「思考力」「協調性」と結びつくようになりました。いまの企業は「主体性」という言葉を使って、社員に対して「考えてほしい、協調・協働してほしい」と考えているのだと思います。
「主体性」という言葉そのものは変わらないけれど、構成要素が徐々に変わっていったということですね。
上司と部下、主体性をめぐる不幸なすれ違い
世間では、上司から「主体性をもっと発揮して」と言われて悩む若い部下や、「部下が主体性を発揮してくれない」という悩みを抱える上司の話を聞きます。
学生のころは勉強してテストを受け、レポートを書けば点数はもらえた。黙っていてもいいという環境に長くいると、「話す」行為のハードルが高くなるので、学生・若手社員は頑張って発言するだけで、「主体性を発揮した」と誤認識してしまうようです。
ある新入社員が「企業では主体性が求められるから自分の意見をきちんと言わなきゃいけない」と考えた。そこで、「わたしはこう思います」と会議で発言したら、上司や先輩から「とにかくうちの会社のやり方を覚えろ」と言われてしまう。
管理職からすると、「そりゃそうでしょ」となるんですよね。新人の「わたしはこう思います」が、仕事の現場で求められることと乖離しているなら。上司はメンバーに、会社や仕事の文脈を理解したうえで、仕事のリアリティを持った提案をしてほしいんです。
でも、その新入社員は「あ、主体性が否定された。この会社は主体性を求めてないんだ」と思ってしまう。会社の中ではこのような「主体性」の意味をめぐる不幸なすれ違いが多いと、わたしは思っています。
仕事の文脈に基づいて行動していくのが大事なんですね。
主体性について、企業の管理職20人以上にインタビューしましたが、多くの人が「主体性」はまず「自分なりに考える」ことだと答えました。言われたことをそのままやるんじゃなくて、まずは考える。
同時に、考えるだけでなく、考えたことを発信するのが大事とも言っていました。「主体性」は「自分なりに考える(内的活動)」「発信する(外化)」、そして「仕事に関して協働する」を含んでいるのです。
上司と部下のすれ違いをなくすために、会社でできることはありますか?
上司だけ頑張れ、若手だけ頑張れではなく、チームメンバー全員がまずは「主体性」の意味を共有することが大事です。みんなが同じ土俵に立ったほうがいいですよね。
「迷惑をかけてはいけない」という呪いを解くために、社内で共通言語をつくる
学生と接するなかで、「人に迷惑をかけちゃいけない」と思っている人が多いのに気づきました。迷惑をかけちゃいけない、間違っちゃいけないから、自分で勝手にやらないようにしよう、言わないようにしようとする。
だけど、上司はその姿勢を「やってない」「部下がわかってくれない」というように思ってしまうんですよね。
迷惑をかけないようにした結果、主体性がないとみなされてしまうわけですね。
社会人生活が長いわたしでさえ、周りの反応を深読みして、「これはやっちゃいけないのかな」と思うことがあります。そのようなときに、「あ、いま迷惑をかけてはいけないという呪いにかかっているかも」と認識できれば、一歩踏み出すことができます。
「迷惑をかけてはいけないという呪い」をどうやって断ち切るかもとても重要です。サイボウズでは、その点についてどう対処していますか?
サイボウズには「質問責任」と「説明責任」という言葉があります。疑問に思ったことがあればささいなことでも質問してクリアにする責任があるし、質問されたら真摯に説明し回答する責任があるということです。社員はそれを尽くさなければいけない。
それとはほかに、企業理念で「主体性」を定義しています。引用すると、「多様な個性を活かし合うためには、一人ひとりが主体性を発揮し、よりよいチームづくりに関わっていくことが重要です。主体性の発揮とは、自らの選択や意思決定によって生じる出来事の責任を引き受ける覚悟を持つことを指します」としています。
そこがうまく言語化されているのはいいですね。やはり、社内で共通言語をつくると、社員が動きやすくなります。
ほかの会社でも工夫すべきところですね。たとえば、この本の「主体性」の意味を参考にしながら、社内で「主体性」の意味を共有してみる。また、それぞれの会社によりフィットするように、「主体性」の意味を定義しなおしてもいいでしょう。
控えめな人の主体性はどう判断すればいい?
会社には評価や査定がつきものです。管理職の立場で、部下に控えめな人がいる場合、どうやってその人の主体性を見極めていけばよいでしょうか? ふだんは頑張っているなと思っていても、評価や査定のときは悩むだろうなと思いまして。
ひとつ言えるのは、そのメンバーが何かをアウトプットしてくれないと、ほかの人はなかなか助けようがないということです。上司は「あの人は大人しいけど、すごく頑張っている」という感覚はあるだろうし、評価したいとも思っている。
けれども、なにか評価する材料、たとえば昇給、昇進のきっかけになるようなアウトプットを出してくれないと、なかなか難しい。
それは、常に上司側からアプローチするのがよいでしょうか?
上司から話をするとともに、メンバーも、少しでもいい、できることだけでいいから、なんらかのアウトプットをすることが大切です。そうすると、上司は声をかけやすくなり、アドバイスもしやすくなる。このように相互のやり取りを増やしていけるといいですね。
「石の上にも三年」は、主体性、そして仕事のおもしろさにつながっていた
主体性は、自分で持とう持とうと努力するより、環境に恵まれて身につく部分もあるように思えますが、どうでしょう?
そうだと思います。
インタビューした管理職の人たちも、会社に入って最初の2、3年は主体性はなかったと言っていますし、10年経ってからやっと主体性を持ったという人もいました。なので、そんなものだ、ぐらいの気持ちでいればいいと思います。新入社員であれば、2、3年でようやく会社の状況がみえてきて、人間関係も少しできるころだと思いますから。
けれど、たまたまチャンスが巡ってきた時にチャレンジしてみたら、主体的にできた、ということもあります。ある程度の時間や経験も必要なので、焦らないのが重要ですね。
先ほど主体性を発揮するには、自分なりに考えること(内的活動)と発信すること(外化)が大事だとおっしゃっていました。
最近では、思考する段階でAIの力を借りることもあると思います。今後、主体性の意味はさらに変わってくるでしょうか?
変わるかもしれませんね。
でも、そういう時代においてわたしたちが手放しちゃいけないのは、「自分にとっておもしろいことをする」ことだと思います。AIが出した答えをそのまま発信する「コピペマシン」にはなりたくないですよね。
考えることって意外とおもしろいじゃないですか? 自分たちがさらにおもしろがれるようにAIを使っていくほうが、みんなが幸せに楽しく生きていけるんじゃないかと思いますね。
主体性はおもしろさとニアリーイコールなんですよね。管理職の人たちはみんな「主体的にやるからおもしろい、やらされ仕事はおもしろくない」と言っていて、わたしも企業での経験から同じように思います。
ただ、注意していただきたいのは、上司と部下でおもしろいと感じる点が違うということです。それぞれの人がそれぞれのおもしろさを見つけて、仕事に取り入れる必要があります。
みなさんには、「自分にとっておもしろいことをする」「仕事をおもしろいほうにもっていく」というのを柱として持ってほしいですね。
企画・編集・執筆:小野寺真央(サイボウズ) 撮影:加藤甫
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働き方の価値観が多様化し、どのように働き、どのように生きるのかが問われている現代。そんな時代にあって、「本」というメディアは「働くこと」を自分で見つめ直すきっかけをくれるのではないでしょうか。「本を読むこと」を通じて、私たちと一緒に、仕事やチームワークに繋がる新たな発見を探しに行きませんか?
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執筆
サイボウズ式ブックス副編集長。メーカー、出版社勤務を経て、2022年にサイボウズ入社。趣味は読書・演劇・VTuber・語学勉強・ラジオ・旅行。複業で小説の編集をし、ラジオパーソナリティを目指している。
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撮影・イラスト
独立前より日本各地のプロジェクトの撮影を住み込みで行う。現在は様々な媒体での撮影の他、アートプロジェクトやアーティスト・イン・レジデンスなど中長期的なプロジェクトに企画段階から伴走する撮影を数多く担当している。
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