サイボウズの出版部門「サイボウズ式ブックス」は、企業理念「チームワークあふれる社会を創る」を世の中に広めるため、2019年に立ち上がったプロジェクトです。ネットというファストな媒体だけでは伝えられない思いをより深く、より心に響くように届けるために、私たちには「本」というメディアの持つ力が必要でした。
しかし、昨今ではその本を売る書店の閉業が増え、ニュースにもなっています。サイボウズ式ブックスでは、書店への利益還元を推し進める取り組みや、セミナー「サイボウズのまざる学校」、リアルでのブックイベントなどを開催してきましたが、ほかにもできることがあるのではないか? 編集部は日々自問していました。
そんななか、町の書店が閉業していく裏側を、業界の歴史やデータをもとに明らかにした『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか 知られざる戦後書店抗争史』(平凡社新書)が今年4月に刊行されました。発売以降、話題を呼んでいる一冊です。
今回は著者の飯田一史さんをお招きし、「出版業界の関係者が手を取り合うにはどうすればいいのか?」「業界のチームワーク向上に対しサイボウズ式ブックスになにができるのか?」など、業界の現状をふまえつつ、これからの本の届け方について伺いました。
売上のピーク時から30年、今の出版業界はどうなっている?
本が好きな一個人として、本に携わる関係者として、『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』はとても興味深く、学びの多い一冊でした。
出版業界の売上のピークは1990年代半ばですが、売上額はその時からどれくらい縮小しているのでしょうか?
『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか 知られざる戦後書店抗争史』(飯田一史/平凡社新書)なぜ町から本屋が消えていくのか? 複合店化、大型書店の登場、ネット書店の台頭……戦後書店史をたどり、出版流通の課題を考える。(平凡社ホームページより引用)
ピーク時の売上は2兆6000億円くらいありました。今は電子書籍を入れて1兆5000億円前後、電子書籍を除くと1兆円くらいです。
冊数ベースで行くと、雑誌は全盛期から8割、書籍は半分強くらいまで下がっています。総合的に見て、劇的にシュリンクしていることは間違いありません。
飯田一史(いいだ・いちし)。1982年青森県生まれ。中央大学法学部法律学科卒業。グロービス経営大学院経営研究科経営専攻修了(MBA)。出版社にてカルチャー誌や小説の編集に携わったのち独立。ウェブカルチャー、出版産業、子どもの本やマンガなどについて取材、調査、執筆を行う。主な著書に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの?』『ウェブ小説30年史』(以上、星海社新書)『若者の読書離れというウソ』(平凡社新書)などがある。
図書館、学校、教科書販売などの外商だけをやっている店が結構あるんです。実店舗には非常に固定費がかかるので、店を閉めて外商だけにしたほうがいい場合もある。
今では、外商だけの書店を入れてもおそらく総数は10,000店を切り、全盛期の3分の1くらいになっているかもしれません。中小書店の方が閉店数が多く、チェーン店など大型店を中心に集約されてきています。
ピーク時に比べると雑誌の売上冊数は8割減、書籍は約半減していて、書店の数も1/3になっているのですね。
ただ、日本の紙の本の市場では、ネット書店のシェアは2割くらいしかないんです。8割はオフラインで買われているので、依然としてリアル書店はとても重要な販売チャネルです。
書店を悩ませる利益構造と本の値段
『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』の中で、書店に入る利益の少なさが問題視されていました。
日本は書店の取り分が少ないんです。欧米の半分くらいではないでしょうか。
欧米では書店の取り分が少なくとも30%、多ければ50%くらいあります。
また、出版社側の取り分が日本に比べて少ないので、インフレが起こった時に出版社はそれなりに大胆に値上げしないと自社の利益が確保できません。そのため、価格の上昇が適正に起こります。本の価格を上げればその分書店に入る金額が上がるので、お互いにWin-Winになる。
日本だと出版社の取り分に多く傾斜がかかっているので、少しだけ値上げするか、なるべく値上げしないという意思決定をしても、出版社はなんとかなるんです。
しかし、書店にとっては負担する費用は年々増えているのに売上が伸びないので、実質的にどんどん利益が削られていく。この構造が何十年も続いてしまっています。
出版社が単価アップを選ばないのは、何か理由があるんでしょうか?
歴史的な経緯を遡るといくつかあって、一つは1920年代の「円本(えんぽん)」という、当時の1円で本の全集が買える取り組みです。予約販売をして安く大量に売るのに成功したので、「本は安くすればたくさん売れるんだ」と、薄利多売の成功体験を得てしまった。
二つめは、雑誌と書籍の流通が一体化していて同じ店で売られていること。出版社は雑誌に広告を載せていますが、広告媒体としての価値を高めるためには、なるべく価格を安くしてたくさん刷って配本したい。しかし、店頭で売られる時に雑誌が数百円なのに対し書籍が数千円となると、本がとんでもなく高く見えてしまう。そのため、非常に控えめな値上げしかできない。
100年くらい前にあった単価を上げにくいスキームに乗ったまま、ずっと来てしまっていると。パイを大きくするのではなく、パイの奪い合いになっているように思えますね。
海外の出版社や書店から学ぶ、これからの本の届け方
作家さんの収入や流通システムについても最適な形になっていないように思えますが、海外から得られるアイデアはありますか?
今日本の作家が苦しんでいるのは、収入を得られる回数が減っている点です。昔はまず雑誌に載って原稿料が入り、次に単行本が出版され、その後文庫になるので、3回収入を得るタイミングがあったんです。
今は単行本は出るけど文庫にならなかったり、あるいは最初から文庫で刊行したりするので、1回しかお金が入ってこないこともざらにある。初版部数も減っているのでしんどいですよね。
ただ、漫画の場合は出版社が自前のウェブ漫画誌やアプリを持っています。掲載されれば原稿料が入りますし、単話での課金モデルもある。そこで育った作品は単行本のかたちでリアル書店や電子書籍ストアでも販売される。紙の単行本以外にも収益源が多様化しています。
ひるがえって漫画以外のジャンルは硬直的です。雑誌と書籍を連動させる今までのモデルが駄目になってしまって、書籍だけでやろうとしているのできつい。売り方のバリエーションを作っていかないといけませんね。
日本では、小説の単話売りはあまり見ない気がします。
韓国や中国だとウェブ小説で課金モデルがすごく発達していて、両国ともにウェブ小説の課金額だけでおそらく日本の小説市場全体を上回ります。
欧米だといわゆる「ブックトック(BookTok)」という、TikTok上での本の紹介動画のムーブメントが話題になっています。特に、アメリカの「BIG5(ビッグファイブ)」(※1)と呼ばれている超大手出版社が力を入れて取り組んでいます。
※1 BIG5(ビッグファイブ):ペンギン・ランダムハウス、サイモン&シュスター、ハーパーコリンズ、マクミラン、アシェット・ブック・グループといった5つの巨大出版社の総称。アメリカでの書籍売上の80%を占める。
海外の出版社は動画を使って本が売れることに気づいたので、そこに大規模な投資をしています。ジャンルごとのマイクロインフルエンサーをピックアップし、そのジャンルの新刊が出たら、彼らに取り上げてもらって公式で拡散していく。
もはや出版社主導で育成しているといっても過言ではありませんね。
ブックトックは若い人向けの小説のほうが適性があります。そうでないジャンルでも、ニュースレターやポッドキャストをやったり、CRM(※2)ツールやMA(※3)ツールを活用しています。
世界的に見て、今のソーシャルメディアはアルゴリズムがあまりにも強くなっているので、基本的にバズったコンテンツしか流れてこないんです。フォロー・フォロワーの概念もあまり意味がなくなっていて、発信してもあんまり届いていない。特に「新しく本が出ました」みたいな地味な情報はほぼ届いていない。
※2 CRM(Customer Relationship Management):顧客情報や行動履歴などを管理し、顧客との良好な関係を築くために使われるツールやシステム。顧客関係管理。
※3 MA(Marketing Automation):獲得した顧客情報をもとに、企業のマーケティング活動を自動化する概念やツール。
前職で出版社にいましたが、SNSでの告知が届きにくい点は身に覚えがあります。サイボウズの場合、ウェブ記事も同じような課題があるかもしれません。
出版社の取り組みが確実に読者に届くのはメールなんです。ポッドキャストも一度登録したら最新回の告知が毎回配信される。これで中長期的な関係性が作れます。
ニュースレターの登録時に取得した読者のメールアドレスをCRMやMAで活用して、「この人はニュースレター経由でうちのサイトに来てこのジャンルを見ているな」というデータを取得して、顧客のステータスに合わせて個別最適化したプッシュのメールを送る。
IT企業ではよくやっているイメージがありますが、出版社もそこまでITを活用しているとは驚きです。
昔はお客さんが定期刊行物である雑誌を買いに書店に行き、そこで欲しいものを見つけて選んでいましたが、今はそもそも書店に来なくなったから、出版社や書店が自分たちから「これがおもしろいぞ!」という熱量を届けて、お客さんが本屋に行く動機を作る必要があります。
欧米では出版社主導でファンコミュニティを作り、登録してくれた人たちに向けて、新刊が出たら興味がある人に送る取り組みもあります。
まずは動画を使ったマーケティングによって、バズで読者をとらえて裾野を拡大させ、メール登録をしてもらって確実に中長期的に関係を続ける。時代に合わせてツールを活用しているのがここ数年の欧米の出版業界です。
日本だと「Tiktokは一部の出版社がやること」と考えたり、「なんか流行ってるらしいからとりあえず作ってみる」と腰かけになったりして、作ってみてもまったく再生されないこともあります。
日本ではメールマガジンに対して鬱陶しいものというイメージがついているので、あまり力を入れていないように思えます。
でも、たとえばある書店に名物書店員がいて、この人がおすすめする本のニュースレターが届くとなったら読みたいと思うし、「そんなにお勧めするんだったらその書店に行こうかな」となります。
逆にポイント還元を促す案内を送るだけでは、顧客のロイヤルティを高めるという点ではNGですね。値引きに反応する、言い換えると「安ければ買う」という人は値段に反応しているだけで、その書店や本、作家、出版社に愛着が湧いているわけではないからです。
出版に関わる全員がチームワークを発揮するには
サイボウズ式ブックスは兵庫県明石市にあるライツ社と連携し、「書店の取り分35%」を目指して、刊行書籍の正味(※4)をすべて50%に設定しています。この出版事業で生まれた利益は、できるだけ書店に還元したいと考えています。
書店への還元率を高める取り組みや、本の取り扱いに賛同いただける仲間を増やすにはどうしたらいいでしょうか?
サイボウズとライツ社で、出版事業「サイボウズ式ブックス」を始めます
※4 正味(しょうみ):書籍の卸価格、または掛け率を指す言葉。たとえば1000円の本に正味50%の条件を設定した場合、卸価格は500円になる。
書店や取次(※5)、出版社との関係構築も大事ですが、当然ですが売れる本を作ることが第一です。
掛け率の低さはずっとある問題ですが、店舗での販売を補ってきた外商、つまり店の外の官公庁や図書館、法人向けのまとめ売りや個人宅への高単価や全集、事典、図鑑、学習マンガなどのセット販売が減って書店の安定的な売上の基盤が脆弱になっていることも問題です。
※5 取次(とりつぎ):書籍・雑誌などの出版物を出版社から仕入れ、小売書店に卸売りする販売会社。本の卸問屋。主な会社に日本出版販売(日販)、トーハンがある。
そこで、「はたらく」をテーマにしているサイボウズ式ブックスに、ひとつ提案があります。
日本では、いわゆる「人的資本経営」の観点から見ると、先進国の中では従業員に対する投資が非常に少ないです。金額的に見ても少ないし、労働時間は減っているのに自己研鑽の時間も減っている。
働いている時間を充実させたり効率化したりするために時間を使っていないわけですね。
くわしくは小林祐児さんの『リスキリングは経営課題』(光文社新書)という本を読んでほしいのですが、勉強するときも日本はなぜか独学ブームで、「一人で勉強しましょう」となることが多い。
独学系の書籍が書店で山積みされているのをよく見かけますよね。
でもたとえばオンライン授業はリアル授業に比べて落第する人が多いわけです。一人で頑張って何かを成すってものすごく大変です。
そもそも人は働く時に一人で働いてないんだから、勉強も読書もみんなでやったほうがいい。組織的にでもいいし、違う会社の人と一緒にやったっていい。
サイボウズ式ブックスが働く人向けに集団での読書会や勉強会などを企画・主催して、書店や出版社と一緒にやってみるといいのではないでしょうか。
我々や出版社側も、書店のスペースをお借りできるなら、本のプロモーションにもなるし、書店に利用料を支払えますよね。
書店にとっても売上のベースが上がり、参加者がイベントや講義で紹介された本を帰りがけに買っていく流れも生まれます。
書店の課題は顧客の来店頻度と客単価を上げること、外商に変わる定期的なまとまった売上の獲得です。コンスタントに開催される勉強会、連続講座で何十人か分の本代プラス受講料が得られて、月1回でも確実に本屋に来てもらえる機会ができれば嬉しいと思います。
出版業界には「本がどんどん売れる」という共通の理想があると思いますが、現実はいろいろな問題が立ちはだかっているのが歯がゆいです。どうすれば変えていけるでしょうか?
出版社や書店は大きいところもあれば小さいところもあって、扱ってるジャンルもバラバラですからね。業界にはステークホルダーもたくさんいるので、最初から一気に全体で変えていこうというのは難しい。
まずは出版社と書店が一社ずつでもいれば、小さいチームを組めます。 小規模にやれるところからまずやって、こういう方法がありますと見せるほうが、他の人も真似しやすくなる。
「誰かが変えてくれる」というお客さん意識ではなく、小さくでも「自分たちから変える」「ちょっとでもやってみる」という当事者としての実践が大事ではないかと思います。
企画・編集・執筆:小野寺真央(サイボウズ) 撮影:高橋団(サイボウズ)
サイボウズ式特集「本とはたらく」
働き方の価値観が多様化し、どのように働き、どのように生きるのかが問われている現代。そんな時代にあって、「本」というメディアは「働くこと」を自分で見つめ直すきっかけをくれるのではないでしょうか。「本を読むこと」を通じて、私たちと一緒に、仕事やチームワークに繋がる新たな発見を探しに行きませんか?
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