橋本 直己
フリーランスのカメラマン・エディトリアルデザイナー。趣味は尺八。そして毎日スプラトゥーン2をやっています。
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この記事は、アサヒグループが2011年にホールディングス制を導入し、"ビールのアサヒ"から、より幅広い"食のアサヒ"へと企業イメージを刷新しようとする試みについて紹介しています。特に、各グループ会社から社員を募り、プロジェクトチーム"VOICEs"を立ち上げたことで、社員の生の声を企業戦略に反映させようとしている点が注目されます。アサヒグループはこのプロジェクトを通じて、社内外の人々と意見交換を行い、新たなアイデアを生み出すことに挑戦しています。
プロジェクトでは、社外の専門家を交えてのディスカッションや、メールを活用した意見交換などでアイデアを出し合い、"食"に関する新たな価値を模索しました。特にフリーズドライ食品を活用した鍋の提案など、新しい価値提案を模索しつつ、最終的には"9万回の食の感動"というコンセプトが提案されました。これにより、アサヒグループが提供する人生の食体験が、どのようにして顧客に価値を提供するかを考察し、その質を高める必要があると考えられました。
また、このプロジェクトから得た知見はフューチャーセンターの手法を参考にしたものであり、社員たちの多様な意見を集約し、新たな価値を創出する場としての可能性を見せています。アサヒグループのコーポレートブランドとして"食の感動"を提供することを目指し、そのためにグループ全体でのシナジーを強化する必要性も浮き彫りにされています。最終提案が経営の中期計画に反映されるかどうかは今後の動向次第であり、その結果が期待されています。
あのチームのコラボ術
吾妻橋のアサヒグループ本社にて、事務局でアサヒグループホールディングス株式会社 コーポレートブランド部門の中村さん(右)と、VOICEs2期生でアサヒ飲料株式会社 営業統括部の梅本さん(左) (※所属等は取材時
今年もとても暑い日が続き、ビールが美味しい夏でした。そんなビールの代表的ブランド「アサヒ」のお世話になった方も多いのではないでしょうか。
アサヒビールは2011年に純粋持ち株会社体制に移行、社名をアサヒビールから、アサヒグループホールディングスに変更しています。中核を担う「ビール」などアルコール飲料事業のほか、清涼飲料水やベビーフード、フリーズドライも提供する総合食品グループとして生まれ変わり、"ビールのアサヒから、食のアサヒへ"を目指しています。
企業の顔“コーポレートブランド”である「アサヒ」のイメージを変えるという難しいミッションを達成するために、各グループ会社から社員を集めてチーム作りに取り組んでいる、プロジェクト事務局の中村威さんと実際にプロジェクトチームに参加した梅本勤さんにお話を聞きました。
アサヒグループさんが、コーポレートブランドの刷新に取り組んでいるとお聞きしました。まずは取り組みの概要を教えていただけますか。
椋田
アサヒグループは酒類、飲料のほか、食品も提供する総合的な食品グループです。2011年にはホールディングス制に移行し、グループ全体でさらなる企業価値の向上に取り組んでいます。
しかし、お客様に「アサヒ」と聞けば「ビール」とかえってくるように、「ビールのアサヒ」というイメージは根強いです。アサヒグループとしてどうイメージをつくりあげればいいのかを考えるのがミッションでした。
確かに「アサヒ」と言えば、最初に「ビール」を思い浮かべますね(笑)
椋田
そうですよね(笑)。ビールなど酒類はもちろんですが、飲料水や、現在はベビーフードやフリーズドライ、医薬品なども提供しています。子会社間で協力することやブランド力を強化する意味でも、グループとしてのコーポレートブランドを強化することが必要でした。
プロジェクトチームの具体的な構成を教えていただけますか?
椋田
プロジェクトは、社員の生の声を経営に提言するとの想いから”VOICEs(ボイス)”と名付け、2期に渡って行いました。グループ内公募で20名を募り、実施期間は第1期が2011年1~6月まで、第2期は2011年10月~2012年5月まで。いろんな生の声から気づきを発見し、経営に対してコーポレートブランド強化に繋がる提言をしました。
第1期のVOICEsは「コーポレートブランドの強化」の具体的な施策を考えるプロジェクトでした。この第1期の動きを見て経営から声が挙がり、「アサヒグループの将来あるべき姿」を議論する第2期が実施されました。
グループの将来像をメンバーで考えて経営陣に提案する、というプロジェクトなんですね。プロジェクトには社外の方にも入ってもらうと聞きました。
椋田
社外の方に参加していただいたのは、刺激をもらうためです。せっかくのプロジェクトでしたし、可能な限り新しい発想や考え方を盛り込みたいと思っていました。ほかの企業や大学、NPOに所属するさまざまな方にゲストとして参加していただきました。
プロジェクトはどのように進めていったのですか?
椋田
定期的にメンバーが集まり、社外の方々とディスカッションする会を月に1度設けていました。それ以外のときは、同グループとはいえ、全員がなかなか集まれないので、メールや社内SNSで気づきや意見を共有していました。資料などは、共有フォルダにまとめていました。
ある程度意見がまとまれば、テレビ会議システムや電話会議でトコトン話し合っていました。会議は白熱して4~5時間に及ぶこともありました。
社内SNSは便利だったのですが、そもそも複数のツールを使うのが面倒に感じる人もいて、だんだんとメールがメインになっていきました。
ただ、メールだと自分が返答を書いている間にもメンバーの返信が届いて、自分が書いている内容がどんどん古くなっていくので、意見を集約するのが大変だった覚えがあります。そのおかげで、ムチが入るというメリットもありましたが(笑)。
それは焦ってしまいますね(笑)。その普段の活動には経営側も参加されていたのですか?
椋田
経営には、VOICEs発足時のキックオフで対話の場を1回と発表の場を3回設け、そこに参加してもらいました。
事務局の役割は、経営に対してVOICEsの進捗を報告し、意見をもらってVOICEsメンバーに伝える橋渡しです。直接提言内容に口を出すことは基本的にありませんでした。
電話会議の様子。普段全国各地にいるメンバーとは、社内SNSより電話会議でのディスカッションが多かったとか
会社の方向性を定める重要なプロジェクトというと、経営や事務局が主導することが多いと思うのですが、VOICEsのメンバーに任せたのはなぜでしょう?
椋田
VOICEsはそもそも「社員の生の声」を生かす場として立ち上げたからです。コーポレートブランドの強化を経営陣だけが考えるのではなく、社員といっしょに考えたいという想いがあるからです。多様な声を交えて新しいことへ挑戦をするという考えが、VOICEsそのものだったのだと思います。
そのおかげで、化学反応が生まれたとも感じました。実際に参加してみると、ほとんどが初対面ばかり。メンバーは高い問題意識を持っている人たちだったことや、同じ“社員”という立場だったことが影響し、お互い遠慮なく意見やアイデアを出し合うことができたと思います。
とても挑戦的な試みですね。経営側からは何か指摘などはありませんでしたか?
椋田
実は「落としどころはどうする?」とたびたび聞かれていました(笑)。私も何度も不安を感じたのですが、プロジェクト始動と同時にメンバーは勝手に動き始めてしまってよい意味でコントロールができなくなりました(笑)。そもそも問題意識の高い社員が集まっていたので、こちらで舵をきったり目的地を決めたりする必要はなかったのでしょうね。事務局として、VOICEsの動きを見ていて、このメンバーなら高いレベルのアウトプットを出してくれると確信できました。
VOICEsのディスカッションの様子。メンバーから自主的に開催されていたようです
2期生の梅本さんの具体的なVOICEsの活動について教えていただけますか?
椋田
提言に向けて20名を数チームに分け、それぞれのチームでテーマを分担していました。わたしは企業の価値、スタンスを考えるチームにいましたが、そもそも“価値”というもの自体が大きな話。
そこで、アサヒグループでフリーズドライ食品を提供している天野実業を例として考えるところからスタートしました。
フリーズドライ食品は、個食に向いているという価値を持っていますが、逆にその価値を置き換え「フリーズドライで鍋はどうでしょう」とユニークな意見が出てきました。
個食向きと考えていたフリーズドライに新しい価値が見いだせたのですね。
フリーズドライの鍋!! 欲しい!!(笑)
椋田
そうなんです(笑)。鍋は「家族で食べられる」という価値を持っていますよね。
フリーズドライと鍋の組み合わせはとてもユニークでした。具材をパーツ売りしてバリエーションを増やそう!という意見も出てきてとても盛り上がり、経営に対する最初の発表ではこの案を提言してみました。
フリーズドライの鍋! 1つひとつの具がフリーズドライになっていて、その日の鍋の気分に応じて選べるように考えたそうです
反応はいかがでしたか?
椋田
本当は、こんなアイデアを素早く考えて実現までができる社員が必要ですと伝えたかったのですが、鍋のインパクトにすべてを持っていかれて…。
経営は実現性に関して難色を示していました。鍋がもつ価値がお客様も社員も共感がしやすく発想自体もユニークと評価していただけたのですが、具体性が欠けていたのでしょう。
そうなんですか…。もう一歩踏み込んだ提言を求めていたのかもしれませんね。その後はどのような提言を行ったのですか?
椋田
チームでそもそも食とは何かを改めて考えてみました。そこから、グループ内に“食”を掘り下げるディスカッションの場を設けることで、それぞれが抱く問題意識を吸い上げて会社に取り入れていこう、とまとめました。
“食”をテーマにした場をつくることで、グループを盛り上げていくということですね。
椋田
その通りです。しかし“食”というテーマが大きすぎました。結局、具体性に乏しい提言になってしまったという印象もあり、予想通り経営からは、よい評価がもらえず…。ただ、この2回目の提言が最終提言のイメージに役立ちました。
提言の前は、VOICEsの活動にかなり時間を割いていたと振り返る梅本さん
最終提言ではどのような提言を行ったのですか?
椋田
「9万回の食」です。
人生が大体80年で、1日3回の食事を行う場合、人生では9万回食事を行う機会があります。その限られた食の機会を大事に考えてもらう「食の感動プログラム」の立ち上げを提言しました。
最終提言はVOICEs全体の提言として、経営に出しました。この提言は、VOICEsメンバーの気づきから生まれたものです。具体的には、三食以外にも、グループで提供している清涼飲料水やお菓子などの間食もカウントすれば、お客様と膨大な量の接点をもつグループだという気づきですね。
9万回と回数を具体的に言われると、「食って貴重だな」って気付かされますね。
椋田
その一回一回の食の質を高めていけば、お客様をより幸せにできますが、まだまだアサヒグループは「食の感動」を提供できる段階に到達していないのではないか。これを実現するためには、人材の育成やグループのシナジーの強化が必要になるなど、多くの改善点も見えてきました。
課題点が把握しやすく、何をするべきかもわかりやすい、とても具体的な提言ができたと思っています。
3回目の提言が終わったときはホッとしました、と語る梅本さんと中村さん
お話を聞いてみるとVOICEsは斬新な発想で取り組んだプロジェクトという印象を持ったのですが、何かを参考にされたのですか?
椋田
実は“フューチャーセンター”の手法を参考にしました。ひとつのテーマに対して、さまざまな人の問題意識や意見を出し、アイデアとして固めるものです。私も以前参加したことがあったのですが、自分が出した意見が、さまざまな意見によって、最終的には予想以上の価値をもつアウトプットへと変化していました。この経験から“フューチャーセンター”の考え方は今回のプロジェクトにぴったりだと考えて提案しました。
VOICEsはまさにアサヒグループの“フューチャーセンター”だったのですね。各会社から人を集めて意見を集約することの大変さも感じますが、大きな組織のなかに、開かれた場をつくることで生まれる可能性に挑戦されたところがおもしろいとも思います。
椋田
世の中や時代が変わっていき、それに伴って価値も多様化していくでしょうし、その多様化した価値が何かでつながっていくかもしれない。その中でアサヒグループが、どうお客様に働きかけていくべきなのかを考えるのが、コーポレートブランドを考える上で重要だと思いました。
第2期はまさにフューチャーセンターという場を重ねることで、私も含め参加メンバーの視野が広がり、問題解決のプラットフォームになっていったことを感じました。
みずからのフューチャーセンター体験からヒントを得たと語る中村さん
最終提言に対して中村さんはどのような印象をもたれましたか?
椋田
まさに予想以上の提言でした! 社員がアサヒグループの可能性や魅力に気付くことでシナジー効果が高まり、グループの評判や信頼を上げられる。評判が上がれば、より多くのパートナーにも振り向いてもらえるのではないか、などさまざまな期待が膨らむ素晴らしい提言になりました。
最終提言について、いままさに経営陣が議論をしているのですが、今からどのような結果になるのか楽しみにしています。
このVOICEsの活動は、グループ内ポータルにて進捗が全社員に共有され、参加している20名だけではなく、ほかの社員も動向を気にしていたようです。
第2期VOICEsメンバーの提言を、今秋発表するアサヒグループホールディングスの中期経営計画に反映するかどうか現在経営陣が議論しているとのこと。今後のアサヒグループの発信が楽しみです。
写真:橋本 直己
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