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大震災の窮地を乗り越えた『テルマエ・ロマエ』プロデューサーが語る、チームを1つにするビジョン力

この記事のAI要約
Target この記事の主なターゲット
  • 映画制作に興味がある人
  • プロデューサー志望者
  • チームワークの秘訣を学びたい人
  • 映画『テルマエ・ロマエ』のファン
  • 映画やテレビ業界で働く人
Point この記事を読んで得られる知識

この記事を読むと、映画『テルマエ・ロマエ』の製作の背景と、プロデューサー稲葉直人氏のチームビジョン力、そしてその視点から見たチームワークの重要性が理解できる。稲葉氏は中学から映画に対する情熱を持っており、フジテレビに入社して夢を実現した。彼は映画製作において大切なことは、ゴールを設定しビジョンをチームに提示することであり、一人では何もできないが、全ての工程に関与することでチームをまとめ上げることに成功している。特に震災の直後、撮影を延期することも考えたが、稲葉氏の『困難をチャンスに変える』というメッセージがチームを鼓舞し、困難を乗り越えた。また、キャスティングのユニークさと原作に対する理解の深さが作品の成功に繋がったことも語られている。このように、ビジョンの共有と結束力、柔軟性の重要性が強調されており、チームとしての成功には出会いや信頼が不可欠であることが示されている。

Text AI要約の元文章

あのチームのコラボ術

大震災の窮地を乗り越えた『テルマエ・ロマエ』プロデューサーが語る、チームを1つにするビジョン力

テルマエ・ロマエの制作を支えたチームスタッフ

あの企業はどんなチームでイノベーションを起こしているのだろう――。そんな企業を紹介する「あのチームのコラボ術」。今回は、2012年4月に公開され、洋画・邦画をあわせた上半期の興行収入で1位となるヒット映画『テルマエ・ロマエ』のチームを取り上げます。

日本のみならず、世界の20以上の国や地域から公開オファーをうけ、トロント国際映画祭をはじめとする多くの海外映画祭に招待されたテルマエ・ロマエ。ベストチーム・オブ・ザ・イヤー実行委員会では、テルマエ・ロマエ制作チームの裏側にあるチームワークを評価しました。

2010年の企画草案から、映画の完成までに多くのメンバーを束ねたチーム術を、株式会社フジテレビジョン プロデューサーの稲葉直人さんに伺いました。

これまでの映画を超える映画に――『テルマエ・ロマエ』への確信

大ヒット映画『テルマエ・ロマエ』、制作チームの裏側に迫る

テルマエ・ロマエは日本とローマで撮影されるなど、多くのスタッフが結集して撮影された映画だと思います。どのくらいの人数がかかわっていたのでしょうか?

作品にもよりますけど、テルマエの撮影現場では70人くらいですね。『劔岳 点の記』の山岳地帯の撮影では20数人でしたし、『SP』のときには100人を超える日も多かったので、テルマエは規模的に言うと平均的かもしれません。

映画ができあがるまで、毎日同じ70人の方とお仕事をされるイメージですか?

いえ、そんなことはありません。撮影に参加する人数は日によっても違います。スタジオで撮影する日だと少なかったり、ロケの大変な撮影のときは多かったり。撮影後の仕上げ工程のスタッフも含めると、全部で200人以上になると思います。

プロデューサーの稲葉さん。中学校のころから映画に魅了され、「映画を作りたい」とフジテレビの門を叩いた

テルマエの企画を始めたのはいつからですか?

2010年のお正月に初めて原作を読んで、2月に出版社のエンターブレインさんに話をしました。

そこから映画化が決定するまではどのくらいかかったのでしょうか。

企画してからお金が出るのが決まるまで、5カ月くらいかかりましたね。原作がマンガ大賞を受賞したことも後押しになり、なんとなく阿部さんのOKが出たらやってもいいよという空気になったんです。主役は阿部寛さん以外に考えられなかったですから。

阿部さんからはすぐにOKがもらえましたか?

断られると思っていたら、意外にも数日後に快諾をいただけて。何ページかの企画書と原作1巻をお渡ししただけなのに、それだけでよく決めていただけたなとビックリしました。

テルマエ・ロマエの出演に即決だったという阿部寛さん

阿部さんが即決された決め手は何だったのでしょう?

ご本人いわく、可能性を感じたそうです。古代ローマ人を演じるなんて初めてのことだし、かと言って、単に奇をてらっているだけじゃなく、ちゃんと映画ならではのスケールを感じられたので、これはおもしろくなりそうだと。マネージャーさんは断るだろうなと思っていたそうですけどね(笑)。

原作から脚本に変えるときの交渉は?

原作者という創造主がいるわけですから、やはり交渉は必要になります。でもテルマエのヤマザキマリ先生は「こんな風に変えたいんですけど」と言ったときに、すぐ「うん、いいわよ」と言ってくれました。先生の心の広さにただただ感謝です。

大震災で一度はあきらめかけた撮影……ピンチを救った言葉

ローマではどれくらい撮影されたのですか?

ローマで撮ったのは始めの1週間だけです。あとは日本の茨城や静岡、川崎の体育館など、いろんなところにローマを見つけたり、ローマを作ったりして撮影しました。

お風呂のセットはイタリアですか?

あれは川崎の体育館ですね。スタジオだと大きさが足りなくて。古代ローマ感を出すには高さと広さ、あと大量のお湯を調達する必要があったので。

川崎の体育館で巨大浴場を再現

ちゃんとお湯でやっていたんですね!映画を作っていて、チーム感を感じるときは、いつですか?

ピンチのときですね。

実はテルマエのクランクインは2011年の3月14日だったんですよ。震災の3日後。しかもイタリアで。多くのスタッフは1週間前乗りしていたんですけど、役者さんとぼくをはじめとする一部のスタッフは前日に入る予定だったので、地震が起きたときは東京にいたんです。

でも地震の直後で成田から飛行機は飛んでないし、相当な金額でチネチッタ(現地のスタジオ)と契約を済ませているのに、役者が行けないと撮影ができない。もう絶体絶命でしたね。

それで、どうされたんですか?

200人ものスタッフが集まって作る映画の舞台裏。撮影の見通しが立たなくなった状態で、稲葉さんはある決断に出る

2日間徹夜で関空から飛ぶ手配をしたのですが、向こうへ行ってもみんな不安でしかたなかった。イタリアのニュースでも日本の被災状況が報道されていましたので。でもとにかく1週間やらないと仕方ないからということでやりました。

東京に帰ってきたときには、もうみんな仕事どころじゃなかったですね。原発の問題もどうなるか分からない状態だったので、とりあえず10日間は撮影をやめようと決めました。とはいえ、役者さんのスケジュールも予算も限界が決まっているので、その時は撮影を続けるのは難しいかもしれないと思いましたね。

そこから撮影を再開できたのはなぜですか?

テルマエはこんなときに撮るような映画じゃないかもしれないけど、ちょっとでも嫌なことを忘れてもらうような映画にするしかない!」と話したら、「残りのスケジュールきつくなっちゃったけど、絶対おもしろいもの作りますよ!」とみんなが言ってくれたんです。

現場にものすごいエネルギーが出ていましたね。絶対おもしろいものを作ろうと鬼気迫るものがあった。だから、ピンチのときにチームの結束力は生まれるなと思いました。ピンチがピンチのまま終わることもあるんですけど、テルマエの場合はピンチがチャンスに変わりましたね。良い流れになりました。

ゴールを決めて、ビジョンを伝えることの大切さ

フジテレビ入社後、営業担当などを経て、念願の映画プロデューサーになった。苦労人の一面も持つ稲葉さん

プロデューサーはその中でどの部分にかかわるのですか?

ほぼすべての工程にかかわります。これも作品によって違いますけど、かかわらない人はほとんどいないくらい。テルマエで言うと、「企画をする → 原作権の交渉をする → プロットを作ってメインの役者を決める → 脚本家・監督と一緒に脚本を作る → スタッフを集めて準備をする → 撮影 → 編集・CG・音楽といった最後の仕上げ → 宣伝」といった感じです。

プロデューサーのお仕事の中で、最も大切なことは何ですか?

プロデューサーの大事な役割は、ゴールを決めてみんなにビジョンを提示してあげることだと思います。今回は特にプロデューサーである僕が企画した人間でもあるので、僕があやふやな考えでいると、みんなが作品の方向を見失ってしまいます。ちゃんと意思を具体的に伝えてあげないといけない。

そのくせ、プロデューサーは1人じゃ何もできないんですよね。これを映画にしたいと思っても、本も書けないし、演出もできないし、演技もできないし、カメラも回せない。ひとつもプロフェッショナルじゃないんですよ。そのかわり、全部にかかわって一緒にできるおもしろさはありますね。

テルマエはキャスティングがとても個性的だと思うのですが、稲葉さんはどんな映画にしたいと思われていたのですか?

漫画的だったり、サブカル的だったり、テレビ的だったり……。いろんな映画的じゃないものが集まっていて。映画らしいスケール感を出しながらも、良い意味で映画を否定することに挑戦してみたかったんです。

いかにも映画になりそうな売れている作品に、いかにもなキャスティングをすることはしたくなくて。ローマ人を顔の濃い役者さん、それも演技派の方に演じていただくことで、原作の世界観がより強まると思いました。そこに超個性的なおじいちゃんたちが加わって……。若い女性は上戸彩さん1人だけですから(笑)これだけ打ち出しの強い布陣ですから、旬な芸人さんやアイドルに頼る必要もないですし、その方が潔さが出ると思いました。

テルマエ・ロマエの世界観を体現する日本の役者の皆さん

役者さんたちから怒られなかったですか?

普通、怒りますよね。大の大人がなかなかやらないじゃないですか。「俺ら顔が濃いから外人役できるんじゃない?」なんて。上戸さんなんて平たい顔族とか言われているんですよ。初めは怒られると思っていたんですけど、みなさんそこもちゃんと理解してくださっていました。

紅一点、上戸彩さんがテルマエ・ロマエに華を添えます

ちなみに、映画内でオペラを歌っているのは、三大テノールのプラシド・ドミンゴなんですよ。声だけですけど、監督の強いこだわりでご出演いただきました。ドミンゴは映画になかなか許諾を出さないらしく、世界で2例目なんですって。よくこんな映画で許可してくれましたよね(笑)。

最後の仕上げや宣伝まで含めて、みんながおもしろがって映画のために集まってくれた感じがしました。見たことのない映画を作っているという感覚が良い方向に作用したのかもしれないですね。

200人もの大きなチームを動かしていると、チームの方向性がブレそうになるときはありませんでしたか?

ぼくの中では、映画賞を一切意識しないというのがひとつのテーマでもありました。でも、現場のエネルギーが高まっていた分、海外の映画祭に行けたらいいね、みたいな言葉が出るようになっていて、「ちょっと待って!」と。

「この映画は、評論で褒められなくてもいい、賞も1個ももらえなくてもいい、ただお客さんが見たいものを追求して一人でも多くの人に楽しんでもらうのが狙いなので、ブレないでください」とお願いしました。こうしたところもプロデューサーのビジョンだと思います。

敏腕プロデューサーが考える理想のチーム、ただ1つの条件

でもその結果、イタリアの映画祭で受賞されましたし、トロント国際映画祭のレッドカーペットも歩かれましたよね?

これは本当に驚きました。あのときはごめんなさいって感じでしたね(笑)おもしろさを追及した結果、受賞できたのは、とってもうれしいことでした。

一方で、プロデューサーは明確なビジョンを伝えることも大事ですが、それと同じくらい柔軟性も大事だと思います。人間1人の頭の中で創造できることには限界がありますから、冷静に考えて、良い意見はあっさり取り入れていく方が作品にとって幸せな結果を生むと思うんです。

最後に稲葉さんが考える理想のチームを教えてください。

月並みですが、1つの目的に一丸となって向かっていける結束力のあるチームだと思います。ゴールやビジョンを提示するのはプロデューサーの役目ですが、結束力を生むには一人のプロデューサーの力では土台無理な話です。そこには出会いが不可欠だと思います。

今回でいえば、ぼくが厚い信頼を寄せる制作会社フィルムメイカーズとそこに集まるスタッフに過去作品で出会っていたこと。そして「この人しかいない!」とラブコールを送った武内監督、この難しい企画に楽しんで参加してくださったキャストのみなさんと新たに出会えたことです。後者は運に恵まれたとも思いますが、「このメンバーならきっと良い化学反応を起こしてくれるのではないか」という予感がありました。

結果、スタッフもキャストも、みんながこの映画を好きになってくれて、またこのチームで集まりたいと言ってくれて、本当に運が良かった。『テルマエ・ロマエ』チームは、我ながらベスト・チーム・オブ・ザ・イヤーにふさわしいチームだと思っています。

「面白い映画」を追求し続けた稲葉さん。次はどんな映画で世間を驚かせてくれるのか

(写真:橋本 直己

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執筆

ライター

野本 纏花

デジタルマーケティングを専門とする元マーケターのフリーライター。ビジネスメディアを中心に多数のWebメディアで執筆中。

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撮影・イラスト

写真家

橋本 直己

フリーランスのカメラマン・エディトリアルデザイナー。趣味は尺八。そして毎日スプラトゥーン2をやっています。

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