本田技研工業株式会社

困難な道のりも「経験」と「粘り」で切り拓く。Honda初の電動トライアルバイクを開発

この記事のAI要約
Target この記事の主なターゲット
  • バイク愛好者
  • モータースポーツファン
  • 電動車両に興味のある技術者やエンジニア
  • Hondaに興味がある人々
  • トライアルバイクに関心のあるライダー
Point この記事を読んで得られる知識

この記事では、Honda初の電動トライアルバイクの開発に関与する斎藤晶夫と木村吏が、その開発プロセスや苦労、成功の背景について語っています。斎藤はバイクの設計に関心がなかったが、Hondaの社員や開発現場での体験を通じて興味を持ち、MotoGPやカブ系バイクのプロジェクトリーダーを経て、現在は電動トライアル車両の開発を主導しています。彼は長年のライダー経験を、開発に活かし、チームを率いて短期間で成功を収めました。一方、木村はHondaでの電動車両の開発に長く携わり、特にモーターやバッテリー制御に注力しました。彼はトラブル解決において、原理原則に基づくアプローチを重視し、成功に貢献しました。

RTL ELECTRICは、「2024年全日本トライアル選手権での優勝」という高い目標を実現するために開発が進められ、既に日本と世界の選手権で複数の勝利を収めています。また、斎藤と木村は、開発の楽しさやレースでの成功は大きな感動を与え、将来には市販化を視野に入れていることを語っています。彼らは同じ目標を持つ仲間との協力が重要だと強調し、このプロジェクトを通じて自分たちの手掛けたものを世界に広めていきたいという希望を持っています。開発の道のりはトライアルレースのように挑戦的であり、想いを共有するチームの力で乗り越えています。

Text AI要約の元文章

Honda初となる電動トライアルバイクの開発に携わる斎藤と木村。ライダーとしての経験も活かしながら作り上げたモデルは、全日本トライアル選手権で3連勝するなど、輝かしい実績を上げています。しかし、その過程には大きな困難があり、世界選手権に参戦中の現在も、勝利に向けて試行錯誤する日々。そこにかける想いを語ります。

斎藤 晶夫Akio Saito

二輪・パワープロダクツ事業本部 二輪・パワープロダクツ電動事業統括部 電動開発部 二輪商品開発課

2011年Hondaに新卒入社。スクーターなどの燃料系、吸気系、排気系の部品設計からキャリアをスタート。その後、アセアンカブや郵政カブ等、フルモデルチェンジを含むカブ系ラインナップにおける燃料・吸気・排気領域のプロジェクトリーダー(PL)の経験を経て、MotoGPの燃料系設計のPLを経験。現在は電動トライアル車両の開発をラージプロジェクトリーダー(LPL/開発責任者)として主導。

木村 吏Tsukasa Kimura

二輪・パワープロダクツ事業本部 二輪・パワープロダクツ電動事業統括部 電動開発部 二輪商品開発課

電動のレース車両開発に携わりたいという想いから、2012年Hondaに新卒入社。1年目からEV(電気自動車)の開発に従事し、モーター、モーター制御、バッテリーなどを学びながら、10年以上にわたり担当。その後、複数の量産モデルの設計からテスト、認証試験まで幅広く担当。現在は、電動トライアルバイク開発に携わる。

自分たちで作ったバイクで楽しむ。レースで出会ったHondaの社員に惹かれて入社

自身もトライアルのライダーとして活躍する斎藤自ら、テストコースで試走

岩場や急斜面、丸太などの障害をバイクで攻略するモータースポーツ「トライアル」。斎藤と木村は現在、二輪・パワープロダクツ電動事業統括部で、電動トライアルバイク「RTL ELECTRIC」の開発に取り組んでいます。

斎藤は10歳の頃からトライアルレースを開始。木村もオフロードバイクで山道や林道などの未舗装路を走行するエンデューロのライダーとして活躍するなど、昔からモータースポーツに縁が深いふたり。しかし、斎藤はもともとHondaに入社するつもりはなかったと言います。

斎藤

「バイクに乗ることは好きでしたが、バイクを作ることにはあまり興味がなかったんです。私の人生の目標は、『会社員をしながら、週末にトライアルを楽しむこと』でしたから。

ただ、学生時代に所属していたチームがHRC(ホンダ・レーシング)のサポートを受けていたこともあり、Hondaの社員に声をかけてもらったことがきっかけで興味を持ち始めました。

その後、インターンシップで開発の現場に触れる機会がありました。印象的だったのは、働いている人たちが仕事を楽しそうにこなしていたこと。私にはそれがカッコよく見えて、『この人たちのように働きたい』と感じたことが入社の最大の決め手でした」

一方、自分で作ることも好きで、自動車業界で働きたいという目標を持っていた木村。Hondaに入社を決めたのは、斎藤と同じく「人」に惹かれたことでした。

木村

「学生時代にオフロードバイクを始めたことでHondaの人たちと知り合いになりました。バイクを設計、テストして量産につなげて、それを自分たちで乗ってレースを楽しんでいる雰囲気が好きで、『仲間に入りたい』と思ったんです。

当時、Hondaは無難な作りでおもしろみがない印象をもっていました。それを社員の人たちも変えていきたいという思いを持っていることを知り、共感できたことが大きなポイントでした」

木村のキャリアは、電動バイクの開発が中心。もともと「電動車はレースとの相性がいい」と考えていたこともあり、入社当初から「大学で学んだモーターの知識を活かして電動バイクの開発をしたい」という意向を伝えていたと話します。

木村

「意思を示せばチャンスをもらえるのがHondaです。私は入社半年後には電動レース車両の開発を任せてもらっていました。ただ、当時は力不足でなかなかうまく走らせることができなかったのです。

その反省から、『モーターだけではなく、モーターや車体を制御するコントロール部分やバッテリーも理解しなくてはいけない』と思うようになり、さまざまなことを学びながら10年以上先行開発に関わってきました。二輪駆動や三輪のバイクなど、変わったものも作りましたね。

そこから次第に、『自分が手がけたものを広めたい』という想いが強くなり、量産モデルの担当に。設計からテスト、認証試験、市場での不具合対応まで一通り担当しました」

世界一のガソリン車を追い抜きたい。根拠のない自信から始まった開発プロジェクト

斎藤は入社後、燃料系、吸気系、排気系の設計に配属され、スクーターなどの部品設計を担当。その後、インド向け製品の燃料・吸気・排気系領域の設計PL(プロジェクトリーダー)を経て、カブ系のラインナップ担当に。アセアンや郵政など、全カブ系機種の燃料・吸気・排気領域の設計PLを務め、その中でフルモデルチェンジの開発を含めた経験を積んだ後、5年ほどMotoGPの燃料系設計を担当します。

2023年に電動領域へ異動したのは、特別自己啓発活動グループ(※)であるブルーヘルメットMSC(ブルヘル)での取り組みがきっかけでした。

斎藤

「電動バイクに興味があって、ブルヘルで購入した電動車両の部品をガソリン車に組み込んで社内外に紹介していました。そうしたら、ちょうど社内で電動トライアル車両の開発プロジェクトが立ち上がることになり、声をかけてもらったのです」

Honda初となる電動トライアル車両の開発プロジェクト。斎藤は、当初から高い目標を掲げていました。

斎藤

「私が最初に思ったのは、『今、Hondaはトライアルで世界チャンピオンをとっているが、おそらく電動はそれを追い越すことができる』ということ。根拠のない自信があったんです。

それをどうやって実現していくかを考えた時、『やはりレースに出るべきだろう』と。そこで、『2024年の全日本トライアル選手権の最高峰クラスにスポット参戦して優勝すること』を最初の目標に決めました。

開発自体はなんとなく始まっていましたが、『なんとなく』ですし、はじめは私ひとりでのスタートでしたから、いろいろな部署にお願いしてメンバーを集めました」

目標は決まり、チームもできましたが、そのスケジュールはかなり無謀だったと振り返ります。

斎藤

「チームができた時点で、全日本トライアル選手権の最終戦までにかけられる期間は、もう1年を切っていました。まずは、『動けばいい』というくらいの気持ちで試作車を作ったものの、動かなくて……。

原因はモーターとわかっていたのですが、解決には対策を施した部品を待つしかありませんでした。時間もなかったため、何とか開発を進めるために、サプライヤーと協力して問題を避けて進めようとしましたが、動かしたらモーターが壊れる。新しいモーターに載せ替えて、壊れないように対応して動かすものの今度は別の要因で壊れる、の繰り返し。メンバーもサプライヤーの担当者も疲れ果てていました」

※ Hondaでは、会社の補助を受けながら自己啓発活動ができるグループがあり、斎藤はその中のブルヘルに所属し、レースを通した自己啓発活動に取り組んでいました

原理原則を大切に、考え抜くことで道は拓ける。ライダー経験も活かして3連勝を実現

対策のモーターが届き、なんとか動くようになったものの、求めるパフォーマンスには程遠い……。このままではレースでは勝てない──そんな窮地に加入したのが木村でした。

木村

「プロジェクトにはもともと知っているメンバーもいて、状況はある程度聞いていたので、『そろそろ呼ばれるかな』と思っていました(笑)」

この時、すでに目標とするレースは4カ月後に迫っていました。木村は、解決に向けて素早く動き出します。

木村

「どんな開発でもトラブルは起こるものです。だから、トラブルが起きたらすぐに現場に行って話し合い、問題を一つずつ解決する、ということには慣れています。

今回はヨーロッパにあるサプライヤーだったので、レース用のサンプルができあがるタイミングですぐに現地に向かい、課題であったパフォーマンスを解決するために、サプライヤーの担当者と現物をテストしながら原因を調査しました。その中で思いついた一つのアイデアを試してみたら、うまくいったのです」

斎藤

「『何が起きているのか』『私たちが実現したいことは何か』を木村さんがしっかり伝えてくれて、『この方法なら間に合うのではないか』とサプライヤーに出向いて調整してくれたことで前に進むことができました。社内だけで作れるものではないので、その調整が重要なんですよね。そのおかげで、残りの期間はライダーと最終的な車両の作り込みに集中することができました」

問題を解決に導くために木村が大切にしていることは、「原理原則」だと言います。

木村

「これは本田 宗一郎も言っていることですが、原理原則から考えて、わからないことは調べる。あとは、粘ること。『もう無理』と思うところまで考え抜くと、アイデアを思いつくことがあるんです」

悪戦苦闘の末に完成したマシンで、目標としていた2024年の全日本トライアル選手権第6~8戦にスポット参戦して3連勝。さらに2025年は世界選手権に移り、Trial2クラスで最終戦を残した時点までで5度優勝するなど、驚くべき成績を上げています。短期間の開発でもしっかりと成果につながった秘訣を、木村はこう話します。

木村

「LPL(開発責任者)である斎藤さんがトライアルを理解していて、肝となる部分をすべて押さえていたことが大きいです。電動だから譲れる部分と譲れない部分をわかった上で作ることができるから、短期間で勝利につなげることができたのだと思います」

斎藤

「たしかに、ライダーとしての経験は活かせていますね。28年ほどトライアルをしてきましたから、どんな原理で車両の運動が決まるのかわかっています。だから、『この機能は絶対に必要。そのためにこの部品は不可欠』ということもわかりますし、『パワーは必要だけれど、パワーが強すぎるとコントロールができなかったり、滑ったりする』というライダーの感覚も理解できます。そのベースがあったからこそ、車両が完成した時に、必要な動きはすべてできたのかなと思います」

勝利の笑顔が最高にうれしい。自分の作ったもので多くの人に喜びを届ける

現在は、レース現場に帯同しながら改善を繰り返している段階。『まだまだ綱渡りのような状態』と話すふたりですが、レースで結果が出た時は何よりうれしいと笑います。

斎藤

「レースで勝ってライダーが最高の笑顔を見せてくれた時が一番うれしいですね。レース車両で言えば、契約ライダーがお客様にあたります。そのライダーの笑顔を見て、私たちの仕事はお客様を笑顔にすることなのだとあらためて実感できました。

LPLを務めるのは初めてだったので、正直不安しかありませんでしたが、たくさんの人と関わりながら、自分にはない知識・能力を集結させて一つのものができあがっていく過程は本当におもしろかったです」

木村

「そうですね。仕事で感動することって、それほど多くないと思うのですが、本当に感動しました。少人数のプロジェクトだからこそ、一人あたりの感動も大きいです。

自分で車両を準備して、ライダーに説明して乗ってもらって、結果に一喜一憂できることが、すごく楽しかったです」

また、レース会場で『将来のお客様』になり得る方たちからもらった期待の声も励みになると続けます。

斎藤

「『いつ発売されるの?』と声をかけてもらうことが多くあります。まずは現在のマシンを改善しながら良い成績を上げていく必要がありますが、その先には市販化という目標があります。私自身、自分が乗っていて本当に乗りやすいと感じているので、これを多くの人に届けられるように頑張らなければいけませんね」

木村

「私も、自分で作ったもので多くの人に喜んでもらいたいですね。あとは、自分が作ったバイクに自分で乗って、週末にライディングを楽しみたいです」

そして、自分たちの好きなことを形にして、世界に打って出る。そんなチャレンジができることもHondaの魅力だと口をそろえます。

木村

「自発的に動かなければ得られるものは少ないですが、自発的に動けばやりたいことがどんどんできる。それがHondaの魅力です」

斎藤

「そのぶん、責任も自分にあるのですが、声を上げれば同じ想いを持った人や自分にないスキルを持った人が集まってくれます。

私の軸にはレースがあるので、いずれはモータースポーツを通して人々に喜んでもらえることがしたい。それが事業とつながり、もっと広い視野で会社と社会に貢献できるようになりたいと思っています」

開発の道のりは、トライアルと同じようにいくつもの障害物があるもの。けれど、想いを共にする仲間と一緒に道を切り拓いていきます。

※ 記載内容は2025年8月時点のものです。

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