最近ではさまざまなツールが登場し、一気に身近な存在となったAI。ただ、実際の活用シーンでは「個人の作業を手助けしてくれるもの」に留まっているケースが多いのかもしれません。
サイボウズでは、一人ひとりがAIを活用しやすくなるよう環境を整えながら、AIによってチームの生産性を高めるための実践にも取り組んでいます。執行役員 開発本部長の佐藤鉄平は「人と人とのコミュニケーションをAIでサポートすることが僕たちの重要テーマ」だと話します。
チームの心理的安全性を補い、理念・文化を日々の業務に実装し、さらには社内政治まで攻略できるようになるかも——?
サイボウズが目指すAI開発・活用の未来像を佐藤に語ってもらいました。
仕事全体のなかで、個々人の作業が占める割合は案外小さい
こんにちは、佐藤鉄平です。サイボウズで開発本部の責任者をしています。
今日は多くの人が注目しているAIについて、サイボウズがどのように向き合い、自分たちの活動に取り入れていくのか、お話しさせてもらいたいと思います。
大きな目的の話から始めると、僕たちは「チームワークあふれる社会を創る」という理想に向かってAI活用を進めています。
世の中では「AIの活用」というと、個人の作業効率化や生産性向上の話になりがちです。でも、そこばかりが議論されているのはもったいないな……と思うこともあります。
職種にもよりますが、
仕事全体のなかで、個々人の純粋な作業が占める割合は案外小さいからです。
たとえば開発部門の仕事については、「コードを書く作業をAIに代行させれば一気に生産性が高まりそう」というイメージがあるかもしれません。
でも実際は、開発全体の業務でソースコードをカタカタ打っている時間は全体の2割程度しかないんですよね。設計方針を検討し、他のメンバーとそれについて議論して意思決定をするといった業務にも多くの時間を使います。こうした仕事でAIを活用できれば、チーム全体の業務効率化や生産性向上にもつながっていくんじゃないかと思っています。
デジタルな場でコミュニケーションを重ねていくことの大切さ
個人の作業だけでなく、業務プロセスやチーム作業のなかにもAIを取り入れていく。そしてチームでAIを活用して生産性を高めていく。 これは簡単なことではありませんが、僕たちも実践を重ねています。
サイボウズの場合、社内活用で最初に大きな成果が出たのは、カスタマーサポート部門のメイン業務であるお問い合わせ対応にAIを導入したことでした。 お問い合わせの一次対応では、過去事例をもとにしてAIが文章を書き、人がチェックして返信する。この体制を整えたことで大きく生産性が向上しているんです。
チームとしてAIを活用していくには、人と人のやり取りなど、業務で発生するデータを蓄積していく必要があります。
たとえば、お客さまとのやり取りの履歴や、チーム内での過去のコミュニケーション内容が残っていれば、「前任者がどんな対応をしたのか」「そのときチームとして何を決めたのか」といったことがわかりますよね。このように、
蓄積してきたデータがあるからこそ、「このデータをどう活用しようか?」と考えることができます。そして、AIという新しい手段が出てきたときに「AIを使えば業務改善できる!」と応用できるんです。
こうしたAI活用のために必要なデータは、組織全体でグループウェアを使っていけば、自動的にどんどん蓄積されていきます。
たとえばkintoneなら、「案件管理」や「問い合わせ管理」といった業務ごとに、専用のデータベースを作成できます。こうした日々の活動記録を、誰が・いつ・何をしたかという情報と合わせて、整理された形で蓄積できるんです。
蓄積されたデータやプロセスに対し、AIを使うことで「もっとこんなことができますよ」と提案できるようにもなる。だから僕たちはいま、kintoneやGaroonにAIを導入し、より便利に活用できるよう進化させています。
佐藤鉄平(さとう・てっぺい)。サイボウズ株式会社の開発本部長。2007年サイボウズに新卒入社。WebエンジニアとしてGaroonやkintoneの開発に携わりつつ、技術的探求、OSSやコミュニティへの貢献に没頭。最高のプロダクトを作るには最高のチームが必要と気付き、2016年から開発本部長として試行錯誤の毎日を過ごしている。社外では@teppeisとして執筆や講演活動も行っている
AIが介入すれば、人間関係の摩擦を減らせる?
個人の生産性という面だけでなく、チームでもAIを活用するための基盤となるのは、やっぱり人と人とのコミュニケーションです。
そのコミュニケーションを、AIによってもっといまよりもスムーズにできないか? チームワークをさらにサポートできないか? そんなこともよく考えるんです。
コミュニケーションを通じて成果を出していくには、ネガティブなこともちゃんと互いに伝え合える「心理的安全性」が大切だと言われています。
でも実際には、これってかなり難しい話だと思います。チームメンバーが出してくれたアウトプットを見て「何か違うな」と思ったときに、どう指摘するべきか。悩んだことがある管理職も多いのではないでしょうか。
「心理的安全性を高めて、問答無用に事実を指摘していけばいいのだ!」という考え方もあるでしょう。だけど、そんな「ストロングスタイル」を誰もが実践できるわけではないですよね。コミュニケーションのなかで、相手を傷つけないようにうまく意図を伝える。そこに苦心しているのが僕たちです。
この指摘をAIに助けてもらったら、言わなければいけない側が心を痛める場面を減らせるのではないかと思います。言われる側も「AIの指摘なら」と納得できるかもしれません。
たとえばkintoneでは、新たに「アプリ設定レビューAI」を実装しました。
アプリ設定レビューAIは、AIによるアプリ設定レビューを受けられる機能(参考:アプリ設定レビューAI)
kintoneでアプリを作成する際の「名前の付け方」「管理者の役割」などのルールをあらかじめAIに学習させておくことで、誰かが新たにアプリをつくろうとしたときに、AIが自動的にレビューしてくれる機能です。
これを人間がやると大変だし、言われる側も「こんなことも知らなくてすみません……」と萎縮してしまうかもしれません。また、人に聞きたいと思っても「誰に聞けばいいのかわからない」「問い合わせたのになかなか返答が来ない」といった問題が発生しがち。
AIが瞬時に教えてくれる環境をつくれば、こうした問題を一気になくすことができます。
AIが会社の“暗黙知”を翻訳すれば、誰もが活躍できるチームになれる
AIを活用することで、チームや会社の理念・文化を日々の業務に実装できるんじゃないか? というアイデアもあります。
AIによるカルチャーの実装です。
多くの企業では、社員が自社の理念や文化をそこまで意識していなかったり、そもそも知らなかったりするのが「あるある」だと思うんです。理念に書かれていることと日常業務があまりにも離れすぎている場合は、やむを得ないことなのかもしれません。
最近、生成AIの文脈でよく“Context is King”(コンテキストが重要だよ!)と耳にします。
AIにただ質問するだけだと、汎用的な回答しか出てきません。単純に検索結果として出てくるものや、辞書に書いてあるようなことしかわからない。「一般論としてはこうだよ」と言ってくれるけど、それ以上は教えてくれないんですよね。
でも、会社の理念・文化や思考のフレームワーク、社内ポリシー、ガイドラインなど、いろいろなものをコンテキストとしてAIに覚えさせれば、「うちのチーム」の視点でAIがいっしょに考えてくれるようになります。
事あるごとに「うちの理念からすれば、こう判断すべきでは」「うちの文化でいうと、この書類ではこんな言葉を使ったほうがいいのでは」とアドバイスしてくれるイメージですね。
チームの文化もコンテキストとして埋め込んでいく。それが、サイボウズが目指すべきAIだと思っています。同時に、時代の変化に対応するためには文化やコンテキストを固定化せず、常にアップデートし続ける必要もあります。
また、組織が大きくなると、社歴が浅い人と長い人の間で乖離が広がっていく傾向もありますよね。たとえば、「この件、何を誰に相談すればスムーズに進むのか」とかって、明文化されていない企業も多いでしょう。サイボウズでも、社員数が増えるにつれて社内ルールがどんどん複雑化しています。
社内のグループウェア上には「質問」「依頼」に使えるアプリをたくさん設けていますが、社歴の浅い人は「このチームに依頼するにはまず何を書けばいいんだろう」という段階でつまずき、本題に入るまでのやり取りがかさむこともあります。
でも、こんな場合の「やり取りのルール」をあらかじめAIに覚えさせることで、質問や依頼は格段にスムーズになるはずです。
人と人が時間をかけて構築してきた暗黙の了解や、作法、マナー。AIがこれらを踏まえた上で、互いに心が存在するがゆえに発生していた負荷を軽くしてくれる。これこそが「チームでAIを活用する意義」だと思います。
かなり飛躍した例ですが、これを発展させると、超有能な「社内政治攻略AI」が爆誕するかもしれませんね(笑)
たとえば、過去の稟議情報から「誰が、どのように承認しているか」を分析して、「この稟議はこんな順番で回すといいよ」とか、「この人は◯◯の観点を重視するから、稟議書に盛り込んだほうがいいよ」などと教えてくれるAIです。
「社内政治があること自体、生産的じゃない」と思う人もいるかもしれません。とはいえ、会社が人が集まる場であるかぎり、組織成果を最大化するためにはステークホルダーの利害調整も必要になってきます。そうしたコンテキストを知るAIがいれば、社歴によるノウハウの差を埋めて、新しく入社した人が早く活躍できるようになるかもしれません。
あるいは誰かが違う分野にチャレンジするときには、新しい知識やスキルはもちろん、「新しいチームの空気感」まで教えてくれて、最初のハードルを一気に下げてくれるはず。
そんなふうに、イノベーションを起こしやすくするためにも、AIをもっともっと活用できると思っています。
現場が使い倒すことで、サイボウズのAI開発は前進する
最後に、現在サイボウズ社内で取り組んでいることについても紹介します。
サイボウズではいま、「社内の業務をAIで効率化していく議論」と「サイボウズ製品にAIを組み込んでより良くしていく議論」の2つが盛り上がりを見せています。
僕自身は主に後者の推進を担っているのですが、一方で開発本部内には「AIエキスパートチーム」というチームがあり、社内業務改善にも関わっています。
最近はものすごい勢いでAI関連ツールがどんどんリリースされていますよね。でも、実際の業務で活用する際には「安全に使えるのはどれ?」「情報漏えいの危険はないの?」など、不安を抱える人が多いのも事実だと思います。
そこでAIエキスパートチームではツールごとに安全性を確認し、法務や情報システム、セキュリティなどの各部門とも連動して、調査・判定・AI活用のガイドライン作成などをいっしょに進めてきました。
なぜ開発部門としてこんなことをやっているのか。
目的は、業務部門から「AIを使いたい」という声が上がった際に、できるだけスムーズに使えるようにすることです。
サイボウズの場合、経営陣から「AIを活用して生産性◯%アップせよ」といった号令はかけていません。
現場でAIを使いたい人が自由に考え、AIエキスパートチームと相談しながら活用する。そんな状態がいいと思っています。
そもそも、新しい変化や進化を受容しない状態では、組織として明るい未来がないとも考えています。
グループウェアなどのサイボウズのメイン事業にとっても、AIの進化を取り入れない選択肢はあり得ません。だからまずは、自分たちでいろいろと使ってみて、理解していくことが大切なんです。
僕たちがいま開発し、リリースを進めているAIの機能群は、「チームワークあふれる社会を創る」という理想をほんとうに実現するために欠かせないものだと考えています。
たとえばkintoneやGaroonに蓄積されたデータを、内製AIが活用するだけではなく、外部の連携パートナー企業も活用できるようにすれば、AIの新しい可能性をどんどん見つけていけるはず。社外ともデータを共有することになるので、当然セキュリティには万全の対策を取る必要がありますが、サイボウズ発のAIエコシステムを実現していきたいですね。
現在のプロダクトを出発点として、今回お伝えしたような未来像を追いかけていきたいと思っています。サイボウズのAI開発・活用に、これからも注目していただけるとうれしいです。
執筆:多田慎介 企画・編集:神保麻希(サイボウズ) 撮影:高橋団(サイボウズ)
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